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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
153/287

百五十三話 紅と蒼の剣戟


 場面は切り変わり、コウタ達のいるシーランドタワーに戻る。



 溢れ出す紫色の光に目を細めながらコウタ達はファルナスに対して最大限の警戒を示す。



「⋯⋯これが⋯⋯覚醒⋯⋯?」



 光の中で徐々にその姿を変えていくファルナスを見て、コウタはそんな言葉を呟く。



「——魔族の中には、肉体が極端に魔物に近いものが存在します。」



「彼らは総じて肉体の強度や身体能力が高いという特徴があります。」



 対するファルナスは光の中で変形する肉体を一歩、また一歩と前に進めながらなんの脈絡も無いような言葉を紡ぐ。


「つまり攻撃の一つ一つが必殺になりうる⋯⋯って事ですか?」


 コウタはその言葉に敢えて乗ってみると、そう問いを投げかける。


 理由はコウタ自身、その辺りの話に興味があったからだ。


 旧キャロル城で戦ったグリシャと言う名の魔族は、背に生えた触手によって魔法を面のように展開し、直接攻撃すらしてきた。


 その時は咄嗟の機転や消耗の大きな大技の使用、純粋な相性差もあって攻略出来たが、今考えてもかなりの脅威であったと考える。



「ええ、そしてその逆、姿形が極端に人間に近い種族は、身体能力が低い代わりに、ごく稀にこの技を身に付けることがある。」



「覚醒、それは即ち、肉体を活性化させて身体能力を引き上げる業。」



 そう言い切ると、彼女を覆っていた光は消え、その中から見慣れない姿の女性が姿を現わす。





「⋯⋯っ、なんだ、その姿は?」




 大きく広げられる悪魔のような翼、すらりと伸びて蛇ようのに蠢く長い尻尾、紫色に染まる肌、その姿はまさに魔物と呼ぶに相応しいような異形であった。



「身体能力が爆発的に上昇する。故に、肉体はより魔物の姿へと近づくのです。」



「その上昇率は数値にして約二倍⋯⋯気を付けてくださいね?今の私のステータスは、四天王の方々をも凌ぐ。」



 そう言った瞬間、ファルナスの姿が四人の前から消え失せる。



「「⋯⋯っ!?」」



(消えっ⋯⋯!?)



(⋯⋯いや違う!)



 だがその中でコウタだけは彼女のその動きを見逃さなかった。



「セリアさん!」



 視線を一瞬だけ外すと、敵の狙いであると考えられる仲間の顔を見てその名を叫ぶ。



サンク——」



「——遅い。」


 声をかけられたセリアは咄嗟に障壁を展開しようと構えるが、その瞬間には既に、ファルナスの姿は既に目の前まで迫っていた。



「⋯⋯ぐっ!?」



 ファルナスの右腕がセリアの腹部に突き刺さり、そして貫かれる。



「⋯⋯セリアさん!!」



「ぶっはっ⋯⋯あ、ああぁぁ⋯⋯。」



 遅かった、と後悔する時間すら与えられず、ファルナスが手を引き抜くとセリアの口からはおびただしい量の鮮血が吐き出される。


「ちっ⋯⋯。」


「このっ⋯⋯!」


 コウタ、そしてアデルの二人はファルナスを引き離そうと同時に剣を振り下ろす。


「甘い!」


 力なく沈みゆくセリアの真横で、ファルナスは二人の剣を捌きながらコウタの腹部に拳を、アデルの胸部に蹴りを叩き込む。



「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」



 二人はとてつもない勢いで吹き飛ばされると、ファルナスのパワーアップをその身を持って感じ取る。



「あと、一人。」



 ほんの一瞬の間に一人を仕留め、そして二人を吹き飛ばしたファルナスは、最後に残った少女に向かって拳を振り下ろす。



「⋯⋯フレイムダンス!」



 が、その拳はすんでのところで炎の帯に防がれ、そして力強く後方に吹き飛ばされる。



「⋯⋯っ!?」



「⋯⋯こ、の⋯⋯小娘っ⋯⋯!」



 最も警戒していなかった、最も舐めていた相手に全力の自分が一杯食わされた事に、ファルナスは強く激昂する。



「貴女は私達を見下し過ぎです⋯⋯コウタさん!」



「加速!!」



 マリーの合図に反応してコウタは体制を取り直しつつ、一気に距離を詰める。



(一撃で、仕留める⋯⋯!)



「⋯⋯召喚!」



 そうして手を真横に構えると、何も無い空間から白い剣を取り出す。


 狙うは首元、セリアが一撃で仕留められたことを考えればもはやこれ以上何もさせる事は出来ない。



「⋯⋯⋯⋯っ!?」



 宙に投げ出され、隙だらけのファルナスのに向かって剣を振り下ろすが、その剣は弾かれるのでもなく、肉を裂く訳でもなく、強烈な力によって完全に受け止められる。



「⋯⋯なん、で?」



「言ったでしょう?ステータスは四天王を凌ぐと。」



 コウタの口から溢れた言葉にファルナスは堂々と返事をする。



「⋯⋯っ!」



「それまでだ!」



 そして反撃ししようと拳を構えるが、今度はアデルが真横から風の刃を放つ。



「⋯⋯ちっ。」



 ファルナスはコウタの剣から手を離すと、反射的に後方に引き下がり、風の刃を紙一重で回避する。



「全員無事か!?」



「私はなんとか⋯⋯けど⋯⋯。」



 全員の無事を確認するためアデルが他の三人に声を掛けると、真っ先にマリーが返事を返し、セリアの方に視線を向ける。



「セリアさん!」



「も、門⋯⋯題⋯⋯ありません⋯⋯。」



 視線の先ではすでにコウタが慌てて駆け寄っており、血を吐きながら苦しそうに呻き声を上げるセリアはそれを制止して強く歯を食いしばる。





「⋯⋯ホーリー・クロス・スペル!」




 赤褐色の血液と共に吐き出されるその詠唱に合わせて、セリアの周囲に黄金の風が吹き荒れる。


 直後、彼女の背後に巨大な黄金の十字架が形成されると、腹部に開けられた風穴がみるみる塞がっていく。



「⋯⋯その技はデータで見ました、異常な回復速度も、そして、その効果時間が短い事も。」



「攻撃を加えても回復されるなら、回復効果が切れるまで待ちましょう。」



 ファルナスはその光景を見て冷静にそう答えるが、恐らくその方法こそがセリアのホーリー・クロス・スペルへの正しい対処法に違いなかった。



「だったらやっぱり、近接戦は僕達とやりましょうか。」



 そう言うと再びコウタとアデルは二人並んでファルナスの前に立つ。



「⋯⋯無理しないで下さい。速度には着いてこれず、刃は通らず、一撃で致命傷。貴方達では私と戦うに値しない。」



 ファルナスは既にセリア以外の面子には脅威を感じていないのか、慢心した様子でそんな言葉を吐き出す。



「それはどうかな?」


「⋯⋯召喚。」



「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 アデルのそんな言葉と同時にコウタが一本の杖を召喚すると、前衛の二人は雰囲気を切り替えて武器を構え直す。




「トランス・バースト!!」




「⋯⋯付与エンチャントマナ!」



 二人が同時に叫ぶと、コウタの身体には蒼色のエネルギーが炎のように揺らめき出し、アデルの身体には紅色のエネルギーが噴き出すように湧き上がる。



(紅と蒼⋯⋯⋯⋯まるで対極の力⋯⋯。)



「それが貴方達の全力ですか?」



 舞い上がる二つの力は、力強くそして美しい、まさに壮観と言うに相応しいものであった。


 だからこそ、ファルナスは少しだけ警戒を強めてそんな問いを投げかける。



「「⋯⋯まだだ。」」



 二人の声が重なる。




「いくぞ!バルムンク!!」



付与エンチャントスピード!」




 二つの力の奔流は更なる力を放ち、大きく広がって巻き上がる。



「⋯⋯⋯⋯。」



 ファルナスはそれを見届けると、最早何も言う事は無かった。


 その沈黙は、間違いなく二人を敵と認めているが故のものだった。



「⋯⋯さあ、来い!」



「では遠慮なく。」



 アデルが剣を構えてそう呟くと、ファルナスは真っ直ぐに二人に突進する。



「アデルさん!」



 再びファルナスが視界から消えると、先程と同じようにコウタが声を荒らげる。



「見えてる、さ!」



「⋯⋯っ!?」



 するとアデルはその声に返事をしながら、今度はファルナスの動きを見極め、攻撃を受け止める。



「——加速!!」



 一瞬、ファルナスの動きが止まると、コウタはその隙をついて距離を詰める。


「ちぃ⋯⋯。」


 ファルナスは振り下ろされる剣に向かって咄嗟に手を出すと、力強く腕を振って青く染まる剣ごと強引にコウタを吹き飛ばす。


「⋯⋯っ、浅い、けど⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 だがしかし、防御に使ったファルナスの腕からはじんわりと血が滲んでいた。



「⋯⋯斬れた。」


 その様子を見てコウタは自らの剣に勝機を見出し、小さく頬を浮かせる。



「なるほど⋯⋯。」



(騎士の方はデータ通りステータスの底上げ、勇者候補のアレはローリスクで殺傷能力を高めた形態、と言ったところでしょうか。)



(そして何より⋯⋯どちらも⋯⋯。)



 恐らくどちらも自分にダメージを入れられる、と言うのが何よりも面倒な事であった。





「——何処を見ている?」



 そんな思考を遮るように、紅のオーラを纏ったアデルが再び距離を詰める。



「⋯⋯っ!」



 首に目掛けて横薙ぎに振るわれる刃を、ファルナスは体を屈めるようにして回避する。



「コウタ!!」



「加速!」



 アデルのその合図に合わせて、コウタは先程と同じように真っ直ぐに走り出す。


「甘い!」


 それに対してファルナスは、今度は効かないとばかりにタイミングよく蹴りを放つ。



「ぐっ⋯⋯。」



 その攻撃を咄嗟に剣で受け止めるが、のしかかる圧力の重さに思わず呻き声をあげる。



「⋯⋯はぁ!!」



 コウタはそれに対抗する様に剣を真下に引き抜くと、ファルナスの脛のあたりから赤い鮮血が舞う。



「⋯⋯っ、⋯⋯このっ!」



 一度ならず二度までも、自らの身体に傷を付けられ、ファルナスは激しく怒りを露わにする。



「ヒートキャノン!!」



 そうして出来上がった隙をつく様に、マリーは間髪入れずに炎の球を打ち込む。



「ちっ、それは効かないと、言っている!」



 ファルナスは怒りに任せて拳を振り回してその炎を振り払うが、かき消した炎のその先にはまた別の金色の光が見えた。




「⋯⋯なっ!?」




光芒の聖槍(セイグリッドスピア)



「⋯⋯ちっ⋯⋯!」



 セリアの魔法は完璧なタイミングで放たれたが、それでもファルナスは自らの反応速度のみを頼りに強引にそれを回避する。



「まだだ!」



「⋯⋯っ!?」



 その連携に重ねる様に今度はアデルが前に出る。



「⋯⋯白光剣!」



「「⋯⋯!?」」



 アデルが光の斬撃を放つと、既に回避されたはずのセリアの魔法が、アデルの剣に引き付けられる様にしてその軌道を変化させる。



「なにっ⋯⋯!?」



(魔法が、曲がった!?)



 突然のイレギュラーな出来事に、敵であるファルナスのみならず、魔法を放った本人であるセリアまで大きく目を見開く。



(速いっ⋯⋯!?)



「ちっ⋯⋯!!」



 回避は不能、ならばと、ファルナスは咄嗟に右手を伸ばして受け止める体制を取る。


 すると次の瞬間、アデルの剣から伸びた光の刃がファルナスに衝突し、周囲に衝撃波と白い煙が舞い上がる。



「当たった!」



「⋯⋯どうだ!?」



 真横からハッキリとそれを見ていたマリーと手応えを感じたアデルは同時に声を上げる。


 だが二人の手応えと期待は直後に裏切られることになる。



「はっ⋯⋯はっ⋯⋯。」



 煙が晴れた先には、ボロボロになりながらも未だその機能を維持している右手を前に出しながら立ち尽くすファルナスの姿があった。



「⋯⋯嘘でしょ?」



「⋯⋯ほとんど効いていないな。」



 マリーとアデルの二人がそう言うと、近くにいた二人も同じように苦笑いを浮かべていた。





「⋯⋯認識が甘かった、と言わざるを得ませんね。」




「そもそも、ザビロス様やフルーレティ様を倒した者たちを私などが見下していいわけがありませんでした。」





「だからもう⋯⋯⋯⋯油断はしない。」




 大きな深呼吸の後、ファルナスがそんな言葉を放つと、次の瞬間、彼女を中心にして強烈な圧力が部屋全体を支配する。





「「「「⋯⋯⋯⋯っ!?」」」」




 ファルナスの放つ本物の殺気に、四人は表情を凍りつかせる。


 そのあまりに大きな変化は、これまでの戦いが前座に過ぎなかったと言われている様な気がした。



「認識を改めましょう。貴方達は魔王軍ファルナスの名に於いて、その全力を以って抹消させていただきます。」



 言葉遣い然り、放つ雰囲気も然り、もはやそれまでのコウタ達を見下した態度は完全に消え失せていた。



「この殺気は⋯⋯。」



「ここからが正念場、ということですね。」



 その場にいるだけで息苦しくなるような感覚に襲われながらも、コウタやアデルはニヤリと引き攣った笑みを浮かべる。



「⋯⋯アデルさん、何秒持ちます?」



「さあな、せいぜいあと一分あるかないかだろう。」



 そんな中でコウタが隣に立つアデルに小声で問いかけると、アデルは曖昧ながらも答えられる限りの情報をコウタに与える。




「なら次で決めましょう。」



「⋯⋯準備は出来たのか?」



 コウタの言葉を聞いて、アデルはファルナスに聞こえないよう小さな声でそう尋ねる。




「まだです⋯⋯けど、間に合わせます。」



「何かされる前に、決着をつけましょう。」



「⋯⋯ああ。」



 二人は同時に覚悟を決めると、最後の攻撃を仕掛ける為に前を見据える。



「⋯⋯っ!」



「そろそろ、ですわね。」



 そして二人の様子を見て、背後にいたセリアとマリーもその意図を察して武器を構える。




「行くぞ!」



「⋯⋯加速!」



 二人が同時に前に出ると、紅と蒼、二つの光の線が交わりながら真っ直ぐにファルナスに向かっていく。




「⋯⋯っ!!」



(⋯⋯⋯⋯右上と左下。)



 ファルナスはその動きを見極めると、振り下ろされ、振り上げられる剣を同時に回避し、反撃までしてみせる。



「⋯⋯っ!!」



 先程と同じように腹部に蹴り、拳の打撃を受けると、二人の身体は後方に吹き飛ばされる。



(他愛ない、冷静になれば決して対応できない訳ではない。)



「⋯⋯っ、殺気!?」



 二人の攻撃を捌いた後、一拍だけ息を置くと、背後から強烈な圧力を感じ取る。




「イグニッション・ブロッサム!!」




 振り返ると、熱で両手を真っ赤に爛れさせた少女が、先程とは比にならないほど巨大な炎球を撃ち込んでくる。



(⋯⋯どうする、迎撃?防御?ダメだ、あれを受ければタダでは済まない。)



 瞬間的に脳を高速で回転させると、ファルナスは回避という手段を選択する。




光芒の聖槍(セイグリッドスピア)




「それも、見えている!」




 間髪入れずに放たれる光の槍を、もう一度身体を捻って回避する。



「⋯⋯っ!?」



 次の瞬間、ファルナスの身体は強い引力に引き寄せられてその動きを止める。



「⋯⋯こ、れは?」


 反射的に真下に視線を送ると、そこには紫色の魔法陣が複数個重なって地面に展開されていた。




(移動阻害⋯⋯つまり本筋は⋯⋯っ!)




「——白光剣!!」




 再びファルナスが周囲を見渡すと、彼女の予想通り、金色に輝く剣を携えたアデルが一気に距離を詰めてくる。



「⋯⋯ちっ、その技はもう見た!」



 回避という選択肢を潰されたファルナスは、不機嫌そうに叫びながらアデルの腕を掴んでその剣を受け止める。




「⋯⋯こ、ん⋯⋯のおおおおぉぉぉぉ!!」




 それでもアデルは足を止める事なく真っ直ぐに剣をねじ込むように前に出る。



「ぐうっ⋯⋯。」



(しつ、こい⋯⋯。)



 カタカタと震え出す剣は、刀身にその光を溜め込みながらゆっくりと前に進んでいく。



「⋯⋯加速!!」



 そんな二人の背後からコウタは速度を吊り上げながら真っ直ぐに突進すると、アデルの持つバルムンクの柄頭を強く殴り付ける。



「⋯⋯⋯⋯っ!!」



「⋯⋯ぐっ、ぶはぁ⋯⋯!?」



 二つの強い衝撃が乗った剣はその推進力のまま前に突き出され、ガードに入ったファルナスの腕を弾きながら、脇腹へと突き刺さる。



「⋯⋯加速!!」



「ちいぃ⋯⋯!!」



 それでも止まらないコウタとアデルの突撃を、ファルナスは真っ赤な血を吐き出しながら受け止める。



(耐えろ⋯⋯恐らくもう数秒で⋯⋯!!)



 もう数秒でこの状況を打破し得る機会が来る。と、ファルナスは知っていたからこそ、最後まで諦めず、その剣から手を離す事なく耐え続ける。



 そして次の瞬間、ファルナスの待ち望んでいた時が、そしてコウタが最も危惧していた出来事が起こる。



「⋯⋯⋯⋯っ!?」



 アデルの身体から紅いオーラが消えると、それまで強烈な突きを放っていた彼女の身体からゆっくりと力が抜けていく。



「アデルさん!!」



(⋯⋯勝機!)



 マリーが背後から叫ぶと、ファルナスは大きく目を見開いてその好機を受け入れる。



「私の、勝ちです!!」



「ぐっ⋯⋯⋯⋯トランス!!バースト!!」



 ファルナスが反撃に転じようと構えた瞬間、本来出来るはずのない二度目のトランスバーストが発動される。



「なっ⋯⋯!?」



(何故だ、彼女のMPは既に⋯⋯っ!)



 訳がわからず混乱していると、ファルナスの視界に入ったある光景が彼女の思考を遮る。


 その光景は、コウタ達の背後、後ろの方で真っ直ぐに手を伸ばして構えるセリアの姿であった。


 それを見た瞬間、既に限界を迎えたはずのアデルが再びこの技を使った理由が理解できた。




「マナ、リターンっ⋯⋯!!」




 あまりにも単純で直接的な回答を前に短くそして苦々しくそう呟く。



「加速!!」



 そして三度目の加速はトドメの一撃の為の最後の一歩であった。



「アデルさん!!コウタさん!!」




「いっ、けえええええ!!」




 セリアが二人の名を呼ぶと、それに続くようにマリーがボロボロになった拳を突き出してそう叫ぶ。





「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」





 一方向へと強い力がかけられると、ファルナスの身体は徐々に後方へと押し込まれていく。



 だがそこで押し切られるほど魔王軍幹部の底は浅くはなかった。





「⋯⋯魔王軍をっ⋯⋯舐めるなぁぁぁぁ!!」





 ファルナスは最後の力を振り絞って絶叫するように声を張り上げると、受け止める為にアデルの手を防いでいた手を離し、ガラ空きになった両手で二人の身体に拳を叩き込む。




「「⋯⋯⋯⋯っ!!」」




「⋯⋯っ!?」



「ぶはっ⋯⋯!?」



 二人の身体は衝撃によって大きく突き放され、全霊を込めた一撃は失敗に終わる。




「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯まさか⋯⋯私がここまで追い詰められるとは⋯⋯。」




 吹き飛ばされ、地に伏せる二人を見てファルナスは肩で息をしながら傷口に手を当てて止血を試みる。




「ですがそちらも限界でしょう。」




「決着をつけましょう。」




 すでに相当量のダメージを蓄積していたファルナスは、覚悟を決めて後衛の二人に向かってそう呟く。







「——ええ、決着をつけましょう。」



 するとその言葉を肯定するように彼女の意識の外から、少年の声が聞こえてくる。


 振り返ると、たった今倒したと確信したはずの敵が再びゆっくりと立ち上がる。




(あの目、まだ死んでない⋯⋯!?)




 彼の目を見ていると絶対に何かをしてくる、そんな予感がしてならなかった。




「⋯⋯⋯⋯セリアさん!!」




「ええ、聖域サンクチュアリー




 コウタの合図に合わせてセリアが魔法を発動させると、四人の周りには筒状の障壁が展開される。



「⋯⋯どういうつもりですか?攻めるわけでもなくただ障壁の中に引きこもるだけとは。」



(考えろ、なにかを忘れているはずだ⋯⋯この状況を打破し得るもの、付与魔法、移動阻害、霊槍⋯⋯⋯⋯っ!!)



 言葉や態度では余裕を崩すことは無かったが、そんな中でファルナスは考えうるあらゆる可能性を探っていく。




「⋯⋯オリジナルスキルかっ⋯⋯!?」




 そこでファルナスは気がつく、この戦いが始まってから目の前の少年はただの一度たりともオリジナルスキルを使用していなかった。正しく言えば一度たりとも追加での召喚をしていなかった事を。



「⋯⋯正解、と言ってももう遅いんですけどね。」



 そう呟くと、コウタはフラフラになりながら虚ろな目つきで左手を天に掲げる。



(⋯⋯あの構え、間違いない!!)



 もしも彼が戦闘に回せる分の武器と集中力を別の所に回していたならば——



 もしもその武器を自らの認識の外側で貯蔵し、増やし続けていたのならば——



 ファルナスの認識の外側、それはつまり——




「——外か!」



 360度、ガラスに囲まれた展望デッキは、もはや逃げることなど出来ないほどの剣の群れに包囲されていた。





「奥義——」






「——剣戟乱舞!!」




(遅かった!)




「⋯⋯⋯⋯っ!!」



 振り下ろされる左手に合わせて、百を超える刃が満身創痍のファルナスへと無慈悲に雪崩れ込む。


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