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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
170/287

外伝 聖女はそれでも笑う



 物心ついた時から、彼女は聖女だった。


 彼女を育てた男は、彼女の親と言うには余りにも歳を重ねており、彼女の育った環境は、普通と言うには余りにも無理のある特殊なものであった。


 周りの者たちは「神に愛されし者」「選ばれし者」「天の使い」など、様々な名で彼女を呼び崇拝した。



 これは、そんな彼女の物語。





 教会に拾われて五年が経った。


 まだ言葉すらも口にすることも出来なかった頃に拾われた彼女の心には、幼いながらも自我や感情が芽生え始めた。



「エスト様〜!」



 それでも宗教や聖人の事など理解出来るはずもない少女は、奔放な笑みを浮かべながら教会の中の生活を送っていた。


「おやおや、どうしたんだい?セリア。」


「昨日お借りしたご本をお返しに来ました。」


 大神官であるエストがそう尋ねると、少女は屈託の無い表情で両腕に抱える巨大な本を差し出す。


「そうか、そうか。なら次は何が読みたい?」



「昔話の本が読みたいですわ!」



「歴史物か、ならこれを読むといい。」



 昔話と聞いて少女の意図を汲み取ると、エストは自室の本棚から一際大きくて分厚い本を取り出して手渡す。


「ありがとうございます!」


 本を受け取り部屋を出ようとすると、ふと窓の外の景色に視線がいく。


 そこには、彼女と同年代ほどの少年少女が、一つのボールを追って駆け回っていた。


「⋯⋯⋯⋯エスト様。」


 数秒の間、黙ってその様子を眺めていると、少女は無意識のうちにポロリと小さく呟く。


「なんだい?」


「私はお外には出ちゃいけませんの?」


 エストが優しい表情で首を傾けると、少女は純粋無垢な瞳を真っ直ぐに向けて同じように首を傾げる。



「⋯⋯そうさなぁ⋯⋯外は危ないからの。もう少し大人になってからが良いだろう。」



「ですが、外では私と同じ年くらいの方々も遊んでいます。」


 いまいちはっきりしない曖昧な答えに対して、少女は至極真っ当な疑問をぶつける。


「⋯⋯それはそうなんだがな⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 想定外の問いに対してエストが浮かべた困った表情を見ると、少女はその沈黙を破って口を開く。


「⋯⋯分かりました、では今日もご本を読むことにします。」


「失礼します。」


 頭を下げて部屋を出ると、頬を吊り上げながら忙しなく扉を閉める。


 そしてスタスタと廊下を歩く少女のその表情は、ほんの少しだけ悲しそうに静まり返っていた。


「⋯⋯そっか⋯⋯⋯⋯私は、ダメなんだ。」



(⋯⋯私だけが(・・・・)、ダメなんだ。)



 齢にして約五歳、周りから見ればまだ幼く奔放な年頃であったが、不幸にも彼女の知能の成長は他の凡庸な人間と比べ、数歩ほど先を行っていた。


 幼く、無垢な彼女の知能は、エストの微妙な反応を見ることでその奥にある真意まで見抜けてしまった。


 その日、彼女は自らが特別な存在であることを知った。






 それから三年後。



 その頃から一神教の教会には、孤児であった彼女と同じ年頃の子供達の姿が増え始めてきた。


 周囲はそれまでずっと孤独であった少女にも、ようやく理解し合える者が現れることを期待していた。


 だが、現実はそうはならなかった。


 いかに物心着く前から教会で過ごしてきた少女と言っても、その精神はあくまで少女のままであり、同年代の子供との衝突があるのは自然な事であった。


「返して下さい!」



「少しだけ見せてよ!僕もそれが見たいんだ!」



 聖女と呼ばれた少女と、ごく普通の少年、そんな二人は信者達が通る教会の廊下の中心で、一つの本を取り合っていた。


「嫌です!私も今から見たいんです!」


 その喧嘩の内容は、一つの本を取り合うという年相応とも言えるものであった。


 が、少しだけ違ったのは、それを見ていた周囲の大人達の反応であった。


「何をしている!」


 すると、それを見た一人の男が、少女と本を取り合っていた、少年の方を力強く突き飛ばす。


「⋯⋯ぐっ!?」


 およそ子供に向けるような力では無い勢いで突き飛ばされた少年は、尻餅をつきながら苦しそうに呻き声をあげる。


「⋯⋯なっ!?」


 それを見て思わず少女はそんな声を漏らす。



「聖女様に手を上げるなどなんと非礼な!!」


「なんだと!?」


「今すぐ謝りなさい!」


 するとそんな異変を感じ取った大人達が次々とその場に集まってくる。


「いや、別にそこまでしなくても⋯⋯。」


 突然激昂する大人達を見て、それまで興奮していた少女の方が先に冷静になってしまう。


「謝れ。」


「謝るのだ。」


「謝れ。」


 そんな少女の言葉を無視して、大人達は口々に少年の方のみを責め立てる。


「⋯⋯で、でも!!」


「うるさい!口答えをするな!ここから追放されたいのか!?」


 少年がそれに対して反論をしようとした瞬間、その中の一人が、大きく声を張り上げながらそう叫ぶ。


「⋯⋯っ!」


それを聴いた瞬間、少女は大きく目を見開いて息を飲む。


「⋯⋯⋯⋯ううっ⋯⋯。」


「もう、いいです!!」


 そんな四面楚歌の状況の中、少女は俯きながら訴えかけるような声でそう叫ぶ。



「「「「⋯⋯⋯⋯!?」」」」


 それまで興奮していた大人達は彼女の言葉を聞いて一気に静まり返る。


「もういいですから、怒っていませんから、道を開けて下さいます?私は急いでいるので。」


「⋯⋯も、申し訳ありません。」




「⋯⋯⋯⋯ええ。」



(ちょっと喧嘩しただけなのに⋯⋯みんな私の味方をした。)


 自分だって悪かったかもしれないのに、周りの人間は何も聞くことなく自分の味方をした。


——ここから追放されたいのか!?


 そして自分の味方をした人達は平気な顔でひどいことを言っていた。


「私が、言わせた⋯⋯⋯⋯。」


 自分が怒ったから、周りの人間はあんなひどいことを言った。


(私は、怒っちゃダメなんだ⋯⋯。)


 その日から、彼女は自らと周囲の人間の間に、巨大で堅牢な壁を作るようになってしまった。







 それからさらに四年後。


 齢にして十を超えた頃、周囲との距離を取りながら生活を続けていた彼女は、妥協と諦観の中で日々を過ごしていた。


 慢性的な孤独を感じながらも、平穏に、穏やかに過ごしていた彼女の生活に、その頃から変化が訪れていた。


「⋯⋯何故だ!」


 その日、少女がいつも通りに教会の廊下を歩いていると、入口の方からふとそんな声が聞こえてくる。


「⋯⋯っ!?」


「何故貴女はいつまで経っても会いに来てくれないんだ!!」


 突然の叫びに肩をピクリと震わせながら、恐る恐る声のする方を覗き込むと、そこにはどう見ても信者には見えない、村人や町人と思われる大人達が押し寄せていた。


「⋯⋯なんでしょう?」


「どうかしたか、セリア。」


 少女が不思議そうに首を傾げていると、その背後からエストの声が聞こえてくる。



「⋯⋯彼等は?」


「⋯⋯何、少しばかり頭のおかしな者が入り込んだだけじゃ。」


 少女がそう訪ねると、エストは入口の方へと視線を向けた後、呆れたような声でそう答える。



「聖女様!そのお顔を、我々に!」


 しばらく見ていると、村人達は信者達に取り押さえられながら、更に声を荒げて興奮した様子でそう叫ぶ。


 そしてその中には、かつて彼女自身が布教のために訪れた村の住人と思われる者もいた。


「いい加減にしなさい、此処を何処だと心得る!?他の者の迷惑を考えなさい!」


 すると、彼らを取り押さえる信者のうちの一人が、そんな言葉を言い放つ。


「何故だ、なぜ聖女は我々の前に姿を現さない!」


「セリア様は今現在お一人で儀式を為されておる、何人も面会することは許されない。」


 それでも止まらず、叫び続ける村人に対して、教会の者と思われる僧侶が、冷静にそう答える。


「⋯⋯どう言うことですか!?私は、いつでも⋯⋯。」


 それを聞いた少女は、ほんの少しの怒りと驚きを込めた視線をエストに向ける。


「行ってどうする?会ってどうする?」


「ですが彼等は私を訪ねてここに来ているのです。ならば、私が彼等の前に出ればそれで事足ります。」


 やめておけと言わんばかりの口調で投げかけられるエストの問いに対して、少女は食い下がることなくそう答える。



「それでお前が傷つけられたらどうする。あのような危険な者達にお前を合わせるわけにはいかない。」



「⋯⋯っ、私は、私を求める人の為に⋯⋯⋯⋯。」



 エストの言葉を聞いた上で、それでも納得のいかない少女は自らのあるべき姿について途切れ途切れに語っていく。


「セリアや、お前は特別な存在なのじゃ。聖人であるお前は、全ての人に平等に接しなくてはいけない。だから、あのような自己中心的な者達に付き合う必要はないのじゃ。」


 そう言い聞かせるエストの表情は、穏やかながらもひどく悲しそうであった。


「⋯⋯くっ、聖女よ!!貴女の笑顔は偽物だったのか!貴女の言葉は全て嘘だったのか!」


「⋯⋯っ、決して、嘘では⋯⋯⋯⋯。」


 その奥から聞こえてくる言葉を聞いて、少女の表情は更に曇り掛かっていく。


「⋯⋯セリア、下がっていなさい。」



「レスト様、ですが彼等は⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯下がっていなさい。」


 エストはゆっくりと視線を外すと、少女に反論する余地すら与えずに念を押してそう指示を出す。


「⋯⋯⋯⋯っ、はい。」


 エストの言葉を聞いて少女は小さく歯を食い縛ると、その指示通りに教会の奥へと歩いていく。


 求められた通りに笑い、求められた通りに言葉を発した。


 けれど、全体が求めていたものは、自分が理想であると信じていたものと、少しだけ違ったのだ。


 決して間違っていたわけではない、ただ、求められているものと、自分自身のあり方が、少しだけ違ったのに過ぎない。


 彼女はその日、決意を決めた。この先の人生において、自らの感情を押し殺す覚悟を。








 さらに三年後。



 精神も、肉体も一人の女性として成熟を始める年齢になった彼女は、人一倍早くからその両方が豊かに成長していた。


 そしてこの頃から、彼女を求めてやってくる人々が増えた。


「お会いできて光栄でございます。麗しき聖女様。」


「こちらこそ、光栄でございます。」


 彼女の元には様々な人間が訪れていた。


 遠方の貴族の頭領、王族、議会の人間、冒険者ギルドの重役、あらゆる人間が彼女の美貌、そしてその神聖な雰囲気に惹かれて訪れた。


「⋯⋯噂には存じていましたが、驚きました。まさかこれほどまでに美しい方が⋯⋯。」


「——世間話もよろしいですが、それよりも早く本題に入りませんこと?」


 様々な人間との様々な出会い、それすらも、彼女にとっては自らの心を蝕むストレスにしかならなかった。


「⋯⋯っ、え、ええ⋯⋯そうですね。」



「さて。本日は、どのようなご用件で?」



 死んだ感情は何も反応する事なく、彼女は貼り付けたような笑顔だけを浮かべるようになった。



 そしてその頃から、彼女は積極的に布教活動を始める。




 それから彼女は迷える民の為、教会の為に働き続けた。


 遠方の街へは彼女自身が足を運び治癒の魔法を惜しみなく使い、魔物が出れば率先して狩りに出た。






 そうしているうちに様々な人間、団体から目を付けられるようになった。


 助けたかっただけなのに、守りたかっただけなのに、そして、正しい事だけをして来たはずなのに、敵は少しずつ増え続けた。


 その結果歪んでしまった彼女の性根は、鋼のように堅牢な理性によって抑圧され、決して表に出る事なく内面でより複雑に拗れてしまった。







 そして時は過ぎ、彼女は一人の小さな少年に出会う。


 その少年は自分の首ほどの高さもないその小さな体躯で、ボロボロになりながら彼女と、彼女の街を守り通した。




 戦いの後、彼女は街を離れる決意をする。



 支度のため、大した思い出がある訳でもなければ馴染みがあるわけでも無い筈なのに、妙に親近感の湧く、そんな街を歩いていると、道の向こう側から見覚えのある顔が視界に映る。


「⋯⋯あ!」


「貴女方は⋯⋯。」


 わざとらしくも聞こえる驚きの声を聞いて声を掛けると、二人の少女は直ぐにこちらに歩み寄ってくる。


「あの時ぶりだな、セリア。」


「こんにちは、セリアさん。」


「アデル様に、マリー様⋯⋯でしたわね。」


 典型的な騎士のような少女と、村娘と見間違う程に風格の無い少女、その二人の顔を見て、セリアは必死に名前を思い出す。



「こんな所に一人でどうしたのだ?護衛の人達はどうした?」


 適当に会釈を済ませて別れようと考えていたが、赤髪の少女は咄嗟に思い浮かべたようにそんなことを問いかけてくる。


「今日は旅の身支度を⋯⋯。」


 隠し立てする必要も無い為、面倒ながらもセリアは渋々そう答えを返す。


「⋯⋯旅?どうしてまたこんな時期に?」


「⋯⋯今回の魔王軍は、私を狙ってこの街へと来ました。そしてこれからも狙われて続けるでしょう。」


 自分一人が負担を背負うならばそれで良い。けれど、自分の存在が誰かにとっての負担になるのは許せなかった。だからこそ彼女は、この街を出る決意をしたのだ。


「だからもう、この街に居続けることは出来ない。私がいるせいでこの街を危険に晒すことは出来ませんから。」


「⋯⋯それに、私の命を狙っているのは、魔王軍だけではありませんから。」


 たとえ思い出など存在しなくとも、たしかにベリーの街はセリアにとって人生の大半を過ごした故郷である事に変わりはない。


 だからこそ、守りたいと思ったのだ。



「⋯⋯大変ですね。」


「一人で大丈夫なのか?そんな状態で魔王軍に狙われれば、今度こそ⋯⋯。」


 他人事であるにもかかわらず、二人の少女は妙に気にかけてくる。


「その時はその時です。運が無かったと諦めます。」


 おそらく世話焼きな性格なのだろう、などと考えながら、セリアは静かな表情で達観したような言葉を吐き出す。


「⋯⋯だが⋯⋯⋯⋯。」


「だったら、私達と一緒に旅をするのはどうですか?」


 赤髪の少女が何かを口にしようとした瞬間、その隣にいた魔法使いの少女がふとそんな言葉を投げかける。


「⋯⋯っ、私が貴女達と?」


「⋯⋯そうか、それはいいな。」


 その言葉を反復すると、考える間も無く赤髪の少女が賛成の意を示す。


 確かに彼女達の言う通り、一人で旅をするよりも、仲間と共にいた方が生存率は上がる。


 けれど、その選択肢は最初から持ち合わせていなかった。


「⋯⋯い、いけません、貴女達に迷惑をかける事など出来ませんわ。」


 自分のせいで傷付く人間を見たく無いからこそ、一人になる道を選んだ。


 にもかかわらず、ここで今彼女達に助けを求めてしまえば、その選択が水泡に帰してしまう。


 何より、これ以上()が自分のせいで傷付く姿を見るのは嫌だった。


「何を言う、我々は元々魔王の討伐を目指しているのだぞ?今更貴様狙いで来られても今回のように返り討ちにするだけさ。」


 それでも彼女達はそんな罪悪感を知ってか知らずか、余りにもあっさりとその不安を踏み越えてくる。



「それに、元々回復のできる人を探してましたしね!」



「そういう事だ。この街のついでに、私達も助けてくれ。」



「助けて⋯⋯⋯⋯ですか。」



 幾度となく言い続けられてきた言葉であるにもかかわらず、今回ばかりは何かが違うような気がした。




「はい!助けて下さい!」



 思惑も、下心も無い純粋な笑みは、様々な人間を見続けきたセリアには眩し過ぎた。



「⋯⋯そう言われては仕方ありませんね。」



 そしてそれと同時に、それまで抱えていた罪悪感が少しだけ軽くなった気がした。



「⋯⋯一神教セリア、微力ながら貴女方に力をお貸しましょう。」



 ひとりぼっちだった聖女は、その日初めて「仲間」ど呼べる存在を手に入れた。







 そして彼女は旅を続ける。


 はじめての仲間達とのはじめての冒険によって、沢山のはじめてに触れながら、彼女はその幸せを謳歌していた。


「——セリアさん、セリアさん!」


「⋯⋯ん、ん、マリーさん、どうかしましたか?」


 心地よく揺れる馬車の中で、少しだけ幼いその声によって眼を覚ますと、働かない頭でそんな問いを投げかける。


「⋯⋯⋯⋯。」


 シー、と人差し指を立てながらもう片方の手で示される方に視線を向けると、そこには赤髪の少女の珍しい姿があった。


「⋯⋯まあ⋯⋯⋯⋯。」


「珍しいですよね、こんなにぐっすりなアデルさんも。」


 確かにそれまでの旅において、彼女がここまで気の抜けた態度を見せるのは初めてであった。


 それは彼女が自分達に対して、信頼の念を示しているように感じて、少しだけ面白いような、嬉しいような気がした。


「見えてきましたよ。」


 すると馬車の手綱を引く少年がマイペースな声色でそう呟く。


「おお!あそこがニオンか〜。」


「アデルさん。着いたみたいですよ。」


「ん、んん⋯⋯。」


 それを聞いて魔法使いの少女がユサユサと赤髪の少女の体を揺らすが、一向に起きる気配が見られなかった。


「ああ、まだ起こさなくていいですよ。もう少しかかりますから。」


「ふふ、それにしても可愛らしい寝顔ですわね。」


 少年の言葉を聞いてしばらく余裕があることを知ると、セリアはニッコリと笑みを浮かべながら少女の顔を覗き込む。


「本当ですね⋯⋯って、アデルさん肌キレイ!!」


「ほっぺたもモチモチですわよ。」


 なにをしても起きる事のない少女の姿が思いの外面白く、ついついその柔らかな頬を指先でつついてしまう。


「ふにゃ⋯⋯ん、んん。」


 その瞬間、普段の彼女では想像の出来ない程可愛らしい声を上げて、その閉ざされた瞼が開かれる。


「「あ⋯⋯。」」


 それと同時にそのくっきりと大きな眼と真正面から向かい合う。


「⋯⋯っ!?」


「「痛ぁ〜⋯⋯。」」


 ほぼ反射的に振り下ろされる拳を避けることが出来ず、魔法使いの少女共々脳天を思い切り拳骨を受ける。


「お、お、起こすなら普通に起こせっ⋯⋯!!」


 赤髪の少女は、羞恥によってプルプルと震えながら裏返った声で指をさしてくる。


「あれ、アデルさん。起きちゃったんですか?もう少しで着くのでギルドカードの準備だけしておいて下さい。」


 そんな騒ぎをよそに、少年はペースを崩す事なく赤髪の少女にそう言葉をかける。


「あ、ああ、すまない。結局貴様にずっと任せっきりだったな。」


 赤髪の少女は、そんな動揺を隠すように凛とした態度で返事をする。


「いろいろありましたし、疲れているなら仕方ないですよ。」


「リーダーって大変そうだもんね。」


「今回の目的も果物狩りですし、そのくらい気を抜いてた方が丁度いいですよ。特に貴女の場合は。」


 パーティーの中で、最も長い付き合いであるこの二人は、会話をするだけで二人の世界を作り出してしまう。


 そんな信頼関係を感じながらも、それを見てつい表情が綻んでしまう。


「⋯⋯そうだな。」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ふにゃ。」


「ぶっ⋯⋯。」

 

 完全に油断したタイミングでの、不意打ちに、思わずその隣にいたミーアが吹き出す。



「⋯⋯っ!!おい!今馬鹿にしただろ!」



 その呟きは赤髪の少女も当然聞いており、更に興奮した様子で迫る。


「⋯⋯⋯⋯なんのことですか?」

 

 すると少年は敢えて少しだけ間を空けて、少女に対して問いを返す。


「なんだ今の間は!!」


「ほら、もう着きましたよ。」


 矢継ぎ早に迫る少女の問いに対して、少年は自らの会話のペースに乗せたまま会話を続ける。


「話を逸らすな!!」


 こう言った独特のタイミングや扱いの巧さを見ると、やはりこの少年は流石だな、などと考えてしまう。


「ぷっ、フフフ⋯⋯⋯⋯。」


 そんな息の合った二人のやりとりを見て、思わず言葉にならない何かが込み上げてくる。


「あら?セリア、ツボっちゃった?」



「そ、そんなに笑う事ないだろ!」


「し、失礼っ⋯⋯⋯⋯。」


「ははっ⋯⋯沢山笑わせてもらいましたわ⋯⋯。」


 風に揺れる赤髪と同じように、顔を真っ赤に染め上げて訴えかけてくる少女の姿が、おかしくて仕方がなかった。



(ああ、私は幸せだ⋯⋯。)


 聖女である彼女に泣くことは許されない、聖女である彼女は誰かの為にしか怒ってはならない、けれど、今だけは笑っていよう。


 何気ないことで仲間と笑い合う、そんなありきたりな幸せを噛み締めながら、聖女は今日も慈悲深き笑みを浮かべる。


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