表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
179/287

百七十八話 戦う理由



 その後、コウタ達はリンブの屋敷の目の前で集合すると、それぞれが得た情報を交換していた。



「⋯⋯勇者候補、アマネル・カエサルか。」



「戦ってみてどうだったコウタ。」



 傷の手当てを受けながら小さくそう呟く少年に対して、ほとんど無傷であったアデルは首を傾げながらそんな問いを投げかける。



「見ての通りです。色々やってみましたけどほとんど通用しませんでした。」



「蒼剣モードも力尽くで押し切られましたし。」



 するとコウタは、開き直ったようにため息をつきながら、治療を受ける右腕を苦々しい表情で眺める。



「⋯⋯もう一度やったら勝てるか?」



「分かりません、けど最悪の場合霊槍を使えばいけると思います。」


 先程とは違い、短く投げかけられる問いに答えると、無事である左の手をゆっくりと握り締める。


「ちょ、そんなにやられたのにまた戦うの!?」



 そんなやり取りを真横で聞いていたエイルは、慌てたような、呆れたような態度で二人にそう尋ねる。



「当然でしょう。盗まれたものがただの宝石類ならともかく、呪剣となると話は別です。」



「アレが人の手に渡れば、間違い無く悲劇が起こる。」



 それが呪剣の危険性を身をもって味わったコウタ達の総意であった。



「⋯⋯悲劇、って。」



 そして、それを知らないエイルは彼らの真剣に共感できぬまま会話から取り残される。



「アデルさん、すぐにリンブ様と話をつけましょう。今日中に彼女らから呪剣を取り返します。」



「⋯⋯ああ。」



 彼女から視線を外して、今度はリーダーであるアデルに進言すると、アデルは特に文句も言う事なくその提案を受け入れる。



「今日!?流石にそんなすぐに行かなくてもいいんじゃないの?一旦休んで明日とかでも⋯⋯。」



 取り残されていたとはいえ、流石に少年の身を案じたのか、エイルは苦笑いを浮かべたままそう尋ねる。



「そんな悠長なこと言って、誰かが呪剣を解放してしまったらどうするんですか?間違い無く使用者諸共全員死にますよ。」



 が、コウタにそんな選択肢がある訳もなく、彼女の提案はことごとく一蹴される。



「でも相手は盗賊でしょ!?そんな奴らまで助ける必要ない。それに、アンタの腕、まだ治ってないでしょ。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 エイルがそんな言葉を吐き出したその瞬間、コウタは真剣な表情からさらに鋭い視線に切り替えて、彼女の顔を睨み付ける。



「⋯⋯っ、何よ。」



「貴女は何も出来ないんだからさっさと宿屋に戻ってて下さい。そして、できれば少し黙ってて下さい。」


 その迫力に圧倒されながら問いかけるエイルに向かって、コウタは何一つ遠慮する事なく毒を吐き出す。



「⋯⋯っ!!」



「コウタさん、その言い方はちょっと⋯⋯。」



 一気にエイルの表情が険しくなったのを見て、それまで静観を決め込んでいたマリーがオドオドと落ち付かない様子で話に介入する。



「——アンタねぇ、いい加減にしなさいよ!せっかくこっちが心配してやってるのに!」



 そんなマリーの気遣いも虚しく、フラストレーションが爆発したエイルが激しい剣幕でコウタの胸倉に掴みかかる。



「心配して欲しいなんて一言も言ってません。それに、怪我とかどうでもいいんです。人が死ぬより百倍マシです。」



「⋯⋯邪魔しないで下さい。」



 怒鳴りつけられようが、掴み掛かられようが、自身の主張を変える気がないコウタは、一切表情を変える事なく、血に濡れた右手でエイルの手を掴み取る。



「⋯⋯ああ、そう。アンタは本気で自分よりも他人の為に戦うタイプなのね。」



 その瞬間、鬼気迫るような激しい表情を浮かべていたエイルは、スッと氷のような冷たい表情に切り替えてその手を離す。



「だったら勝手にすればいいわ。偽善者野郎。」



 そして呆れたような言葉を吐き捨てた後、くるりと踵を返してその場から立ち去っていく。



「⋯⋯行きましょう。」



 そしてコウタは、そんな彼女に一瞥もくれる事なく彼女に背を向けて屋敷の門をくぐる。



「ああ、分かった。」



 そして二人のやり取りが終わるまで黙り込んでいたアデルは小さな溜息をついた後に彼の背を追って歩み始める。



「コウタさん⋯⋯⋯⋯ん?」



 その後ろでは、不安そうな表情を浮かべたままのマリーが少年に声をかけようとするが、直後に伸ばされた真っ白な手によってその動きを止められる。



「今はそっとしておきましょう。言い方が厳しいのは事実ですが、意見そのものは彼が正しいですわ。」



 振り返ると、それまでコウタの治療を行っていたセリアが、無表情のままそう伝える。



「それに、本人も言い過ぎたのは自覚しているでしょうし。」



 最後に付け加えるようにそう呟くと、聖女は少年の背を眺めながらニッコリと笑みを浮かべる。



「⋯⋯分かりました。」



 セリアに促されて渋々納得すると、マリーは俯いたまま彼らの前を行く二人を追って小走りで進んでいく。









 屋敷に入ると、コウタ達は特に面倒な手続きを踏む事なく真っ直ぐに主の部屋まで案内される。



「——呪剣を壊す!?」



 屋敷中に響き渡るような声でそう叫ぶのは、その屋敷の主であり、呪剣の所有者であるリンブであった。



「はい、そのつもりです。」



 突然の大声にピクリと肩を揺らすマリーの横に座るコウタは、ハッキリとした口調でそう答える。



「な、ならん!アレの価値は教えただろう!」



「分かっています、けれどアレはそれ以上に危険なものなんです。」



 当然そんな提案は受け入れられる事は無かったが、それでも意見を曲げるわけにはいかないコウタは、すぐさま説得を始める。



「彼女らから取り返すのは構いません。取り返したものを貴方にお返しするのもいいと思います。けど、貴方がこれ以上あの剣を持っていれば、間違い無く災厄が訪れる。だから壊させて下さい。」



「しかし⋯⋯。」



「もしこのまま持ち続けていたら、魔王軍からも命を狙われますよ。」



 妥協案を交えた説得を受けてもなお渋るリンブに対して、コウタは声色を変えながら、脅しのような口調でそう呟く。



「我々がこの街に滞在するのは明日か明後日まででしょう。それ以降に関しては身の安全は保証できません。」



「魔王軍は⋯⋯強いか?」



 突然雰囲気を変えた少年の圧に若干気圧されそうになりながら、覗き込むようにそう尋ねる。



「強いです。本気で来れば大国をも落としかねない連中ですから。それに目的の為なら手段を選びません。下手を打てば街ごと滅ぼされる可能性もあります。」



 過剰にも思えるほど高い評価であったが、それは脅しの為の嘘では無く、事実であると証明は先のリューキュウの件でも充分にできていた。



「⋯⋯っ!?⋯⋯ぐっ、うう⋯⋯⋯⋯。」


 大金を叩いて購入した剣と、自身を含めた街の命運。


 普通に考えればそんな二択は天秤に測るまでも無く後者を取るべきであるが、そこを迷う辺りこの男は救いようが無いな、とコウタは考える。



「⋯⋯壊すか壊さないかはもう少し考えさせてくれ、とりあえず今はアレを回収してきて欲しい。」



「⋯⋯わかりました、それでいいです。」



 そして最後に出された結論を聞いて、呆れ果てたようにため息を吐くと、小さく返事を返して部屋を後にする。









「どうするんですか?あれ絶対認めてくれないパターンですよね?」



 屋敷を出てすぐに、マリーは他の三人に向かってそんな問いを投げかける。



「関係ない、今現在、呪剣が彼の手にないのなら、こちらの動き次第で破壊は充分に可能だ。」


 するとアデルは淡々とした態度で、あっさりとそう言い切る。


「戦闘中に壊れたという言い訳も使えますから、ね?コウタさん。」



 そしてセリアはそれに続くように笑みを浮かべながらコウタに視線を飛ばしてそう尋ねる。



「ええ、そのつもりです。」



「——おにーさん。」



 コウタが短くそう答えた瞬間、四人の耳に聞き慣れない少女の声が聞こえてくる。



「⋯⋯ん?」


 それに反応して振り返ると、彼らの背後にはボロボロの服を纏った少年、少女達が立っていた。



「おにーさん達は敵なの?」


 その中の一人の男の子が、コウタと目が合い、おずおずと不安そうな表情でそう尋ねる。


「敵⋯⋯?⋯⋯⋯⋯。」


(ボロボロの服、これって⋯⋯。)


 男の子の言葉の意図を汲み取ろうと考えながら、同時にその身なりについて疑問を感じると、自信がないながらも一つの仮説が頭に思い浮かぶ。


「⋯⋯スラム街、って奴ですか。」



「⋯⋯さほど珍しいことではありません。あれだけ過剰な搾取をしているのなら、こういう人間も少なからず出てくるのでしょう。」



 その仮説がポロリと溢れると、その言葉を拾い上げたセリアが、視線を外しながら無表情のままそう呟く。



「⋯⋯そう、ですか。」



「おにーさん達は盗賊のおねーちゃん達を捕まえるの?」


 コウタが悲しそうに視線を真下に落とすと、男の子は不安そうな表情のまま再びそう尋ねる。



(盗賊のおねーちゃん?)



 その言葉を聞いて、腕を組んで静観していたアデルが無言のままピクリと反応する。



「まだ捕まえるとは決まってません、なんでそんな事聞くんですか?」



 そしてコウタは彼らを安心させる為、視線を合わせるようにしゃがみこみながらニッコリと笑みを浮かべてそう答える。



「おねーちゃん達はいっつもご飯をくれるんだよ。」


「⋯⋯いつも?」


 嬉しそうに話に入り込んでくる少女の言葉に対して、コウタは首を傾げながら問いを返す。



「うん、街に来るたびにいっつも。」



「顔は怖いけどとっても優しいんだよ!」



「⋯⋯義賊行為は本当だったってことか。」



 少年達の反応、そしてその言葉を聞いて、それまで疑問に思っていた彼女のあだ名の出所を理解する。



「なら毎度のように街を襲撃してるのはそのカムフラージュって事か?」



「⋯⋯セリアさん、今回僕以外に負傷者はいましたか?」


 アデルがそんな考えを口にすると、同じような結論に至っていたコウタはゆっくりと立ち上がり、治療を担当したであろうセリアに向かってそう尋ねる。



「いましたけど、貴方以外は全員軽傷ですわ。それに、街の人間は一切攻撃されていません。」



「⋯⋯なるほど。」


 ほぼ予想通りの答えを聞いて彼女らの実態をある程度理解すると、コウタは頭を抑えながらため息を吐き出す。



「⋯⋯⋯⋯捕まえちゃうの?」



「⋯⋯捕まえませんよ。ただ、盗賊のおねーちゃん達が持ってる剣が危ないものだから、それを教えてあげるだけです。」


 三度飛んでくるそんな質問に対して、コウタは優しい笑みを浮かべながらそう返す。


「ほんとに?」



「ええ、ほんとです。」


 パァと少年達の表情が明るくなると、コウタは笑顔で断言しながらそう返す。



「じゃあ助けてあげてね。」



「はい、任せて下さい。」



 少年達は最後にコウタにそう伝えると、笑顔で彼らに背を向けながら走り去っていく。



「⋯⋯倒さず捕まえず、呪剣だけを回収、ですか。随分と無茶な事を仰いますわね。」



 少年達が去り、残されたコウタに対して、セリアはふとそんな言葉を吐き出す。



「適合者が現れる前に破壊するだけですから、前回、前々回と比べれば勝利条件は遥かに易しいです。」



「⋯⋯ですが相手は呪剣、こちらが準備を怠れば敗北する可能性は大いにあるかと。」



「⋯⋯それに聞いた話では奴らのアジトは森の中、恐らく街中での戦闘以上に苦戦を強いられるぞ。」



 アデルは先ほどの話でリンブから受け取った情報を提示しながらそんな予想を立てる。



「分かってます。だから、突入したらまず最優先で、大将を叩く。」


 アデル、セリアから同時にそう言われたコウタは、大雑把ではあるが自らの考えた作戦を三人に伝える。


「⋯⋯ですがその大将がなかなか落とせないのでは?」



「確かに、僕一人じゃ勝率はせいぜい五分でしょう。だから、次は二対一で勝負です。アデルさん。」



 先程のコウタの有様を見てセリアが尋ねると、コウタはニヤリとはにかみながらアデルに視線を飛ばす。



「⋯⋯っ、なるほど。それはいい。」



 すると、彼の意図を理解したアデルは同じように笑みを浮かべながらそう返す。



「⋯⋯馬車に戻ろう。すぐに出発する。」



 そしてその表情のまま、アデルは三人に指示を出す。







 同じ頃、そこから少しだけ離れた荒野の道では、土埃を舞い上げながら高速で突き進む一つの影があった。



「⋯⋯うん、あと数時間でそっちに着く。何もせず待機していてくれ。」


 その影の主は、走る速度を一定に維持したまま、自らの耳に赤い宝石を当ててそんな言葉を吐き出す。


「ああ、すまなかったね。ベレッタ。本当にありがとう。」



 その男は、宝石の向こうから聞こえてくる声に返事をすると、自らの走る速度をゆっくりと落としながら歩みを止めて立ち止まる。



「それにしても、また彼らか⋯⋯。」



「本当に、なにかと呪剣と縁のある子たちだ。」



「もしかしたら⋯⋯いや、まさかね。」



 そして、宝石の向こうの声を放置したまま、自らの思考を巡らせてブツブツとそんな言葉を呟く。



『ルキ様、わざわざお手を煩わせなくとも、私ならば一人で充分ですが。』


 すると、宝石の向こうから、そんな思考を断ち切るように女性の声が聞こえてくる。



「いいや、そんなリスクを冒す必要はない。しっかり合流して確実にいこう。」



「それに、幸運な事に今はあの方(・・)が近場にいるそうだ。どうせなら力を借りよう。」



 ルキは優しい声色でそう返すと、影を帯びた笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。



『あの方?』



 自らの知らない情報を聞いて、宝石の声は不思議そうな声でそう尋ねる。



「ああ、魔王軍で唯一、ゼバル様やルシウス様に匹敵する実力を持ったお方、人呼んで〝王の盾〟サティアタ・リルフェン様だ。」


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ