百六十話 神装解放
コウタやメアリア達がそれぞれの役目を果たしている頃、マリーとセリア、そしてデクの三人は、狙撃ポイントを探して町中を駆け抜けていた。
「⋯⋯狙撃ポイントって言っても、一体何を基準に探せば⋯⋯。」
あてもなくただひたすら足を動かすマリーは、焦りを滲ませながらそんな言葉を呟く。
「基本的には遮蔽物が少なくて、かつ狙われにくい死角であることか?」
すると前を走るデクは、思いつく限りの条件を列挙していく。
「⋯⋯と、同時にある程度なるべく近いのが理想ですわ。」
「⋯⋯近い?」
直後に付け足されるセリアの言葉に反応して、マリーは不思議そうに首を傾げる。
「ええ、弓の能力が如何様なものなのかは私には知り得ませんが、女王とは言え、戦闘経験のないただの少女が本番一発勝負でそう長い距離を狙えるとは思えません。」
「「⋯⋯確かに。」」
自分基準で考えていたデクと、コウタ基準で考えていたマリーはセリアの説明を聞いてハッとしたように声を上げる。
「ならシーランドタワーはどうですか?高いところからなら多少離れてても距離を稼げません?」
マリーの言う通り、例え遠い距離からでも、山なりの軌道で矢を放てば多少距離があっても届く。
が、それと同時に距離を開け過ぎれば、使用者であるメアリアの技量に強く依存することになるのはセリアも理解していたが、それでもセリアは否定することはなかった。
湖の中心で繰り広げられている戦闘の激しさを見れば、最早近寄ると言う選択肢は無いに等しかった。
「⋯⋯ですが、ここからでは遠過ぎますわ。ギルドから湖を挟んで反対側にあるシーランドタワーまで行くには国をほぼ一周する必要がありますし。」
「いや、それなら問題無いと思う、北側にある連絡橋を使えば城から最短距離でタワーまで行ける。」
さらに否定的な言葉を加えるセリアの意見に対して、地形をよく理解しているデクがそんな提案をする。
「⋯⋯なら我々も城に向かいましょう。陛下が弓を引けると言うのならそのまま連絡橋を使ってタワーまで、引けないと言うのなら一度ギルドまで戻ってガーランド様で試しましょう。」
セリアを中心にして方針を固めると、二人は意を唱えることなく首を縦に振る。
「分かった、なら行こう。近道を知ってる。」
「はい、お任せします。」
そうして三人は足を止め方向を変えると、先に城へと向かったアデル達の後を追うように走り出していく。
湖の中心で繰り広げられている戦闘が激しさを増していく中、ただ二人の女性だけが立ち尽くす国宝の間は対照的に静まり返っていた。
「陛下、お願いします。」
「⋯⋯ええ。」
そのうちの片方、アマンドがそう言って深々と頭を下げると、メアリアは小さな声で答えながら真っ直ぐに手を伸ばす。
『来たれ⋯⋯。』
メアリアがそう呟くと、目の前の何も無い空間から地面がせり上がり、弓矢の入ったガラスケースが現れる。
「⋯⋯っ、これが。」
(これがこの国の国宝⋯⋯改めて見るとやはり神々しい⋯⋯⋯⋯。)
眼前に現れる弓矢を見て、アマンドはその美しさと得体の知れぬ迫力に思わず息を飲む。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯少しだけ下がりなさい、アマンド。」
目を見開き立ち尽くすアマンドに対して、メアリアは至極落ち着いた様子で一歩、また一歩と前に出る。
「⋯⋯はい。」
「⋯⋯⋯⋯。」
(⋯⋯大丈夫、きっと⋯⋯大丈夫。)
そうして目の前に立つとガラスケースを取り外すと、深く深呼吸をして自らにそう言い聞かせ、一対の弓矢に向かって手を伸ばす。
「⋯⋯神よ、どうか我々に力を貸して下さい。」
祈りのように呟かれる言葉の直後、部屋中を満たすように煌々と白い光が広がる。
「⋯⋯っ!?」
「陛下!!」
突然の出来事にアマンドは声を荒げるが、メアリアはそれを落ち着いた様子で静止させる。
その反応はまさしく、封神の弓そして禊の矢の二つの神器が、メアリアを使い手として認めた結果に他ならなかった。
「⋯⋯やはりアナタは戦えと言うのですね、神よ。」
光が収まると、安堵したようなため息を吐きながら、メアリアは悲しそうな目で呟く。
「陛下⋯⋯。」
「行きましょうアマンド。あの邪神は、私が封印します。」
その表情を見てアマンドは心配そうに呼びかけるが、メアリアの覚悟はもう決まっていた。
「⋯⋯御意。」
だからこそアマンドは何も言うこと無くそんな言葉で答える。
——そして、湖の中心の戦場では
「くそっ⋯⋯!早いっ!」
徐々に威力と速度を上げ始める幻獣の攻撃に対して、コウタとロフトの二人は少しずつ追い詰められていた。
「⋯⋯ちっ。」
コウタよりかは多少の余裕があったロフトも、気を抜く暇もない程の怒涛の乱撃を前に、苛立ちを募らせていた。
「⋯⋯ッ!!」
「⋯⋯調子に乗ってんじゃねえ!!」
一向に止まらない水龍の特攻に怒りを爆発させたロフトは、感情のままに風の魔法を発動させ、周囲の敵を纏めて吹き飛ばされる。
「⋯⋯やっと止まった。」
「アイツ、更に威力上がってねえか?」
ロフトの全方位攻撃によって幻獣の攻撃が落ち着くと、二人は小さく息を吐いて愚痴を吐き出す。
「そうです、ね!」
ロフトの問いに対して、コウタは力一杯剣を振って水龍を落としながら答える。
(そろそろ蒼剣モードでも対応出来なくなってきた。)
ロフトと比べてステータスの低いコウタは、攻撃の対応に一瞬の気も抜くことが出来ず、精神的な消耗が遥かに大きかった。
「⋯⋯っ、おまっ、後ろだ!!」
その直後、ロフトはコウタの背後から迫る二匹の水龍を見て声を上げる。
「⋯⋯ちっ!」
精神的な疲労もあり、その攻撃を読み逃したコウタは咄嗟に身体をひねりながら剣を振る事で水龍を落とす。
「⋯⋯しまっ⋯⋯⋯⋯!?」
が、落とせたのは一匹だけであり、もう片方の水龍はガラ空きになったコウタの胴体に向かって差し迫る。
「「⋯⋯付与・守」」
二人は同時に避けられない、と感じ取るとすぐさま直撃時のダメージの軽減を狙って付与魔法を発動させる。
「⋯⋯ぶっ!?」
そして直後にコウタの腹部に水の龍が突き刺さると、百六十センチに満たない小さな身体はくの字に折れ曲がって後方に吹き飛ばされる。
「⋯⋯はっ、ゴホッ、ゴホッ⋯⋯⋯⋯。」
(⋯⋯やっぱ相当食らってるな。)
ロフトは咄嗟に回り込んでコウタの身体を受け止めると、苦痛に歪むその表情を見て、すぐさま面倒くさそうに舌打ちをする。
「⋯⋯ッ!!」
次の瞬間、止んだと思われた水龍の攻撃が、再び二人になだれ込む。
「⋯⋯くそ、追撃かよ!」
「⋯⋯はぁ!!」
コウタを抱えながらで余裕のないロフトは、先程と同じように風属性の魔法を全方位に展開する。
「⋯⋯っ!!」
(でけえ⋯⋯!?)
それでも攻撃は止まることなく、今度は小さな水龍達が一体ずつ重なり合って全長二十メートルほどの巨大な水龍となって二人に襲い掛かる。
「⋯⋯っ、召喚!!」
「加速!!」
薄れゆく意識の中で大量の杖を召喚してロフトの腕から飛び出すと、コウタは黒く染まった魔剣でその龍を両断する。
「⋯⋯っ、⋯⋯流石に全方位からだと対応が遅れるな。」
「機動戦に切り替えましょう、背中合わせよりよっぽど安全です。」
はっきりと意識を取り戻すと、コウタはそんな提案を持ち掛ける。
全方位攻撃に対応できなくとも、迫ってくる水龍以上の速度で移動すれば、その攻撃を背後だけで対処できる為、幾分か読み逃しが減ると考えた結果であった。
「動けんのかよ、そんなにゾロゾロ杖引き連れて。」
その案に納得はしたものの、背後に漂う大量の杖を指差しながら、ロフトは皮肉っぽくそう問いかける。
「スピードには自信があるので。」
「「⋯⋯⋯⋯っ!」」
コウタがそう答えた瞬間、第三波となる水龍の群れが、二人に向かって襲い掛かってくる。
((来た⋯⋯。))
二人は同時にその場から離れると、剣とシールドを足場にして高速で水龍を引き付け始める。
「食らうかよ!!」
(⋯⋯速いが、これならまだ⋯⋯⋯⋯。)
先程以上に威力の上がった水龍を斬り払いながら、ロフトはコウタの方に視線を向ける。
「加速!!」
(⋯⋯なんとかなる。)
するとコウタの方も幾分か余裕のある対応で水龍を落としているのが見えた。
「フォトンサーキュラー。」
「召喚!⋯⋯加速!!」
余裕の出来た二人はジリ貧の現状を打開すべく、飛び道具を用いて本体であるリヴァイアサンに攻撃を仕掛ける。
「「⋯⋯どうだ!」」
手応えを感じて声を上げるが、結論から言えばその攻撃は全くの無意味であった。
「⋯⋯⋯⋯アアアァァァァァァ!!」
「⋯⋯っ!?」
全く弱っている素振りも見せない幻獣の叫びに応じて、何度目かの水龍の進撃が二人に迫る。
「⋯⋯またかよ。」
二人はそれでもまだ余裕を持って対処出来ていたが、次の瞬間にその均衡はあっけなく崩れ去る。
「⋯⋯っ、⋯⋯はっ!?」
切り払おうと剣を構えた瞬間、コウタの手に握られた剣は虹色の光を放ちながら霧散する。
(集中力がっ⋯⋯切れ⋯⋯。)
幹部との戦闘に引き続いて、超集中状態が続いたコウタの脳は、ここに来てそのキャパシティを超えてしまったのだ。
「⋯⋯ぐっ!?⋯⋯ぶはっ⋯⋯⋯⋯。」
そんな隙を突いて水龍の一体が容赦なく腹部に突き刺さると、付与魔法の恩恵を受けていないコウタの口元から真っ赤な血が吹き出される。
「⋯⋯ちっ⋯⋯⋯⋯。」
そして確実にトドメを刺さんと言わんばかりに、五十近い数の水龍が満身創痍のコウタに迫る。
(遠すぎる、フォローに行けねぇ!!)
機動戦に切り替えた弊害で、かなりの距離が開いてしまい、最早ロフトが助けに行ける距離でも無かった。
「避けろ!!」
「⋯⋯っ!!」
当然避けれるはずもなく、水の龍はコウタの身体に直撃し、それを中心にして水蒸気の爆発が巻き起こる。
そしてそれを遠巻きに見ていたマリー達も、少年が散りゆく姿をはっきりと見せつけられていた。
「⋯⋯そんな⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯終わっ、た?」
周りの人間が口々に絶望の言葉を吐いていく中、一人だけそれでもまたキドコウタを信じる少女がいた。
「——まだです!!」
衝撃と共に降り注ぐ雨の中で、魔法使いの少女は叫ぶような声で天を仰ぐ。
「まだ彼は。終わってない⋯⋯!」
「そうでしょ——」
「コウタさん!!」
「⋯⋯⋯⋯っ!!」
そんな叫びの直後、彼を覆っていた水蒸気の霧は、圧倒的な衝撃波によって掻き消される。
「⋯⋯何が、災厄だ。」
霧の中から現れた少年の周りには最早大量の杖など存在せず、右手には何の飾り気もない槍だけが握られていた。
「⋯⋯⋯⋯何が、幻獣だ⋯⋯。」
其れは一本の純白の槍。
かつて絶望の中で救いを求めた人々の聖なる願いの結晶。
空を切る音は静かなる鎮魂歌を思わせ、白き刃は天に舞う精霊を見せる。
溢れ出す白き力とともに振り下ろされる一撃は深き闇に裁きを下す究極の絶技と化す。
「そんな絶望、この手でぶっ壊す!!」
名はロンギヌス、神装四傑が一つ。
その瞬間、終わりの見えない制限時間が始まる。