百七十六話 厭世の義賊
コウタと別れた後、二人の盗賊と相対していたアデル、セリアの二人は、互いに視認できるほどの距離にいながら合流出来ずにいた。
「⋯⋯ちっ。」
その理由は非常に簡単であり、互いに相対していた敵が、彼女らの想定と比べ遥かに実力があったからである。
「⋯⋯うらぁ!」
茶髪の盗賊の少女は、アデルの剣をひらひらと回避しながら的確に彼女の首を狙って短剣を突き立てる。
「⋯⋯シャットアウト!」
「⋯⋯っ、硬っ!?」
アデルは咄嗟にスキルを発動させると、突き立てられる刃を左手で強引に弾き上げる。
「なら⋯⋯はぁ!!」
「それも効かん!」
少女は即座に身体を切り返して蹴りを放つが、それもアデルの手で弾き返される。
「蹴りまで使うか⋯⋯。」
(身のこなしといい、体術を交えた斬撃といい、コイツ、コウタ並みに身軽だ。)
攻撃自体は弾いたものの、アデルは少女のその身体能力の高さに対してそんな考えを持つ。
(あっちはどうなってる?)
そして、距離を取りながら視線をセリアの方へと向けると、やはり彼女もアデルと同様に苦戦しているように見えた。
「「⋯⋯ッ!!」」
長剣と金属製の美しい装飾のなされた杖が幾度と無く交わるが、押されているのはセリアの方であった。
二つの武器が交わるたびにセリアはその衝撃で後方に弾かれ、崩れた状態とはいえ、そこからくる追い討ちに対しても反応するのがやっとであった。
「⋯⋯軽いな聖人!逃げてばかりでは勝てぬぞ?」
セリアの身体能力はコウタと同様に、あらゆる数値が同レベルの冒険者達と比べて遥かに高い。
にも関わらず速度、そして力で押し切られているという事は、目の前にいる銀髪の女が相応の実力を有している事の証明に他ならなかった。
「元より勝つ必要もありませんから。」
押されながらもなんとか攻撃を捌くセリアは、真っ直ぐに銀髪の女性を見据えながら挑発に対してそう返す。
「ならせいぜい、負けぬよう立ち回れ!」
「⋯⋯ぐっ。」
そう言って剣を振るう女性の攻撃を、セリアは再び杖を用いて受け止める。
「⋯⋯あちらも苦戦中か。」
(街中での戦闘に経験差がある。それに、相性が悪過ぎる。)
「⋯⋯⋯⋯。」
その様子を見て、アデルがそんな思考を巡らせていると、セリアは一度敵から離れ、アデルへと視線を送りながら手首を返すようなジェスチャーを送る。
「⋯⋯っ、なるほど。」
セリアの意思を汲み取ると、二人は互いに顔を向き合いながら距離を詰めるように走り出す。
「「⋯⋯っ!!」」
「⋯⋯あっ、待て!」
突然アデルから背を向けられたため、茶髪の少女はそんな声を上げて走り出す。
「⋯⋯合流して私から叩くつもりか?」
明らかに不利なセリアが自身から距離をとった事、そして近接の得意なアデルが距離を詰めてきたのを見て、銀髪の女性は咄嗟にそんな思考を巡らせる。
「逃げられると、思うな!」
「聖域」
「⋯⋯ぶっ!?」
アデルよりもスピードのある少女は、すぐにアデルの背後まで追いつくが、次の瞬間にはセリアの展開した筒状の障壁に閉じ込められる。
「⋯⋯っ、カイース!!」
銀髪の女性は咄嗟に少女の名を叫ぶが、目の前にはセリアと入れ替わるようにアデルが迫って来ていた。
「⋯⋯はぁ!」
「⋯⋯ちぃ!」
アデルの剣を受け止めようと自らの剣を前に出すが、体制が整っていない上にスピードの乗った騎士の斬撃を受けて、防御に入った剣が両腕ごと弾き上げられる。
「いいのか、よそ見して?」
それでも仲間の心配をする銀髪の少女に対してアデルがそう言うと、その瞬間彼女の背後から剣閃をなぞるように金色の光が飛び出してくる。
「しまっ——!?」
「——白光剣!」
「光芒の聖槍」
「「エスケープワルツ!」」
防御不能のタイミングで放たれた二人の攻撃が、盗賊達に当たる瞬間、二人の声が同時に響き渡る。
「⋯⋯ぷはぁ!?」
「⋯⋯ぐっ!?」
「⋯⋯っ、なんだ今の?」
光の槍の衝撃波と共に障壁が砕け、その中から転がり出してくる少女と、光の刃をまともに喰らいながら、さしてダメージを受けていない女性の姿を見て、アデルは顔をしかめながらそう呟く。
「エスケープワルツ、盗賊の専用スキルですわ。あらゆる行動が制限される代わりに一瞬だけ全ての耐性が跳ね上がるスキルです。」
「まあもっとも、ダメージが完全に無くなるわけでも、持続時間が長い訳でもありませんから、見ての通りこうなります。」
セリアはアデルの視線を受けて簡単に説明をした後、視線を戻すように促す。
「⋯⋯うぐぐ、いったぁ⋯⋯⋯⋯。」
「ゴホッ、ゴホッ⋯⋯ちぃ!」
確かに二人ともクリーンヒットしたにしては外傷が少ないが、それでも受けたダメージは決して小さくなく、アデルの使うシャットアウトの下位互換のような印象を受ける。
「相当ダメージを負っていますわね、降伏したらいかがですか?」
そしてそれを知っていたセリアは、真剣な表情のまま二人に対してそう尋ねる。
「ユーリスさん、この人たち強い!」
そんな問いになど全く反応を示す事なく、茶髪の少女は、元気よく立ち上がりながら銀髪の女性に対してそう叫ぶ。
「作戦を変える。姐さんが来るまで時間稼ぎをするぞ。」
「姐さん?」
銀髪の女性は少女の言葉に答えるようにそう結論を出すが、セリアはその言葉に反応して首を傾げる。
「そうだよ、私達の姐さんは最強なんだ!」
「盗賊なのに勇者候補!人呼んで厭世の義賊!それが我らが姐さん、アマネル・カエサルだ!」
セリアの言葉を拾い上げると、茶髪の少女は胸を張りながら得意げな表情で答える。
「勇者⋯⋯っ!」
「⋯⋯候補!?」
その言葉に強い関わりのある二人は、少女の言葉を聞いて思わず表情を強張らせる。
「⋯⋯カイース、余計な事は言わなくていい。」
「おい、勇者候補と——」
「——せっかく合流したんだ、どうせなら連携で押し切るぞ。」
銀髪の女性は少女を諌めながら立ち上がると、アデルの言葉を遮りながら剣を構える。
「了解です!」
同時に少女も同じように武器を構えると、二人は一気に距離を詰めてアデルに襲いかかる。
「⋯⋯ちっ!話を聞け!」
振り下ろされる二つの刃を受け止めながら、アデルは顔をしかめながらそう叫ぶ。
「⋯⋯⋯⋯ったく、どうしたものか⋯⋯。」
(盗賊達の侵攻は今のところ止めれてるし、マリーさん達への指示も出し終えた。けど⋯⋯。)
そして同時刻、屋根の上を飛び移りながら移動を続けるコウタはその後の行動を決め切れずにいた。
(さっきから彼女がずっと一定の距離で着いてくる。)
理由はただ一つ、マリー達と合流した辺りから、絶えず向けられる一つの視線であった。
「⋯⋯あえて戦うか、このまま鬼ごっこを続けるか、すぐに戻ってアデルさん達と合流するか。」
それなりの速度を出しているのにもかかわらず、常に一定の距離を保って追いかけてくる少女の姿を見て、コウタは口に出しながらそんな事を考えるが、その思考はすぐに結論に至る。
「⋯⋯いや、戦うべきか。」
「加速!」
誰にも聴こえないような小さな声でそう呟いた後、コウタは屋根の上から飛び降りて入り組んだ路地の中へと飛び込んでいく。
「おっ、隠れたか。」
「まあ、逃がさねえけどな!」
後を付ける少女はニヤリと笑みを浮かべながら彼と同じように路地の中へと入っていく。
「⋯⋯⋯⋯ん?」
(⋯⋯撒くつもりか?)
捕捉するたびに方向転換を繰り返す少年の姿を見て、少女はそんな考えに至る。
「⋯⋯⋯⋯っ!」
が、追いかけっこも長くは続かず、二人はほぼ同時に路地から抜け出してとある広場に飛び出す。
そこはコウタ達が先ほどまでいた領主の屋敷の目の前にある広場であった。
「おいおい、盗賊相手に鬼ごっこは無理があるだろ。」
「まあ僕もそう思ってました。」
少女が煽るような口調で尋ねると、コウタは小さく肩を揺らしながら苦笑いで答える。
「ならここまで来たのはわざとか?」
「そんな感じです。ここなら人も居ないし、何より、戦うなら有利な状況から始めたいですし。」
周囲に人が居ないのは先程来た時に確認済みであったからこそ、戦場をここに決め、そしてとある技を仕込む事が出来た。
「⋯⋯有利?」
「⋯⋯集え。」
少女が首を傾げた直後にコウタが左腕を天に掲げると、先程通ってきた路地の中から複数本の剣がゾロゾロと飛び出してくる。
「⋯⋯っ!なるほどなぁ!」
(誘い出すついでに仕込んでたか!)
少女が即座にそれを理解すると、嬉しそうにはにかみながら拳を握り込む。
「時間が無かったんで、大分威力は落ちますけど⋯⋯お覚悟を。」
「——剣戟乱舞」
全力時の百を超えるほどの剣では無いが、それでも十数本の剣が彼女に向かって雪崩れ込む。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「——甘え。」
が、怒涛の勢いで注ぎ込まれる剣の群れは、彼女の小さな呟きと同時にピタリと空中でその動きを止める。
「⋯⋯なっ!?」
掴まれる事で動きを止められる事や、砕かれる事で集中が切れることは今までにもあったが、空中で動きを止められるのは初めてのパターンであった。
(受け止められた?いや⋯⋯。)
「⋯⋯支配権を奪われた、って感じか。」
だからこそコウタはあえて、そんな表現を用いてそう呟く。
「お返しするぜ、武器。」
少女の言葉と同時に、今度は数十本の刃がコウタに向かって襲い掛かるが、その剣はコウタの目の前で虹色の光を放ちながら消え去る。
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
「僕が召喚した剣ですよ?当然消せない訳ないでしょう?」
少女が驚いた表情を浮かべると、今度はコウタが得意げな表情でそう尋ねる。
「⋯⋯確かに。」
「予感はありましたけど、やっぱり相対してみて確信しました。」
少女が納得したように鼻を鳴らすと、コウタはため息混じりにそう呟く。
「ああ、私もだ。」
「貴女は僕と同じ匂いがする。」
「お前は私と同じ匂いがする。」
二人の口から同時に放たれる言葉は、奇しくも同じ表情であった。
「なら互いに自己紹介は要らねえか。」
「いいんじゃないですか?面倒だし。」
二人はそう言って武器を構えると、同時にそれまで抑えていた殺気を全開にして睨み合う。
「じゃあ、よろしく、キド・コウタ。」
「ええ、よろしくお願いします。アマネル・カエサル。」