百四十五話 閉会
それから暫くの間、コウタはメアリアの案内に従って長い廊下を進んでいると、その足取りは地下へと進んでいく。
「⋯⋯こちらになります。」
夜、そして地下であるにもかかわらず、明るく照らされたその廊下の突き当たりには、それまでとは比べ物にならないほど巨大で厳重な扉が立ち尽くしていた。
「ここが⋯⋯宝物庫、ですか。」
ここまで厳重な扉があるにもかかわらず、見張りの一人もいないその扉に軽く手を触れながら、コウタは小さくそう呟く。
「ここの扉は特殊な霊装で出来ていて、開くのには特定の人物が鍵を持つ必要があるんです。」
そう言ってメアリアは胸元から大きなペンダントを取り出しながら前に出る。
「現状ここを開けられるのは私と騎士団長であるアマンド、あとは私の叔父であるガーランドの三人だけです。」
(⋯⋯一種の生体認証みたいなもんか。)
それを聞いてコウタは元の世界での科学技術に当てはめてそれを理解する。
「開きますよ、少し下がって下さい。」
「ああ、はい。」
コウタがその言葉に従って数歩下がるのを確認すると、メアリアは扉の中心にある小さな窪みにそのペンダントを嵌め込む。
するとペンダントの中心に嵌め込まれた宝石が大きく光りだし、X線検査の様に上から下へとメアリアの体を包み込む。
一通り光がメアリアの体を包み込むと、巨大な扉はゴゴゴ、と地鳴りのような音を立てて開き始める。
「⋯⋯っ、おお⋯⋯!」
「⋯⋯さあ、付いてきて下さい。」
コウタがその様子に感動し、パチパチと手を鳴らしていると、メアリアはニッコリと笑って先へと進んでいく。
「ああ、はい⋯⋯⋯⋯っ!」
それに従ってコウタは中に入っていくと、その中に広がる景色に、思わず目を見開いて黙り込む。
「⋯⋯すごい数ですね。」
内部はギルドの地下の数倍はある広さであり、その中には所狭しと様々な形状の棚が並んでおり、その一つ一つに埃にまみれた骨董や武器などが並べられていた。
「ええ、本物の霊装から本物そっくりのガラクタまで数多取り揃えております。」
メアリアは数多く並んだ宝の山に向かって、なんの隠し立てもせず正直に事実を述べる。
「ガラクタって⋯⋯。」
(⋯⋯けど確かに。)
コウタはその発言に呆れながらも視線を遠くに飛ばしながら〝観測〟のスキルを発動させる。
(全てが本物ってわけでもなさそうだ。)
見るとメアリアの言う通り、所々に強力な〝偽装〟や〝隠蔽〟のスキルをかけられた偽物が多く転がっていた。
「国宝と呼ぶほどではないとはいえ、一応、これらは全て貴重なものですから、触らないで下さいね。」
「分かってます。」
例え実用性が無くとも、偽物であっても、国にとっては重要なものであり、メアリアもそれを分かっているからこそ、コウタに厳しく注意を促す。
(国宝を見に来たつもりが、宝物庫まで連れてかれるとは⋯⋯。)
コウタにとってこの事態は完全に予想外出会ったが、コウタは決して今の状況が、悪いことだとは考えていなかった。
世界有数の大国の宝物庫、それはつまり世界中の様々なお宝が眠っていることとなる。
(けど、もしかしたら何か⋯⋯。)
だからこそ、もしかしたら、特殊な武器や強力な武器が見つかるかもしれないと、考えていた。
「⋯⋯っ!!見つけた⋯⋯。」
そしてそれは思っていた以上に簡単に、あっけなく見つかる。
名は〝グレイテスアンカー〟。改めて観測のスキルを発動させて見てみると、その武器は正真正銘、魔剣と呼ばれる類のものであった。
グレイテスアンカー 風を貫き、大海を穿つ力を持った魔剣。使用者の筋力に応じて破壊力が変化する。
(魔剣⋯⋯特殊な形状だけど、使えるか?)
その剣は刀身こそ普通の剣であったが、特殊だったのは鍔の部分であり、その形状は半円状で、柄の方向に向かって50センチほど伸びているため、見た目は文字通り船の錨に近い形をしていた。
(けど形状的に打ち合うのは難しいか?)
見るからに異形なその形は振り回せば鍔が邪魔になる上、サイズから見るに相当な重量があることが想像出来た。
「こちらですよ。」
そんなコウタを尻目にメアリアはさらに奥へと足を進める。
「⋯⋯?まだ奥に行くんですか?」
「はい、一応国宝ですから、当然最奥にあります。」
それを聞くと、コウタは黙ってメアリアの後ろを付いていく。
「⋯⋯ここです。」
「⋯⋯?何もありませんが?」
メアリアは部屋の突き当たりまで進むと、その場で足を止めるが、そこには国宝どころが棚すらもなく、大きく開けた空間があるだけであった。
「少しお待ちください。⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯?」
『来たれ⋯⋯。』
メアリアは首を傾げるコウタの横で真っ直ぐに手を伸ばすと、短くそして小さくそう呟く。
「⋯⋯っ!?これは!!」
言葉に合わせてその空白の空間が小さく輝き出すと、まっさらな床が開きその中から一張、一本の弓矢が入ったガラスのケースがせり上がってくる。
「これが我が国の国宝、封神の弓、そして楔の矢でございます。」
メアリアは大きく息を吐き出すと、額にじんわりと汗を滲ませながら手を下ろしてそう呟く。
「⋯⋯⋯⋯。」
コウタはそんな言葉を聞き流しながら、ガラスのケースに手を触れる。
(この感覚は⋯⋯あの時に似てる。)
それは初めてコウタが霊槍を召喚した時と同じ感覚。
暖かくも激しい、包み込むように広がっていく不可視の力。
「見なくても分かる⋯⋯⋯⋯本物ですね。」
〝観測〟のスキルを発動させずとも本物であると分かるのは、奇しくも呪剣の時ぶりであった。
「やはり貴方も分かるんですね。」
その口ぶりはまるでコウタと同様に本物であると確信している者のそれであった。
「はい、この二つからはとてつもない力を感じます。」
そしてコウタは改めて〝観測〟のスキルを発動させて詳細を読み込む。
封神の弓 選ばれし者のみが引くことを許された究極の弓、この弓から放たれた矢は使い手の技量を問わず放物線を描くように射出される
楔の矢 封神の弓から放たれた時、神を封じる特殊な力を帯びる聖なる矢
(間違いない⋯⋯本物だ。けどこれは⋯⋯多分、僕には使いこなせない。)
その理由は〝封神の弓〟の説明に書かれていた「選ばれしもの」という一言であった。
コウタがこれまで見てきた武器には、そういった特定の人物にのみ特殊な効果を発揮するものはなかった。
「言い伝えによれば、私のご先祖様はこれを使って国を、民を救ったのです。」
メアリアはそういってコウタの隣に立つと、同じようにガラスのケースをそっと指先でなぞるように触れる。
「救った⋯⋯?」
「はい、千を守る為に自らの命を犠牲にして、私のご先祖様はこの国に眠る幻獣、リヴァイアサンを封印した。」
その言葉は、まるでレスタの街で聞いた先代勇者の話にも通づるものがあった。
「⋯⋯私には他人の為に命を賭けることなんて出来ない。」
ただ生きているだけなのに、それだけなのに、偉大すぎる先人の生き様を押し付けられてしまう。
「⋯⋯そんな臆病者の私に偉大なご先祖様の名を引き継ぐ資格があるのでしょうか?」
先ほどまでの態度から一変して自信のない表情でメアリアはコウタの目を真っ直ぐ見つめる。
「⋯⋯⋯⋯さあ?」
が、コウタはそんな真剣なメアリアの言葉に対して、間の抜けた態度で肩をすくめる。
「うぇ⋯⋯!?」
予想外の言葉に、メアリアは思わずそんな声を上げる。
そこで初めてメアリアという女性の素の声を聞けたような気がした。
「僕はそもそも貴女の事情を何も知りませんし、僕に聞かれてもちょっと⋯⋯。」
コウタはそんな少女の姿を見てほんの少しだけ優越感を感じながら、苦々しい笑みで心の内を述べる。
「⋯⋯そうですよね!ごめんなさい、関係ないのに⋯⋯。」
「何をもって資格があるかないかは分からないですけど、所作や振る舞いは充分、能力的にも問題ないですよね。」
メアリアがあからさまに取り繕おうと声を張り上げながら言葉を紡ぐと、コウタはそれを食い気味で遮ってそう答える。
「⋯⋯へ?」
「気構え云々は、これから頑張って身につけていけばいいんじゃないですか?」
彼女の抱えているものは、コウタの抱えているもののそれに近しいものがあった。が、その答えは未だコウタにも出せていなかった。
だからこそ、コウタはこれから時間をかけてその答えを求めていくつもりであり、迷っている現状が悪いとも、暫定的な答えを出すのが悪いとも思っていなかった。
「⋯⋯っ。」
一度突き放され、自らの想いは目の前の少年には届かないものだと想像していた。
けどそれは大きな間違いだった。
よく考えているからこそ、簡単に答えを与えてくれず、よく理解しているからこそ、傷付けるような言い方をしないでくれた。
「私はっ⋯⋯!」
その瞬間、メアリアは目の前の理解者に対して更なる興味ともっと理解してほしいという欲求が湧き出してくる。
「——陛下、そろそろお時間です。」
が、その想いは、言葉となって表現される事なく部屋の外から聞こえてくる声によって遮られる。
「⋯⋯アマンド⋯⋯。」
「時間?なんの話ですか?」
言葉に詰まらせるメアリアの代わりにコウタがアマンドに向かってそう問いかける。
「コウタさん、そろそろ晩餐会の閉会の時間です。ご同行願えますか。」
晩餐会の終了、つまりそれは、クエストを受けてすらいないコウタがこれ以上この城にいれる理由が無くなったという事だった。
「⋯⋯分かりました。」
コウタとしてもこれ以上滞在する理由も無くなった為、アマンドの言葉に従って部屋を出ようとする。
「⋯⋯コウタさん。」
「⋯⋯はい?」
するとメアリアはおずおずと自信なさげにコウタを引き留める。
「また⋯⋯。」
「⋯⋯また?」
そして言葉を詰まらせながら発せられる言葉を、コウタは首を傾げて問い返す。
「⋯⋯っ。」
「今回のお礼をまだできていません。またお呼びしてもよろしいですか?」
メアリアは大きく息を吸って何かを言おうとするが、一瞬アマンドの顔を見た後、言葉を飲み込み、小さく息を吐いて凛々しい表情でそう呟く。
「⋯⋯結構です。これ以上、僕の仲間を振り回さないで下さい。」
が、コウタはそんなメアリアの言葉をバッサリと否定して強い態度でそう断言する。
「⋯⋯っ、そう⋯⋯ですか。」
失敗した、とそんな言葉が頭の中を過った。もしも今、自分が女王としてではなくメアリアという一人の女として、この少年に「もう一度会って話したい」と言えば、もしかしたらこの少年は受け入れてくれたかもしれない。
けれど、後悔したところでもう遅かった。
「アマンドさん、貴女にも言っておきます。今回は貴女方の顔を立てたつもりですが、これ以上は貴女方の問題の尻拭いをするつもりはありませんから。」
「⋯⋯⋯⋯。」
コウタはそんなメアリアから視線を外してアマンドにもさらに強い口調でそう宣言する。
「⋯⋯まあ、そういう訳で。」
コウタは話を終えて外に出ようとすると、一度立ち止まって悲しそうに俯くメアリアに視線を送る。
「もう一度会いたいなら、護衛の依頼でもして下さい。」
そして、小さく歯を見せながら優しく微笑む。
コウタとしては、なんの利もないのに仲間に危険が及ぶのは許せなかったが、報酬が出るのであれば、相談次第では受けるのもアリであると考えていた。
「⋯⋯っ、ええ!報酬は弾ませてもらいます!」
それを聞いてメアリアはその日初めて年相応の笑顔を見せながら嬉しそうにそう答える。
それから数時間後、コウタ達は無事合流を済ませて、宿屋へと戻っていた。
「——で、帰ってきた訳ですが⋯⋯。」
リューキュウの国の景色を一望できる高級感あるホテルの一室で、コウタは天井を仰ぎながら、ため息交じりに小さくそう呟く。
「コウタさん、話は終わってませんわ。」
するとそんなコウタに、セリアが両腕を組みながら、強い口調で声をかける。
「⋯⋯はい。」
コウタはその言葉になんの反論もせず、地面に正座したまま、視線をセリアへと向ける。
「度重なる単独行動、いくら注意を受けても毎度のように姿を眩ませたと思えば、今回は怪我までして⋯⋯⋯⋯少しどうにかなりませんの?」
セリアは途中までは鋭い目つきで言葉を並べていたが、話しているうちにだんだんと呆れてきたのか、最終的には見下すような視線でそう問いかける。
「それは、えっと⋯⋯呼ぶタイミングがなかったというか⋯⋯。」
コウタは気まずそうに視線を逸らしながら誤魔化す為の言葉を紡いでいく。
「ならばマリーさんに呼びに行かせれば良かったのでは?」
が、その言葉は正面から正論とともにバッサリと打ち切られる。
「いや、でもアデルさんがそんな感じだったら、助けを呼んでも意味無かったんじゃ⋯⋯。」
「結果論、ですわよね?」
「⋯⋯はい。ごめんなさい。」
それでもなお、言い訳しようとコウタ諦めずに抵抗するが、セリアの目がだんだんとダークになっていくのを見て、それも諦めて綺麗な土下座を披露する。
「くっ、すまない。私がもっとしっかりしていれば⋯⋯。」
その横では、すでに酔いも覚め、コウタと同じようにドレス姿で正座をするアデルが、自らの心の緩みを悔やみながらそう呟く。
「アデルさんは仕方ありませんわ。お酒の強い弱いは人によって千差万別ですから。」
まして飲んだのは意図的ではないとなると、責めるに責められない現状であった。
「しかし⋯⋯。」
「それよりも問題なのは、こっちの方ですわ。」
それでもなお自分を責めようとするアデルの言葉を断ち切って、セリアはマジックバッグから一枚の紙を取り出して広げて見せる。
「⋯⋯正式な依頼状ですね。」
マリーはそう言って覗き込むと、中にはぎっしりと文字が書かれていた。
〝依頼状
この度コウタ様をはじめとするあなた方四人のパーティーにご依頼があってお手紙を出させていただいた次第でございます。
内容は明日の午後から始まる封神祭記念式典における聖火の儀にて、我が国の国王であるメアリア・シー・シュトローム様の護衛を依頼したいと思っております。
報酬は合計で四百万ヤードになります。
受けていただける場合は、お手数ですが明日の九時に城門の前に足を運んでいただけるようお願いします。〟
「まさか、別れた直後に依頼を出してくるとは⋯⋯。」
コウタは依頼主であるメアリアの行動力に関心を通り越して呆れにも近い感情を抱く。
「式典って明日もやるんですか?」
「明日の行事は一般向けのものらしいですわ。国の中心にある湖の、さらに中心に小さな島があるのは見えますよね?」
マリーが首を傾げてそう尋ねると、セリアはわかりやすく説明を始める。
「ああ、アレですか?」
窓の外から見える湖を眺めながら、マリーはセリアの言う小さな島を見つける。
「はい、あそこに聖火を奉納する儀式をやるのです。」
「それを奉納するのが女王様って事ですか?」
「そして我々はその女王様を護衛する任務を科せられた、という訳ですわ。」
セリアは簡潔に話をまとめると、至極面倒臭そうにそう呟く。
「⋯⋯もし三人が嫌ならば僕一人で受けますよ?」
「コウタ、貴様な⋯⋯。」
それを聞いてコウタは三人にそう尋ねると、三人の反応はそれまで以上に冷たいものに変わる。
「⋯⋯⋯⋯光芒の聖槍」
限界を迎えたのか、セリアはニッコリと笑みを浮かべたまま頭上に巨大な光の槍を召喚する。
「ちょ、セリアさん!ストップ!ストップです!!」
今まで以上の殺気と怒気を感じ取ると、マリーは慌ててそれを止めに入る。
「はぁ⋯⋯⋯⋯コウタさん、今さっき単独行動で怒られたばかりじゃないですか⋯⋯。」
セリアが槍を収めると、マリーはため息混じりにコウタにそう呟く。
「⋯⋯いや、そうなんですけど⋯⋯⋯⋯約束しちゃったんです。」
それを聞くと、コウタは一転して険しい顔で口を開く。
「約束⋯⋯?」
「もう一度会いたいなら依頼を出してくれって、だから僕は行かなきゃダメなんです。」
そうでないと、再びあの少女の顔が曇ってしまうかもしれない。それも自分のせいで。
コウタ自身、それだけはどうしても避けたかった。自分が言ったことの責任くらいは取りたかった。
「会いたいなら⋯⋯?行かなきゃ⋯⋯?」
その瞬間、それまで普通にしていたはずのマリーの表情が一気に凍り付く。
「⋯⋯⋯⋯はぁ。」
「⋯⋯貴様そういう所だぞ。」
同時にアデルとセリアは呆れたように深いため息をつく。
「⋯⋯約束⋯⋯会いたい⋯⋯。」
その横ではマリーが未だ暗い影を纏いながらブツブツと小さく呟いていた。
「仕方ありません、コウタさん一人では不安ですし、我々も付き合いましょう。」
「旅の資金も減ってきたし、ここで一度大金を稼いでおく必要もあるしな。」
「そうです!コウタさん一人じゃ、色々不安です!!」
結局、三者三様の理由や動機を抱えながらも、全員がコウタについていくことを決める。
「⋯⋯ありがとうございます。」
嬉しそうな、申し訳なさそうな、表情でコウタは三人に小さく礼を言う。
「⋯⋯そうと決まれば、明日も早いですし、今日はこれでお開きにしましょうか。」
話しがまとまると、セリアはパンと手を打ち鳴らしてそう締めくくる。
「ああ、そうしよう。」
「それじゃ、コウタさん!早く寝ないとダメですよ!」
他の二人はその言葉に従ってその場から立ち上がると部屋の外へと出て行く。
「⋯⋯また明日な。」
「はい、おやすみなさい。」
最後にアデルに返事をすると、部屋の扉はゆっくりと閉じられ、完全に一人の空間となってしまう。
「⋯⋯⋯⋯そういえばなんでまた僕の部屋だったんだろ?」
一人取り残され、静まり返った部屋の中、コウタは誰に言うでもなく小さくそう呟くのであった。