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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
155/287

百五十五話 大海を従えし巨龍


 コウタが気を失い、湖へと沈んだ後も、絶望の伝播は止まることはなく、国中へと広がっていた。



 そしてその影響は当然、冒険者や騎士団、ギルドにも広がっていた。



「なっ⋯⋯何が起こってんだ?」



 それまで、ミューリンとシルバの壮絶な戦闘を静観していたデクは突然の出来事に思わず声を上げる。



「⋯⋯あら、もう終わりみたい。」



 その声を聞いてミューリンは戦闘を止め、動きを止めると、周囲を見渡してそう呟く。



「⋯⋯何をしやがった小娘。」



「先に言わなかったっけ?私はあくまで足止め要員だって。」



 忌々しそうに尋ねるシルバに対して、ミューリンは無表情でそう答える。



「そういや言ってたな。」


 それまで淡々と戦闘に集中していたシルバはその言葉を聞いて更に険しい顔でそう呟く。



「⋯⋯それでさ、私みたいな鬼強の戦闘要員が足止めに回るほどの用事って何かしら?」



「⋯⋯⋯⋯!!」



 その瞬間、シルバは大きく目を見開いてその動きを止める。



「気付いちゃったみたいね。」



「⋯⋯何言ってんだお前?」



 ニヤリと笑うミューリンを見て、未だ状況を掴めないデクはただ一人置いていかれていた。



「はぁ⋯⋯そっちの半人前君はまだ気づいてないんだ。」



「それじゃヒント、邪神伝説最終章、第ニ節の最初の一文は?」



 デクの困った表情か、それともシルバの険しい表情が原因かは分からなかったが、ミューリンは先程よりも上機嫌になりながら、そんな問いを投げかける。



「は?⋯⋯⋯⋯⋯⋯女神の怒りに触れし邪神は、神器を携えし国王の手によって光の楔によって永き眠りにつく⋯⋯だったか?」



「その時使われた楔の矢、その後どうなったか知ってる?」



 デクが途切れ途切れにそう答えると、ミューリンはニヤリと笑みを浮かべて次の質問を投げかける。



「⋯⋯それは。」



「壊された、たった一本を残して、全て。呪剣なんつうよくわからん代物にな。」



 デクが答えられずにいると、シルバは苦々しい表情のまま代わりにそう答える。



「⋯⋯っ!?」



「そ、わざわざこんな日に、優秀な人材を大量に引き連れて、わざわざ幻獣を封じてる楔を斬れる剣を持ってきた⋯⋯つまり私達の目的は⋯⋯?」



「⋯⋯幻獣の復活。」



 シルバに考えられるのは、というよりも最早、誰がどう考えても思い当たるのはそれしかなかった。



「その通り。と、言うわけで目的達成したから帰るわ。」



「⋯⋯そうかい、殺して行かなくて良いのか?」



 あまりの引きの良さに、シルバは挑発するようにそう尋ねる。


 ここまでやられた現状、シルバとしては目の前にいるこの敵だけでも落としておきたかった。




「いいわよ、どうせ殺せないし。」



 が、当のミューリンはそんな誘いに乗る事もなく冷静にそう返事をする。



「オリジナルスキルも見破られたし、ステータスは若干負けてる、打てる手が無いわけじゃ無いけど、はっきり言って面倒だし。⋯⋯とりあえず負けでいいわ。」



 彼女の発言は確かに正しかった。


 その証拠に、二人の戦闘は互いに決め手に欠けており、千日手のような状況に陥っていた。



「性格や言動の割に、随分と冷静に分析できとるの。」



 だが、それはそれとしても、シルバからすればやはり彼女の退き際の潔さは違和感を感じられずにはいられなかった。



「まさか、命令が無かったらとっくに本気になってるわよ。」



「それほど命令が大事か?」



 彼の経験上、この手の敵は命令云々よりも先に感情に従って行動しがちである為、その理論は少しだけ無理があるように感じた。



「命令ってより、言うこと聞いて褒められるのが大事。命令を破って叱られるのもたまんないけど、やっぱり女だったら頭は撫でてもらった方が嬉しいじゃない?」



 だがそんなシルバの考えとは裏腹に、彼女にとって、最も感情を揺さぶられるのは戦場における屈辱などではなく、一人の女としての純粋な乙女心に他ならなかったのである。



「さーな。生憎女心というもんには疎くての。昔は散々嫁にキレられてたわ。」



 その答えを聞いて、どう言葉を交わしても相容れないと察すると、呆れたように言葉を返す。


「分かんないなら別に同意は求めないわ。とりあえず、帰る。」


「ならさっさと例の球を取り出したらどうじゃ?崩石、じゃったか?」


 くるりと背を向けるミューリンに対して、シルバがそう尋ねると、ミューリンは未だ背を向けたままキョロキョロと周囲を見渡していた。



「使わないわよ。勿体無いし。」




「私のオリジナルスキル、短距離瞬間移動って言ったけどね。実は言うほど短くもないの。」



「ただ飛ぶ先の情報を明確にしなきゃダメってだけで、視認できれば多少遠くとも飛べるわ。」



「まあ何もない空中とかは明確な座標点を絞れないから無理だけど、近くに分かりやすい目印があれば飛べる。」



 その最たる例として、敵に攻撃するときにも、その背後や目の前などといった対象物の周囲にしか飛べないという制約があった。



「⋯⋯つまり私が今一番飛びやすいところは⋯⋯。」



 ミューリンは最後に短く呟くと、ある一点をジッと凝視する。



「シーランドタワー⋯⋯かの?」



 その視線を辿っていくと、すぐに答えを見つけることが出来た。



「せいか〜い。それじゃあねお爺ちゃん。おめでとう、貴方は見事大切な部下と騎士団長を守ったわ。」




「まあすぐに全員死んじゃうんだけどね。」



 最後にニヤリと軽い態度で返事をすると、ひらひらと手を振ってた後、彼女の姿は二人の目の前から消える。



「⋯⋯行ったか。」



「⋯⋯どうすんだよ!このままじゃこの国が!」



 シルバがそう呟くと、その背後からデクが慌てた様子でそう叫ぶ。



 見ると国の中心にある湖の中心では、いつの間にか、眼を見張るほどの巨大な影が佇んでいた。



「⋯⋯⋯⋯。」




「⋯⋯ギルドに戻るぞ、作戦を立てる!」



 不安や焦りなど様々な感情を抱えたまま、どうすることも出来ず、シルバは大きく息を吐いてその場を後にする。








 シルバ達が戦闘を繰り広げていた通路の横にある広場では、先程まで繰り広げられていた冒険者対魔族の戦いの構想は完全に消え失せていた。



「⋯⋯っ!!」



 その戦場に立つのは二人、一人は勇者候補と称される若き世代の中で最高峰の実力を持つ少年、ロフト。



 対するは旧魔王軍において最高峰の戦闘要員である四天王の座に就き、現在では元帥ルシウス・フリートが率いる直属部隊の隊長でもある男、ベルザーク。



 二人の戦闘は側から見れば若干ベルザークが優勢に見えた。


 その理由はただ一つ、彼の戦闘スタイルの異質さ故だった。



「ゼアアアァァァァ!!」



「チッ⋯⋯。」



 ベルザークが空中を滑るようにして一気に距離を詰めると、ロフトは鬱陶しそうに舌打ちをしながらその斧を右手に持った剣で受け止める。



「「⋯⋯っ!!」」



 老人の斧と少年の剣がぶつかり合った瞬間、周囲に爆発のような巨大な音と衝撃波が響き渡る。



「⋯⋯これも受け止めるか。」



 ベルザークは剣を受け止められたことによって、推進力が止まると、大きく破顔しながら嬉しそうにそう呟く。



(空を滑るように飛んだかと思えば、尋常じゃねえ力で押し込んで来やがる⋯⋯。)



 対するロフトは、その老人の不可解な移動手段と、戦いを楽しむようなその態度に少しずつ不快感を示し始める。



「⋯⋯なんなんだよ、そのスキル。」



 至極機嫌の悪そうにそう呟くと、二人の得物は互いが絶えず流し続ける力によってカタカタと震え出す。



「老兵の業にしては中々に面白いじゃろう?」



「⋯⋯別にてめえに面白さなんぞ求めてねえ!!」



 ベルザークのはぐらかすようなその態度を見て、ロフトは毒を吐きながら受け止める斧ごとベルザークを弾き飛ばす。



「うおっ⋯⋯!?なんの!」



 ベルザークはその衝撃で吹き飛ばされた後、空中でその動きをピタリと止めて、もう一度ロフトに向かって斧を振り下ろす。



「⋯⋯またか。」



 先程からロフトが彼に追い詰められている理由はこれが原因であった。


 いくら弾き飛ばしても、重力や体制を無視した移動手段が原因で上手く距離を取れず結果として攻勢に出ることが難しくなっているのが原因だった。



「面白いな!ワシの打ち込みを平然と受け切るとは!」



 再び攻撃を受け切られると、ベルザークはさらに嬉しそうに笑みを浮かべる。



「生憎、スキルポイントには余裕がありまくってんだ、全部肉体強化系に回してもお釣りが来るくらいにな。」



 ロフトはそれでもまだ余裕のある表情でそんな答えを返す。



「手数だけでなく身体能力まで隙がない⋯⋯なるほど、なおの事滾るわ!」



 強い敵に興奮するのか、振り下ろす斧にさらに力を込めて声を張り上げる。



「⋯⋯うるせえな!」



 ロフトはそう言ってガラ空きになった左手を背中に回すと、ニヤリと大きく眼を見開きながら笑みを浮かべる。



「⋯⋯っ!」



 脳が強い危険信号を発していると気付いた時には、ほんの少し手遅れであった。



「ラッシュダガー!」



 取り出された短剣から繰り出される連続の突きは、ガラ空きの胴体に容赦なく迫っていく。


「へっ、甘い!」


 それでもベルザークは笑みを絶やす事なくそう言うと、自らの斧を高速回転させて短剣を弾き返す。



「⋯⋯っ!?」



(捌きやがった!?)



「それ、隙だらけだぞ?」



「⋯⋯っ!?」



 虚をついたはずの攻撃を防がれ、体制を崩した瞬間、ベルザークは三度ロフトに向かって斧を振り下ろす。



「チッ⋯⋯。」



「⋯⋯おおっ?」



 ロフトが咄嗟に手を伸ばすと、ベルザークの攻撃は硬い壁に阻まれてその動きを止める。



「⋯⋯インフィニティシールド。」



「⋯⋯あっぶねぇ。」



 すると、振り下ろされた斧は徐々に増殖していくシールドによって押し返される。



「面白い、これも防ぐか!」



 ベルザークはこれ以上の追撃は難しいと感じ後方に飛び退くと、ニヤリと笑ってそう呟く。



「⋯⋯ちっ。」



(⋯⋯戦い方が変則的なのもあるが、ステータスも油断ならねえくらい高え。⋯⋯流石に旧魔王軍ってだけはあるな。)



 ようやく満足な距離を取ることができると、ロフトは警戒を怠る事なく冷静に分析を始める。



「⋯⋯少しギアを上げるか。」



 このままでは負けることは無くとも、決定打を入れる事が出来ない、と結論付けると最後に小さくそう呟き、それまでとは違う一際濃く強い殺気を放つ。



「⋯⋯おお?どうやら本気かの?」



 ベルザークはそれを聞くと、好戦的に眼を見開いて武器を構える。



「⋯⋯ああ、いつまでも遊んでやるつもりもねえ。」



 ロフトはそれに答えるように眼を大きく見開いて、ベルザークと同じ表情を浮かべる。



「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」



 二人が再び構えた瞬間、轟音とともに地面が強く揺れ始める。



「なんだこれ?」



「な、何が起こってるの?」



「⋯⋯ここまでのようじゃな。」



 辺りを見渡すロフトやマオの横でベルザークが何かを察すると、残念そうに言葉を吐き出す。



「⋯⋯ッ!!」



 そんな言葉に気づかない二人は同時に湖に眼を向けると、そこから巨大な龍が水飛沫を巻き上げてその身体を起き上がらせる。



「なに、あれ⋯⋯⋯⋯ドラゴン?」



「⋯⋯マジかよ。」



 あまりにも予想外の展開に、マオのみならず、ロフトまでが言葉を失ってしまう。



「悪いな、どうやら戦いはここでお開きじゃ。一人の戦士として、お主とは全力を賭して戦いたかった。」



 ベルザークは悲しそうに表情を曇らせると、武器を収めて残念そうに呟く。



「俺はゴメンだね、めんどくせえ。」



 ロフトは動揺した頭を動かして、それを悟らせぬようになんとか皮肉らしい言葉を吐き出す。



「ではさらば、ワシも部下を回収して撤退させてもらおう。」



 ベルザークは最後にその言葉を言い放つと、ロフト達に背を向けて、二度と振り返る事は無かった。



「⋯⋯⋯⋯。」



「ロフト君、逃げよう!ここはもう危ない!」



 ベルザークが去った後、呆然と巨龍を眺めていると、背後からマオがそんな言葉を投げかける。



「⋯⋯分かってるよ。さっさと行くぞ。」



 その言葉を聞くと、マオはメイを背負い、同じようにロフトはアンを背負ってギルドへと走る。






 魔族の大半が消え各地の戦場が終結し始めた頃、アデル達も他の冒険者と同じようにギルドへと向かっていた。



「⋯⋯どうだセリア!」



 全身を水浸しにして先頭を走るアデルは、後方で回復魔法を発動し続けるセリアにそう尋ねる。



「治療はしています、けど傷が大きくて時間がかかってしまいます。」



 治療をしている相手は当然、アデルの背中で眠るコウタの事であった。


 戦闘の途中で塔の上に置いてかれた三人はすぐさま階段を使って地上に降り、湖の中に飲み込まれそうになっていたコウタを回収してギルドに向かっていた。



「コウタさん⋯⋯。」



 戦闘によるダメージと、落下によるダメージによって全身がズタズタになっていたコウタを見て、マリーは引き攣った表情でその名を呼ぶ。



「大丈夫ですわ。大きな傷は既に塞ぎましたから、命の危険は脱しています。」



 そんなマリーを安心させる為、セリアは険しい表情ながらもそんな情報を与える。



「⋯⋯奴は逃げたのか?」



 それを聞いてアデルは小さく安堵すると、そんな事をセリアに尋ねる。



「恐らくは。まさかアレで倒しきれないとは⋯⋯流石は魔王軍幹部と言ったところですね。」



 展望デッキからでは詳しい情報を得る事は出来なかったが、彼女が死んだ痕跡が見当たらない事や、コウタがこうして致命傷に近い傷を与えられている事から考えれば、そう結論付けるのが妥当であった。



「⋯⋯っ!!」



「どうしたんですか?」



 その瞬間、セリアが言葉に詰まらせると、その隣を走っていたマリーがその変化に気付く。



「治療が思ったように進まなくて⋯⋯。」



(MPが空っぽのせいで肉体の衰弱も激しい⋯⋯。)



 それはファルナスとの戦いで最後に使った奥義の影響であった。


 連戦を想定して霊槍を使わずに戦った為、多少のMPの消耗は覚悟していたが、セリアとしてもまさか空になるまで使い切るとは思ってもみなかった。


 言葉には出さなかったが、MPと傷の回復を並行してしなければならないと考えると、どうしてもセリア一人では処理し切る事が出来なかった。



「このままギルドに向かいましょう、コウタさんを集中して治療したいですし、アレの対処もその後です。」



 現状の戦力、と言うよりもセリアが考え付く限り、国の中心で鎮座する幻獣に対抗し得るのはコウタの持つ霊槍以外思い浮かばなかった。


 だからこそ三人の中では、頼みの綱であるコウタの回復が共通の最優先事項にあった。



「分かった。急ぐぞ!」



「⋯⋯はい!」



 三人は最後の希望を背負い、地獄と化した街の中を無我夢中で駆け抜ける。

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