百七十五話 ロックオン
アデル、コウタ、セリア、の三人は屋敷を出ると真っ直ぐに街の門に向かって駆け抜けていた。
「⋯⋯まさか、盗賊とはいえ白昼堂々強奪しに来るとはな。」
「全く、価値観が二百年ほど遅れていますわ。」
街道を走り抜けながらアデルが真剣な表情で呟くと、セリアは呆れたようにため息をつきながらそう答える。
「⋯⋯既に街の自警団が出てるみたいですけど、マリーさんはどうしますか?」
パーティーの中で最も身軽なコウタは、偵察の為に登っていた屋根の上からアデル達の前方に飛び降りて大まかな周囲の状況を伝える。
「呼びに行ってくれ。貴様が一番早い。」
コウタの問いに対して、アデルは即座にそう答えて指示を出す。
「了解しました、すぐに合流します。」
アデルと同様に、自身が向かうのが最も効率が良いと考えていたコウタはその指示に従って再び方向を変え屋根伝いに宿屋の方向へと向かう。
「⋯⋯では私達も早速始めましょうか。」
セリアの言葉を聞いてアデルは視線を前方に移すと、そこには既に盗賊と思われる男達がこちらに向かって進んで来ているのが見えた。
「⋯⋯前方に五人か。セリア、援護を頼む。」
瞬間的にその数を見極めると、アデルは鞘に収められた剣を手に取って進む速度を釣り上げる。
「了解ですわ。」
「光芒の聖槍」
反対に、セリアは急ブレーキをかけて立ち止まりながら杖を構えて魔法を発動させる。
「⋯⋯っ!!」
「⋯⋯なに!?」
アデルの真横をすり抜けて突き進む光の槍は、男達の前方の地面に衝突して巨大な土煙を上げる。
「斬空剣!」
「ぐはっ⋯⋯!?」
「うわああああ!?」
男達がその衝撃で立ち止まり身動きを取れずにいると、アデルは一気に距離を詰めて風の刃を広げて五人同時に弾き飛ばす。
「よし、次だ!」
「⋯⋯一度状況を把握いたしましょう。」
振り返ることもせず、走り抜けて進もうとすると、今度は背後から追いついてきたセリアがそう進言する。
「分かった、屋根に登る。手を出せ。」
アデルはその意見を素直に聞き入れると、走る速度をセリアに合わせながら真っ直ぐに手を伸ばす。
「⋯⋯はい。」
「せえ、のぉ!」
セリアが一瞬躊躇った後にその手を取ると、アデルは掴んだ手を力強く握り締め、真っ直ぐに上方へと投げ飛ばす。
「⋯⋯っ!!」
空中で体制を立て直し、コウタと同様に民家の屋根の上に着地をすると、そのまま周囲の状況を確認する為、目を細めながら辺りを見渡す。
「⋯⋯⋯⋯っ、どうだ?」
一瞬遅れてアデルが壁伝いに飛び上がってその隣に着地すると短くそう尋ねる。
「やはり、いくつかの道でフリーになっているものがいるようです。」
セリアがそう言いながら指差す方向に視線を向けると、そこには自警団の包囲網をすり抜けて街の中を進む盗賊達の姿が見えた。
「一番屋敷から近いところを叩くぞ。」
「⋯⋯斬空剣!」
セリアの指差す方へと目標を定めながら剣を構えたアデルは、その場で構えたまま先程と同様に風の刃を放つ。
「⋯⋯ぐあぁ!?」
アデルによる死角からの攻撃を受けた盗賊達は、なすすべなく先程と同様に吹き飛ばされて地面を転がる。
「⋯⋯っ!!」
が、その中で一人、一際小柄な茶髪の少女だけが、その攻撃を回避する。
「⋯⋯っ、一人撃ち漏らした?」
完全に仕留めた手応えのあったアデルはその光景を見てそんな言葉を呟く。
「追撃します。」
咄嗟にセリアが武器を構えるが、その動きは無言で伸ばされたアデルの手によって制される。
「いや、私一人で行く。そっちはここから他の道の援護を頼む。」
「分かりました。」
パーティーの中で最も攻撃の燃費が悪いセリアは、アデルの言葉を聞いて素直に武器を下ろす。
(⋯⋯もう一度。)
「⋯⋯⋯⋯。」
セリアを止め、屋根を飛び降りながら真っ直ぐに少女の方へと突き進むと、その瞬間少女と目が合う。
「⋯⋯っ、爆裂斬!」
再び不意打ちをしようとしていたアデルは自身の方向を読まれた事を察知し、咄嗟に爆発を纏った斬撃へと切り替える。
「はいやっと!」
ギリギリまで動く事なくアデルの方に視線を向けていた少女は、広範囲に広がる爆発をひらりと飛び上がりながら回避する。
「⋯⋯なに?」
(また避けられた、こいつはまさか⋯⋯。)
不意打ちも火力でのごり押しも避けられ、アデルの嫌な予感は少しだけ強くなる。
「はあ!!」
そんなアデルの思考をよそに、茶髪の少女は飛び上がった体制のまま壁を蹴って斬撃を返す。
「ちぃ⋯⋯。」
意識の外からの突然の反撃に戸惑いながらも、振り下ろされる短剣を受け止める。
二度にわたり自身の攻撃を捌かれたこと、そして予想外の反撃を受けたことにより、アデルはつい先ほどの領主の言葉を思い出す。
『強力なのはせいぜい二、三人と言ったところだろう。』
「⋯⋯早速当たりを引いたということか。」
先程までの下っ端とは明らかに違う戦闘力を見て、アデルは確信する。
「⋯⋯なるほど、やっぱり貴女は騎士だったか。」
アデルの言葉を聞き流し、スキルの発動による影響でその眼球を小さく輝かせながら、少女は一人納得したような表情で呟く。
「⋯⋯⋯⋯じゃあ早速倒して行こうかな!」
少女はそう言って短剣を逆手から持ち替えると、飛び上がりながらその剣を振り下ろす。
「やってみろ、盗賊風情が。」
その剣を真正面から受け止めながら、アデルは挑発をするようにそう答える。
「⋯⋯⋯⋯。」
(なるほど、彼女が領主様の仰っていた強力な戦士⋯⋯手伝いたいところですが、アデルさんが近すぎて巻き込んでしまう。)
そしてその様子を見ていたセリアは、屋根の上から動く事なく冷静に戦況を把握していた。
「とりあえず、場所を移——」
「——スライスダガー」
援護をする為、場所を移そうと視線を外した瞬間、視界いっぱいに銀色の光が迫る。
「⋯⋯っ!?」
反射的に身体を仰け反らせて後方に下がると、そこで漸くその光が振り抜かれた剣から発せられたものである事に気がつく。
「⋯⋯なっ!?」
「⋯⋯?避けられた?」
視界の端には、剣を握り締めながら間の抜けた表情を浮かべる銀髪の女性が映る。
「だがまぁ、それでは立て直せまい。」
「しまっ⋯⋯!?」
直後、女性の言葉通り、セリアが避けた先には足場は無く、そのまま遥か下にある地面に向かって重力に従って落ちていく。
「⋯⋯っ、セリア!!」
遠目からその様子を見ていたアデルは、真っ逆さまに落ちていくセリアを見て思わずそう叫ぶ。
「死にはしないだろうが、この高さではただでは済まないだろう?」
屋根の縁に立ちながら覗き込む女性は、無機質な表情を浮かべたままそう呟く。
「光芒の聖槍」
が、セリアはその予想に反して、空中で体制を立て直しながら、女性の立つ屋根の縁ごと吹き飛ばすように魔法を放つ。
「⋯⋯なっ!?⋯⋯⋯⋯ちっ。」
「⋯⋯⋯⋯ん。」
女性が咄嗟に光の槍を回避すると、セリアは何事も無く地面に着地する。
「驚いたな、そこまで身体能力が高いとは。」
それを見て銀色の女性は屋根から飛び降り、セリアの前に着地すると、ポーカーフェイスを崩す事なくそう呟く。
「まあ、少々特殊な生まれですので。」
対するセリアは、女性に視線すら向ける事なくパンパンと自身の服に付く誇りを払いながらそう答える。
「なるほど、僧侶か神官だとは思っていたが、まさか聖人とはな。いつもの貧弱執事よりやれそうだな。」
そう呟く女性の眼球は、スキルを発動させている影響なのか、先程の茶髪の少女と同様に小さく輝いていた。
「悪いが邪魔をされては困る。ここで倒れて貰うぞ。温室育ちの聖人サマ。」
「構いませんが、流石にただの盗賊に追い詰められるほど、私のステータスは低くありませんことよ?」
女性からの挑発を受け流すと、セリアは手に持った長い杖を器用に身体の周りで棒術の様に回転させながら真正面から挑発を返す。
その頃、何も知らないマリー、エイルの二人は、彼女ら自身の判断で宿屋を出ていた。
「⋯⋯ちょ、ちょっと待って!」
状況をまったく理解できていないエイルは前を走るマリーに向かってそう声をかける。
「待てません、走りながら話して下さい!」
「あれが盗賊なのは分かったけど、止めに入るなら一旦合流した方がいいんじゃない!?」
帰ってくる言葉を聞いて、エイルはその返事通り、走りながらそんな質問を投げかける。
「分かってます、だから今屋敷に向かって走ってるんです。」
「迎えに来るコウタ達をこっちから迎えに行くってこと?」
マリーの答えを聞いて、エイルは確認を取るように質問を繰り返す。
「そうです。仮に誰もこちらに呼びに来れないような切迫した状況ならそれこそこちら側から行くべきです。」
呼びに来る時間があるのならば、こちら側から向かって一秒でも早く合流し、そんな時間すらないのならば一秒でも早く戦場に向かう。それがマリーの出した最適解であった。
「それに、多分そろそろ来るはずです。」
「——マリーさん!」
マリーがそう呟いた瞬間、二人の耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。
「⋯⋯っ、コウタさん!」
声のする方へと視線を向け、声の主の姿をみつけると、それまで真剣であったマリーの表情は、ほんの少しだけ明るくなる。
「盗賊が襲撃をかけてきています。お二人は今すぐ領主の屋敷の方に向かって下さい。」
対するコウタは、屋根の上から降りる事なく、真剣な表情でそんな指示を出す。
「けど、私も戦場に出た方がいいんじゃ無いんですか?」
その指示を聞いたマリーはすぐにそんな疑問を投げかける。
「今回の敵は領主の屋敷にある品が目的です。マリーさんは僕たちが撃ち漏らした敵をお願いします。」
「⋯⋯っ、分かりました。」
それを聞いた瞬間、マリーの表情は先程よりも更に険しく変化していく。
「⋯⋯ねえ、私はー?」
するとそれまで蚊帳の外にいたエイルは不満そうに手を上げてそう尋ねる。
「貴女は怪我しないように引いてて下さい。」
そんなエイルに対して、コウタは険しい表情のままハッキリとそう答える。
「⋯⋯っ、その言い方は無いんじゃない?」
余りにも容赦のないその物言いに、エイルは頬を引き攣らせながらそう尋ねる。
「今は貴女に構ってる暇は無いんです。死にたく無かったら安全な所にいて下さい。」
「⋯⋯そんなに強い敵がいるんですか?」
いつにも増して厳しい言葉を吐くコウタを見て、マリーは不安そうにそう尋ねる。
「ええ、約一名。逃げも隠れもせずにコッチを見てるのがいます。」
「多分、相当強いです。」
そう言って視線を外し、街の入り口の門に向けると、その上には真っ直ぐにこちらを見つめる黒髪の少女の姿があった。
そしてコウタに視線を向けられた少女は、その様子を見て小さく頬を釣り上げる。
「⋯⋯この距離から殺気を飛ばして、気付いたのは約一名、しかも一番弱そうなガキか。」
「が、移動速度を見た感じ、相当ステータスは高そうだな。」
それまで彼らの動向を見ていた少女は、一つ一つ口に出しながらその分析をしていた。
「なるほど、一人になったと思ったら仲間と合流しただけ、と。」
そしてコウタの真下にいる二人の少女を見て、納得したようにそう呟く。
しばらくそれを睨みつけていたが、コウタはその誘いに乗る事なく彼女とは別の方向へと走り去る。
「⋯⋯っ、へぇ?気付いた上で戦闘を避けたか。」
(思いのほか頭も切れるってことか?)
それを見て少女は一瞬間の抜けた表情を浮かべ、更に分析と考察をする。
「まあいい、何はともあれ。」
「ターゲットはお前だ。」
遠ざかっていく少年の背に指をさしながら、少女は一人小さく笑みを浮かべる。
そしてその様子を眺める影が一つ、街の外にあった。
「⋯⋯⋯⋯。」
「ルキ様、はい。⋯⋯⋯⋯ベレッタです。」
しばらく黙り込んだままそれを眺めていると、その女性は赤い宝石を耳に当てながら、小さくそう呟く。
「最後の呪剣に勇者候補が二人、接触いたしました。」
「ええ、〝剣戟の付与術師〟と⋯⋯⋯⋯。」
「もう一人、例の〝厭世の義賊〟です。」