百七十三話 腐敗した街
いつもの面子に加えて新たに、『王族』エイルを加えたコウタ達一行は、程なくして最寄りの街へとたどり着いていた。
「⋯⋯着いた、けど⋯⋯⋯⋯。」
着いたは良いものの、その街はこれまで立ち寄って来たどの街とも違う何かがあった。
「なんか暗いですね。」
「ああ、街全体が暗い雰囲気だ。」
その何かの正体は他の四人も同様に感じており、マリーやアデルがボソリとそんな言葉を呟く。
「⋯⋯チクパの街へようこそ、冒険者の皆様。」
すると街の門に立ち尽くすコウタ達の方に、一人の女性が歩み寄ってくる。
「貴女は?」
「この街の受付でございます。入場は五名様でよろしいですか?」
コウタが尋ねると、女性は濁った目でコウタを真っ直ぐに見つめながら氷のように冷たい表情でそう返す。
「はい、そうです。」
「では五名で二万ヤードになります。」
「⋯⋯少し高くないか?大丈夫なのか法律的に。」
女性が通行料を請求すると、馬車の中から顔を出していたアデルが、訝しげな表情で問いを投げかける。
「⋯⋯そう仰られても、私は上に命令されているだけですので⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯上?上とは誰の事だ?」
淡々と言葉を返す女性の態度に少しだけ頭に血が昇ったのか、アデルは少しだけ声を大きくして体を乗り出す。
「まあまあ、アデルさん。早く中に入りましょうよ。」
「だが⋯⋯。」
咄嗟にコウタが貼り付けたような笑顔でアデルをなだめるが、彼女は納得いかない様子を見せていた。
「視線が集まっています。それだけじゃない。意識もかなりの数集まってます。」
するとコウタは、アデルの顔をゆっくりと抱き寄せるように近づけさせると、ボソボソとごく小さな声で耳打ちをする。
「⋯⋯⋯⋯っ、冒険者か?」
アデルの表情が、不満げなものから戦闘モードに変化する。
「一通り見ましたけど、全員一般人です。ここは僕に任せてください。」
「⋯⋯分かった。」
彼女の考えをすぐさま否定すると、二人は互いに顔を接近させたまま小さく打ち合わせをする。
「⋯⋯あの。」
「二万ヤードですね?分かりました。」
長い沈黙に対して、受付の女性が困ったような表情で問いかけると、コウタは間を空けずに馬車から飛び降りる。
「えっと⋯⋯どわっ⋯⋯!」
女性に向かって財布に手を入れながら歩み寄っていくと、コウタはその途中で道に落ちていた小石に躓き、盛大にその財布の中身をぶちまけてしまう。
「⋯⋯っ、大丈夫ですか?」
「痛てて⋯⋯ああ、ありがとうございます。」
女性が咄嗟にコウタに歩み寄り、介助しようと身体を寄せると、コウタは彼女の服の右ポケットに一枚の金貨を忍ばせる。
「気を付けて下さ——っ!?」
「⋯⋯チップです。一つ聞いても良いですか?」
女性がそれに気付き言葉を詰まらせると、コウタは女性に飲み聞こえるような小さな声で呟く。
「⋯⋯⋯⋯やめて下さい、こういうのは。」
「あっと、拾わないと⋯⋯。」
身体を強張らせて動揺する女性の発言を無視しながら、財布の中身をかき集め始める。
「⋯⋯あの⋯⋯⋯⋯。」
「答えてくれれば倍額差し上げます。」
欲望と罪悪感の間で葛藤を始める女性に対して、コウタは追い討ちをかけるように言葉を重ねる。
「⋯⋯っ、手伝いますよ。」
欲望に負けた女性は、一瞬息を飲んだ後、慌てた様子でコウタの真正面にしゃがみ込む。
「ありがとうございます!」
「⋯⋯⋯⋯何故通行料がこれほど高いんですか?」
純粋そうな笑顔を貼り付けて礼を言った後、真剣な表情でお金を拾いながらそう尋ねる。
「⋯⋯領主様の命令です。」
すると女性は一瞬、拾う手を止めた後に震えた声でそう答える。
「⋯⋯領主?」
「この街の領主様は、金にうるさくて⋯⋯⋯⋯悪い事は言いません。今からでも街を出て行った方があなた方の為です。」
更に情報を引き出そうと質問を重ねると、女性はコウタから視線を外したまま震えた声のままそう断言する。
「⋯⋯⋯⋯。」
(なるほど、そういう感じか。)
全ての話を聞き終えて、ある程度の状況を理解すると、ゆっくりとその場から立ち上がる。
「⋯⋯よし、集まった。ありがとうございます。」
女性とは対照的に、コウタはなに食わぬ表情で、周囲に一切の違和感を感じさせる事なく鈍臭くて無知な冒険者を演じ切ってみせる。
「いえ、気を付けてくださいね。怪我などすれば大変ですから。」
「⋯⋯そうですね。ではこれ、入場料です。」
ようやく冷静さを取り戻した女性がニッコリと笑みを浮かべると、コウタは最後に同じように笑みを返しながら、女性に対して金貨を間に挟んだ紙幣の束を手渡す。
「⋯⋯確かに受け取りました。」
最後に複雑な表情を浮かべた女性の横を通り過ぎながらコウタは馬車を街の中へと進める。
「⋯⋯ふう、どういう事だったのだ一体。」
ある程度周りに誰も居なくなったことを確認すると、アデルは再び荷台から顔を出しながら不満げに呟く。
「⋯⋯アデルさん。」
「⋯⋯どうした?」
「⋯⋯馬車を止めるのも追加料金がかかるらしいです。」
アデルが名前を呼ばれ首を傾げると、コウタは苦々しい笑顔を見せながら目の前の厩舎の看板に書かれた文字を指差す。
「⋯⋯はぁ!?」
周囲にアデルの呆れたような叫びが響き渡る。
その後、今晩泊まる宿屋を見つけ腰を落ち着かせると、五人はすぐさまコウタの部屋に集結することにした。
「⋯⋯おかしい、どう考えてもおかしいぞこの街は。」
開口一番そう呟いたのは、やはりアデルであった。
「⋯⋯⋯⋯?」
突然の発言にエイルが首を傾げていると、すぐに彼女の発言を中心に話が広がっていく。
「確かに、あまり普通の状況とは言い難いですね。」
セリアがアデルに対して答えると、こう言った真剣な話ではあまり口を開かないマリーが珍しく会話に入り込んでくる。
「この宿屋、相場の三倍はしたぞ。」
「しかも食事は別途料金、食事に関しては一食が平気で三千ヤードを超えてきますし。」
「街歩いてる時に見ましたけど、店頭に並んでる商品もかなり割高でした。」
ベッドをマリー、エイル、アデルに取られ、部屋に唯一置かれた椅子はセリアに取られ、行き場を失ったコウタは、床に胡座をかきながら、呆れたようにそう呟く。
「入場料といい、なんか変じゃないですか?」
「受付の女性曰く、領主の命令らしいですよ。」
マリーが首を傾げると、コウタはつまらなそうな表情でそう答える。
「それは入場料だけでは無いのですか?」
「同じ手を使って宿屋の人にも聞きました。どうやら商いをしている者に対しては重い税金をかけているらしいです。」
セリアが追求すると、コウタは既に確信を持たせるために行動を打っていた。
「悪徳領主というやつか?それは厄介だな。」
コウタの発言で完全に納得のいったアデルは、頬を引攣らせながらそう吐き捨てる。
「どうします?長居すればどんどんお金持っていかれますよ?」
「それもそうだな。ならば物資の補給を済ませ次第、すぐに出よう。」
コウタがリーダーであるアデルに対して決断を迫ると、アデルはすぐにそう答える。
「あの⋯⋯。」
話が纏まり、各自が準備を始めようと思考を働かせ始めると、その中で一人、ずっと黙り込んでいたエイルが気まずそうに手を挙げる。
「⋯⋯⋯⋯はい?」
「えっと⋯⋯なんの話ししてるの?」
コウタが短く声を上げると、エイルは全く話についていけてなかったと言わんばかりにそう尋ねる。
「⋯⋯?だからこの街の物価ですよ。いくらなんでも高すぎる。」
「⋯⋯あ、ああ、物価ね。そうね。高過ぎるもんね。」
若干苛立ちながらコウタが答えると、エイルはそれに気圧されながら慌てた様子で話を合わせる。
「⋯⋯⋯⋯?」
「な、なによ?」
その様子を見て違和感を感じたコウタは不思議そうにエイルを見つめると、エイルは言葉を詰まらせながら問いを投げかける。
「⋯⋯もしかして、相場とか知らないんですか?」
話を聞いていなかった訳ではない、のにもかかわらず、全くついていけていないエイルの態度見てそう結論付けると、至って真剣な表情で尋ねる。
「⋯⋯っ、し、知ってるわよ!私だって買い物くらいしたことあるの!馬鹿にしないで!」
それを聞いた瞬間、エイルはふっと顔を真っ赤に染めて声を上げながら否定する。
「あー、はいはい。愚問でしたね。」
その反応を見て確信を得ると、一転して真剣な態度を消して呆れたようにそう返す。
「なによその反応!信じてないでしょ!?」
「まあ、前科持ちですし?」
コウタの態度の変化、そして適当すぎる返事を聞いて、エイルはその場から立ち上がると、それに乗ってコウタは小馬鹿にするような声でそう呟く。
「このっ⋯⋯⋯⋯ん?」
エイルが羞恥と怒りでコウタに襲いかかろうとした瞬間、コンコンと部屋のドアがノックされる。
「⋯⋯誰だ?」
コウタがドアを開けると、そこには執事の制服を纏った白髪で細身の青年が立っていた。
それを見たアデルはコウタの後ろから腕を組みながら不機嫌そうに尋ねる。
「⋯⋯⋯⋯初めまして、アデル様、そしてお仲間の皆様ですね?」
青年は声を聞いてアデルの方に視線を向けると、暗い声色でそう尋ねる。
「ああ、そうだが。」
「私、フォクス家の使用人をやっております。ヘッジと申します。」
アデルが肯定すると、男は暗い雰囲気のまま深々と頭を下げる。
「フォクス?」
「この街の領主だ。」
聞き慣れない言葉を聞いてコウタが首を傾げると、アデルが咄嗟にそう口を挟む。
「⋯⋯へぇ?」
「我が主、リンブ様があなた方に会いたがっております。」
コウタが頭を下げる青年に視線を移すと、同時に頭を上げてそんな言葉を語り始める。
「ご同行、願えますか?」
そして最後にヘッジは死んだ魚のような目をコウタに向けながらそう尋ねる。
同時刻、チクパの街から少しだけ離れた高台では、コウタ達の部屋をスコープのようなもので覗き込む集団がいた。
「くそ、あいつら、冒険者と接触しやがった。」
その中の一人、望遠鏡を覗き込むガタイのいい男がコウタとヘッジが会話している光景を見てそう答える。
「厄介そうなのはいるか?」
するとその背後で、面倒臭そうに寝転がる、赤の混じった黒髪の少女が荒々しい声で乱暴にそう尋ねる。
「分かりません、ここからじゃ観測のスキルが届かないです。」
すると今度はその横で同じように望遠鏡を覗き込む茶髪の少女が必死にスキルを発動させながら答える。
「黒髪で白いメッシュ?が入ってる少年が一人、同じく黒髪の少女が一人、この二人は魔法職みたいだが一際幼いな。」
するとリーダーと思われる少女の隣に立っていた女が、ガタイのいい男から望遠鏡を掠め取り、一人一人の情報を淡々と述べていく。
「後は赤髪でおっぱいのデカイ騎士と、明るい茶髪?ていうかオレンジ色?の騎士と、教会の人間っぽいのが一人います。」
それに続いて茶髪の少女が必死に説明をするが、隣に立つ女とは違い、いまいちはっきりしない説明であった。
「間違いなく今夜の作戦に支障が出る、作戦を立て直すべきでは?」
女性は望遠鏡を男に投げ返すと、真剣な表情でリーダーである少女にそう問いかける。
「姐さん、どうします?」
「関係ねぇ、邪魔するなら死なねえ程度にぶっ殺せ。ヤバそうなのは私が受け持つ。」
話を振られ、決断を迫られた少女は、ニヤリと笑みを浮かべると、跳ね上がるようにその場から起き上がり、次々に指示を出す。
「ありったけ、奪えるだけ奪うぞ。」
狂気の混じった笑みを浮かべながら、少女は天に掲げた右腕を力強く握り締める。