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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百七十四話 乙女の話と大人の話



 チクパの街の領主リンブからの呼び出しを受けた数十分後、宿屋の女子部屋には、マリーとエイルの二人が待機していた。


 理由は単純であり、身元を隠しているとはいえ、一国の姫君であるエイルが権力者の前に出れば、少なからずその正体が割れる可能性が出てくるためであった。


 そして、そんなエイルを一人にしておく訳にもいかないという理由でマリーが同様に待機していた。


 そんな理由で取り残された二人は、互いの身分の違いや育ちの違いに反して、思いのほかよく打ち解けていた。




「——へぇ、じゃマリーはコウタに恩返しするためにこのパーティーに入ったんだ。」



 する事もなく、暇を持て余していたエイルは、マリーのこれまでの人生に強く興味を示してその話に食いつく。



「はい、それ以外に生きる理由もありませんでしたから。」



 するとマリーは、儚げな笑みを浮かべながら、感情のこもっていない声色でそう答える。



「⋯⋯生きる理由、ねぇ⋯⋯⋯⋯。」



「まあアデルさん程ではないですけど、今は復讐っていう目的もありますから。」



 エイルが含みのある態度で言葉を反芻すると、マリーが付け加えるようにそう続ける。



「⋯⋯なるほどね。⋯⋯⋯⋯ん?」



 話を書き終え、ふと視線をマリーの方へと向けると、彼女の視線は窓の外へと向かっていた。



「⋯⋯⋯⋯浮かない顔ね。気になるの?」



 儚げな表情を浮かべるマリーを見て、エイルは首を傾げながらそう問いかける。



「⋯⋯少しだけ。」



「悪いわね、付き添いで残って貰っちゃって。」



 一瞬の沈黙の後に返ってくる返事を聞くと、視線を下に外しながら小さな謝罪の言葉を述べる。 



「仕方ないですよ、エイルさんが行ったら身元がバレるかもしれませんから。」



「それに、多分私が行っても意味ないですし。」



 マリーはすぐさまエイルのフォローをするが、その直後に真っ先に自虐のような言葉を口にする。



「⋯⋯なんで?仲間なんでしょう?」



「仲間です、けど、私には大人たちの話は理解出来ませんから。」



 不思議そうに問いかけるエイルに対して、マリーは苦々しく笑いながら答える。



「駆け引きも取引も、交渉もなにも出来ないんです、私は、戦う事しか出来ない。」



「戦う事しか出来ないのに、私が一番弱い。」



 口を開く度に、自らを否定する言葉ばかりを吐き出す彼女の顔は少しずつ下に傾いていき、言葉を吐き出す度に、彼女の手は強く握りしめられていく。



「ようやく追いつけたって思ったんですけどね。リューキュウのあの事件で思い知らされたんです。」



「リューキュウって、あの幻獣を封印したやつ?」



「⋯⋯はい、あの人は神様と戦ってるのに、私は周りに流されてなにも出来ちゃいなかった。」



 自らの知りうる事件の存在が会話に上がり、エイルが食いつくと、マリーはその時の自身の行動を振り返ってそう答える。



「私なんて、結局いても居なくても変わらない。」



 あの時、自分は彼の為になにが出来たのか、そんな事を考える度に、マリーの自己否定は加速していく。




「⋯⋯随分と卑屈ね。別にそこまで深く考えなくてもいいんじゃないの?今追いつけなくてもいつか——」



「——いつか追いついてみせる、って考えてたらいつのまにか差が開いてた。」




 エイルが呆れたように励ましの言葉をかけようとした瞬間、マリーは言葉を被せるように否定の言葉を述べる。



 今はダメでもいつか、など、そんな言葉を何度も聞かされた。何度も自分自身に言い続けて来た。



 けれど、その結果がこの有様であった。



 もはやマリーの苦悩は、そんな言葉で楽になる程、軽くも単純でも無かった。




「⋯⋯⋯⋯。」




 そんなマリーの態度を見て、エイルはなにも言う事もなく、じっと黙り込んだまま、表情を変える事なく彼女の顔を見つめる。




「誰かのようになろうとするな。」




「⋯⋯はい?」



 そして、エイルがふと口にした言葉を聞いて、マリーは訳が分からない、といった表情でそんな言葉を発する。



「私の大切な人の言葉よ。」



「出来ないことをしようとしたって仕方ない。本当に大切なのは、自分に出来ることをする事、そうやってるうちに、自分にしか出来ないことが見えてくる。」



「で、どうしようもなくなったら助けて、って言えばいいんじゃない?」



 詳しい事情まで知らないエイルに、彼女の葛藤を全て理解することは出来ない。けれど、それに寄り添うことは出来る。



 その行為は奇しくも、彼女がコウタにした行為と似通ったものであった。



「⋯⋯⋯⋯。」



「少しは肩の力抜きなさいよ。アンタの大好きなコウタだって、いつもいつも真剣なわけじゃないでしょう?」



 マリーの表情にかかった影が少しだけ晴れるのを感じ取ると、エイルは穏やかで優しい笑みを浮かべながら、お姉さん風を吹かせてそう尋ねる。



「だ、大好きって⋯⋯!?」



 突然の核心をついた言葉を聞いて、マリーはそれまで浮かべていた暗い表情を消して、徐々に顔を紅潮させていく。



「⋯⋯え?違うの?そんなに言うからてっきりアイツのこと尊敬してるんだと思ったんだけど?」



 そんなマリーの反応を見て、エイルは不思議そうな表情を浮かべ、わざとらしく見える驚き方を見せながらそう尋ねる。



「尊敬?あ、ああ、そうです。そうなんです。尊敬してるんです。」



 それを聞いてマリーはすぐに理解出来た。



 この女性は、あの男と同じ属性(鈍感)である事を。



「⋯⋯いいわね、そういう風に尊敬出来る人が身近に居て。」



 マリーの誤魔化すような言葉を聞いて、自身の少しだけ間違った推理が当たっていると確信すると、エイルはニッコリと笑いながらそう呟く。



「エイルさんには居ないんですか?」



「居ないわ、王族なんて基本的には周りが全員敵みたいなものだから。」



「⋯⋯大変なんですね。」



「それはお互い様でしょ?」



 マリーが深刻そうな顔でそう言うと、エイルは笑みを返しながら気丈にそう答える。



「ふふっ、そうですね!」



 そう言って笑うマリーの顔には、既に先程まで抱えていた程の強い負の感情はほとんど残ってはいなかった。



「ん⋯⋯?なにあれ?」



 冗談めかしく二人が笑い声を上げていると、ふとエイルは窓の外に視線を向けながら、その視界に映るある光景に疑問の声を上げる。



「⋯⋯人影?たくさんいるみたいですけど⋯⋯⋯⋯?」



 少し遅れてマリーが窓の方へと身を乗り出して視線を向けると、高速で街道を抜けていく集団を見つける。








 そしてその頃、アデル、コウタ、セリアの三人は領主の呼び出しに応じて街の中心にある屋敷へと向かっていた。



「⋯⋯こちらになります。」



 もとより一晩休憩をしてすぐに街を出るつもりであったコウタ達にとっては彼らからの招待など気にするつもりは無かったが、仮にも相手は領主であり、そう簡単に一蹴するわけにもいかなかった。


 我欲の為に堂々と法を破るような者の言葉を無視すれば、今以上に面倒なことに巻き込まれる可能性もあった。



「⋯⋯失礼します。」


 それ故に彼等は仕方なくその正体に応じることにしたのだ。


 屋敷の中にスムーズに通され、案内されるがまま進み、とあるドアの前にまで通されると、アデルがトントンとそのドアをノックして顔を覗かせる。



「⋯⋯おお、来たか。」



 すると、その部屋のソファに座り込む白髪の中年の男が、アデルのその姿を見て嬉しそうに歩み寄ってくる。



「冒険者、アデル・フォルモンド、他二名お招きに応じ参上致しました。」



 アデルはそんな男の態度を見て、すぐにそれが自分達を呼び出した男であると理解し、淡々とした態度で小さく頭を下げる。



「⋯⋯ん?情報によれば五人だった筈ではないのか?」



 すると男は、太々しい態度を崩す事なく三人に向かって順々に視線を移していく。



「一人はある依頼で護衛をしている方で、もう片方は長旅で調子を悪くしてしまって、来れる状況ではありませんでしたので。」



 実際は体調不良ではなく監視兼護衛役であったが、敢えて言う必要も無かった為、簡単な嘘をついて誤魔化す。



「なるほど、まあいい。」




「それで、今回はどのような要件で?」




 男が疑問混じりではあるものの、納得した態度を見せると、コウタは今にも溜息を吐き出しそうな表情でそう問いかける。



「何、簡単な話だ。害虫駆除だよ害虫駆除。」



「我々は明日この街を出るつもりです。申し訳ありませんがその依頼には応えることは出来ません。」



 なんとなく面倒ごとを持ちかけられると予想はついていた為、アデルは男の言葉に対して即座に拒絶の意思を示す。



「なに、内容自体は一日で終わるものだ。時間はかけさせん。」



「⋯⋯ちなみに、駆除の対象は?」




 それでも引かない男に対して、コウタはとうとう溜息混じりにそう問いかける。



「盗賊だ。ここらに拠点を構えているらしいが、どう頑張ってもウチの自警団では話にならなくてな。」



「以前から何度か盗みに入られていてな、毎度毎度逃げられている。」



 コウタの問いを聞いて、男は太々しい態度のまま近くのソファに座り込み説明を始める。



「唯一まともに戦えるのはそこのヘッジだけだが、そいつも結局は一度たりとも勝てぬままじゃ。」



 そして最後にコウタ達を連れてきた、暗い雰囲気の男性を指差してそう呟く。



「数は?」



「かなりいる、が強力なのはせいぜい二、三人と言ったところだろう。」



 それに対してセリアが尋ねると、男は人差し指と中指を立てながらそう答える。




「そもそもの話なんですけど、なんでそんな盗賊に狙われてるんですか?何か原因があるのでは?」



「⋯⋯金は大量に貯め込んでいるが、もう一つ、心当たりがある。」



 そもそもの話をコウタが尋ねると、男は思いのほか素直にそう答え、深い溜息をつく。



「⋯⋯なんですか?」



「⋯⋯⋯⋯持ってこい。」



 コウタが更に追求すると、男は自らの背後に立つヘッジに対して視線を飛ばす。



「⋯⋯はい。」



「半年ほど前に旅の商人から買い取ったものだ。」



 背後のドアから抜けていくヘッジを視線で追いながら、男は一言だけそう言って天井に視線を向ける。



「⋯⋯買い取ったもの?」



「⋯⋯持って参りました。」



 コウタが首を傾げると、男の背後から白い手袋をつけたヘッジが両手で大事そうに一本の剣を持ちながら現れる。



「⋯⋯それは、剣。でしょうか?」



「⋯⋯っ、なるほど。」



 禍々しくも美しいその剣を見て、セリアが不思議そうに首を傾げると、三人の中で真っ先にコウタはそれがなんなのかを理解する。



「それはなんなのですか?」




「——呪剣、ですよね。」


 アデルの問いに対して、そう答えたのは白髪の男でも、ヘッジでもなく、彼女の隣に立つコウタであった。




「「⋯⋯っ!?」」



「ああ、名は〝虚空の呪剣〟我が家の資産の三割を支払って手に入れた代物だ。」



 大きく目を見開き、静かに表情を凍り付かせるアデルとセリアを横目に、男はその剣を気持ち悪そうにじっと眺める。



「⋯⋯それは⋯⋯⋯⋯。」



「元は高値で転売しようと思っていたものだが、買い手がなかなか決まらなくてな、持て余していた矢先にあの害虫どもが来た。」


「買い取った時は本物かどうか分からなかったが、これだけ執拗に狙ってくるという事は、どうやら本物の様だな。」


 コウタが何かを言おうと口を開くと、男は少しだけ嬉しそうな感情を交えながらそう呟く。



「なら今回の依頼は——っ!?」



「「⋯⋯っ!?」」



 ある程度状況を把握したアデルが話をまとめようとしたその瞬間、その場にいた全員の耳に大きな爆発音が轟く。



「爆発!?」



「一体なにが!?」


 突然の轟音に、状況を理解出来ないアデルとセリアがそんな声を上げる。



「⋯⋯くそっ、また来たか!」



「ヘッジ!迎撃の準備をしろ!」


「了解しました。」


 その中で多少なりとも状況を把握していた白髪の男は即座にヘッジに対して命令を与える。



(例の盗賊か、なんてタイミングの悪い⋯⋯!)



 そしてコウタはいち早く状況を理解すると、現在自分達が置かれている面倒極まり無いその状況に心の中で毒を吐く。


「どうします、アデルさん!」



「とりあえず私達も出る、二人とも、準備は出来ているか!?」



 コウタにそう問われると、アデルはハッキリと指示を出しながら武器を構えてそう尋ねる。



「ええ、もちろん。」



「いけます。」



 二人はほぼ同時に返事をすると、リーダーであるアデルの後を追って部屋から飛び出していく。




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