百五十九話 対幻獣戦線
——国中に巨龍の咆哮が轟く頃、その国の上空には、白き衝撃に飲み込まれたはずの二人の姿があった。
「⋯⋯っぶねぇ!?」
舞い上がる暴風に煽られながら、ロフトは冷や汗をかいて小さくそう叫ぶ。
「⋯⋯な、ナイス回避⋯⋯!」
そしてロフトの手を掴みながらぶら下がるコウタは、大きく目を見開きながらそう呟く。
「話が違げえ!なんか熱かったぞ、水の龍神じゃ無かったのかよ⋯⋯!?」
あまりに予想外で突然の攻撃に、ロフトは思わず愚痴を吐き出す。
「火属性か?いや、違う。」
その言葉を受けてコウタはたった今受けた攻撃の分析を始める。
「じゃあなんだよ。」
「恐らく高圧水流、それも空気抵抗で温度が跳ね上がるほどの。」
(いや、理論的には少し違うか?そもそも熱を持つのは摩擦じゃなくて、押し出された空気の圧縮によるものだろうし、それほどの速度で放つって事は音速に近いかそれ以上のスピードって事だし⋯⋯。)
コウタ自身、その攻撃の理屈は完全には解析出来ていなかった。
それでも分かったのは、その攻撃がほぼ反応不可能なほどのスピードであること、攻撃の弾丸ともいえる構成要素が敵の直下に無限に等しく存在する水であること、そして一度でも食らえば間違い無く骨も残らず芥子粒にされることくらいであった。
(⋯⋯ていうか、よく反応出来たなこの人。)
そしてなによりも驚かされたのは、そんな初見殺しの反則技を、自分を抱えながら避け切ったロフトの反応速度であった。
「⋯⋯⋯⋯?分かりやすく説明しろ。」
「つまりは口からめちゃくちゃ速い速度で水蒸気を吐き出してるって事です。」
ロフトにそう促されると、コウタは難しい言葉や、専門用語の一切を省いて説明し直す。
「なるほど、よく分かった。」
(そんなシンプルな理屈であの破壊力かよ。)
それを聞いてロフトはあまりのデタラメさに苦笑いが零れ落ちる。
「とにかく、次撃たれたら終わりだな。もう一回反応出来るか分かんねえし、今度は街を狙うかもしれねえ。」
「でも幸いアレには溜めがいるっぽいです。」
現状、対策のしようがない二人にとって、それだけが唯一の救いであった。
「ったりめーだろ、あんなんポンポン撃たれたら勝ち目なんか皆無だっつーの。」
「ただその代わり、あっちの方は無限っぽいですけどね。」
コウタがそう呟くと、二人の真下の湖から先ほど以上の数の水の龍が這い上がってくる。
「⋯⋯ちっ。」
「⋯⋯足場を作ります。」
コウタはそう言って二本の大剣を召喚すると、二人はほぼ同時に手を離してその剣に着地する。
「自分の身は自分で守れよ。」
そう言って剣を抜くと、ロフトは真剣な表情で襲い来る龍に目を向ける。
「分かってます。⋯⋯召喚。」
「付与・魔。」
即答で返事をすると、コウタは自らに付与魔法をかけ、蒼剣モードを発動させる。
「⋯⋯来るぞ。」
「「加速!!」」
二人は同時にスキルを発動させると、四方八方から飛んでくる龍を次々と斬り落としていく。
「⋯⋯うぐっ!?」
「⋯⋯ちっ。」
が、秒速10〜20ほどの数が押し寄せてくる水の龍の勢いは止まる事なく、二人は徐々に押し込まれていく。
(⋯⋯数が多い、足場が崩れるか?)
「⋯⋯加速。」
そしてロフトの立つ大剣が崩れると、剣が消える瞬間、加速のスキルを発動させて高く飛び上がる。
(⋯⋯崩れた!)
「⋯⋯召か——」
「——いらねえ。」
咄嗟にロフトの足場代わりの大剣を召喚し直そうとするが、直後に本人からそれを拒否されてしまう。
「⋯⋯は?」
「シールド。」
ロフトは余裕のある態度で真下に障壁を展開すると、その狭い足場にヒラリと着地する。
「⋯⋯シールドを足場に?」
「⋯⋯自分の心配したらどうだ?」
その様子にコウタが驚いていると、ロフトは水の龍に追われながらも余裕のある様子でそんな言葉を放つ。
「⋯⋯っ、やばっ!?」
その光景を見て呆けていたコウタは、ロフトの言葉を受けて我に帰るが、目の前には既に十数体の水の龍が迫ってきていた。
「⋯⋯ちっ。」
(召喚!)
それでもコウタは咄嗟に自らを囲むように複数本の剣を召喚し攻撃を防ぎ切る。
「⋯⋯危なかった。」
「⋯⋯そのままやられちまえば面白かったんだけどな。」
攻撃が止み、コウタが大きく安堵の息を吐き出すと、ロフトがそんなことを口走る。
「⋯⋯この程度ではやられませんよ。」
「そもそも、攻撃手段が二つなら対応はさほど難しくも無い。」
冗談っぽく投げかけられた言葉に、同じように言葉を返すと、再び真剣な表情で分析をする。
「⋯⋯確かに、二つならな。」
「どういう意味です?」
含みをもたせたその言葉に反応すると、ロフトはさらに言葉を続ける。
「⋯⋯あの水流のドラゴン、始めより威力上がってるぞ。」
「⋯⋯っ!?」
あっさりと吐き出されるその情報を聞き、コウタは驚きで思わず目を見開く。
「どのくらいですか!?」
気を失っていたがために、ロフトの言う始めを知らないコウタは、動揺を抑えることなく強い口調でそう尋ねる。
「封印が解かれた直後と比べて、純粋な威力なら二倍位、サイズはほとんど変化無いが、少し見た目が変化してる。」
「そういえば見た目が少し違う、けどどうしてそんな事に。」
その言葉を聞いてコウタは、意識を失う直前に見た水龍との違いを理解するが、それでもやはり、そうなった理由は理解出来なかった。
「⋯⋯あいつの真下見てみろよ。」
そう言ってロフトが指差した先に視線を送ると、そこには湖に大きく開いた巨大な穴と、その中にに存在する幻獣の海蛇の様な長い胴体の全容があった。
目測で軽く千メートルを超えるであろうその胴体は湖の中に収まる様に、とぐろが巻かれており、その体の所々には金色の杭の様なものか打ち込まれていた。
「⋯⋯?アレは、何か刺さってる?」
(⋯⋯観測!)
目測でははっきりと見えなかったため、すぐさま観測のスキルを発動させると、コウタのスキルは、予想外の観測結果をはじき出す。
「⋯⋯楔の矢?」
コウタの視界に映る表記には確かにそう書かれていたが、幻獣の肉体に打ち込まれた杭は、どう見てもコウタの知る楔の矢とは形も大きさも違っていた。
が、楔の矢の特性を考えれば、形状の違いはその特殊効果による影響であると考えるのは容易であった。
「⋯⋯アレの影響だろ。」
「⋯⋯なるほど、ある程度繋がりました。」
時が経つごとに威力の上がる攻撃、胴体に複数本打ち込まれた楔の矢、攻撃のたびに出来る長い隙、それぞれの情報から弾き出せる予測はさほど難しくもない結論であった。
「千年前の王族は、アレ相手に複数の矢を放ち、放った矢の数本は胴体に直撃したが幻獣は暴れ続けた。」
「そんで、最後に頭に放った矢によって封印されたが、それもついさっき破られたって訳だ。」
「けど幸いにも破られた封印は最後の一本のみであり、奴は以前に胴体に撃ち込まれた楔によって未だに体の自由は奪われっぱなしと。」
「が、その一本目が破られた影響で他の封印も緩んじまってる。」
一つ一つ組み合わされる二人の憶測は互いの予想通り、寸分の違いもなく一致した。
「長引いて完全に復活されたら勝ち目は皆無。」
「かといってこっちには再封印以外の勝ち筋はねえ。」
「ならやっぱりやるべきは一つですね。」
「ああ、なるべく刺激しねえように目立って攻撃を引き付け続ける。」
二人の意見は完全に一致した。
「⋯⋯来ますよ、第二波。」
「⋯⋯ああ。」
そう言って向き直ると、先程よりも数も速度も増した水龍の群れが、容赦無く二人に向かって雪崩れ込む。
幻獣の攻撃を回避し、戦闘を続けるコウタとロフトの姿は、城を目指し街を駆け抜けるアデル達の目にもしっかりと映っていた。
「⋯⋯陛下、無事ですか!?」
吹き荒れる衝撃波の影響を心配して声を上げるアマンドは後ろに背負う女性に声をかける。
「⋯⋯はい、けど申し訳ありません。叔父よりは体力があると自負していたのですが、結果として足を引っ張る形なってしまって。」
本来の予定では、宝物庫へと神器を取りに行く役割はガーランドがする予定であったが、実際は体力的な問題などを考慮して急遽メアリアの方が付いて来る結果になってしまった。
それを提案したのはメアリア本人であったが、いざ城へと走り出してみると、案の定王族のメアリアと騎士団長や冒険者の三人とでは体力に大きな差があり、途中からアマンドがメアリアを背負いながら走るという形になっていた。
「いえ、むしろこちらの方が守りやすい。」
「⋯⋯それにしても驚いた、まさかアレを回避できるとは⋯⋯⋯⋯。」
そう答えるアマンドの右後方では、護衛として付いてきていたマオは湖の上空で戦闘を繰り広げる二人を見て、驚きの声を上げる。
「流石は勇者候補だな。おそらくコウタ一人では回避できなかった。」
コウタの戦闘能力を誰よりも把握しているアデルは、しっかりとマオの横を走りながらも冷静にその戦いを分析していた。
「⋯⋯コウタさんは、大丈夫なのでしょうか?」
するとその会話を聞いていたメアリアは、不安そうにアデルに問いかける。
「大丈夫です、いざとなれば、あいつには切り札がある。」
(霊槍があれば死ぬ事はまずない⋯⋯が、もし霊槍を使わざるを得ない状況に持ち込まれれば⋯⋯。)
アデルが危惧していたのは、霊槍の時間制限であった。
確かにコウタの使う霊槍は、圧倒的な戦闘能力を発揮する事は出来るが、一度召喚してしまえば、以後何分間それを維持出るかは本人にすら分からなかった。
それに加えて、これまで使用後は例外なく意識を失っていることも考慮すれば、どうしても使うタイミングは慎重にならざるを得なかった。
「急ぎましょう、いくら彼らでもそう長くは持たない。」
「はい⋯⋯⋯⋯っ、見えてきました。」
メアリアは短くそう答えると、四人の中で真っ先に目的の城へと続く門を見つける。
「⋯⋯門が瓦礫で塞がれてます。」
が、高い視力故に、その門が塞がれていることにも真っ先に気がつく。
「⋯⋯私が道を開きます。下がってください。」
「トランス・バースト!」
それを聞くとアデルはなんの躊躇いもなく走る速度を上げてスキルを発動させる。
「⋯⋯なっ!?」
紅色に染まるアデルの体を見て、唯一アマンドだけが驚きの声を上げる。
「⋯⋯斬空剣!」
そんなアマンドに気をとられることもなく一気に速度を上げて門へと接近すると、勢いよく剣を振って風の刃を発生させる。
吹き荒れる風の刃は積み重なる瓦礫の山を強引に打ち崩し、アデルはそのままの勢いで城内へと飛び込む。
「⋯⋯瓦礫を、吹き飛ばした。」
「⋯⋯アデルさん、その技は⋯⋯。」
あまりの破壊力に二人は門の前で呆然としていると、アデルもその様子に気付いてくるりと振り返る。
「行きましょう、私はじき使い物にならなくなる。」
そう言って三人に背を向けると、アデルはそれまで以上の速度で門を抜けて城の中へと駆け出していく。
「アマンド!」
「⋯⋯ええ、分かっています。」
アマンドはメアリアに促されるまま紅に輝くアデルの背を追って走り出していく。