百六十二話 思いが繋ぐ道
コウタ達が作戦会議を始めるその少し前、多数の怪我人が運び込まれ混沌としていたギルドの中では、重傷者を運び込むために特別に解放された救護室のベッドで眠っていた一人の少女が眼を覚ます。
「⋯⋯⋯⋯ん、んん⋯⋯。」
(⋯⋯ここは、ギルド?)
緑色の髪をした少女は、重たい瞼を上げて目を開くと、綺麗に清掃された天井を見てそんなことを考える。
「目が覚めたみたいね。アーちゃん。」
なんとか状況を把握しようとしていると、自らの真横から聞きなれた声が聞こえてくる。
「⋯⋯メイ、さん?ここは?」
声のする方を向いてゆっくりと体を起こすと、アンは震えた声でそう尋ねる。
「⋯⋯ギルドの二階、救護室みたいね。」
「⋯⋯ロフトは?」
居場所を把握すると、今度は即座に相棒の少年のことを尋ねる。
「戦ってるわよ、現在進行形でね。」
メイが窓の方を指差すと、そこには想像や創作をはるかに超えた巨大な龍と、それに立ち向かう二人の少年の姿があった。
「⋯⋯っ、行かないと⋯⋯⋯⋯。」
それを見たアンは慌てた様子で武器を手に取り、自らも戦場へと向かうために歩み出す。
「ちょ、何言ってんの!?病み上がりなんだから大人しくしてなさい!」
当然病み上がりの彼女を向かわせるほどメイも馬鹿ではなく、慌てて止めに入る。
「けど、私があいつに頼んだんです。この国を救って欲しいって⋯⋯⋯⋯⋯⋯だから⋯⋯行かないと⋯⋯。」
「駄目、行かせられないわ。」
自らの発言に責任を感じながら、アンはそんなことを口走るが、それでもメイは頑なにそれを辞めさせる。
「ただでさえ私達のせいで貴女に怪我を負わせてしまったのに、ここでまた連れ出したら、あいつに合わせる顔がない。」
そしてメイ自身も、自らの行動に責任を感じているが故に頑なな態度でそう答える。
「⋯⋯そんな事ないです。」
「⋯⋯私が怪我をしたのは私が弱かったからです。メイさん達は何も悪くない。」
「それに、今私が行きたいのは、私がそうするべきだと思ったからです。」
「手負いでも病み上がりでも、まだやれる事はある。」
はっきりとそう宣言するアンの目はメイには計り知れないほどの覚悟が宿っていた。
「大人しくはしてくれないのね。」
「⋯⋯ごめんなさい。」
呆れたようにため息を吐き出すと、アンは申し訳無さそうに目を伏せる。
「⋯⋯⋯⋯はぁ。」
「分かったわ、なら私も付いていく。」
それを見て呆れ返った溜息を吐き出すと、メイはしょうがないと言わんばかりにそう答える。
「メイさんも?」
突然のメイの発言に、アンは不思議そうな表情で首を傾げる。
「ええ、そして貴女が無茶しそうになったら、何がなんでも止める。」
「無茶だけは絶対にさせないから。」
その言葉とともに、メイは心の中で力強く覚悟を決めてしっかりとその目を見据える。
「⋯⋯分かりました。行きましょう。」
そう言って小さく頷くと、二人はほぼ同時に部屋の窓から飛び降り、戦場に向かって走り出していく。
「——威力を抑える?」
「あーそうだ。この技は普通に撃ったら威力が高過ぎるんだ。」
大海を統べる巨龍の進撃が着々と進みゆく中、二人の少年はその只中でそんな会話を交わしていた。
「だから抑える、なるべく被害が出ねえように。」
そう言って拳を握り込むと、ロフトはニヤリとらしくもない苦笑いを浮かべる。
「⋯⋯⋯⋯ちなみに、本気で撃ったらどの位の威力になるんですか?」
それでも若干納得のいってないコウタは、挑戦的な態度のままそう尋ねる。
「この技を使ったのは今までで一回しかねえから明確な基準はねえ。」
「ちなみにその時の被害は?」
「その時の俺はまだレベルも低くてステータスも今の半分くらいだったが、それでも、この国の五倍以上広い森が一瞬で更地になった。」
「⋯⋯っ、⋯⋯⋯⋯なるほど、分かりました。」
想像をはるかに超えた威力の高さを聞いてすぐさま納得すると、二人は同時に距離を取る。
そして分かれたその先で、コウタは力強く武器を構え直し、正面に佇む巨龍に最大限の殺気を叩き込む。
「——なら、僕は僕の仕事をこなさなきゃな。」
そう言って深く腰をおとすと、コウタは大きく息を吐き出して前を見据える。
「⋯⋯っ、はああああああああぁぁぁぁ!!」
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
全霊を込めて放たれる一撃は、空気を裂き、空間を歪ませる風を作り出しながら龍の顎を弾きあげる。
「加速!!」
幻獣が怯んだ隙に前に出ると、コウタはさらに突きを放ち追撃を仕掛ける。
「⋯⋯っ、硬い!」
が、空間を割いて突き進む一撃は、巨龍に届きこそすれど、その身体に傷をつけることは出来なかった。
「ギアガガガァァァァァァ!!」
「⋯⋯っ!?」
直後に轟く巨大な咆哮に、その場にいた全ての人間の表情が激しく苦痛に歪む。
「⋯⋯な、め⋯⋯るなぁぁぁぁぁ!!」
(隙が出来た⋯⋯⋯⋯もう一発!!)
「⋯⋯⋯⋯はぁ!!」
「⋯⋯ッ!?」
コウタは咄嗟に槍を突き出し、その風圧によって顎を弾き上げてその攻撃を妨害する。
が、それでもやはりコウタの攻撃は効果的と言えるほどの成果は出せなかった。
(風圧だけじゃ傷一つ付かないか。)
いかにコウタの霊槍といえど、神話に君臨する幻獣には、そう簡単にダメージを与えることは出来なかった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯っ!」
すると、幻獣は先程と同じように天を仰ぎながら大きく息を吸い込む。
(溜めが長い⋯⋯⋯⋯これは⋯⋯!!)
コウタは自らの出せる全速力で走り抜けると、次に来る一撃の為に、最も人的被害が少なくなるであろう場所に移動する。
「⋯⋯アアアアアアアアアアアア!!」
次の瞬間、幻獣の口元から先程と同じように白色の衝撃波が放たれる。
「⋯⋯今!!」
それに合わせて飛び上がると、高温の衝撃波がその真下を通り過ぎて連絡路を撃ち抜いてその奥の海上に線を引く。
「⋯⋯二発目、撃たせた。次はどう来る?」
完全に回避しきったコウタは、宙に舞いながら視線を幻獣へと戻す。
「⋯⋯⋯⋯。」
するとその足元から先程のさらに倍ほどの数の水龍が現れる。
「くそ、またか!」
襲い来る龍の群れを前に、コウタは一人、愚痴を吐きながら立ち向かう。
そしてそれと同じ頃、その光景を見ていたメアリア達は思わず言葉を失う。
「⋯⋯そんな!」
「連絡路が⋯⋯落とされた⋯⋯。」
城からシーランドタワーまでの最短の経路を潰された。それはつまり、始まる前から作戦が失敗してしまったのだ。
「くそ、コウタに伝えておくべきだったか。」
「いえ、伝えていても無茶だったでしょう。おそらくアレが最も人的被害の少ない対処法ですし。」
アデルがそう言って歯噛みしていると、セリアは悔しそうな顔でそれを否定する。
彼の性格を考慮すれば、どうやってもこの結果になるのは自明の理であった。
「けれど、このままではタワーには辿り着けません!」
「仕方ないよ、他のルートを探そう。」
声を張り上げて訴えるメアリアに対して、マオが冷静な態度でそう答える。
「連絡路以外のルートは、最早有りません。国を一周するか、船を使って海を渡るか⋯⋯⋯⋯。」
「遠回りで時間を取るか、船ごと落とされるリスクを取るか。」
そのどちらを取っても、成功率が低いのは誰もが理解していた。
「⋯⋯他に高い所なんて⋯⋯⋯⋯っ!!」
マリーはそう言って周囲を見渡すと、視線を一点に固定してその動きを止める。
「⋯⋯あった。」
空を見上げながらそう呟くマリーの言葉を聞いて、その場にいた全員が同時に視線を向ける。
「⋯⋯どこです!?」
「⋯⋯そこです。」
メアリアが鬼気迫る形相でそう尋ねると、自らの真上の空を指差してそう答える。
指し示された指の先に見えるのは、先程までメアリア達がいた建物であった。
それはシーランドタワーを除いた建物の中で最も高さのある建物であった。
「⋯⋯王城?」
「あそこの屋根の上なら高さは足りるんじゃ無いですか?」
他の者達が首を傾げていると、マリーは明るい表情でそう続ける。
「無理だ、城の中はいつ崩れるかも分からない、それにどうやってあの屋根の上まで行くと言うのだ?」
「けど、ベリーの街でアデルさんがやった方法なら、届くんじゃないですか?」
すぐさまアデルが否定すると、マリーはその答えを予想していたかのように、代替案を提案する。
「⋯⋯私が?」
「はい、コウタさんを剣で吹っ飛ばしたやつ。」
マリーが言っているのは、二人がフルーレティ戦で距離を縮める為に使った技のことであった。
「馬鹿言うな、無茶に決まっているだろう。」
あの技はコウタとアデル、二人の息がぴったり合っていた事や、飛ばされるコウタの身体能力が平均の倍近くあったからこそ出来た技であり、戦闘経験もなく身体能力も低いメアリアで同じ芸当をしろと言うのはいささか無茶があった。
「何より、あの技では恐らくあそこまでは届きませんわ。」
そしてそれを遠目から見ていたセリアは、その技では城の屋根まで到達する程の飛距離が出ないことも予想出来ていた。
「⋯⋯それは、どういった方法なのでしょうか?」
「えっと、二人同時に飛び上がって、片方がもう片方を踏み台みたいにして、もう片方はタイミングを合わせて剣を振る、って感じです。」
その案に否定的なアデルとセリアの姿を見てアマンドが尋ねると、マリーはぎこちない様子で身振り手振りを加えて説明する。
「それは流石に陛下の身体能力では無理があります。中から進んで行った方が安全では?」
その説明を聞いてアマンドは即座に危険であると判断すると、別の方法を提案する。
「けど、城の中は殆ど通れる状態じゃ無かったし、多分無理だよ?」
「⋯⋯ならやはりタワーに行くしか⋯⋯⋯⋯。」
城の中を進むのは不可能であると結論が出ると、場が途端に暗く静まり返る。
「⋯⋯⋯⋯いいえ、その作戦でいきましょう。」
そんな中、その提案を迷いなく受け入れたのは、当の本人であるメアリア自身であった。
「⋯⋯陛下⋯⋯ですが⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯この方法では間違いなく失敗します、他の方法を探す方が現実的ですわ。」
それでもセリアの考えは変わらず、諭すような口調で淡々と事実を述べていく。
「ですが、彼らにも時間が残されていないのでしょう?」
「だったら、他の方法ではなく、このやり方の成功率を上げる方法を探しましょう。」
「——ならば、我々が役に立てるかも知れませんな。」
メアリアの言葉の直後、彼女達の背後から聞いた事のある声が聞こえてくる。
「⋯⋯ギルマス!」
「⋯⋯シルバ様。」
振り返った先に見えた老人の姿を見て、その場にいた全員の表情が少しだけ明るくなる。
「悪い、マスターを呼んでたら遅れちまった。」
そして少し遅れてその背後から、息を荒立てたデクが現れる。
「詳しい事は分かりませんが、これだけ人数が多ければ、その成功率とやらも上がるのでは?」
「⋯⋯どうでしょう、アデルさん?」
シルバとメアリア、二人の視線を受けながら、アデルは小さくため息を吐く。
「⋯⋯⋯⋯分かりました。やりましょう。」
少しだけ考え込んだ後、アデルは作戦の決行を決意する。
そしてそこから数百メートルほど離れた場所では、コウタが一人で幻獣の攻撃を捌き続けていた。
「⋯⋯くっ、はぁ、はぁ⋯⋯⋯⋯。」
群れながら襲い掛かってくる水龍達を、強引に消しとばしながら、コウタはなんとか意識を保とうと必死に歯を食いしばる。
「⋯⋯まだ、まだいける!」
(こんなところで倒れる訳には⋯⋯!)
「⋯⋯っ?あれは⋯⋯⋯⋯。」
自らに言い聞かせるように言葉を吐き出すと、その瞬間、視界の端にアデル達の姿が映る。
(みんな揃って⋯⋯何を?)
先程集まった時の面子が殆ど揃っているのにもかかわらず、その場から動こうとしないのを見て、コウタは不思議そうな表情を浮かべる。
「⋯⋯っ、なるほど。」
(あっちはあっちで、とんでもない博打を打つみたいだ。)
「⋯⋯だったらせめて、こっちは僕に出来る事をしましょうか。」
働かない頭で一瞬考え込んだ後、彼女らのやろうとしている事に気がつくと、コウタも同じように決意を新たに切り替える。
そして再び城の前では——
アデルを中心にして、メアリアを屋根の上にまで届ける為の準備を完了させていた。
「——準備はいいか!」
「「「「⋯⋯⋯⋯はい!!」」」」
アデルが声を張り上げながらそう尋ねると、マリー、セリア、アマンド、メアリアの四人が同時に返事をする。
「⋯⋯おうよ!」
「いつでもいけるぞ。」
「こっちもオッケー!」
そして少し遅れてシルバ、デク、マオが所定の位置について返事をする。
「よし、なら始めるぞ!」
「——3」
「——2」
「——1、今!!」
「「「「⋯⋯⋯⋯っ!!」」」」
合図に合わせて、アデル、デク、シルバ、そしてメアリアを抱えたアマンドが同時に走り出す。
「⋯⋯はぁ!!」
「行くぞデク!!」
「おうよ!!」
まず最初にアマンドが飛び上がると、一瞬遅れてシルバとデクの二人が後を追うように飛び上がる。
「ウィングス——」
「——エアショット!」
二人は同時に掌に風の力を纏うと、アマンドの足の裏に向かって掌底を叩き込む。
「⋯⋯っ!」
二人分の体重を押し上げながら、風の力を乗せて吹き飛ばすと、アマンドそしてメアリアの身体はさらに推進力を増して浮き上がる。
「トランス・バースト!!」
そして同時にアデルがそう叫ぶと、その身体に紅の光が灯る。
(⋯⋯今!!)
「⋯⋯⋯⋯っ!!」
そして城の壁を登りながら飛び上がると、先に飛んだアマンド達の背後までたどり着く。
「⋯⋯爆裂斬!!」
「⋯⋯っ!!」
アデルはアマンドの足に剣の腹を当てると、フルーレティの時と同様に、力強く剣を振って彼女らの身体を押し上げる。
「今だ!!」
反動で地面に落下しながら、アデルはもう一度声を上げて合図を送る。
「⋯⋯ディフェンスハート!」
「⋯⋯ジェネラルレイズ!!」
それを聞いたマオとシルバは、着地時のメアリアの負担を減らす為、守備力を上げる魔法を発動させる。
「⋯⋯これが、魔法⋯⋯⋯⋯っ?」
初めて受ける強化魔法に不思議な感覚を抱いていると、メアリアの身体に三つ目の光が灯る。
「⋯⋯⋯⋯付与・守」
視線を向けると、戦闘中のコウタがこちらに向けて手を伸ばしているのが見えた。
「⋯⋯コウタさん⋯⋯⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯届いた!着地します!」
万全の対策が完成すると、浮き上がった二人の身体は、とうとう屋根の高さを超える。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ッ!!」
だがアマンドが着地の体制を取ろうとした瞬間、コウタが撃ち漏らした水龍が数体ほど襲い掛かってくる。
「⋯⋯来るぞ!攻撃だ!」
それをあらかじめ予知していたアデルは、慌てる事なく指示を出す。
「「⋯⋯はい!」」
「聖域」
「フレイムダンス!!」
指示を受けて、セリアとマリーが魔法を発動させると、二人を取り囲むように光の壁が展開され、遅れて炎の竜巻がそれにまとわりつくようにせり上がってくる。
「⋯⋯陛下、着地します。」
「⋯⋯ええ!」
いくつもの魔法に守られながらアマンドがそう叫ぶと、メアリアは小さく返事をする。
「⋯⋯っ!」
が、勢いをつけ過ぎた影響もあり、着地の瞬間にアマンドは足を踏み外してしまう。
「⋯⋯⋯⋯しまっ⋯⋯!?」
その衝撃でメアリアの身体がアマンドの背中から投げ出されると、そのまま屋根に叩き付けられる。
「⋯⋯ぐっ、はぁ!?」
突然の衝撃に、メアリアは思わず乾いた呻き声を上げる。
「⋯⋯ちぃ⋯⋯⋯⋯陛下!!」
アマンドも同じようにゴロゴロと転がると、強引に衝撃の勢いを殺してメアリアに視線を向ける。
(⋯⋯息が⋯⋯出来ない⋯⋯苦しい⋯⋯⋯⋯⋯⋯けど!!)
実際、彼女にかかった衝撃は、さほど大したものでは無かった。
それでも身体能力の低いメアリアにとっては、その苦痛は今までに味わった事の無いほど大きな物であった。
「⋯⋯ご⋯⋯うだ⋯⋯⋯⋯っ!!」
「⋯⋯コウタさん!ロフトさん!」
途切れそうな意識の中、メアリアは立ち上がり吐き出すように声を張り上げる。
「⋯⋯⋯⋯行けます!!」
グラグラと歪む視界の中、少女は自らの全霊を込めて運命の弓を番える。
「⋯⋯⋯⋯っ、了解!!」
「⋯⋯遅えっての!!行くぜ!!」
そう言って右手を天に掲げると、周囲に稲妻が迸り、一瞬遅れてロフトの真上に赤色と黒色が混じった、破壊の結晶のような球体が形成される。
「⋯⋯⋯⋯はい!!」
「ここから二分⋯⋯誰にも傷は付けさせない!」
覚悟を決めたコウタは、残り全ての力を出し切るため、自らの肉体に〝強化〟のスキルを発動させる。