百四十七話 強襲
翌日の昼過ぎ頃、コウタ達四人は前日の夜に依頼されたクエストを受けるため、王城の城門前まで集まっていた。
「ふぁ⋯⋯はぁ⋯⋯。」
王国騎士団との打ち合わせも終わり、護衛対象であるメアリアを待っていると、コウタは退屈そうに大きな欠伸をする。
「あら、寝不足ですか?コウタさん。」
「いえ、ちゃんと睡眠は取ったはずなんですけど、なんか調子出なくて⋯⋯。」
セリアがそう問いかけると、コウタはポキポキと全身の骨を鳴らしながらそう答える。
「そろそろシャキッとしろ。来たぞ。」
そんな二人にアデルが声をかけると、門の向こうから四方を厳重に警護されたメアリアの姿が見える。
「ええ、分かってます。」
メアリアはコウタの姿を見つけると、表情をパァっと明るくさせて歩み寄ってくる。
「⋯⋯コウタさん、そして、お仲間の皆様、お待たせしました。」
メアリアは四人の前で立ち止まると、ドレスの裾を摘み上げ小さく頭を下げる。
その立ち振る舞いはまごう事なき女王のそれであった。
「いいえ、時間通りですよ。問題ありません。」
コウタは自らの体内時計に基づいてそんな返事をする。
「ふふっ、知ってます。そう言うと思いました。」
メアリアもコウタと同様に、正確すぎる体内時計を基にそう答える。
「⋯⋯先程話した通り、あなた方には私と共に陛下の警護をお願い致します。」
直後、彼女らの隣ではアマンドがアデル達に向かってそう言って頭を下げる。
「はい、よろしくお願いします。」
「では参りましょうか。」
アデルが返事をすると、そこにメアリアが割り込んでそう言う。
「はいそれじゃ、馬車に⋯⋯⋯⋯ん?」
コウタの気の抜けた返事を聞くと、メアリアがコウタにまっすぐ手を伸ばす。
「ほら、貴方は私の護衛でしょう?しっかりとエスコートもお願いしますね?」
わがままな女王様は、コウタの目を真っ直ぐに見据えながら勝ち誇ったような笑みでそう問いかける。
「はぁ⋯⋯喜んで。」
呆れたような、仕方ないような、そんな笑みを浮かべて、コウタはメアリアの手を取る。
数分後、市街区では——
「んん〜いい天気。」
太陽が強く照りつける青空の下、メイは大きく伸びをしながら気持ちよさそうにそう呟く。
「晴れて良かったですね!」
その横ではアンがにっこりと笑ってメイの顔を覗き込む。
「ホントだよ、これならどこいっても景色綺麗だろうし、観光日和ってやつだよね。」
この国の観光地は殆どが快晴の日が最も綺麗に見える為、マオの言う通り、その日は絶好の観光日和であった。
「そういえば今日アイツはどうするって?」
するとメイがふと思い出したかのようにアンにそう問いかける。
「私が出る頃はまだホテルで寝てましたよ。気が向いたら外に出るって言ってましたけど。」
あいつ、と聞いてアンはすぐにその言葉が示す人物を理解し、そう答える。
「なんか何もしなさそう。」
「ありえるかもです。あいつ私が引っ張り出さないと本当に何もしないから⋯⋯。」
アンの言葉を聞いてマオがそう呟くと、アンは肩を落としながら同意する。
「まあ、長旅で疲れてるって言ってたし、今日くらいは休ませて私達だけで楽しみましょう。」
メイは先日のロフトの発言を思い出しながら、それを胸に押し込みそう呟く。
「そうだね、まず何処に行く?」
「景色楽しむんだったら⋯⋯双子岩か砂浜か、シーランドタワーってとこかな?」
マオは話を切り替えると、次々と候補となる観光スポットを挙げていく。
「シーランドタワー⋯⋯か。」
アンはその中の一つに食いつくと、儚げにそう呟き黙り込む。
「⋯⋯ん?どうかした、アーちゃん。」
「えっと⋯⋯そこは出来ればロフトと一緒に行きたいなぁ、なんて⋯⋯。」
その様子に違和感を感じだマオが短く問いかけると、アンは恥じらいながらそう答える。
「⋯⋯⋯⋯。」
「「⋯⋯ほほう?」」
沈黙の後、マオとメイの二人は同時に声を上げる。
「⋯⋯前から気になってたんだけどさ、貴女達二人ってどういう関係なの?」
そう話を切り出したのはメイであった。
「⋯⋯え?関係ですか?」
ロフトとアン、二人の関係は周りから見れば冒険者のパーティーメンバーの関係というよりかは、もっと近しく親しい仲に見えた。
「うん、私たちと出会う時にはもう二人とも一緒だったじゃん。なんで一緒に行動してるの?」
例え冒険者といえど、年頃の男女が常に行動を共に、まして二人きりで観光地に旅行など、特別な仲でないと言う方が不自然なものだった。
「⋯⋯えっと⋯⋯助けてもらったんです。」
するとアンは再び恥じらいながらもじもじと視線を逸らして語り始める。
「あいつに?」
あの傍若無人の唯我独尊男が他人を助けるなど想像すら出来ないメイは眉間にシワを寄せながらそう尋ねる。
「はい、私、昔はこの力のせいで色々あって、親元を離れることになったんです。」
「⋯⋯田舎町のお金持ちさんの家に⋯⋯養子?っていうかほぼ売り飛ばされたようなもんなんですけど。」
思い出すのも嫌なのか、語りだすアンの表情は苦々しく引き攣っていた。
「外出は自由に出来なくて、唯一外に出れたと思ったら能力を使って畑の作物とか森の植物を無理矢理育てたりって感じで⋯⋯。」
言葉を紡ぐアンの表情は徐々に暗く、そして徐々に俯きがちに変化していく。
「何それ⋯⋯ほとんど監禁じゃない。」
(ていうか⋯⋯道具扱いだよ。)
二人はアンのその話を聞いて、不快感と強い苛立ちを覚える。しかし二人はそれと同時に、そうなった理由もよく理解できてしまった。
アンのオリジナルスキル、豊穣の種はあらゆる植物を操る力であり、一つの種を森に変えることも、そして森を一瞬で腐食させることもできる力である。
つまりそれを使えば、あらゆる農作物を、環境や天候に関係なく安定した数量を収穫出来てしまう。
アンのそれは幸か不幸か、同じオリジナルスキルでも、コウタやロフトのような戦闘に特化した型とは違い、農業的に大きな価値があったのだ。
「⋯⋯けど、そんな時に私を助けてくれたのがアイツだったんです。」
「アイツは窓の外から見える世界しか知らなかった私に、手を差し伸べてくれたんです。」
その時の光景を思い浮かべているのか、アンの目は何処か遠い所を見つめていた。
「へえ⋯⋯意外ね。」
「確かに、彼がそんなことするタイプには見えないよね。」
やはり何度聞いても二人にはあの少年かそんなことをするなど信じられなかった。
「口は悪かったし、性格も今以上にめんどくさかったけど、それでも私にとっては絵本の中の王子様よりも輝いてたんです。」
頬を少しだけ桃色に染めながら、アンは口元を釣り上げて控えめにそう呟く。
「だから一緒にいると。」
「⋯⋯はい。」
ニッコリと満面の笑みでそう答えるアンの顔を見て二人は改めてその話が真実であると確信する。
「はぁ⋯⋯甘ったるい話ご馳走様。早く行きましょう。」
幸せそうに笑うアンを見てメイは深い溜息をつくと、そう言って前に歩みを進める。
「とりあえず、シーランドタワーはナシとして、双子岩でも見に行く?」
「はい、お願いします!」
マオが改めて提案すると、アンが今度はスッキリとした笑顔でそう答える。
「そんじゃー、しゅっぱーつ!」
「おー!」
「全く、元気ね。」
一転して笑顔になる二人を見て、呆れたような笑顔で溜息をつく。
「⋯⋯ん?あれって⋯⋯。」
すると三人の目の前に一台の絢爛豪華な馬車が通り過ぎる。
「⋯⋯あ、コウタくん。」
三人はその中にいるコウタ達一行を見つけると、間の抜けた声を上げる。
「⋯⋯またなんか巻き込まれてるのかな?」
アンは隣にいるメイに聞こえぬよう小さな声で、ほんの少しだけ同情のこもった言葉を呟く。
知らぬ間にアン達に見送られて馬車で数分ほど街の中を走ると、今回の儀式の会場である中央広場にある式典用のステージの舞台裏にたどり着く。
そして、到着早々に一人の白髭を生やした老人が彼らを待ち構えていた。
「——本日は急な依頼に応えて頂き、誠に感謝致します。」
そう言ってコウタ達四人に頭を下げるのは、この国の宰相であるガーランド・シー・シュトロームであった。
「いいえ、陛下直々の依頼とあらば、断る理由はありませんから。」
想像以上に丁寧な対応を受けて、コウタはニッコリと笑いながら差し出された手を握り返す。
(⋯⋯嘘つき。)
その様子を見て、メアリアは昨夜の言動を思い出しながら頬を膨らませて愚痴を剥ぎ出す。
「それでは私はやるべきことがありますので、後のことはよろしくお願いします。」
そう返すと、宰相は深く頭を下げて式典のためのステージへと進んでいく。
「はい、お任せ下さい。」
コウタはそれをニッコリと笑顔で送り出す。
「それでは、アデル様、私と共に陛下のお側にいてもらいます。」
宰相がいなくなると、アマンドは急いでアデルに指示を出す。
「⋯⋯コウタさまは?」
それを聞いてメアリアは不思議そうに首を傾げて疑問をぶつける。
「他のお三方には周辺の警戒をしてもらいます。」
「何故?それでは意味が⋯⋯。」
アマンドのその采配にメアリアは顔をしかめながら苦言を呈する。
理由は簡単であった。単にコウタが近くにいないのが納得いかなかっただけである。
「警戒していることを悟らせない為、ですよね?」
コウタはそれを察すると、メアリアに説明する意味合いも込めてアマンドにそう問いかける。
「はい。平常時、陛下の護衛に付くのは基本的に王宮内の騎士団ですから、そこに冒険者であるコウタ様が付くとかえって警戒されてしまいます。」
「それに、何も知らない民に違和感を与えてしまえは不安材料になりかねません。」
暗殺者がメアリアの命を狙っていることすら知らない国民からすれば、突然護衛が増えれば違和感を感じるのは必然だった。
それ故に、騎士団側としては表向きは何もないことを装う必要かあったのだ。
「なるほど、私なら鎧を着ているから、陛下の側にいても違和感はない、ということですか。」
「ですがそれでは⋯⋯!」
アデルも納得して同調するが、それでもメアリアは不満そうな顔をする。
「⋯⋯陛下。」
「⋯⋯コウタさん。」
だからこそコウタはメアリアの手を取り、その目を真っ直ぐ見つめる。
「大丈夫です。心配しなくとも僕の仲間はちゃんと強いです。それに——」
「——どこにいようと貴女は僕が守ります。」
そしてニッコリと笑いながら投げかけられる言葉は、形容できない説得力があった。
「コウタさん⋯⋯。」
「⋯⋯陛下、時間です。」
メアリアが一瞬気の抜けた表情をすると、アマンドはステージの方を向いた後、その沈黙を破る。
「さあ、行ってください。」
握った手を離し、肩を掴んで振り返らせると、その差を優しく押す。
「⋯⋯はい。」
「⋯⋯⋯⋯。」
メアリアが振り返ることなく足を進めると、その後を追うようにアマンドとアデルの二人がステージに向かう。
「⋯⋯アデルさん。」
「⋯⋯なんだ?」
アデルがステージに上がろうとした瞬間、コウタはアデルを引き留め、顔を近づける。
「————。」
「⋯⋯っ、分かった。」
そして小さく耳打ちをすると、アデルは視線をステージに向けて返事をし、少し遅れてアマンドの横に並ぶ。
ステージ上には既にガーランドが立っており、今回の式典の進行を務めていた。
『——これより、聖火の儀を行う。リューキュウ国王、メアリア・シー・シュトローム、前へ。』
「⋯⋯はい。」
そんな放送の後、メアリアは小さく返事をすると、ガーランドから煌々と燃える聖火を受け取る。
「——その儀式、少し待ってもらおうか。」
その瞬間、周囲に乾いた男の声が響く。
「⋯⋯っ⋯⋯この声!」
「「「「⋯⋯っ!?」」」」
聞き覚えのある声にコウタが反応するが、直後にそんな思想を吹き飛ばすような爆発が周囲に連鎖するように響き渡る。
「ば、爆発っ!?」
周囲を見渡すと、街の至る所で火柱と黒煙が舞い上がる。
「総員!!国民の安全を確保!!」
真っ先に対応に出たのはアマンドだった。
混乱状態に陥る国民を見て、周辺を警護する兵士達に避難指示を出す。
「⋯⋯コウタ様!!」
次にアマンドはコウタの名を呼ぶ。
「ええ、分かってます!」
(何処だ⋯⋯何処に⋯⋯。)
コウタはその言葉を聞くとすぐさまアマンドの真意を悟り、先ほどの声の主を探る。
「⋯⋯っ、やっぱり、貴方ですか。」
そしてすぐにその声の主を見つけ、その正体を見て深いため息をつく。
「⋯⋯久し振りだね。勇者候補。」
その男は頭には角を生やし、右手には黒い手袋、そしてそれに加えて、以前戦った時には着ていなかったローブを纏っていた。
「何しに来たんですか?魔王軍幹部、ルキ。」
コウタはその顔を見て殺気を全開にしてそう尋ねる。
「何しに、か⋯⋯そうだなぁ⋯⋯。」
ルキは小さく口元を釣り上げて腰にかかる柄を手に取り、ゆっくりと引き抜く。
「⋯⋯この国を、落としに来た。」
そう呟くと、男は紫色に輝く禍々しい剣を構え、ニヤリと笑ってそう答える。