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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百六十四話 何度でも




 放たれた矢は宙に光の放物線を描きながら、重力に従って真っ直ぐに進んでいく。



「⋯⋯⋯⋯。」



 メアリアは同時に自らの矢が手を離れたのを見届けると、祈るように目を閉じる。




「⋯⋯⋯⋯ッ!!」


 少し遅れて風を切るような轟音と共に周囲を埋め尽くすほどの巨大な光の柱が天に向かって突き上がる。




 そして音が収まるとメアリアはその目をゆっくりと開けて二歩ほど前に出てその結末を見届ける為に真下に広がる大穴へと視線を落とす。




「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」




 直後に彼女の口から漏れ出したのは、絶望に包まれた小さな呟きであった。



 放たれた矢は穴の底で横たわる幻獣の頭部をほんの少しだけ外し、その真横の地面に楔を打ち込んでいた。





「グルアアアアアアアアァァァァァァァァ!!」





 光も、そして攻撃も収まると、幻獣は何事もなかったかのように身体を起き上がらせて再び地を鳴らすような咆哮を轟かせる。




「⋯⋯嘘、でしょ?」



「外した⋯⋯のか?」



 そして彼女が立つ城の真下にいたアデル達も遅れてその結末を知って言葉を失う。



「⋯⋯そんなっ⋯⋯⋯⋯!」



(みんなが命を懸けて作った道を⋯⋯私はっ⋯⋯!!)



 その事実をはっきりと認識すると、メアリアはその場に崩れ落ちて両手で口を抑えて絶望に打ちひしがれる。



「⋯⋯⋯⋯潮時だな。」



 とうとう打てる手が無くなったと認識すると、ロフトは深い溜息を吐きながら視線を外す。






「——まだだ!」




 その場にいた全員が絶望し、死を受け入れようとしたその瞬間、小さな少年の叫びが響き渡る。





「「「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」」」




 何一つ取れる手段が無くなった中で、ただ一人諦めていない男がいた。




「セリアさん!回復!!」



 その場にいた全員が反応して視線を向けると、地面に転がった影響で跪いたままのコウタが、血に染まった身体を強引に奮い立たせてセリアに指示を出す。



「⋯⋯んがっ。」



 そしてそのままそう叫ぶと、コウタは地面に転がる霊槍を、使い物にならなくなった両腕の代わりに口で咥え、ふらふらになりながら走り出す。




「⋯⋯っ、ええ!!」



 名指しで命令を受けたセリアは、その中で真っ先に絶望から立ち直ると、挑戦的な笑みを浮かべて返事をする。




「⋯⋯お前は、まだ⋯⋯⋯⋯。」



 何度倒されても立ち上がる少年の姿を見て、ロフトはボソボソと小さな声でそんなことを呟く。



「ブレッシングヒール!!」



 セリアは受けた指示通りコウタに向かってありったけのMPを使って回復魔法を発動させる。



「⋯⋯くっ。」



(裂傷が酷すぎる、回復が間に合わない⋯⋯。)



 骨は折れ、肉はズタズタに裂かれたコウタの腕は、いかにセリアの魔法と言えど、思ったようには回復しなかった。



 そしてタイミング悪く枯渇しかけていたセリアの魔力が、同時にその瞬間、完全に切れて無くなってしまう。



「⋯⋯⋯⋯っ、⋯⋯誰かっ!!マナリターンを!!」



「わ、わかった!」



 苦しそうな表情でセリアが叫ぶと、その場にいた中で唯一マナリターンが使えるマオが即座に反応してセリアに魔力を譲渡する。



(間に合わないなら、幾つでも重ねてみせる!)



「プレッシングヒール!!」



 遠ざかっていくコウタの背中に向かって再び手を伸ばすと、二度目の回復魔法を発動させる。




「⋯⋯っ、これは⋯⋯⋯⋯。」



 その瞬間、ボロボロの腕は少しずつ元の形へと戻っていくと同時にコウタの両腕から青白く輝く光の刻印が浮かび上がる。



「⋯⋯私と同じ、聖紋⋯⋯?」



 刻印の色こそ少しばかり違っていたが、その模様や神々しく輝くその様はまさにセリアと同じ〝聖紋〟に他ならなかった。



「⋯⋯何故、只人たる彼があの力を?」



 そしてその光景をギルドの二階から眺めていたマルタも、同時にその光景に驚愕する。



 同時に二人は先日の教会での話を瞬間的に思い出す。




「——聖紋とは、それ即ち神に選ばれし聖人にのみ使う事を許された聖なる力。」



「聖なる力?」



 端的な表現に対して、コウタは不思議そうな表情で首を傾げる。



「神の使いとされる聖人のみが使う事を許された力であり、その力は神の力そのものです。」



 マルタはコウタのその短い発言に対して小さく首を縦に振りながら言葉を続ける。



「発動の際には肉体の強度が上がり、身体能力も魔法への耐性も出来ることから、聖人の防衛機能のような役割を担っている。と言うわけです。」



「ですが、防衛機能だとしても、発動にかかるMPは大きいですし、恩恵もさほど⋯⋯。」



 今度はセリアが彼女の説明に違和感を感じて尻すぼみ気味になりながら否定的な言葉を述べる。



「セリア様はまだ、小さな聖紋しか使えないのではありませんか?」



 するとマルタは一度説明を止めて、大人しい様子で首を傾げながらセリアにそんな問いを投げかける。



「ええ、そうですが⋯⋯。」



 セリアはこれまでの戦闘において、聖紋の力が、発動した経験を思い返しながら、短くそう答える。



「かつてこの支部を立てた聖人は、聖紋を自在に操っていたそうです。なんのスキルも使わず、そして全身に張り巡らせる事も可能でした。」



 するとマルタは少しばかり真剣な表情でそんな事を呟く。



 ホーリー・クロス・スペルという最大の大技を使わなければ発動出来ず、かつ肉体に浮かび上がる大きさは精々指先程度であるセリアにとっては、そんな光景は想像することが出来なかった。




「⋯⋯っ!?」



「⋯⋯聖紋による身体能力の上昇は、その大きさに比例します。」



 目を見開きながら黙り込むセリアの反応を見ると、マルタはそのまま説明を続ける。




「つまり私は、まだあの力を使いこなせていないと?」



 そこまで聞くと、セリアは驚いた表情のまま短くそう尋ねる。




「ええ、その通りです。」



「覚えておいて下さい。この力は、いずれあなた方を救う事になるでしょう。」



 なんの躊躇いもなく肯定の言葉を述べると、マルタは最後に真っ直ぐ二人の顔を見つめながらそう断言する。







——そしてそんな選ばれしものにしか使えぬはずの力を両腕に纏いながらコウタは王城に向かって駆け抜けていく。



「まさか、彼女の魔法をきっかけにして霊槍に込められた神の力を取り込んだ!?」



 マルタは今現在視界の中で起こっていることを、可能性の範疇でなんとか解析を試みる。




(⋯⋯腕、動く⋯⋯⋯⋯。)




 だがそんな余裕すら無いコウタは自らの腕が治療によって最低限の機能が回復したことを確認すると、遥か上で自らを見つめるメアリアに向かって力強く飛び上がる。



「⋯⋯⋯⋯っ!!」




「コウタさ⋯⋯っ!!」



 数秒としないうちにメアリアが立つ屋根の高さを超えると、コウタは動くようになった手を合わせてとある武器を召喚する。



「ぷはっ⋯⋯⋯⋯召喚!!」



「メアリアさん!」



 そして口から霊槍を離して右手に持ち替えると、左手に出来上がった武器を手にしてそれメアリアに向かって優しく投げつける。




「⋯⋯っ、これは、楔の矢!?」



 メアリアは咄嗟にそれを受け止めると、その武器の正体にすぐに気がつく。




「もう一度、いいえ、何度でも!!」



「最後まで付き合いますから!!」



 コウタは大きくはにかみながら、出せる限りの大声で堂々とそう宣言する。


 それはつまり、何度外しても、その度に自分が矢を作り出してやるという宣言に他ならなかった。




「⋯⋯⋯⋯っ!」




「⋯⋯⋯⋯はっ、やっぱ無茶苦茶だな!」



(⋯⋯まだ終わってねえ、なら!!)



 メアリアと同時にそれを聞いていたロフトは、それまで絶望していた表情を切り替えて、再びニヤリと笑って武器を構える。




「こっちも全開でいくぞ!」




「ディフュージョンフレア!!」




 ロフトは一気に飛び上がって幻獣の真上に付くと、巨大なダメージを受けて動けずにいた幻獣に対して、巨大な爆炎を叩きつける。




「⋯⋯⋯⋯ッ!?」




「一発じゃ終わらねえぞ!」




 更に苦しそうにする幻獣に向かってそう呟くと、今度は土属性の魔法を発動させ、自らの頭上に巨大な岩の塊を作り出す。




「メテオストライク!」




「⋯⋯ッ!!」



 そしてその土の塊を顔を上げて反撃してこようとする幻獣のガラ空きになった脳天へと叩きつける。



「加速!!」



 間髪入れずに今度はコウタが、苦しむ幻獣の顎に向かって強力な突きを放つ。



「⋯⋯カッ!?」



「⋯⋯もう一度!」



「待て!」



 追撃を加えようとするコウタに対して、ロフトは再び先程と同様、それを制止するように声を張り上げる。



「⋯⋯っ?」



「⋯⋯もう一回(・・・・)だ。」




「⋯⋯分かりました。」



 先程よりも短く端的な筈の指示は、コウタもすぐに理解出来た。





「⋯⋯⋯⋯アアアアァァァァ!」




 そして攻撃が止んだ瞬間、幻獣は二人を威嚇するように先程以上の音量で叫びを上げる。




「——ホワイトエイジ。」



 それに対して、ロフトは小さくそんな言葉を呟くと、魔法の発動源である彼を中心に白い霧が国の上空、ちょうど幻獣の視線辺りの高さに大きく展開される。




「⋯⋯ッ!?」




「⋯⋯アアアアァァァァ!!」




 幻獣は咄嗟に先程と同じように叫び声を上げると、今度は先程とは違う衝撃波が周囲に広がって白い霧を一瞬で払ってしまう。




「⋯⋯⋯⋯さて、問題。」



 そして払われた霧の先では、ロフトがたった一人、何をするでも無く真っ直ぐ無防備な状態で立っていた。



 展開した魔法が即座に対応されたロフトは、さほど驚くようなそぶりも見せず、余裕綽々といった態度でニヤリと頬を吊り上げる。




「⋯⋯もう一人はどこでしょう?」




「⋯⋯⋯⋯ッ!!」



 短く切り出されるそんな意味不明な問いの答えは、答えるまでも無くすぐに判明した。




「⋯⋯⋯⋯ぉぉぉおおおおおおおおおお!!」




 ロフトに完全に釘付けになっていた幻獣の、その真上から、コウタは出せる限りの速度で、届く限りの高さから真っ直ぐに降り注いてその脳天に全力の突きを放つ。




「⋯⋯ッガ、ガガ!?」




 完全に死角からの攻撃を食らい、幻獣は先程以上に驚いた様子で地面にねじ込まれる。





「⋯⋯た、おれろおぉぉぉぉお!!」




そしてゆっくりと下がっていくその頭に向かって、コウタは更に勢いを殺すこと無く速度を上げていく。




「⋯⋯ここで決めろ!チビスケ!!」




「⋯⋯っ、加速!!」





「⋯⋯ァァァァアアアア!!」




 最後に残った全てのMPを使って加速の魔法を連続発動させると、幻獣の体は再び地面へと崩れ落ちる。





「⋯⋯メアリアさん、もう一度!」




 そして起き上がる隙も与えぬよう、その場から飛び上がってメアリアの方に視線を向ける。




「⋯⋯やれ!!」



 そして同じように、ロフトもコウタに少し遅れてそう叫ぶ。




「⋯⋯コウタさん、ロフトさん⋯⋯ありがとう。」




 二人の勇者に再び背を押されて、少女は再びその矢を弓に番える。




(何度外しても、あの人達はきっとまた助けてくれる。だから、もう何も怖くない。)




 もう迷いはなかった。恐怖はなかった。だからこそ、少女はゆっくりと形を変えるその弓を強く引き、躊躇うことなく撃ち放つ。


「⋯⋯⋯⋯っ!!」



 その光景を見たコウタは、すぐに確信する。




(今度は、当たる。)





「⋯⋯⋯⋯ギィ!?」




「⋯⋯っ、当たった!!」



 先程と同じように宙に描かれる光の放物線は、美しい軌道を宙に描きながら、真っ直ぐに幻獣の脳天へと突き刺さる。




「ギ、ガ⋯⋯⋯⋯グガアアアアァァァァ!!」




 天を衝く光の柱に飲み込まれながら、幻獣は最後の抵抗をするようにメアリアに向かって殺気という名の刃を突き立てる。




「⋯⋯あ⋯⋯っ、⋯⋯⋯⋯!」



 一瞬、その迫力に気圧されながらも、メアリアは首を左右に振り、覚悟を決めたような表情で、静かに視線を元に戻す。




「龍神よ、もしかしたら我々人間は、あなたにとって、あってはならない存在なのかもしれません。」



「取るに足らない、紙屑のようなものなのかもしれません。」



「けれど、我々にも守るべきものがあるんです。」




「だから、今回は我々の勝ちです。」



 最後にそう呟くと、光の柱は徐々に収束していき、突き刺さった矢の元へとその力が集まっていく。



 それと同時に幻獣の肉体は、ゆっくりと尾の方から石化するように朽ちていく。




「⋯⋯⋯⋯アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」



「⋯⋯ッ、⋯⋯——ッ!!」



 全てを破壊するような、そんな最後の叫びは、朽ちていくその肉体と共に儚く消えていく。




「⋯⋯再封印、完了。」



 全てを見届け、静かにそう呟くと、メアリアは緊張の糸が切れたようにその場に膝をついて崩れ落ちる。




「⋯⋯陛下!」


 近くにいたアマンドはそれを見て慌てた様子で駆け寄っていく。




「⋯⋯止まっ、た?」


「⋯⋯ってことは!!」


 そして城下では、少しだけ遅れてマオやマリーが明るい表情でそう呟く。



「⋯⋯ああ、どうやらやってくれたみたいだ。」



 アデルが小さくそう呟いた瞬間、同じようにそれを確信した人々の歓声が国中から湧き上がる。



「⋯⋯⋯⋯っ!?」



「⋯⋯だはー、やっと終わった。」



 突然の歓声に肩を震わせながら、少し遅れて事態の収束を確信すると、デクは深いため息と共にその場に尻餅をついて大の字に寝転ぶ。



「⋯⋯アホ言え、わしらの仕事はこっからじゃ。しばらくは復興作業で寝る時間もありゃせんぞ。」



「うげっ、まじか。⋯⋯⋯⋯まあ、滅ばなかっただけマシか。」



 同じように安堵のため息をついて肩の力を抜くシルバの発言に辟易しながらも、デクは嬉しそうにしみじみとそう語る。



「そういうこった。今はあやつらに感謝じゃの。」




 そしてシルバも、同じように穏やかな表情で、上空から舞い降りる二人に視線を向ける。








「⋯⋯⋯⋯終わっ⋯⋯。」



 そして歓声に包まれる中、コウタは一番最後に緊張の糸を解くと、その瞬間、右手に持った霊槍が手の中から消失する。



(ああ⋯⋯もう、身体が⋯⋯⋯⋯。)



 同時にゆっくりと両腕に浮かび上がった聖紋が消えていくと、同時に身体から力が抜け、意識が朦朧とし始める。



「⋯⋯⋯⋯。」



 そして、完全に聖紋が消えると、コウタの意識は深い闇の中へと落ちていく。




「——おっと、力尽きたか⋯⋯⋯⋯。」



 すると自由落下を始めるコウタの身体を、ロフトは呆れたような表情で受け止める。




「⋯⋯ったく、無茶しすぎだっつーの。」




 愚痴をこぼしながらアンの方に視線を向け、そして彼女の無事を確認すると、ロフトも同じように緊張を解いて安らかに笑う。




「⋯⋯まあいいや、見ろよ。」




 そして今度は意識を失ったコウタに向かって言葉を投げかけると、周囲を見回して再び呆れたようにため息をつく。





「⋯⋯ちゃんと守ったぞ。」



 ボロボロに積み重なった瓦礫の上で湧き上がる歓声の中、二人の勇者は穏やかな表情で勝利の余韻を噛み締める。


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