十七話 遠き日の思い出
——時は遡る。
これは一人の少年が二つの世界を渡り、第二の人生を歩み始めるよりも前の、彼が歩んできた道のお話。
朝、水溜りに跳ね返る陽光が照り付ける住宅街の中で、一人の少年はガチャガチャとなれない手つきで玄関のドアに鍵を閉める。
「よし、戸締りオッケーですね。」
少年はそう言って鍵を背負っていたランドセルの小さなポケットに仕舞うと鉄格子の門を開ける。
「いってきまーす。」
覚えたての道を思い出しながら家の門を閉めると、その正面の家から元気な女の子の声が聞こえる。
「⋯⋯ん?」
「⋯⋯⋯⋯だれ?」
目が会うとその少女はいきなり馴れ馴れしくそう尋ねる。
「あ、はじめまして、昨日ここに引っ越してきました。城戸康太です。」
「私は白咲寧々だよ。よろしくね!」
礼儀正しく頭を下げる少年とは対照的に、少女は元気に自己紹介をする。
「えっと、よろしくおねがいします?」
「うん!よろしく!!」
これが彼らの最初の出会いであった。
成り行きで共に学校へと向かう事となった二人は、何気ない会話を交わしながら通学路を進んでいく。
「こうたくんはなんでそんなヘンな喋り方なの?」
「へっ、変って⋯⋯親にそうするように言われてるからですよ。」
容赦のない物言いにたじろぎながら、少年は胸を張ってそう答える。
「へー。」
「じゃあ、こうたくんはなんで引っ越してきたの?」
少女は横を歩く少年に尋ねる。
「父が新しい病院を開業するので、ここからの方が通いやすいらしいです。」
少年は落ち着いた態度でそう返す。
「へー。こうたくんのお父さんは病院の先生なんだ?」
少女は逆にせわしなく少年の周りを動き回る。
「はい。そうです。」
「じゃあお母さんは?」
「母は高校の教師をしています。だから基本朝は僕が家の戸締りをしています。」
「大変だね!」
「いえ、慣れてますので。」
首を傾げてそう尋ねる少女の問いかけに少年の顔が少し曇る。
「さみしくないの?」
その様子を見て少女の方が不安そうな表情を浮かべて少年にそう尋ねる。
「親に迷惑はかけてられませんから。」
「⋯⋯⋯⋯。」
少年はニコリと笑うがその笑顔が少女には無理をしているように見えた。
「じゃあさ、じゃあさ!明日からわたしが一緒に学校にいってあげる。それならさみしくないでしょ?」
「え?」
「はい、けって〜。キョヒケンはありませ〜ん。じゃあ早く行こ。」
聞き返すと、否定する間も無く少女は走り出す。
「あ、ちょっと!走ると危ないですよ!」
そうして二人は、共に歩んでいく。例えその先に何があろうと。