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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第三章
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百七十二話 少女との取引



「——国に帰る?どういうことですか?」



 真っ先にそう言って首を傾げたのは、コウタであった。



「そのまんまの意味よ。私は自分の国に帰りたい。けど、今こんな感じだからどうしようもないの。」



 するとエイルは、強気な態度を崩すこと無く淡々とした口調でコウタにそう返す。



「それは構いませんが、ラフカの国は確か山脈を跨いで北側にあるはず。すぐに帰りたいのならば海峡を越えなくてはなりませんわ。」



 そんな態度に対して、セリアは全く気にすること無くいつも通りの態度で事実を述べていく。



「そう、だから海を越えるまで手伝って欲しいの。」



「後払いになるけど報酬はちゃんと払うわ。私と貴方達の個人的な契約、規定外依頼イレギュラークエストよ。」



 その事実も考慮した上で、エイルは真っ直ぐにセリア達の方を見つめながら、そんな提案を投げかける。



「⋯⋯ならもう一つ、聞いていいですか?」



「⋯⋯何よ。」



 その場に流れる沈黙を破り、コウタが尋ねると、エイルは少しだけ不機嫌そうに言葉を返す。



「貴方がラフカの王女様なのは分かりました。けれど、なんでそんな方が此処にいるんですか?そして何故、帰りたがってるんですか?」



 そもそもの疑問、なぜ彼女がこんな状況に陥ってしまっているのか。それを知らなくてはコウタとしても取引のしようがなかった。



「⋯⋯それは、言えない。」



 が、返ってきた言葉はコウタが予想していた答えの中で、最も対応に困るものであった。



「何故?」



 間を挟むこと無くコウタは即座に理由を尋ねる。



「言う必要もないでしょ?貴方達には関係ないし、私の問題に巻き込みたくない。」



 エイルは頑なに答えようとはしなかった。が、それでも一つ分かった事があった。


 理由や内容は理解出来なくとも、彼女は一つ、問題・・を抱えている。



「⋯⋯とのことだ。どうするコウタ。」



 二人の会話からそれを理解したアデルは、その上で改めてコウタに向かってそう尋ねる。



「⋯⋯どうする、って。」



 そんな事を聞かれても困る。と返そうとした瞬間、コウタは一度その言葉の意味を考える。



「⋯⋯⋯⋯。」



(⋯⋯なるほど。)



 そしてすぐにコウタは、このタイミングでアデルが自身に決断を委ねたことの意味を理解した。


 身元は分かっていても、言動や行動に不審な点が多過ぎる。だからこそアデルはここでコウタの持つ〝善悪を見分ける目〟の力を頼ったのだ。



「⋯⋯この人から悪意は感じません。話すと言った以上、発言にも嘘はないと思います。」



 その信頼に応える為、コウタは求められた通りに、当たり障りない言葉を用いて回答をする。



「⋯⋯なら。」



「僕はどっちでもいいですよ。後はいつも通りの決め方でいいんじゃないですか?」



「⋯⋯私はいいと思うぞ。行き先は同じなわけだしな。」



 コウタが受け取った決定権を再び返すと、アデルは真っ先にそう言って他の二人に視線を飛ばす。



「私もいいと思います。」



「⋯⋯なら決定ですわね。」



 続いてマリーがアデルの言葉に賛成の意を示すと、セリアはそう言ってアデルとコウタに視線を向ける。



「ああ、短い間だが、よろしく頼む。」



「ありがとう、報酬は必ず払うわ。」



 四人を代表してアデルが手を差し出すと、エイルはニッコリと安堵の笑みを浮かべてその手を握り返す。










 それから数分後、再び旅を続ける為に馬車を走らせていると、先程のシリアスな駆け引きなど無かったかのように馬車の中は思いの外盛り上がっていた。



「——剣戟の付与術師って⋯⋯まさか勇者候補!?」



 秘密を暴露し、緊張も無くなったエイルは、そう言って目を見開くと、御者台で手綱を引くコウタの方に視線を向ける。



「なんだ、聖人は知らないのに勇者候補は知っているのだな。」



 それを話した張本人であるアデルは、分かりやすいエイルの反応を見て、そんな言葉を投げかける。



「そりゃまあ勇者なんて今時三歳児でも知ってるし⋯⋯。」



 するとエイルはどこかで聞いた事があるようなフレーズを口にする。



「それに、ウチの騎士団にもいるのよ。勇者候補。」



「⋯⋯っ。」



 それを聞いた瞬間、彼女に背を向けていたコウタの表情が、人知れず硬くなる。



「本当か!?」



「ええ、名前はクラウド。そこにいるコウタと並んで〝天帝〟なんてあだ名で呼ばれてるわ。」



 アデルが尋ねると、エイルはコウタを指差しながら誇らしげに答える。



「強いのか?」



「⋯⋯⋯⋯。」



 同じ勇者候補などと呼ばれている同類の話が気になるコウタは、馬車を走らせながら二人の会話に聞き耳を立てる。



「戦ってるところは見たことないけど、強いと思う。なんせラフカの戦力の半分はアイツの力って言われてるくらいだし。」



「⋯⋯気になったんですけど、勇者候補ってそもそもなんなんですか?基準とかあるんですか?」



 求めていたほどの答えが得られなかったコウタは、視線を前に向けたまま、エイルに向かってそんな問いをぶつける。



「⋯⋯確かに、私もよく知らないな。」



 するとそれに同調するように、アデルはエイルに視線を向ける。



「勇者候補ってのは簡単に言えば魔王軍に対する抑止力になり得る奴らのことよ。」



「明確な条件とかは決まってないけど、だいたいの基準として、まず若いこと。」



「若い?」



 エイルが説明を始めると、その中の一つのフレーズに対して、アデルが短く反応しながら首を傾げる。



「そ、十代から二十代くらいね。それ以上の年齢になってくると勇者候補っては呼ばれなくなるわね。」



 確かに彼女の言う通り、コウタやもう一人の勇者候補であるロフトは未だ二十歳にも満たない若さであった。



「そしてもう一つの条件は本人の実力ですわ。」



 そしてその隣に座っていたセリアは、その会話に割り込みながら、自らの知識を元にもう一つの条件を口にする。



「そう、むしろこっちが重要よ。」



 そしてそれを聞いたエイルは、首を縦に振りながら言葉を続ける。



「魔王軍幹部を単体で撃破出来る実力があるか、それに近い実力がある事が証明されると認められるわ。」



「まあ、彼みたいに実績が出来れば一発ね。」



 エイルの言う通り、ザビロスやフルーレティの討伐、そしてルキの単独での撃退という実績を持つコウタは、そう呼ばれるに相応しい実力を有していた。



「ならばラフカにいるクラウドとやらも何か実績があるのか?」



 それに納得したアデルは、ふとエイルの言うクラウドという勇者候補について尋ねる。



「一度だけ、かなり前だけど魔王軍幹部の直属部隊を単騎で撃退してるわ。」



「なるほどな⋯⋯。」



 実際にブリカの街で親衛隊を相手取り、その大変さを理解していた一行は、すぐにクラウドという人間が勇者候補と呼ばれている事に納得する。



「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯マリー?」



 すると、アデルはふと自らの横で小刻みに震えるマリーに視線を向ける。



「⋯⋯他に、他にはなんか面白い話とか無いんですか!?」



 それまで黙り込んでいたマリーは、パッと目を輝かせながら、食いつくようにエイルに質問を投げかける。



「ええ?⋯⋯他に?じゃあ——」



 年相応にはしゃぐマリーに戸惑いながら、エイルは悪い気はせず、そう言って話を続ける。




「⋯⋯⋯⋯。」




 その微笑ましい光景をを横目で見ていたコウタは、小さく笑みを浮かべながら視線を前に戻す。



「——珍しいですわね、コウタさん。」



 すると今度は、荷台の方からセリアがゆっくりと体を乗り出してそんな言葉を呟く。



「何がです?」



 荷台の淵に腰掛けるセリアに視線を向けながら、彼女にのみ届くような声色でそう返す。



「いつもの貴方なら困っている者がいれば迷わず手を差し伸べたはずですのに。」



 するとセリアは、それに合わせて小さな声でそんな事を口にする。


 困っている者がいるのなら、何があっても助け出す。それはリューキュウでの彼の行動を見れば明らかであったが、今回はそんなセリアの想像とは違ったのだ。



「それはまあ、困っている人なら助けますけど⋯⋯。」



「⋯⋯⋯⋯?」



 含みのあるそんな言葉を聞いて、セリアは不思議そうに首を傾げる。



「⋯⋯ほら、今回の場合は本気で助けを求めてるわけでも、絶対に助けなくちゃいけないわけでもないでしょう?」



 コウタは苦笑いを浮かべ、視線を荷台にいる彼女の方に向けながらそう答える。



「どういうことです?」



「別に今回、彼女はラフカの国まで送らなくとも、近くの村まで送ればそこから勝手に帰国できるでしょう。現に始めに本人がそう言ってたわけですし。」



「極論を言えば暖かい服と、ある程度の食料さえ渡せば彼女は自力で帰れるだろうし、本人もそのことを分かってたからそこまで強く食い下がって来なかったんでしょう。」



 彼の意図を汲み取ろうと、セリアが尋ねると、コウタは彼女自身の言動や行動を振り返りながらその根拠を話していく。



「つまり、貴方の中では彼女は絶対に助けなくてはならない相手では無い、と?」



「そうです、そしてもう一つ。彼女は怪しすぎる。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 セリアの言葉を肯定しながらコウタは真剣な表情で二つ目の根拠を口にする。



「たとえ彼女自身に悪意は無くとも、彼女が絶対に問題を引き寄せないとは言い難い。まして王族ですしね。」



「⋯⋯なるほど。」



 無意識下で同じことを考えていたセリアは、コウタの発言に強い理解を示す。



「その結果貴女達に危険が及ぶなら、と考えるとあまり簡単に首を縦に振るわけにはいきませんから。」



「あらあら、随分と愛されていますわね。」



 自分達が思いの外大切にされていた事を知り、セリアはほんの少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべながら茶化すようにそう呟く。



「別に愛って訳じゃないんですけど⋯⋯純粋に彼女の依頼よりも貴女達の命の方が優先度が高いだけです。」



 語弊が生じそうな言葉に小さく訂正を入れながら、コウタははっきりと自らの持論を述べる。



「だからヒントを出した上で決断を委ねたのですね。」



「まあそんな感じです。」



 助けを求める人間よりも、仲間を優先して助けたい。それは余程の例外がない限り覆ることはない。


 そして今回は、その例外には当たらないからこそ、コウタは決断を委ねたのだ。



「それよりほら、街が見えてきましたよ。」



 するとコウタは、そんな会話を遮りながらニッコリと笑みを浮かべて視線を遥か前方に向ける。



「⋯⋯本当か?」



 するとその背後から、アデルがひょっこりと顔を出してそう尋ねる。



「⋯⋯アデルさん、どうします?」



「立ち寄ろう、元々寄る予定だったし、無理をしてペースを上げる必要もない。」



 コウタがそう尋ねると、アデルはハッキリとした口調でそう答える。



「⋯⋯了解、全員準備をしておいて下さい。」



 命令を受けたコウタは、手綱を強く引きながらニッコリと小さな笑みを浮かべる。


来週の更新はお休みさせて頂きます。


次回の更新は二十二日となります。


一言でも、質問でもいいので感想お待ちしています。


また、外伝の要望も同様に募集していますので、作者活動報告をご確認下さい。


今後とも剣戟の付与術師をよろしくお願いします。

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