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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
157/287

百五十七話 立ち上がれ、何度でも



「⋯⋯コウタさん。」



 たった今見た夢の余韻から抜け出せず、空っぽになった頭で俯いていると、虚ろな意識を引き戻すように、美しく透き通り、そしてよく聞き慣れた声が耳に入ってくる。



「⋯⋯セリアさん?」



 そんな声に反応して顔を向けると、そこにはボロボロになりながらそれでもなおコウタを心配そうに覗き込むセリアが立っていた。



「⋯⋯分かりますか?」



 何かが抜け落ちたような、そんな明らかに正常ではないコウタの表情を見てセリアは不安そうに首を傾げる。



「確か⋯⋯僕は⋯⋯。」


 二人の仲間の姿を見て、ようやく意識を覚醒させると、活動を拒否する脳を強引に動かしながら思考を展開し始める。



「——戦闘の後意識を失い、セリアの治療をかけながら、ギルドまで運んできた。」



 するとそんなコウタの思考に割り込むように、ドアの向こうからよく聞き慣れたもう一つの女性の声が聞こえてくる。



「そして傷の深さもあって、ギルド側が二階の医務室を貸してくれた、という事だ。」



「⋯⋯アデルさん。」



 視線を向けた先には、タオルで濡れた髪を拭いながら、珍しく鎧を脱ぎ白シャツ姿のアデルがゆっくりとコウタに向かって歩み寄って来ているのが見えた。



「⋯⋯調子はどうだ?」



 その姿を見て、彼女が自分を助けたのか、などと考えていると、アデルは小さな心配を孕んだ真っ直ぐな視線でそう尋ねてくる。



「⋯⋯⋯⋯?」



「どうした、何かあったのか?」


 質問を投げかけた直後、コウタが答える間すら与えずにアデルはしかめっ面で首を傾げ、別の問いを向ける。


「⋯⋯へ?」


「酷い顔をしているぞ。」


 あまりにも速すぎる切り替えに呆けた声を上げると、アデルはコウタの顔を覗き込みながらそう言い放つ。


「⋯⋯なんでもありません。気のせいでは?」


「⋯⋯⋯⋯。」


 そう答えるコウタの手は小さく震えており、その様子には三人ともすぐに気が付いた。



「⋯⋯コ——」



「——そうか、ならいい。」



 真っ先にマリーが何かを伝えようと口を開くが、それを阻止するようにアデルが食い気味にその話を断ち切ってしまう。



「⋯⋯アデルさん⋯⋯⋯⋯。」



(⋯⋯すまんな、マリー。)



 現状のコウタの様子がおかしいのは、アデルとてすぐに気が付いてはいた。


 が、それでもそこに触れなかったのは、そんな暇が無かったからであった。



「それで、これからどうする?」



 だからこそアデルは不安で押しつぶされそうになるマリーの意志を無視してでもコウタに普段通りの態度で接する。



「これから⋯⋯?」



「ああ、アレだ。」



 あまりに大雑把な質問にコウタが首を傾げると、アデルは窓の外に映る巨大な青い龍を指差す。



「⋯⋯っ、幻獣⋯⋯!」



「今は沈黙しているが、またいつ目覚めるか分からない。」



「助けるんだろ?」



 コウタの表情が激しく変化するのを見ると、アデルはあえてコウタを焚き付けるように問いを飛ばす。



「⋯⋯⋯⋯っ!!」



「⋯⋯そうだ、救わなきゃ⋯⋯助けないと⋯⋯。」



 その言葉に答えるように、コウタは悲痛な表情を浮かべながら、激痛の走る肉体を強引に叩き起こし、ベッドの横に置かれた自らの武器を手に取る。



(アイツを、殺さなきゃ⋯⋯!!)



 己の罪を知り、己の正義を否定してしまった今、どう行動しようとも、キドコウタという人間は信念なき偽物にしかなり得ない。


 ならば今出来るのは、昔ではなく今の自分を肯定する事だけだった。


 でなければ、そうでもしなければどうにかなってしまいそうだった。


 だから今彼がしている行為は、覚悟でも無けれは諦めでもなく、問題の先送りに過ぎない。





「——待って下さい!」



 その瞬間、フラリと崩れ落ちそうになるコウタの腕を力強く鷲掴みにしながら、マリーが俯きがちにそう叫ぶ。



「⋯⋯っ、マリーさん?」




「⋯⋯コウタさん、逃げません?」



 突然の行動の前に、コウタが不思議そうに声を上げると、マリーは真っ青になりながら、苦々しく笑う顔を上げてそう問いかける。


「な、にを?」


「マリー⋯⋯!」


 絞り出すように発せられるアデルの言葉を聞き流しながら、マリーは困惑するコウタの手を強く握り締める。



「——だって、どう見たって無理してるじゃないですか!!」



「⋯⋯⋯⋯。」



「それは⋯⋯。」



 主語のないマリーのその言葉を二人が理解出来たのは、偏に二人がコウタの変化を察知しながらも黙認していたからであった。



「コウタさん、この際何があったのかは聞きません。けど、今のコウタさんを戦わせるわけにはいきません。」



「今の貴方の顔は、誰かを守ろうとしてるようには見えません。」



 それは初めて見る表情だったけれど、それでもマリーが気付く事が出来たのは、彼女が常にヒーローとしてのキドコウタを見続けてきたからだった。


 そして絶望に曇ったその目は、マリーの知るヒーローとしてのコウタとはかけ離れていたのだ。


 ずっと見続けてきたからこそ、今のコウタの持つ危険性に気づく事が出来た。



「⋯⋯っ!」



 そんなマリーの真っ直ぐな言葉を聞いて、コウタは面食らったかのように何も言い返すことなく大きく目を見開いて黙り込む。




「もしかして、死のうとしてませんか?」



 その表情は正義感からなる自己犠牲の体現などではなく、純粋なる破滅願望に他ならなかった。


「⋯⋯そんな、こと。」



「⋯⋯っ、⋯⋯⋯⋯。」


 言葉を詰まらせながら必死に否定しようと口を開くが、思ったように口が動いてくれることは無く、開けられた口はなんの音も発されることなく強く下唇を噛むように閉じられる。


「僕は⋯⋯⋯⋯偽物だったんです。」


 そしてしばらくの沈黙の後、とうとうコウタも観念したのか、再びベッドに座り込み、震える声でそんなことを呟き出す。



「⋯⋯どういう、ことですか?」



 唐突に発せられるその言葉を聞いて、マリーは絞り出すようにそう問いかける。



「全部思い出したんです。」


「自分が犯した罪から目を逸らして、自分ばかりが幸せになる為に、出来もしない綺麗事を吐いて⋯⋯⋯⋯。」


「大義を掲げて許された気でいた。」



 無機質な表情で、乾いた声でそう言うと、コウタは視線を逸らすように何も無い天井を仰ぐ。


「⋯⋯そんなこと。」


 そんな事はない、とマリーは否定しようとするが、そんな言葉を掛けても意味がない事に気がつくと、その言葉を途中で飲み込む。


「そんな偽物はきっとその全てが間違いで、多分今生きている事自体があってはならないんです。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 そこまで聞き終えると、マリーは俯いて黙り込んだまま歩み寄り、真っ直ぐにコウタの顔を見つめる。



「コウタさん⋯⋯。」



「⋯⋯⋯⋯なら、私を助けたことも間違いなんですか?」



 そう尋ねる彼女の表情は、コウタとはまた別の雰囲気を持った無表情であった。



「⋯⋯それは⋯⋯⋯⋯。」



「貴方の今までの戦いは、貴方が守ってきたものは、全部間違いですか?」



「アデルさんを助けたことも、セリアさんを助けたことも、ベーツの街も、ブリカの街も、全部間違いだって言うんですか?」



 コウタが黙り込んでいると、マリーは責め立てるような口調で矢継ぎ早に問いを繰り返していく。



「そんな訳ないでしょう?みんなみんな、貴方に感謝してるんですよ?」



 最後にそうやって小首を傾げるマリーの表情はどちらかと言うと、全てを受け入れるようなそんな暖かさが込められていた。



「貴方はもう、沢山の人を救って、沢山の人から感謝されてるんです。」



「⋯⋯⋯⋯そんな貴方が間違ってる訳無いじゃないですか。」



 その言葉に同意しているからなのか、アデルとセリアは横槍を入れる事なく黙ってそれを聞きながら頷いていた。



「父も、母も、故郷も失って、それでも私が生きたいと思えたのは貴方のおかげなんです。」



「私には、貴方が必要なんです。だから⋯⋯責任、取ってください。」




「⋯⋯⋯⋯自分の為に生きられないなら、私の為に生きて⋯⋯!」



 大きくて美しいその目に涙を溜めながら、マリーは今自分にできる最上の笑みを浮かべて、そう言い放つ。



「貴方は間違っていない。間違いなんかじゃないから、だから胸を張って下さい。」



「私の勇者ヒーローは笑ってなきゃダメなんです。」



「⋯⋯っ!」


 マリーの意思を知ることで、ようやくコウタの目に再び光が灯る。



「⋯⋯ああ。」



 そしてゆっくりと目を閉じると、安堵したように深く深呼吸をする。



(⋯⋯そうか。)



 自分のした事は決して許される事では無い。だけどその瞬間、ほんの少しだけ、救われたような気がした。



「マリーさん、ありがとうこざいます。」



 そう言って立ち上がるコウタの表情には、もう迷いはなかった。



「⋯⋯はい。」



 マリーはニッコリと満面の笑みを浮かべて涙を拭い、安心したように返事をする。







 その後、コウタ達が部屋の外に出ると、廊下には彼らのよく知る人物が不安そうな表情で待っていた。



「⋯⋯っ、メアリアさん。」



「コウタ様、無事で良かった⋯⋯。」



 コウタの言葉によって四人に気がつくと、メアリアは潤んだ瞳のまま駆け寄ってくる。



「ええ、ご心配かけてすいません。」



 その様子を見てコウタは申し訳無さそうに作り笑いを浮かべる。



「⋯⋯もう立ち上がって大丈夫なんですか?休んだ方がよろしいのでは?」



「そうしたいのはやまやまなんですけど、どうやらそれどころじゃ無くなったみたいなんで。」



 珍しく挙動不審に気にかけてくるメアリアに、コウタは苦笑いで返事をする。



「⋯⋯⋯⋯。」



「大丈夫、僕がなんとかしますから。」


 それでもなお心配そうな表情が治らないメアリアを見て、コウタはニッコリと笑って彼女の頭に手を乗せる。



「⋯⋯はい。」



 そんな返事を聞き流すと、コウタはそのまま階段を降りて一階の受付へと向かう。



「⋯⋯それで、具体的な対策はどうするつもりだ?」



 そんなコウタの背後をついて行きながら、アデルはそんな質問を投げかける。



「一応、僕はアレの攻撃力を間近で見てきました。」



「ああ、今は沈黙しているが、相当凄かったらしいな。」



 幻獣が復活したあの瞬間、タワーの頂上にいたアデル達は、その真の実力をよく理解していなかった。



「しかもあれで仮眠状態、つまり本格的にアレをどうにかしたいなら、やっぱり相応の火力で抵抗出来る人が必要です。」



「⋯⋯それはつまり⋯⋯。」



 それはつまり、コウタ自身、一人ではどうしようもない事を理解している証拠であった。



「⋯⋯っ!」


(思った以上に酷い⋯⋯⋯⋯教会の人まで治療に来てるのか⋯⋯。)



 直後に階段を降りて周囲を見渡すと、一階の酒場スペースは運び込まれた怪我人達の影響で血の匂いで満たされ、滴り落ちた血は地面に真っ赤なシミを作り、ギルドの中は地獄絵図と化していた。



「けど⋯⋯⋯⋯。」


(⋯⋯いない、まさかやられる筈もないだろうし⋯⋯一体どこに?)


 そんな中でコウタはとある人物を探して辺りを見渡すが、目的の人物は一向に見当たらなかった、



「おお少年、無事じゃったか。」



 が、そんな状況の中で、コウタの耳に聞き覚えのある老人の声が聞こえてくる。



「⋯⋯っ、ギルマス、すいません彼は⋯⋯⋯⋯っ!!」



「——ちっ、やっぱここも怪我人だらけか。」



 自分の身を案じて声を掛けてきたシルバに対して、コウタは忙しなく協力を求めようとするが、全てを言い終える前にその目的の人物が現れる。



「⋯⋯いた。」



「仕方ないよ、とりあえず降ろそう?どうするかはこれから考えなきゃ⋯⋯。」



 コウタが真っ直ぐにその口の悪い少年に歩み寄っていくと、その隣で、ぐったりと意識を失ったままのメイを担いでいたマオは疲労感の滲ませた表情でそう声を掛けていた。


「どうするか⋯⋯か。」


 マオに言われた通りに背負っていた少女を下ろすと、口の悪い少年ロフトは真剣な表情で思考を巡らせる。



「⋯⋯⋯⋯何の用だ?」



 直後にロフトはそう呟くと、彼のすぐ背後まで来てきたコウタの顔を見て不機嫌そうに舌打ちをする。



「お願いがあります。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 短く切り出されたその言葉を聞いて、ロフトは黙り込んだままさらに不機嫌になる。



「力を貸して下さい。」



「⋯⋯どういう意味だ?」


 深々と頭を下げるコウタに不信感を抱きながら、ロフトはそう尋ねる。



「アイツを止めたい、けど、僕の力だけじゃどうしても無理があるんです。」



 予想に反して素直に耳を貸すロフトに対して、コウタも素直に要件だけを伝える。



「だから俺に手伝えと?」



「⋯⋯はい。」



「断る。」



 即答で返事をするロフトの言葉はその一言だけだった。



「⋯⋯っ、けど!このままじゃこの国は!」



 あまりにもあっさりとした返事を聞いて、コウタは動揺を隠すこともせずにその言葉の意味を説こうとする。



「滅ぶだろうな、十中八九。」



 が、ロフト自身も自らのその言葉の意味は深く理解しており、その上でこの国が辿るであろう結末を話す。



「なら何故!?」



「——俺は命をかけてまでこの国を救いたいとは思わないからだ。」



「命捨てたきゃ一人で捨ててこいよ。他人を巻き込んでんじゃねぇ。」



 コウタが怒鳴り声を上げると、ロフトは至って冷静な態度のまま事実を淡々と語っていく。



「じゃあ、目の前で人が死んでもなんとも思わないんですか!?」



 分かってはいたが、やはりコウタにとってロフトのそのスタンスは理解に苦しむものであった。



「だからなんで俺が目の前で死にそうな奴のために命を賭けなきゃいけないんだって聞いてんだよ。」



 それがロフトの答えだった。


 彼の命は彼のものであり、例え人助けという大義のもとでさえ、その使い道は強制されるべきものではない、というのが彼の考えであった。



「でも⋯⋯それじゃあ見過ごすんですか?」



 そして対するコウタの考えはその対極のものであった。


 ここで戦わなければ沢山の人が死に、沢山の人が悲しむ、ならば、力ある人間が戦って守るのが最も沢山の人間が助かる道であるという。



「じゃあ聞くが、俺が死んだらどうする?」



 だがそんなコウタの考えに真っ向から疑問を呈する質問をロフトは投げかける。



「⋯⋯っ。」



 自らの思想の核心を突くような言葉を聞いてコウタは思わず息を飲む。



「お前が、お前のワガママで俺を巻き込んで、その結果あいつらが助かって、それで俺が死んだらどうするよ。」



「お前は明日笑うのか?それとも後悔するのか?」



「⋯⋯っ、それは!」



 そんな事など考えたこともなかった。


 救いたい人間を救うのは正しいはずである。けれど、その為の行動のせいで誰かが犠牲になる事など、これまで経験したことがなかった。


 だからこそ、その問いかけには答えることが出来なかった。



「才能があるから努力すべきだ?力があるから立ち向かうべきだ?間抜けなこと抜かしてんじゃねえよ。」


「力の使い方なんてのは自分の自由だ。他人から強制なんてされていいはずがねぇ。」



 そしてコウタが答えられなかったからこそ、ロフトは堂々と自らの意見をはっきりと述べる。



「そいつはな、あんな力のせいで窓の外の景色と、本の中の景色以外知らずに育ってきた。」


「俺はこんな忌々しい力のせいで力以外の全てを失った。」


「それでも言い続けるのか?力のせいで普通を奪われた俺たちに、その力で他人を守れと。」



「⋯⋯⋯⋯。」


 その問いかけに、コウタは最後まで答えることが出来なかった。


 ロフトの主張は正しく、そして自らの考えは歪んでいると、そう感じてしまった。



「⋯⋯お前だって気付いてんだろ?この世界は腐ってんだよ。」



「⋯⋯そんなことは。」



 それでもその事実を認めたくないコウタは、必死にロフトの言葉を否定する。




「⋯⋯⋯⋯いいよなぁ、お前はさ。」



 そんな彼の様子を見て、ロフトは呆れたように溜息を吐いてそう切り出す。



「助けたいものを助けて、何一つ取りこぼしたことが無いからそんな事言えるんだろ?」



「⋯⋯っ!!」



 その言葉を聞いた瞬間、コウタの表情は一気に凍り付き、気づけばロフトの胸倉を掴み上げていた。



「離せよ偽善者、俺を殺したいのか?」



「⋯⋯⋯⋯⋯⋯たんです⋯⋯。」



 完全に興味を失ったような、そんな死んだ表情でロフトがそう言い放つと、コウタは篭るような小さな声で何かを呟く。



「⋯⋯あ?」



「⋯⋯助けられなかったんですっ!!」


 ロフトが不快そうに聞き返した瞬間、コウタは下を向いたまま感情のままにそう叫ぶ。



「⋯⋯っ!?」



「助けなかったんです、手を伸ばせば届いたのに、その手を取ることが怖くて、逃げ出したんです!」



 突然の絶叫にロフトが一瞬、気圧されていると、コウタは収まらない感情をそのままぶつけるようにして叫び続ける。



「⋯⋯辛いんです。死ぬほど後悔してるんです。けど!⋯⋯⋯⋯もう、逃げたくないんです。」



「生きるって決めたから、守るって決めたから、これ以上、自分を曲げたくないんです。」



 頬をゆっくりと伝うそれは、彼がこの世界に来て初めて人前で流す涙だった。



「⋯⋯助けて下さい、救う為の力を、僕に貸して下さい。」



 めちゃくちゃになった感情を吐き出し終えると、最後に消え入りそうな声で頭を下げる。


「⋯⋯つまらない男になったな、お前。」



 そんなコウタの言葉に対して、ロフトが向けた表情は、失望したそれであった。



「⋯⋯⋯⋯。」



「あん時の吐き気がするほど真っ直ぐな目は見る影もねぇ。⋯⋯⋯⋯それどころか、お前はこっち側の人間ですら無かったみたいだな。」



 「助けて」という言葉を彼の口から聞いた瞬間、彼は力を持つ理想論者では無く、力も無い上に理想しか吐かない、ただの愚か者に過ぎなかったのだ、とロフトは一方的に決定付ける。



「⋯⋯論外だ。」



 だからこそ、ロフトはそんな弱者を突き放すように死んだ目でコウタを押し飛ばす。



「⋯⋯コウタさん!」



 力無く地面に吹き飛ばされるコウタを見て、背後で話を聞いていたマリーが声を上げる。



「⋯⋯ちっ。」



「⋯⋯ロ⋯⋯フ⋯⋯⋯⋯ト?」



 失望から来る強い不快感から堪らず舌打ちをすると、彼の真横で眠っていたはずのアンがゆっくりと目を開けて途切れ途切れに彼の名を呼ぶ。



「⋯⋯っ、アン!!」


 それを聞いた瞬間、ロフトは慌ててアンのもとに駆け寄ってその身体を抱き上げる。



「大丈夫か!?悪いが今から逃げるぞ。」



「違⋯⋯うの。」



 ロフトが確認を取るようにそう言うと、アンは何かを伝えようと苦しそうな表情で首を左右に振る。



「⋯⋯なんだ?」



「私、まだ⋯⋯やりたい事⋯⋯⋯⋯たくさんあるの。」



「ああ、分かってる。だからここで死ぬ訳にはいかねえだろ。」



 そんなアンの言葉に対して、ロフトは辛そうな笑みを浮かべてそう答える。



「違う⋯⋯⋯⋯違うの⋯⋯。」



「私⋯⋯まだ観光してない。⋯⋯まだ、お菓子も食べてない。⋯⋯⋯⋯お土産、も⋯⋯買って、ない。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 ロフトはアンのその言葉の意味はすぐに理解できてしまった。


 それ以前に、そう言うだろうと言うことを予想出来ていたからこそ、言わせたくは無かった。


 予想出来ていたからこそ、理解出来てしまったからこそ、どうしようもない表情で歯を食いしばる。



「お願いロフト。この国を、守ってあげて。」


「私の為に、命を賭けて。」



 そしてアンはそんな表情で自らを見つめるロフトに対して、ニッコリと優しい笑みでそんな願いを託す。



「お前っ⋯⋯それは狡いだろ⋯⋯⋯⋯。」



 唯一無二の守るべき存在にそう言われると、ロフトは辛そうな表情のまま言葉を絞り出す。



「約束、したもんね。」



「たとえ貴方が拒絶しても、私にとっては貴方が唯一無二の英雄だから。」



「だから、私の、為に帰って⋯⋯き、て。」



 最後の最後にそう伝えると、アンはゆっくりと瞼を閉じて安らかな表情で再び眠りにつく。


「ふざけんなよ、クソが⋯⋯。」


 理屈も何もない、ただ守りたいという理由で託された願いに、そしてそんな願いを断ることが出来ない自分自身に対してロフトはそんな言葉を吐き捨てる。



「⋯⋯お願いします。」



 そしてそれを黙って見ていたコウタは、ゆっくりと立ち上がってもう一度頭を下げる。



「⋯⋯⋯⋯条件がある。」



 言いたい事、吐き捨てたい言葉を全て飲み込み、大きく深呼吸をした後に、ロフトは背を向けたままそう呟く。








——十数分後


 ギルドの外では幻獣の出現によって国中に広がった混乱を鎮める為、国所属の騎士団が避難誘導を行っていた。



「避難誘導、終わりました!」



 そしてその中でも幻獣に最も近い中央広場付近は、最も迅速にその避難が終了していた。


「そうか、ならば我々も撤退する。」


 部下と思われる若い騎士から報告を受けた老兵は、躊躇うことなく撤退の指示を出す。


「⋯⋯よろしいのですか?」


 それを聞いて若い騎士は、「自分達は戦わなくて良いのか?」と言う意味を込めて、気まずそうにそう尋ねる。



「よろしいも何もない。アレが現れてたったの数分で被害は千五百を超えた。もはや我々には手に負える相手ではない。」



「けど、それじゃあこの国は⋯⋯。」



「滅ぶだろうな、それこそ神か勇者様が来ない限り。」


 絶望を露わにする若い騎士の言葉に対して、老兵はもはや諦観の篭った表情で、溜息混じりにそう答える。



「⋯⋯っ!隊長!アレを!」



 その直後、一人の兵が目の前で鎮座する巨龍を指差してそう叫ぶ。



「⋯⋯っ、動くぞ!!」



 その場にいた全員が視線を送ると、それまで頑なに閉ざされていた龍の瞼がゆっくりと開かれる。


「⋯⋯逃げろ!なるべく遠くまで!!」


 隊長と呼ばれた老兵の指示と同時に、その場にいた騎士団は全員同時に広場に背を向けて走り出す。


「⋯⋯⋯⋯ッ!!」


 が、直後に生み出された水の龍は、背を向けて逃げ惑う兵士達の背に向かって襲いかかる。



「なっ、うわぁぁぁぁぁぁ!?」




「——ぶっ飛べ。」



「——召喚。」



 再びあの地獄が訪れようとしたその瞬間、二つの声が静かにその場に響くと、騎士達の胸を貫こうとしていた小さな水の龍達はその全てが突如現れた剣の群れと魔法によってほぼ同時に掻き消される。



「「「「⋯⋯っ!?」」」」




「⋯⋯攻撃を、防いだ?」



 その場にいた全ての人間が、突然の出来事に言葉を失っていると、その中の一人がそんな言葉を呟く。



「——下がってください、ここからは僕たちが守ります!」



 そしてそれに続くように彼らの真ん中を抜けるように二人の少年が幻獣に向かって飛び出す。



「⋯⋯まさか、本当に来たと言うのか?」



「⋯⋯勇、者?」



「⋯⋯ちっ。」



 その単語を聞いた瞬間、二人の少年の片方、金髪の少年が不機嫌そうに舌打ちをする。



「もう一回ここで誓え、これが終わったら、テメエの全財産、俺のもんだ!!」



 それはロフトという少年がキドコウタに求めた、たった一つの交換条件。


 何よりも大切なものの為に、誰よりも嫌いで、何よりも否定すべき存在に手を貸さなくてはいけないというジレンマの中で課した、負け惜しみのような交換条件。



「⋯⋯⋯⋯っ!」



 それをコウタ自身もよく理解していたからこそ、大きく頬を吊り上げて笑みを浮かべる。



「そんなもん、いくらでもくれてやる!!」



 覚悟は決まった。



 二人の少年は今、この国に満ちる全ての命運を背負い、大いなる災厄へと立ち向かう。




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