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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百六十八話 栄光の残響


 リューキュウの国で起きた幻獣騒動の数日後、そこから遠く離れた魔王城では一人の魔族の女性が戦いの影響で深い眠りについていた。



「⋯⋯⋯⋯?」



 あの日、キドコウタ達と激戦を繰り広げた魔族の女性ファルナスは、薄暗い部屋のベッドの上で目を開く。



(⋯⋯天井?)



「⋯⋯くっ⋯⋯こ、こは?」



 意識が徐々に明瞭になり始め、起き上がろうとするが、全身の痛みによってそれは果たされずに終わる。



「起きたみたいだね、ファルナスちゃん。」



 何もすることが出来ず、ベッドに身体を預けていると、部屋の外からそんな声が聞こえてくる。



「⋯⋯ルキ様?」



「⋯⋯おはよう、身体の調子はどうだい?」



 ゆっくりと首を動かしてその名を呼ぶと、声の主である男はゆっくりとファルナスの寝るベッドへと歩み寄っていく。



「⋯⋯問題、ありません⋯⋯⋯⋯。」



「うん、もうしばらくは動けなさそうだね。」



 ファルナスは返事をしながら強引に身体を起こそうとするが、ルキは軽くその肩に手を置いて彼女の動きを制止する。



「⋯⋯申し訳ありません。」



 やめておけ、と視線で訴えかけられると、ファルナスは身体の力を抜きながら息を吐き出す。



「気にしなくていいよ、君はしっかりと自分の仕事を果たしたわけだし。」



「それに、勇者候補を二人も立て続けに相手すればタダでは済まないのは当然だ。」



 その証拠にロフトの拳を受けた腕と、コウタの突きを受けた肩、そしてアデルの剣を受けた腹部の傷は未だ回復しきってはいなかった。



「⋯⋯あの後、どうなりましたか?」



 そんな慰めにもならない言葉を聞き流すと、ファルナスは思考を切り替えて自らが気を失った後の事の顛末を尋ねる。



「⋯⋯どうなった、か、そうだね。」



「簡潔に説明すると作戦は失敗した。」


 小さく前置きを入れた後、ルキはため息混じりに視線を外して答える。



「⋯⋯なっ!?」



「幻獣の復活までは成功したんだけどね。結局二人の勇者候補と女王様の神器によって再封印されちゃったんだ。」



「その後、ルシウス様が帰還命令を出して作戦は終了。みんなで仲良く帰還したって訳。」



 ファルナスの驚いた表情を目にすると、ルキはそれまで纏っていた気怠げな雰囲気をほんの少しだけ明るくし、笑顔を見せながら説明をする。



「追撃はしなかったのですか?四天王のお二人が居れば、幻獣の対処によって疲弊しきった国など容易に落とせると思うのですが⋯⋯。」



 するとファルナスは説明を聞いてふと思い浮かんだ疑問を目の前の男へと投げかける。



「それがね、ルシウス様が頑なにそれをしなかったんだ。〝目的は果たした〟とだけ言ってさ。」



「⋯⋯目的は果たした?」



(⋯⋯ならば王の目的は国を落とすことでは無かった?)



 幻獣は再封印され、国を落とす事も出来ず、二人も揃っていた勇者候補のどちらも生還しているこの状況で、それらを押し退けて最優先事項に上がるほどの目的などファルナスには到底思い浮かぶことはなかった。



「⋯⋯本来の目的は伺っていないのですか?」


「うん、頑なに教えてくれなかったね。」


 当然浮かぶであろうその疑問に、ルキは予想していたかのように即答する。



「一体なぜ⋯⋯?」




「さあね⋯⋯。」


(⋯⋯これは少し、探ってみる必要があるかな?)



 ファルナスの疑問に開き直ったかのような表情で答えると、ルキもまた脳内でそんな思考を巡らせる。



「⋯⋯ルキ様?」



「⋯⋯そろそろ僕は行くよ。」



 そんな細かな変化にファルナスが反応すると、ルキは深く追求される前に彼女に背を向けて部屋の外へと向かう。



「⋯⋯⋯⋯?」



「⋯⋯お大事に、ね。ファルナスちゃん。」



 そして突然の行動に戸惑うファルナスを無視してドアの前に立つと、顔だけを振り向かせ、優しい表情で言葉をかけながら廊下へと消えていく。




 ドアを閉め、スタスタと陽の光が差し込む廊下をしばらく進むと、歩みを止める事なく何もない空間に向かって小さく声を掛ける。



「⋯⋯⋯⋯アジー、メリベッサ。」



 独り言のような声色で呼び出された二人の女性は、何も無い空間から突如姿を現したかのような速度で彼の背後へと現れる。



「⋯⋯ここに。」



「お呼びでしょうか?」


 現れた二人の女性は、一人は水色の髪を片目が隠れるまで伸ばした物静かな女性、もう一人はオレンジ色のショートボブの活発そうな少女であった。


 二人は対照的な返事をルキに返すと、次の指示を受けるため、黙って耳を傾ける。



「少し魔王城ここを開ける、暫く留守番を任せていいかな?」



「⋯⋯それは、何故?」



 予想外のルキの命令を聞いて、アジーと呼ばれた女性は、一瞬だけ言葉を詰まらせた後に改めて質問を返す。



「仕事だよ、最後の呪剣、その監視をする。」



「分かりました、では外出の準備をしますね!」



 その言葉に納得すると、もう一人の少女がルキの前に出て忙しなく走り出す。



「いいや、準備はもう出来てる。すぐに出るよ。」



 が、ルキはそう答えながら、少女の動きを静止させる。



「分かりました、お気をつけて。」



「⋯⋯うん。」


 そんな言葉を受けながら、ルキは二人に背を向けて近くの窓を開けると、躊躇いもなくそこから飛び降りる。



「⋯⋯⋯⋯。」



 飛び降りる途中、何度か地面に足をついて数十秒としないうちに王城の敷地の外まで出ると、高速で森の中を駆け抜けながら再び小はな独り言のような声で女性の名を呼ぶ。



「⋯⋯⋯⋯居るかい、ベレッタ?」



「⋯⋯はい。」



 名前を呼んだ瞬間、地を駆けるルキの背後に、再び別の女性が姿を現わす。


 それは数日前の件において、ファルナスの治療を担当した女性であった。



「今から君に呪剣の監視を任せる。」



「⋯⋯私がですか?」



 先程まで二人の女性との会話を聞いていたベレッタは主の矛盾した発言に思わず首を傾げる。



「そう、してもらうのは監視だけでいい。何かあれば僕に報告してくれ。」



 が、ルキはそんな疑問に対して特に弁明することもなく淡々と指示を出していく。



「ルキ様は、どうするのですか?」



「少し調べたい事がある、とだけ言っておくよ。」



「⋯⋯分かりました、それ以上は聞きません。」



 含みのある発言を聞いてすぐに主の意図を汲み取ると、深く追求することを止めて返事をする。



「話が早くて助かるよ。そして一つ、注意して欲しい事がある。」



 ある程度話を終え、安心したように笑みを浮かべると、ルキは話の流れでもう一つ用件を口にする。



「なんでしょう?」



 ベレッタがそう尋ねると、ルキはそれまで以上に表情を強く引き締める。



「次に僕と合流するまで、レプトンとは顔を合わせるな。」




「レプトン様、ですか?」



 レプトン、それは現魔王軍において、ルキやファルナスと同様の席に着いている男の名であった。



「そう、彼の能力は少しばかり厄介だからね。」



 最後にそう言ってスピードを釣り上げると、ルキの姿はベレッタの前から完全に消失した。








 そしてそれから更に数日後、リューキュウの国から遠く離れたとある地にて。


 大陸から切り離されたとある孤島にそびえる漆黒の神殿の中枢にして最奥、最も広く、そして噴水やステンドグラスによって装飾の施されたその広間では、一人の若い黒髪の女性がその中心に玉座の如く置かれた椅子で眠りについていた。



「⋯⋯ザナークか。」



 水の跳ねる音くらいしか聞こえるはずのないその部屋に、コツコツと一際硬い足音が鳴り響くと、女性はその見た目に似合わぬ重々しい雰囲気を纏いながら小さくそう呟いて目を開く。



「ただ今帰還いたしました。」



 足音の主、ザナークは、過剰なまでに高く作られた段差の真下から、その女性を見上げるような形でそう答えると、片方の膝を地に突きゆっくりと頭を下げる。



「⋯⋯ご苦労様、で?どうだった?」



 女性はさしたる興味も示さぬまま、視線を日差しが差し込むステンドグラスに向けてザナークにそう尋ねる。



「邪神は二人の勇者候補と国宝の力によって再び眠りにつきました。」



「勇者候補⋯⋯流石霊槍の力といったところか。」



 報告を聞いてもなお、女性は対して驚いた様子も見せず、淡々と分析した結果を述べる。



「⋯⋯まさか我らが神を凌駕する力を持っているとはな。」



 だがそんな中、二人の会話に割り込むように、もう一つ別な女性の声が聞こえてくる。



「⋯⋯貴様は⋯⋯⋯⋯。」



 声の方へとザナークが振り返ると、そこには鎧を纏った金髪碧眼の女性が立っていた。



「それ程までに強力なのか?」



 突然の登場に対する反応すら気にすることなく金髪の女性が真剣な表情で尋ねると、ザナークはその場にゆっくりと立ち上がる。



「強力なのは否定はしない、が、それ以上に邪神そのものが力を十全に扱えぬ状況だったのが大きい。」



 そして黒髪の女性へ向けていた敬語を消し、あくまでも対等な口調ではっきりとそう答える。



「確か水龍神の封印は一際過剰に為されているはず、そう考えれば、たった一つの封印をを解放しただけでは力を発揮できないのは自明の理です。」



 ザナークの言葉を受けて、金髪の女性は段差の上に鎮座する黒髪の女性に向けてそんな言葉を投げ掛ける。



「なるほど⋯⋯いかに邪神と言えど、その力を封じられていては人間にも対抗出来てしまう、というわけか。」



「⋯⋯その件でもう一つ。」



「⋯⋯⋯⋯?」



 二人の女性が納得していると、その思考に割り込むようにザナークはもう一言言葉を付け加える。



「剣戟の付与術師エンチャンターが戦闘中に聖紋を解放しました。」



「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」



 その言葉を聞いた瞬間、二人の女性の目が大きく目を見開いて驚愕する。



「⋯⋯どういう事だ?」



「例の聖女の助力によるものなのか、霊槍の影響なのかは不明、さらに色も青白いものでしたが、あれは確かに聖紋でした。」



 黒髪の女性が訝しげに尋ねると、ザナークはハッキリとした口調で自らが目にした事実を述べていく。



「白い聖紋だと⋯⋯?」


「くっくっ⋯⋯。」


 金髪の女性が予想外の事実に驚いていると、黒髪の女性はそれとは対照的にクスクスとくぐもった笑い声を上げる。



「⋯⋯思いがけず新たな可能性を見つけることが出来たな。」



「剣戟の付与術師、そして聖女セリアか⋯⋯⋯⋯いいだろう。奴らは我々災宵禍が使う。」


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