百六十六話 知るべき答え
コウタ達が去った後、二人の騎士は城の敷地内にある庭園の中を歩いていた。
「⋯⋯私の為に貴重なお時間を頂きありがとうございます。」
あれだけの被害を受けたのにもかかわらず、未だ美しく咲き誇る花々の中心で、アマンドはそう言ってアデルに向かって頭を下げる。
「いえ、この後もさして大した用事はありませんでしたから。」
ありきたりなやり取りをする二人の表情はひどく無機質で緊張したものであった。
「それで、今回はどう言った御用でしょうか?」
「その前に、もしかしたら貴女の気を悪くするかも知れませんので先に謝罪しておきます。」
アマンドそう言って小さく頭を下げると、アデルに促されるままに話を切り出す。
「アデル様、貴女はもしや、キャロル王国の生き残りなのでは?」
小さく息を吐いた後に切り出された言葉は、アデルがあらかじめ予想していた通りのものであった。
「⋯⋯⋯⋯っ。」
(⋯⋯やはりそれか。)
アマンドに呼び出された時点で、アデルには話の内容に察しがついていた。が、改めて口に出されるとどうしても表情が固まってしまう。
「⋯⋯ええ、その通りです。当時は騎士見習いをしていました。」
肩を落とし深く息を吐いた後、アデルは正直に自らの出で立ちを語る。
「ならやはり、あのスキルは⋯⋯⋯⋯。」
あのスキル、というのは、あの日アデルが使用した、全身が紅色に輝く強化系スキル〝トランス・バースト〟のことであった。
「はい、私の師であり、直属の上司でもあった元騎士団長、アルテンシア・ガーネット。あの方から授かったものです。」
「やはりそうでしたか。」
アデルがスキルを得た経緯を話すと、アマンドは一人顎に手を当てながら納得した様子を見せる。
「まさか知られているとは思いませんでした。」
この国に来た時から身元を明かすつもりのなかったアデルは、ボロを出さないように気をつけてきてはいたが、本人もまさか使用するスキルからバレるとは思っていなかった。
「⋯⋯私が新人の頃、一度だけ彼女の技を拝見する機会がありましたから。」
「大国キャロルにおいて代々受け継がれてきた二つの秘伝のスキル、まさか滅亡した今でもその継承者が存在していたとは⋯⋯。」
「正式に継承した訳ではありません、襲撃を受けたあの時、あの方から引き継げるのが私しか居なかっただけです。」
「受け継いだだけで発動すら出来なかった私は、結局誰一人として救う事が出来なかった。」
その結果がキャロル王国の滅亡、そして彼女を除く全ての国民の死であった。
「それはどうでしょうか?」
アデルがそう言って視線を真下へと落とすと、それを見ていたアマンドがふとそんな言葉を吐き出す。
「⋯⋯はい?」
「えっと、実はここからが本題で、その⋯⋯⋯⋯あくまでこれは噂ですが⋯⋯一つ、耳に入れておいて欲しい話があります。」
不思議そうに首を傾げるアデルに対して、アマンドは途切れ途切れになりながら再び言葉を紡いでいく。
アデルとアマンドが話をしている間、暇を持て余すこととなったコウタ達は、セリアの提案で教会へと立ち寄ることにした。
「——いらっしゃいましたね。」
先日の幻獣の件の余波で立て付けが悪くなってしまったドアを開くと、礼拝堂の奥にはコウタ達を待ち構えるように司教であるマルタが立ち尽くしていた。
「お邪魔します、マルタ様。」
「こ、こんにちは〜⋯⋯。」
真っ先にセリアが代表して頭を下げると、それに続いて彼女の後ろからマリーが緊張した様子で顔を覗かせる。
「⋯⋯⋯⋯。」
そして唯一神妙な面持ちで黙り込んだままのコウタは、社交辞令程度に小さく頭を下げる。
「あの件で少しお話しがあります。」
「分かっています、あらかじめ資料を集めて確認しておきました。」
多少人がいる手前、セリアが少しばかり小さな声である程度ぼかした表現で呟くと、マルタもそれを察して核心をついた言葉を避けながら返事をする。
「ありがとうございます。」
「⋯⋯こちらへどうぞ。」
セリアが頭を下げると、マルタは踵を返しながら三人を案内する為に歩み始める。
「結論から申し上げますと、私に言える事はほとんどありません。」
会議室のような部屋に案内され、三人が席に着くと、真っ先にそんな言葉が飛んでくる。
「そう⋯⋯ですか。」
なんとなくそんな気がしていたセリアは半ば諦観の混じったような表情でそう答える。
「ここ二日、この教会に存在するあらゆる書物を調べてみましたが、白い聖紋の存在は一つたりとも確認することができませんでした。」
「どの書物、どの記録を辿っても、聖紋の特徴は黄金色に輝く刻印、としか書かれていませんでした。」
つまり最も聖人及び聖紋を熟知しているはずの一神教ですら、コウタの用いた力の正体を正確に理解できていなかったのだ。
「コウタ様、実際にあの力を纏って、何か変化などはありませんでしたか?」
「⋯⋯変化⋯⋯⋯⋯変化か⋯⋯。」
「そういえば、腕を損傷する直前に体の底から⋯⋯⋯⋯付与魔法を受けた時のような感覚が湧き上がってきました。」
宙に視線を飛ばし、しばらくの間考え込むと、ふと戦闘時に起こった変化を口にする。
「⋯⋯付与魔法のような感覚?」
「はい、正確には少し違うんですけど⋯⋯。」
問い返されるままに答えようとするが、本人ですら理解出来ていない力でもあることから、それ以上の言葉が出て来ず、尻すぼみになりながら言葉を止めてしまう。
(ならばあの力は霊槍の力ではなくコウタ様本人の力?⋯⋯⋯⋯きっかけはセリア様の魔法と霊槍の存在で間違いない⋯⋯⋯⋯けれど⋯⋯⋯⋯。)
「⋯⋯では実際に身体能力が上がった感覚はありましたか?」
少ないヒントをかき集めると、マルタは再び整理した情報の中から出てきた新たな疑問を投げかける。
「⋯⋯⋯⋯すいません、その時は霊槍から受ける力が莫大過ぎて、多少の変化では気付くことすら出来なかったです。」
裏を返せばコウタの肉体に現れた聖紋は、霊槍から流れ出る力に比べれば微々たるものであることを示していた。
「そうですか⋯⋯。」
「⋯⋯やはり分からない事だらけですわね。」
「⋯⋯そうですね。」
マルタ、セリアの二人が下を向いて呟くと、コウタは視線を外しながらそう答える。
「⋯⋯⋯⋯これはあくまで私の仮説ですが、あの力は恐らく、コウタ様自身の力。その力が霊槍とセリア様の二つの神の力によって引き出された。」
「つまりあの白い聖紋はコウタさん自身のもの、そして、私と同じ神に由来する力、というわけでですか?」
「⋯⋯⋯⋯っ!」
神に由来する力、と言う言葉を聞いて、普段なら平静を崩すことの少ないコウタの表情があからさまに激しく凍り付く。
「コウタさん?」
その様子に真っ先に気が付いたマリーは、それまで話についていけずに閉ざしていたままの口を開きそう尋ねる。
「⋯⋯いえ、なんでもありません。」
「結局、何も分からないままってことですよね?」
咄嗟に首を振って答えると、話を逸らすために再びマルタの顔へと視線を向ける。
「⋯⋯申し訳ありません。」
「いえ、戦闘に支障はありませんでしたし、分からないのであればそのままでいいんです。」
ふっとマルタの表情が暗くなるのを見てコウタは言い過ぎたと心の中で反省し、そして言葉を変えてフォローを入れる。
「ありがとうございました。少し席を外してもいいですか?」
そして一人立ち上がると、まるでお手洗いに行くような態度で他の三人に問いかける。
「え、ええ。どうぞ。」
部屋から出て、一人とある場所を目指して歩いていると、コウタはスタスタとしっかりと足取りで前に進みながら思考を巡らせていた。
「⋯⋯⋯⋯。」
(僕の中にある神の力、それは多分⋯⋯きっかけ自体はセリアさんと同様、彼女の手によって魂そのものに手を加えられたから⋯⋯。)
一人になる事である程度思考は纏まってきていたものの、彼にはもう一つ問題が発生していた。
教会の者の案内無しでは目的の場所にたどり着けず、何より視線を集め過ぎて仕方なかった。
「あら、随分と整った顔立ちの方が⋯⋯。」
「⋯⋯あれは⋯⋯もしや例の?」
どうしたものかと教会の中をふらついていると、コウタの耳に若い女性達の声が聞こえてくる。
「⋯⋯彼がですか?よくあの小柄な体躯で⋯⋯。」
「⋯⋯民を守るあの姿勢、是非とも見習いたいですわ。」
修行中と思われる若い神官、そして僧侶の女性達は、余所者であるコウタに対して、隠す事なく尊敬の眼差しを向ける。
(⋯⋯全部聞こえてるんだよなぁ⋯⋯⋯⋯。)
筒抜けの会話を耳にし、くすぐったいような気持ちになりながら小さく咳払いする。
「まあいいか、丁度いい。」
そう言って思考を切り替えると、コウタは踵を返して女性達の方を振り返って歩み寄っていく。
「⋯⋯っ?」
「ごめんなさい、ちょっと聞きたい事があるんですけど⋯⋯⋯⋯お時間頂けますか?」
女性達のうちの一人がそれに気が付き首を傾げると、コウタは自らの魔性を全開に放出しながら、コテンと首を傾けてそう尋ねる。
「「⋯⋯っ!」」
普段ならば交流することなど無いような美少年の、甘えたような態度に母性をくすぐられた女性達は、えも言えぬ衝動に肩を震わせる。
数分後、親切な神官の女性達に連れられて目的の場所に辿り着くと、彼女達の中の一人が、ドアを指差しながらコウタをその部屋へと誘う。
「——こちらですよ。」
「ありがとうございます。」
至れり尽くせりの待遇を受けて、なんとなく申し訳ない気持ちになりながら、コウタは愛想良く笑顔を振りまく。
「いえいえ、冒険者でありながら民を救い、そして我らが神への祈りも欠かさない。良い心がけですわ。」
「ええ、貴方のような冒険者が増える事を、そして貴方自身の幸福を心よりお祈りいたします。」
廊下を並んで歩いている時から薄々気が付いてはいたが、どうもこの女性達、世間知らずなのか純粋なのか、幻獣を撃退したこともあってコウタの事を聖人君子か何かと勘違いしていた。
「⋯⋯あ、はは⋯⋯⋯⋯。」
主に記憶的な要因で今現在、自分への自己評価が最低クラスまで落ち込んでいるコウタにとっては、その事実が罪悪感となって地味に心に突き刺さっていた。
「それでは我々はこれで⋯⋯。」
「はい、教会のお仕事頑張って下さい。」
「⋯⋯⋯⋯。」
やや引き攣った笑みを浮かべながら女性達と別れると、コウタは深く息を吐いて目の前のドアを開く。
「さて、と⋯⋯ここが礼拝堂か⋯⋯。」
そう言ってコウタが入っていった部屋は、中心に女神の銅像が鎮座する神聖な部屋であった。
その目的は一つ、一般用の礼拝堂でもなく、ましてギルドや王城でも会うことが出来ない、銅像があるこの部屋でしか会うことの出来ない彼女に会うためであった。
(⋯⋯来るとしたら、間違いなく⋯⋯⋯⋯っ!)
祈る事もせずただじっと息を吐きながら目を瞑っていると、数秒もしないうちにその変化に気が付く。
空気が凍り付く感覚。音は消え去り、世界そのものが文字通り完全に停止する感覚。
「⋯⋯⋯⋯やっぱり来ましたか。」
ゆっくりと眼を開けて目の前の銅像に視線を移すと、その真横に座り込む女性に向かって呆れたような表情で笑いかける。
『——当然、来ますとも。』
純白に透き通る肌に金色に輝く髪、それは間違いなく彼が今最も話をしたかった女性に他ならなかった。
「⋯⋯お久しぶりですね、康太君。」
「ええ、お久しぶりです神様。」
女性が小さく微笑みながら首を傾げると、コウタはため息混じりに返事をする。
「相変わらずとんでもない力ですね。」
以前といい、今回といい、いとも容易く世界そのものの時間を止めてしまう力に、思わず声が漏れる。
「まあそうですね。貴方と会話するにはここまでしなくてはならないのは少し面倒ですが。」
するとその力を用いる張本人が深いため息をついて愚痴を吐き出す。
「だったらもう少しご自身の制約を緩めたら良いのでは?」
「それは出来ません。いえ、明確には出来ますが、絶対にしません。」
コウタが皮肉混じりに尋ねると、女性は淡々とした口調で頑としてその提案を拒否する。
「⋯⋯随分と頑固なんですね。」
「ええ、こればかりは譲れませんから。」
人間離れした雰囲気を持つ彼女のその言葉や態度は、ほんの少しだけコウタに人間味を感じさせた。
「⋯⋯ていうか今回もまた特殊な服装ですね。」
が、それ以上にコウタが目を引かれたのは、彼女の服装であった。
以前は浴衣を装備していたが、今回の装いはTシャツにショートパンツと言ったリューキュウの気候にあった夏向けの服装であった。
「似合っているでしょう?」
「今回もまあまあです。」
「あら、それは残念。」
特に似合っていない訳ではなかったが、なんとなく素直に褒めるのは癪であるため、少しだけ辛口な感想を述べる。
「⋯⋯そろそろ本題に入っていいですか?」
ある程度茶番のようなやり取りを終えると、コウタは小さく息を吐いた後、表情を強く引き締めてそう話を切り出す。
「いいですよ。今回聞きたい事はなんです?」
すると女性は見透かしたような態度で問いを返す。
「やはり貴女は話が早くて助かる。」
「聞きたい事は二つ、一つは魔王軍の真の目的、そして⋯⋯貴女の目的。」
はっきり言って、コウタは自らの聖紋の事などさほど興味はなかった。
そしてこの質問こそが、彼がこの日、教会へと足を運んだ本来の目的であった。
「⋯⋯⋯⋯。」
コウタの問いを聞いた瞬間、それまで余裕そうな態度を崩すことのなかった女性の表情がほんの少しだけ悲しそうなものに切り替わる。
「⋯⋯答えて下さい。それが分からなければ、こちらも行動のしようがない。」
現に今回の事件では敵側の真の目的が分からず全ての行動が後手に回り、結果として五千人以上の命が失われた。
この先の旅で、この先の戦いで、これ以上の犠牲が出ることはコウタとしても許す事は出来なかった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
時間が止まっている今、どれくらいの時間が過ぎたかは分からなかったが、それでも答えを待つコウタが不快に感じる程の沈黙が続いた。
そしてそんな沈黙を破って、女性は頑なに閉じていた口を開き、ゆっくりと語り始める。
「⋯⋯楔が断たれた今、言うべきなのかも知れませんね。彼らの目的、そして私の目的を。」
「共通のキーワード、それは世界に滅びをもたらす存在、幻獣。」