十六話 本気の闘い
開始の合図と同時に二人は走り出す。
コウタは支給品の剣と先日購入した新しい剣〝ノーマルソード〟との二刀流で斬りかかる。
〝ノーマルソード〟 特徴のない普通の剣。
縦に振り下ろされる二本の剣に対して、エティスは一本の薄い青みかかった剣で二つ同時に受け止める。
鳴り響く高い金属音の後、二人は一旦離れるともう一度衝突し、剣戟の応酬となる。
そして同時に土と岩で作られた地下の空間には連続する甲高い金属音が響き渡る。
「すごい⋯⋯互角!?⋯⋯いや。」
何重にも交わる剣の影、そしてそれらを互いに傷一つなく受け切っており、一見するとその実力は拮抗しているように見えたが、コウタの身体が少しずつ後方に押し込まれているのが分かった。
「はぁ!」
「⋯⋯っ!」
拮抗した状態は長く続く事はなく、コウタが後方に弾き飛ばされ、地面に線を引きながら着地する。
「どうしたのです?早く貴方のオリジナルスキルを見せて下さい。」
「そんな簡単に安売りしてないので⋯⋯。」
余裕を崩すどころか好奇心がダダ漏れのエティスを見て、コウタは苦笑いで強がってみせる。
(やっぱり速い。スピードで押し負けてる。)
力や耐久力はともかく、自身の得意分野である速度ですら劣っている事実を前に、コウタは才能では埋められぬレベルの差を思い知らされる。
「では魔法も使いましょうか⋯⋯。」
そう言ってエティスは左手を前に出すと、その手には少しずつ柔らかい風が集結し、数秒もしないうちに渦を巻く球体の竜巻が生まれる。
「ウインド・ボール」
左手を前に突き出すと竜巻の球体は空気を切り裂くようにして直進しコウタに襲いかかる。
「⋯⋯っ!」
コウタはそれをギリギリで回避すると竜巻の球体はそのまま進んでいき、後ろの柱にぶつかり、炸裂し、石造りの柱を削り取って消えていく。
「危なかった⋯⋯。」
「まだですよ。」
安心する暇すら与えずにエティスはもう一度掌をコウタに向けて突き出す。
今度はその手に真っ赤な炎の球体を作り出し、同じように放つとコウタも同じように回避する。
だが、今度は炎の玉が地面に衝突すると着弾点で弾け、紙一重で避けていたコウタの足にその炎が飛び移って引火する。
「⋯⋯あっつ!?」
コウタは慌てて足を叩きながらその炎を消し、後方に飛び退きながら体制を立て直す。
「⋯⋯やっぱり凄いですね。」
エティスの魔法はワイバーン戦で見た他の冒険者のものとは明らかに威力が違った。
「ギルマスになる前は、魔法使いをやっていましたからねぇ。それより、まだ見せてもらえませんか?オリジナルスキル。せめて貴方が倒れる前に見せて下さいよ?」
「それは約束しかね⋯⋯ますっ!」
余程コウタのオリジナルスキルが見たいのか、あからさまな挑発をするエティスの言葉にそう返すと、自らの肉体に〝強化〟と〝付与・力〟を発動させ、エティスの周りをクルクルと走り始める。
「何をしているのですか?⋯⋯いや。」
「加速、加速、⋯⋯加速⋯⋯。」
コウタのスピードが加速によってさらにつり上がって行く。
(速度が徐々に上がっている、なるほど、面白い。)
ある程度スピードが上がり切ると、地面だけではなくその部屋にあった壁や柱の岩を蹴って立体的に移動する。
「⋯⋯っ、加速!」
そしてトップスピードまで釣り上がった状態で方向転換を繰り返しながら斬りかかる。
「⋯⋯速い、けれどまだまだです。」
「⋯⋯⋯⋯ッ!」
全方位から降り注ぐコウタの剣の全てを、エティスはたった一本の剣で弾き捌き切る。
(これもダメか!)
苦々しい表情で着地をするコウタを退屈そうに眺めるエティスは小さく溜息をついて口を開く。
「少し鬱陶しいですねぇ。」
そう言うと今度は竜巻の魔法を超低速で打ち出し、その直後に間髪入れずに手のひらに火属性の球を作り出し竜巻の中に打ち込む。
火属性魔法が竜巻に追いつき、ぶつかると、二つの魔法は混ざりあって、全方位に、炎の玉の弾幕が拡散する。
「インフェルノ・バラッジ」
(⋯⋯合体技!?)
「なっ、ちょっと!」
コウタが反応するよりも早く、ロズリはいち早く反応し、結界のようなスキルを展開する。
「⋯⋯ちぃ!」
そしてコウタは避けることも出来ずに炎の弾幕に飲み込まれ、部屋中に土煙が舞う。使用したエティス本人はロズリとは違い自らの周りに風属性の魔法を結界のように展開して炎を防いでいた。
「ふう⋯⋯MPの消費も激しいし、やはりこの技はリスクが高いですねぇ。」
「もう、急にそんな技使わないで下さい!!危うく丸焦げにされるところでしたよ。」
風の魔法で自らの周囲の煙を払うエティスに対して、ロズリが冷や汗を垂らし、肩で息をしながら文句を言う。
「申し訳ないです。ですがそれにしてもなぜ最後まで使わなかったのでしょう、オリジナルスキル。」
「——使ってますよ、残念ながら。」
自らの勝利を確信し、呟くように放ったその言葉に土煙の奥から短く返答が返ってくる。
「ほう?」
エティスは即座に表情を真剣なものへと切り替えて目の前に広がる煙を睨みつける。
「なっ!?まさか無傷だなんて⋯⋯。」
土煙が晴れるとそこには先程よりもいっそう真剣な表情をしたコウタが立っていた。
「なるほど、自らの周囲に大量の剣を召喚して、隙間なく敷き詰めることで全ての火の玉を防ぎ切ったわけですか。」
そして彼の周囲に展開されていた刃の溶けた剣や砕かれた武器の数々を見て、エティスは何が起こっていたのかを理解する。
「流石に使わずに勝つってのは舐めすぎか⋯⋯。」
コウタは自らに言い聞かせるような小さな声でそう言うと小さく息を吐き出しながらエティスの方へと視線を向ける。
「ここからは、⋯⋯本気です。」
「素晴らしいですねぇ。オリジナルスキル!」
切り替わった雰囲気、発動されたオリジナルスキルを前に、エティスは興奮を隠す事なく笑顔を見せる。
「いきます。」
そんな敵の姿など無視して、コウタは挨拶代わりに召喚した剣を一点に纏めながら撃ち放つ。
「甘すぎますねぇ。」
エティスは火属性魔法を剣の群れに叩き付けると、撃ち放った剣のほとんどはその熱で溶けて機能しなくなる。コウタは使えなくなった剣を消滅させ、残った剣に高速回転を加えながら、再びエティスに飛ばす。
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
エティスは一瞬戸惑った様子を見せるが、所持する剣の青色が深くなると、再び構えなおし、襲いくる全ての剣を叩き落とす事で対処する。
(マジか⋯⋯っ!)
根元から折れて霧散する剣を見て、コウタは引き攣った笑みを表に出しながら心の中でそう呟く。
「クックックッ、やはり素晴らしい。三十以上のレベル差をここまで埋めるとは。」
エティスは想像以上に工夫を凝らして戦う使い手の技量を見て、興奮と好奇心でその顔を愉悦に歪ませる。
「あの人はまた⋯⋯⋯⋯はぁ。」
ロズリはそんな彼の姿を見て、見て呆れたように深々と溜息を吐き出す。
「ちっ、だったら。」
(⋯⋯観測!)
自らのオリジナルスキルがあっさりと対処されてしまったコウタは、どうにかして現状を打破する為にエティスの剣を〝観測〟のスキルを使用してその能力を盗み見る。
(白霞の剣、か。)
〝白霞の剣〟使用者のMPを取り込むことで耐久度と攻撃力を上げる魔剣。上昇率は魔力に比例する。
説明を読み終えると、コウタはすぐにその剣はこの戦いには使えないと判断する。
何故ならこの剣はただでさえ足りないMPの消費を加速させてしまう上に魔力に比例するとなれば、元魔法使いのエティスを上回ることなど不可能であるからだ。
(コレは使えないか⋯⋯。)
「だったら⋯⋯。」
(やれることを、やってやる。)
今度はコウタの使える剣の中で、最も耐久力の高い剣である龍殺しの剣を頭上に三本召喚すると、そのうちの一本を手に持ち二本を体の周りに漂わせて真っ直ぐに飛び出していく。
「くっ⋯⋯。」
先ほどと同様、お互いに斬り合うが、今度はコウタが押し始める。
(三本になったせいで、処理が追いつかなくなっている。)
その影響なのか、先程まで余裕を崩す事のなかったエティスの頬に冷や汗が滴る。
「レッドショッド!」
「⋯⋯召喚!!」
少しだけ後方に下がり、エティスは先程よりも小さく鋭い炎の玉を打ち放つが、コウタは即座に目の前に剣を召喚してそれを防ぐ。
「⋯⋯なっ!?」
そして間を開ける事なく剣戟を重ねる。が、コウタの龍殺しの剣は少しずつボロボロと刃こぼれをし始める。
(もう少し持ってくれ⋯⋯。)
更に剣戟が激しくなると、先に距離をとったのはエティスであった。
(⋯⋯MP切れ、か。)
エティスのMPは自らの武器の効果と連発した魔法の影響でジリジリと削られ、もはやほとんど残っていなかった。
(今だ!!)
そしてその瞬間を待ちわびていたコウタは、ここぞとばかりに〝聖騎士の剣〟を残りMP全てを使い切り、五本ほど召喚して突撃する。
「終わりです!!」
「⋯⋯っ!やはり君は甘いですね。コウタくん!!」
自らの勝利を確信し、一気に距離を詰めるコウタに生じたたった一つのスキ、それをエティスは見逃さなかった。
(ガラ空きですよ。ソコが。)
エティスは体制を崩しながらもカウンターの構えをとり、コウタの肩口を狙い、突きを放つ。
「——ええ、わざと空けましたから。」
「なっ⋯⋯!?」
剣を突き出したエティスが最後に聞いたコウタの表情は苦々しくも悪戯っぽく笑っていた。
突き出された剣を紙一重で回避し、それと同時に召喚した剣のほとんどを消滅させ、無防備になったエティスの腕を掴み、突きの勢いを利用し、担ぎ上げる。
一瞬、エティスの目の前からコウタが消え、気付くと彼は天井を見ていた。
「⋯⋯は?⋯⋯くっ!?」
何が起こったのかわからず、呆然としていると頬の横の地面に一本だけ残しておいた。〝聖騎士の細剣〟が突き刺さる。
「⋯⋯終わりです。」
「⋯⋯⋯⋯ふぅ、参りました。」
(最後に召喚した剣は全て囮。カウンターを誘い出すためのものでしたか。)
ニッコリと笑みを浮かべながら呟くコウタの言葉を聞いて、エティスは少し遅れて自分が敗北したことを理解した。
「ぎっ、ギルドマスターの降参により、コウタさんの勝利となります!!」
ロズリが慌ててその結果を言い渡す。
「はぁ〜、終わった、終わった。」
それを聞いたコウタは、ふらりとエティスから離れ、その場に座り込みながら天を仰いで深々と息を吐き出す。
「ちょ、ちょっと待った!最後の技は一体なんのスキルですか!?まさか近接系のスキルまで有していたのですか?」
エティスは勝敗のことなどこれっぽっちも気にする事なくガバッと起き上がり、そのままコウタのそばまでにじり寄ってくる。
「ちょっと、近いです。離れて下さい。」
「私も初めてみましたよ。ワイバーンの時は使いませんでしたが、対人用のスキルまで所持しているのですか?」
エティスを引き剥がすコウタに、後ろからロズリが歩み寄り、そう問いかける。
「いえ、アレはスキルではなく、僕の故郷の武道の技です。」
「ではなぜ、私と貴方のステータス差で投げる事が出来たのです!?そもそもどこの流派のものなのですか!?」
「えっと、あの、ロズリさん。」
あまりにしつこいエティスに面倒臭さを感じてきたコウタはロズリに視線を送り助けを求める。
「はぁ⋯⋯ギルマス、コウタさんが困っています。控えて下さい。」
それを察したロズリは諌めるような言い方でギルマスにそう言い聞かせる。
「スキルとその技は何が違うのですか?そもそも貴方のオリジナルスキルはどういったスキルなのですか?詳しく教えていただけませんか?」
が、全くもって聞いていない。
「⋯⋯⋯⋯エティス?」
ロズリは一瞬、見に纏うその雰囲気をガラリと変えると、ガシっとエティスの肩を鷲掴みにする。
「「ひいっ⋯⋯⋯⋯。」」
ロズリの顔に影が落ちる。肩にかけた美しい手は血管が浮き出し、エティスの肩からバキバキと鈍い音が聞こえる。つい二人は悲鳴を上げる。
「ごほん、ギルマス、今日の仕事はもう終わったのですか?デスクの上には書類がまだあったような気がするのですが、まさか、するべき事もせず、仕事を放り出して、冒険者と私闘をしていたと言うのですか?知っているんですよ?最近ちゃっかり私に自分の仕事押し付けているのは。いい加減にしないと怒りますよ?」
溢れ出す愚痴の数々と怒涛の言葉の波に飲まれて、コウタとエティスがガタガタと震え出す。ロズリはあくまで笑顔を崩す事なく尋ねるが、二人には彼女の後ろに鬼の影のようなものが見えた。
「は、はい⋯⋯すいません⋯⋯。」
「⋯⋯そろそろ行きますよ。やり残した仕事、今日という今日はしっかりとしてもらいます。」
小さな声で呟くエティスの襟首を雑に掴むと、ロズリはそのまま強引に引きずりながら部屋のドアへと向かっていく。
「ちょっと待って!待ってくれ!もう少しだけ!」
ロズリに引きずられながら駄々をこねるエティスは、必死に抵抗して手を伸ばすが、恐怖心からか、さほど強い抵抗をする事はなかった。
「コウタさん、ウチのギルマスがご迷惑をおかけして申し訳ありません。この人少々スキルマニアみたいなところがあって、⋯⋯⋯⋯ほら!いきますよ!」
「そんなぁぁぁぁぁぁ⋯⋯。」
そんなやりとりの後、二人の姿は通路の奥に消えて行く。
(こ、怖ぁぁ⋯⋯。)
この街の最強は実は別の所にいるかも知れない。そんな事を考えながらコウタも彼らと同様にその部屋を後にする。
コウタはその後、急に疲れが押し寄せ、真っ直ぐに宿屋に向かうことにした。
「⋯⋯⋯⋯。」
宿屋に着くとすぐに、ボフッとベッドに飛び込み、電池が切れたように全く動かなくなる。
「ああぁ⋯⋯⋯⋯、これは、想像以上に、疲れる⋯⋯。」
身体が全く動かない。当然である。昨日今日と、強敵との二連戦はいかにコウタといえど身体が持つはずがない。
(それにしても、ギルマス⋯⋯あれは果たして本気だったのか?)
そして鈍り切った脳を辛うじて動かし、目を閉じながら、今日の記憶を振り返る。
そしてコウタの思考にはエティスのステータスと戦闘が鮮明に写し出される。
(ギルマスは僕との戦闘で、いくつか使ってなかったスキルがあった。)
それはつまり、彼はまだ手の内の全てを晒した訳ではないと言うこと。
(やっぱり⋯⋯⋯⋯。)
コウタの思考はそこで途切れる。
コウタはその日、夕食も取らずに眠りに落ちてしまった。