百七十話 新たなる出会い
リューキュウの国で起こった幻獣リヴァイアサンとの戦いから数日が経ったその日、コウタ達一行はそこから遠く離れた荒野の道を馬車で突き進んでいた。
「⋯⋯ふぁ⋯⋯⋯⋯。」
これまで進んできた草原の道とは違い、緑もほとんどない茶色と肌色に支配された景色の中で、御者台に座るコウタは、大きな欠伸をして身体を伸ばす。
「随分と気が抜けてるな。」
その様子を見て、コウタの隣で手綱を引くアデルは穏やかな表情で笑みをこぼす。
「⋯⋯あまりに退屈でつい。」
「まあ確かに、あれほどの戦いの後となると、どうしても差があるからな⋯⋯。」
コウタが苦笑いで答えると、アデルも彼につられて思わず控えめな欠伸をしながらそう呟く。
「いいじゃないですか、退屈で!平和な証拠ですって。」
するとその背後からマリーが元気よく荷台から顔を出す。
「それもそうなんだがな、気を抜き続けるのもなかなか難しくて⋯⋯。」
根が頑固者の真面目体質であるアデルは、そんなゆったりとした空気に慣れることができぬままでいた。
「ところでこれからどこに向かうんですか?」
そんなアデルの言葉を聞きながら、マリーはキョロキョロと周囲を見渡すと、あまり見慣れない景色に疑問を抱きながらそう尋ねる。
「⋯⋯東だ。」
「⋯⋯え?東って、元来た道を戻っちゃうんじゃ⋯⋯。」
アデルが短く答えると、マリーの疑問は更にもう一つ積み重なる。
「それは少し違う。今まで通って来た道は南東のグラス地方、ベリーやベーツの町の方向から北西に進んで来たが、今現在はリューキュウの国から折り返して北東に向かっている。」
そんな問いかけに対して、アデルは少しだけ真剣な表情に切り替えて説明を始める。
「ジグザグに進んでるってことですか?なんでそんな面倒なことを?」
その説明を聞いて、コウタはマリーよりも少しだけ早く状況を理解すると、不思議そうに首を傾げる。
「コウタがリューキュウへと行きたいと言っていたのもあるが、一番の理由は山脈越えだ。」
「山脈越え?」
「⋯⋯人間領は山脈を中心に隔てて南北に分かれるのは知っているな?」
アデルは馬車の操縦と説明を並行しながら、マリーの問いかけに対して同じように問いを返す。
「はい、少し前に地図で見ました。」
するとコウタはそう答えながら自らのマジックバッグの中から一枚の世界地図を取り出して二人にも見えるように広げる。
「我々が今居る場所、そして今まで冒険をして来たのは山脈の南側、地図で言えば下の方になるな。」
一瞬だけ視線を世界地図へと移すと、アデルは地図の下部分を大雑把に指で差し示す。
「そして目的の地のポータルは逆に山脈を隔てて北側にありますの。」
するとそんな言葉と共に、マリーの頭の上から先程まで馬車の中でうたた寝をしていたセリアが同じように顔を覗かせて会話に入り込んでくる。
「あ、セリアさん、おはようございます。」
「はい、おはようございます。」
突然顔を出したセリアに対して、マリーはマイペースな態度で挨拶を交わす。
「本来なら山脈はリューキュウ付近にあるニューガーターという洞窟から抜ける事が出来たのだがな、今はもうそれは出来なくなってしまったのだ。」
「なんでですか?」
「寒季の影響ですわ。」
アデルの問いかけに対してマリーが更に食い付くと、セリアがアデルの代わりに説明を始める。
「⋯⋯寒季?」
「リューキュウを除く山脈付近の天候には、基本的に寒季と暖季がありますの。」
「へえ⋯⋯。」
生まれてから人生のほとんどを、一年中温暖な気候であるグラス地方で育ったマリーは、その言葉の意味を良く理解できず首を傾げるが、逆に元の世界で似たような気候で育ってきたコウタは容易にそれを想像することが出来た。
「そして、その寒季が向こうの方が少し早くてな、今洞窟を抜けて北側に出たとしても向こうは既に寒季の中心で、生存率は著しく下がるのだ。」
洞窟を抜けた瞬間に大雪が降り積もり、かつ視界も不明瞭な状況が来れば、雪を経験したことのない一行には少しばかり危険な道のりになるのは想像に難く無かった。
「原因は貴様も知っている通り、色々と問題が重なった影響で、当初予定していた期間よりも伸びてしまったのだ。」
確かにアデルの言う通り、コウタ達がリューキュウに辿り着いてから、パーティーの用心棒に女王の護衛、幻獣との戦闘など、トラブルやイベント続きであり、当初予定していた滞在日数を大幅に超えてしまっていたのだ。
その結果、山脈の北側の地方に来た寒季に出遅れてしまう形になってしまった。
「⋯⋯それは分かったんですけど、だからと言ってなんで東に向かってるんですか?」
「今言った通り、本来進むべきだったはずのルートは既に使用不可能、次に使えるのは寒季が終わるまでだ。だからこそ、別のルートで向かうしか無い。」
「⋯⋯航路、ですか?」
別のルート、と聞いてコウタは一瞬思考を巡らせると、すぐにその答えに辿り着く。
「その通り、冴えてますわね。コウタさん。」
それを聞いてセリアはニッコリと笑みを浮かべてそう呟く。
「そのために今は山脈の端にあるワラフの街に向かっている。そこの港から北側のノスモンド地方に向かい、再びポータルに向かって陸路を行く。」
そう言ってアデルはこれから進む経路を一つ一つ丁寧に説明する。
「航路を使うのはわかったんですけど、それってリューキュウからは行けなかったんですか?ポータルって確か大陸の北側の極西でしたよね?」
が、それを聞いたマリーはすぐにその道が遠回りなような気がしてしまう。
「残念ながら不可能だ。リューキュウから北に向かうには海流が激し過ぎて危険だからな。」
「現地の者にも聞いて回ったが、漁でも中々行かないらしい。」
「じゃあやっぱりこの道しかないんですね⋯⋯。」
漁でも行くことの無い海域と聞いて、マリーはその海域の危険さを強く理解する。
「仕方ありませんわ、安全面を考えればこれが最速ということになりますし、それに、ラフカに立ち寄るならばこちらの方が都合が良い。」
セリアの言う通り、現時点でラフカを通り、ポータルへと向かうためには、この経路が最短であるのもまた事実であった。
「⋯⋯ラフカ、幻獣が封印されているもう一つの大国か⋯⋯⋯⋯。」
その言葉にアデルが真っ先に反応する。
「本当なんですかね?」
「⋯⋯分かりません。けど、行ってみる価値はあると思います。」
リューキュウの教会での神との対話、そこで得ることが出来た情報は、コウタ達にとって有益なものばかりあったが、同時に一つの問題も生じていた。
それは彼女との会話で得た情報を、どうやって仲間に伝えるのか、というものであった。
手に入れた情報をただそのまま伝えれば、当然その出所を尋ねられる。けれど、かといって言わないわけにもいかなかった。
「図書館の本の情報、との事でしたから、ある程度は信頼出来る情報なのでは?」
故にコウタがとった作戦は、図書館で調べたというシンプルなものであった。
「私も行くべきだと思う。例え情報の出所が怪しくとも、リューキュウでの前例がある以上、無視は出来ない。」
普通に考えればそんな都合の良い情報を伝えても怪しまれるだけだが、幻獣伝説のあったリューキュウで、実際に幻獣を相手にしたからこそ、コウタの作戦はうまくいった。
「それにしても⋯⋯⋯⋯少し肌寒くないですか?」
話を終えると、ふとマリーは両肩を抑え小さく震えながらそう呟く。
「確かに、リューキュウから離れるほど温度が下がっていますわね。」
マリーよりも遥かに丈夫な身体を持つセリアも同じようにそう呟く。
「コウタさん寒くないんですか?」
「ええ、寒くなるのは事前に知っていたので、既に中に着込んでます。」
そう答えると、コウタは身に纏う法衣の袖を捲りながら、黒いインナーを見せる。
「私も同じものを着てみましたが、やはり少し寒いです、確か上着を持っていたはずなので⋯⋯。」
セリアも同じように法衣の襟から胸元からインナーを覗き込んだ後、一度荷台の中へと戻り、ゴソゴソと荷物を漁り始める。
「上着かぁ、私も着ようかな。」
それに続いてマリーも小さく呟くと、同じように荷台の奥へと戻ってゴソゴソと荷物を漁り始める。
「⋯⋯アデルさんも上着⋯⋯は無理だから何か掛けるものとか要ります?」
そんな光景を横目にコウタが隣に座るアデルに視線を向けてそう尋ねる。
「問題ない、騎士のスキルの中には環境耐性というものもある、鎧を着ている間限定ではあるが、暑さや寒さに対してある程度我慢が効くのだ。」
先程からどうも他の二人よりも反応が鈍いと思ってはいたが、そういったカラクリがある事を知りコウタも納得する。
「へえ⋯⋯騎士のスキルって便利なものが多いですね〜。」
「基本は耐えるや防ぐ、我慢するといったスキルが殆どだからな。」
それを聞いて改めてコウタはアデルのステータスを見ると、彼女のパッシブスキルは確かに守備力や耐久力を上げるものが多かった。
「ありましたわ、マリーさん。」
「お、ありがとうございます。」
そんなやりとりをしていると、馬車の荷台からセリアとマリーが二人揃って上着を纏った状態で現れる。
「コウタさんは何か着ますか?」
黒色の法衣の上から、真っ白な上着を纏って現れたセリアは穏やかな表情でそう尋ねる。
「大丈夫ですよ。寒くなってきたら適当に布でも出しますから。」
そもそも上着を持ってきていないコウタにはその選択肢しか無かった。
「⋯⋯だがこの先、その格好では少し無理がありそうだな。」
そんなコウタに対して、アデルは真剣な表情でそんな分析を伝える。
「その時は近くの村で買いますよ。」
「それの上から着れるとなると、ロングコートとかか?」
「それは流石に動き辛いでしょう。僕の場合近接がメインなんですから、それに戦闘中ヒラヒラして鬱陶しいですし。」
アデルの言葉を聞いて一度想像してみるが、ロングコートなど、どう考えても邪魔でしか無かった。
それになんとなくではあるが、中学生ほどの身長しかない少年がロングコートを着て剣を持つというのはどうにも言葉に出来ない痛さがあった。
「確かに、無駄に視界が狭くなって連携の邪魔になりそうだ。」
「はい、だから新しく買うとしたらインナータイプの方が実用的だと⋯⋯ふぇっくし!!」
結果としてナシという判断が下されたその時、コウタは突然大きなくしゃみをする。
「⋯⋯どうした?風邪か?」
「⋯⋯いや、なんか急に寒くなってきてません?」
アデルが心配そうに尋ねると、コウタは急激な気温の変化に違和感を示す。
「⋯⋯普通の範疇ではないか?そもそも一年中温暖なリューキュウの気候が異常なだけであっ⋯⋯。」
温度の変化に人一倍強いスキルを持っているアデルは、コウタとは違いその温度変化に気づく事が出来なかった。
「⋯⋯そうじゃなくて、なんか⋯⋯空気そのものが冷たくなってるような⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯雪?」
コウタが言葉を詰まらせながら説明していると、そんな二人の間に白いふわふわとしたものが舞い降りてくる。
「馬鹿な、いくら寒季の前とはいえ、雪が降るのは流石に早過ぎるぞ。」
それを見てアデルもようやくその気候の異常を察知する。
「⋯⋯ならば考えられるのは⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯っ!アデルさん!馬車を止めて下さい!」
アデルが思考を巡らせていると、馬車の中からセリアのものと思われる声が響き渡る。
「⋯⋯っ!!」
「⋯⋯なんだアレは?」
慌てて馬車を止めて周囲を見渡すと、馬車の右側に50メートル程ある巨大な影が見える。
「⋯⋯でかい。」
「⋯⋯吹雪がアレを中心に広がっていますわね。」
よく見るとその影はゆっくりではあるが少しずつ動いており、辛うじてそれが生物である事が理解できた。
「コウタ、見れるか?」
「⋯⋯やってみます。」
「⋯⋯⋯⋯!!」
(観測!)
アデルがそう尋ねると、コウタはすぐさま大きく目を見開いてスキルを発動させる。
「⋯⋯コルドジャイアント、って書いてます。」
コウタは浮かび上がったステータスとモンスターの名前を読み上げる。
「⋯⋯うそ⋯⋯コルドジャイアントって⋯⋯。」
「⋯⋯私の記憶が正しければ、もう数年は存在が確認されていないはずです。」
するとそれを聞いたマリーとセリアは同時に驚愕の声を上げる。
「⋯⋯どうしますか?」
「⋯⋯無視しよう、貴様は片腕が使えないし、相手にするメリットも然程ない。それに⋯⋯。」
アデルはコウタの右腕に巻かれた包帯に目を向けながらそう判断を下すと、その言葉に割り込むようにマリーの声が聞こえてくる。
「⋯⋯あれ、なんですかね?」
「⋯⋯アレは⋯⋯人!?」
その声に反応して再び視線を魔物へと向けると、その足元に小さな影が見える。
「⋯⋯誰でしょう?」
「⋯⋯保護します。」
その影が人間であると理解すると、コウタは即座にその人間に向かって走り出す。
「⋯⋯っ、待てコウタ!」
「問題ありません。すぐに戻ります。」
「加速!」
アデルは咄嗟にコウタを止めようとするが、その制止を振り切って一気に吹雪の中を突き進む。
「⋯⋯いた。」
「⋯⋯大丈夫ですか。」
馬車を降りてすぐに人影を見つけると、コウタはすぐに声を掛けながら駆け寄っていく。
「⋯⋯う、んん⋯⋯⋯⋯。」
(女性?⋯⋯一応生きてはいるけど、気を失ってる。原因はなんだ?)
女性をゆっくりと抱き上げると、コウタは呼吸、意識、その他の異常を即座に確認する。
「気を付けろ!コウタ!コルドジャイアントは、強過ぎるが故に討伐作戦が組まれた、特別指定モンスターなんだ!」
するとそれを見たアデルは、慌てた様子で声を張り上げながら、コウタに警告をする。
「⋯⋯はい?」
「⋯⋯ッ!!」
しかし、その警告は少しばかり遅かった。
「⋯⋯んなっ!?」
(⋯⋯速い。)
次の瞬間、コウタの身体は振り下ろされる巨大な拳と、それによって舞い上がる吹雪に飲み込まれる。
第三章開始です。
これからも応援よろしくお願いします。