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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
148/287

百四十八話 奔走と追走


——時は遡り、爆発の直前に戻る。



「——くあぁ⋯⋯寝みぃ⋯⋯。」



 金髪の少年ロフトはその日、唯一のパーティーメンバーであるアンとは別行動の為、一日中ホテルに引きこもっているつもりだった。


 だが現状、彼が歩いているのはそこから遠く離れた商業区であった。



「ったく、なんで飯食うのに外出なきゃなんねえんだよ。」



 理由は単純であり、純粋に彼が起きた時間には既にホテルの朝食の時間が終わっており、外に朝食を取りに行くしかなかったからである。



「午後起きの奴に優しくねえホテルだな。」



 しかし時間で言えば午後の一時を回っており、ロフトの食事はもはや昼食という方が正しかった。



(腹ごなしも終わったし⋯⋯なにすっかなぁ⋯⋯⋯⋯。)



 しかし、その朝食代わりの昼食も取り終わり、することの無くなったロフトは暇を持て余していた。



「おっ⋯⋯!」



 そんな中、ロフトの目に止まったのは噴水のある公園であった。



「へっ、あるじゃねえか。いい寝床。」



 その中に一つ木陰になったベンチを見つけて歩みを進める。


 この男は、朝食を逃すほどの長時間眠りについていたのにもかかわらず、再び睡眠を取ろうとしていたのである。


「⋯⋯⋯⋯っ!!」


(爆発⋯⋯?)


 その瞬間、周囲に複数の轟音が響き渡る。



「きゃあ!?」


「な、なんなんだよこれ!?」


「だ、誰かっ!!」


 振り返ると周囲は一瞬にして黒い煙と悲鳴に埋め尽くされる。



「ちっ⋯⋯。」



(一気に混乱状態かよ。⋯⋯寝てる場合じゃねぇな⋯⋯。)



 ロフトはその光景を見て面倒くさそうに心の中で愚痴を吐き出す。




「——ロフト!!」



 すると、そんな思考に割り込むように背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。


「⋯⋯っ、お前か。」


 声のした方へ振り返り、緑髪の少女の姿を見ると、小さくため息をついてそう呟く。



「⋯⋯よ、良かった、見つかって⋯⋯。」



「⋯⋯お前、アイツらは何処行った?」



 息を切らしながらそう呟く少女の姿を見て、ロフトはそんな問いを投げかける。



「途中で⋯⋯はぐれちゃって⋯⋯。」



「そうか、なら⋯⋯。」



「逃げよう!ここはもう危ない!」



 絶え絶えになりながら言葉を紡ぐ少女を見てロフトは何かを言おうと口を開くが、そんな言葉を強引に断ち切って腕を引くと、迷うことなく走り出す。



「⋯⋯っ、お前⋯⋯。」


「⋯⋯待てっ!」



 ロフトは小さく叫ぶようにそう言って少女の動きを引き留める。



「⋯⋯へ?」


「まずは状況の整理が先だろ。何があった、どうなってる?」



 間の抜けた声を上げる少女に、ロフトは淡々とした様子で説明する。



「全然分かんないの!急に爆発したと思ったら、みんな混乱しだして⋯⋯。」



「ちっ⋯⋯とりあえず周りに怪しい奴がいないか探ってみる。」



 少女の言葉に苛立ちを覚えながら、ロフトは乱雑に流れる人混みに目を向ける。



「⋯⋯う、うん。」



「ねぇ、ロフト⋯⋯⋯。」



 ロフトの名を呼び、その背中を見つめる少女の目から、徐々に光が消えていく。






「——死んで。」



 そして胸元から一本のナイフを取り出すと、自身に背を向けるロフトにナイフを振るう。


「⋯⋯っ!!」


 ロフトはそれを知っていたかのようにナイフに目を向けることもなく片手で受け止める。



「⋯⋯やっぱりな。」



 ロフトは自らの背後に立つアンの姿をした何かに向かってそう呟く。



「何故、見抜けたんですか?」



 少女は最後に飛び退きながら、それまでの口調とは違う敬語に切り替えて冷静にそう尋ねる。



「最初に違和感あったのはお前が俺を見つけた時だ。」


「冒険者なら非常時はすぐに武器を手に取るはずだ。特にそういう基本をしっかりしてるアイツなら尚更な。」


 それがロフトの知るアンという少女の行動指針であった。



「確信したのはお前が俺の手を取った時だ。」



 そして更にダメ押して言葉を続ける。



「⋯⋯何故?」



「冒険者なら非常時はすぐに武器を手に取る、と同時に街の中ならギルドに向かうのがベターだ。そんで、お前が逃げようとした方向はギルドと逆だ。」



 つまり少女の行動はアンという個人としても、冒険者の一人としても理にかなわない行動であったのだ。



「そしてなにより、お前はすぐに俺の手を引いて逃げようとした。」



「彼女ならそうすると思ったのですが?」



 緊急時、しかもパーティーメンバーが目の前にいるのなら迷わず逃げるという判断は決して間違ったものではなかった。



「違うね。アイツは緊急時だろうと非常時だろうと、二人の時は必ず俺に相談するし、なによりアイツなら逃げる前にあの女どもと合流したいって言うはずだ。」



 だが、ロフトとアンの二人にとってはそれはまた別の話であった。


 アンならば、まず間違いなく緊急時はロフトの意見を真っ先に聞くし、それ以前にマオやメイの身を案じる。


 そして、誰よりそれをロフトが理解していたからこそ、違和感を感じていた。



「⋯⋯で、ネタバラシはしてやったが、お前は誰だ?」



 そうして話を終えると、ロフトは鋭い視線を少女に向ける。



「⋯⋯流石はもう一人の勇者候補、と言ったところでしょうか。」



 そう答えるアンだったものは全身を小さく輝かせてその形を変化させる。




「⋯⋯それがテメェの本当の姿か。」



 その姿は長い金髪に、黒の戦闘装束、そして眼鏡をかけた自分よりも少しだけ年上の女性だった。



「ええ、出来ればここで片付けたかったですが⋯⋯上手くは行きませんね。」



 女性はため息混じりにそう言うと、胸元から小さく白い玉を取り出す。



「ここはひとまず⋯⋯逃げましょうか。」





「——逃がすわけねぇだろ?」



 その言葉の直後、ロフトの身体は女性の視界から消える。



「⋯⋯っ!!」



 それまで余裕を見せていた女性の中にとてつもないほどの強烈な感覚が襲う。



 それは恐怖。



 それを自覚する暇すらなく再び視界の中央にロフトの姿が現れる。



「⋯⋯ぐうっ!?」



 ロフトは真っ直ぐに拳を突き出すと、ガードに入った腕ごと振り抜き、女性の身体はくの字に折れ曲りながら音を置き去りにするほどの速度で後方に吹き飛ばされる。



「⋯⋯手は抜いてやった。オラ、立てんだろ?」



 女性の身体が後方の噴水に激突し、土煙が舞い上がると、ロフトはポケットに手を突っ込んで見下すような態度でそう尋ねる。



「⋯⋯っ!煙⋯⋯?」



 その瞬間、ロフトや周囲の人間を覆い隠すほどの巨大な白煙が吹き荒れる。



「⋯⋯そこか、⋯⋯っ!」


 ロフトはとっさに白煙の中から飛び出す人影に目を向けるが、たった今見たばかりの魔族の女性を見つけることが出来なかった。



(また化けやがったか⋯⋯。)



 探査系のスキルを連続で発動させて、女性の位置を特定しようと試みるが、既にそこに女性の姿はなく、人混みだけが流れるように存在していた。



「⋯⋯⋯⋯。」


(⋯⋯観測のスキルで見るには人が多過ぎる。)



 探そうにも人混みが邪魔をして正確な情報を得られず、ロフトは焦りを積もらせる。



「⋯⋯チッ、逃げられたか。」


 ある程度時間が通り過ぎ、探索は不可能と割り切ると小さく息を吐いて目を瞑る。



「とりあえず、合流⋯⋯っ!」


 そしてすぐさま目的を切り替えてアンとの合流を優先しようと向き直る。


 が、視線の先には当然、先ほど行く手を阻まれた人混みが立ち塞がる。



「ああ⋯⋯!!くっそ、面倒くせぇ⋯⋯。」



 吐き出すようにそう言うと、ロフトは不快感を露わにしながら走り出す。








——そして現在、中央広場に戻る。



「——国を⋯⋯落とす?」



 突然聞こえてきたルキの言葉を聞いてメアリアは震えた声でそれを繰り返す。



「そ、最高でしょ?こんな記念すべき日に、国が滅ぶなんて⋯⋯。」



 ニヤリと笑みを浮かべると、ルキは慌てふためくメアリアのその姿を見下す。



「そ、そんなことさせません!!」



「⋯⋯吠えるのは自由だけどさ、君には何も出来ないよね?若い女王様。」



 叫ぶメアリアに対して、ルキは余裕を崩すことなくそう答える。



「⋯⋯っ、そんなこと⋯⋯。」



 だが事実そうだった。街は爆破され、沢山の人が逃げ惑っているのにも関わらず、現状、メアリアに出来ることは何も無かった。



「⋯⋯まあいいや。とりあえず手始めに、君に死んでもらうよ。」



 そう言って白い玉を地面に叩きつけると、周囲に真っ白な煙が舞い上がる。


「⋯⋯これは、煙幕!?」


「⋯⋯っ、アデル様!」


「分かってます!!」


 咄嗟にアマンドが指示を出すと、アデルとアマンドの二人は同時にメアリアを囲うように陣を敷く。


「⋯⋯やはり女王様の守りは厚いよね。⋯⋯なら⋯⋯。」


 煙の中に紛れながらルキは冷静にその様子を分析して、その矛先を変える。



「⋯⋯っ!?」



 そして煙の中で剣を振るうと、その剣は交差される二本の腕に阻まれ、その動きを止める。



「⋯⋯なら、宰相を狙う。⋯⋯ですか?」



 煙が晴れると、その中から覗く黒髪の少年と目が合う。



「⋯⋯正解。けどコレは読めなかったかな?」



 ルキはニヤリと笑みを浮かべると、腰にかかる鞘に手を伸ばす。



「⋯⋯っ、もう一本!?」



 出てきたのは一本目の剣と同様の禍々しさを纏った剣。


 その二つの呪剣を手に、ルキはコウタに剣を向け、背後にいるガーランドを狙って横薙ぎの剣を振る。



「もらった⋯⋯!」


「ちぃ⋯⋯!!」



 コウタは自らの身体に魔法を発動させると、頭上で剣を防ぐ手の片方を外し、その剣を受け止める。



「付与魔法⋯⋯けど残念⋯⋯。」



 コウタ強化された肉体によってその剣を受け切るが、しかしそれでもルキの狙いは成功していた。



「ぐっ⋯⋯。」



 コウタの後ろにいたガーランドの肩から鮮血が舞う。


 コウタが受け止めた剣は、少しずつ押し込まれ、背後にいるガーランドの身体まで届いてしまう。



「ガーランド様!!」


「か、掠っただけだ⋯⋯。」



 メアリアがそう叫ぶと、ガーランドは肩口を抑えながらふらふらと引き下がる。


 ルキの攻撃はガーランドの言う通り、決して深いものでは無かったが、それでもルキの持つ呪剣はガーランドの血によって赤く染まる。



「下がってください!!」



「セリアさん、回復を!!」



 ガーランドを引き下がらせると、コウタはすぐさまセリアに指示を出す。



「ブレッシング・ヒール!」



「済まない。コ、コウタ殿⋯⋯。」


「いいから行って下さい。」



 金色の柔らかい光に包まれながら、ガーランドはコウタにそう言うが、コウタもそれに返事をしている余裕は無かった。



「⋯⋯ぐっ⋯⋯⋯⋯!?」



(⋯⋯あの時以上に、重いっ⋯⋯これが呪剣の力⋯⋯。)



 羊飼いの呪剣と大蛇の呪剣、その二つの力が、コウタの身体にのしかかり、ミシミシと全身が悲鳴を上げる。



「アマンドさん!二人を連れて逃げて下さい!」



「し、しかし⋯⋯。」



 コウタの言葉を聞いてアマンドは先程とは違って戸惑いを見せながら立ち止まってしまう。



「コイツは魔王軍幹部です!ここに居ては巻き込んでしまいます!」



 ルキの戦闘力はこの中ではコウタが一番よく知っていた。


 だからこそ、そんな相手との戦闘の激しさも当然、理解出来ており、コウタとしてはそんな戦闘の最中に守るべき対象がいるのはやりづらかったのだ。



「⋯⋯大丈夫、行って下さい。」



「⋯⋯陛下、ガーランド様、参りましょう。」



 切迫したコウタの表情を見て、アマンドはすぐさまその真剣さを汲み取ると、二人を連れてステージを後にする。


「あ、ああ、一人で歩ける。」


「⋯⋯コウタさん!!⋯⋯ご武運を!!」


 アマンドに手を引かれながら、メアリアは背を向けるコウタにそう声をかける。


「⋯⋯ええ。」


 メアリアの姿が見えなくなると、コウタはニヤリと苦笑いを浮かべながら小さくそう呟く。


「話は終わったかな?」


 話が終わると、ルキはニヤリと笑みを浮かべながらコウタに向かってそう尋ねる。


「ええ、終わりましたよ。」


 二人の笑みはその顔つきこそ近かったが、その二つの笑みの理由は対極というほど違っていた。


「なら遠慮なく。」


 そう言うと、ルキは両手に持った剣を強引に交差させ、コウタの身体を吹き飛ばす。


「んなっ⋯⋯!?」


「⋯⋯っ!!」


 宙に浮き上がり、無防備になったコウタの身体に向かってルキは二本の剣を振り下ろす。


「⋯⋯んのっ!!」


 コウタは力の流れに身を委ねながら両手で剣を弾くように受け流す。


「⋯⋯残念、ここで殺せれば楽だったんだけど⋯⋯。」


 距離を取るコウタを見つめながらルキはため息混じりにそう呟く。



「なら、今度は本気でやりましょう。四対一で!」



 コウタがそう言うと、既にルキの周りにはコウタ、アデル、マリー、セリアが武器を構えて彼を包囲していた。



「いいや、遠慮しておくよ。目的は果たせたしね。」




「⋯⋯は?」



 だがルキの返事はコウタの予想とは外れたのものだった。



「さよなら。」



「⋯⋯ちっ、召喚!!」



 ルキが先程同様、胸元から白い玉を取り出すと、コウタはその真意に気が付き対策の為に一本の長い刀を召喚する。



「斬波!!」



 そして、舞い上がる白煙に合わせて剣を振ると、発生した衝撃波がその白煙を吹き飛ばす。



「⋯⋯くっそ、どこにっ!!」



 だがルキは、その一瞬のうちに姿を眩ませ、コウタは慌てて周囲に視線を向ける。



「⋯⋯あそこ!!」



 そして、その直後にマリーが遠く離れた場所で背を向けながら走るルキの後ろ姿を見つける。



「⋯⋯追うぞ!!」



「「「はい!!」」」


 アデルが指示を出すと、四人はその背を追って、同時に走り出す。





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