百四十二話 血染めのザナーク
アマンドの案内で城の中を進んで行くコウタ達一行は、あらかじめ予想していた段取りとは反して、とある場所へとたどり着いていた。
「こちらが、会場になります。」
アマンドが指し示した先には、絢爛豪華な装飾のなされた巨大なドアがあった。
「他に説明する事はありませんの?」
四人が疑問に思ったのはそこだった。
ここまで分かりやすく傭兵として呼んでいるならばあらかじめ連携が取れるよう打ち合わせをするものだと考えていたが、蓋を開けてみればかなり杜撰とも言える対応であった。
「申し訳ありません、本来ならば先に控え室にご案内するのですが、本日は時間が押してまして⋯⋯。」
アマンドはその問いかけに対していいずらそうに返事をすると、下を向いて視線をそらす。
その様子を見ることで、コウタはようやく自分達の考えが間違っていなかったことを、そして彼女にとってこの事態は不本意なものであったことが理解できた。
「⋯⋯なるほど。」
つまりそれは、何かあったらそちらで勝手に対応してくれ、又はこちらで対処できない敵は任せる、という国側の身勝手極まりない要求であった。
ならばこちらとしてはお望み通りやりたいようにやるだけである。
「まあ、たかが用心棒相手に時間も場所も裂けませんもんね?」
コウタは無表情のまま皮肉全開の態度でそう言うと、視線を合わせることすらせずにアマンドの真横を通り抜ける。
「⋯⋯なっ!?コウタ!」
普段は敵対するものにしか取らないような露骨な態度に、アデルは諌めるように声を上げる。
「⋯⋯っ、ごゆっくりどうぞ。」
それでもアマンドは何も言うことなく頭を下げながらドアを開く。
「出来るものならしたいですわ。」
コウタの三歩ほど後ろを付いて行きながらセリアはコウタに倣って皮肉混じりにアマンドの横を通り過ぎる。
「⋯⋯貴様らな⋯⋯。」
大胆不敵にして挑発的な二人の態度に呆れながら、アデルは頭を抱えてため息をつく。
「⋯⋯申し訳ございません。」
「ほら、行きましょう。」
何も言うことなくただひたすら謝罪の言葉を述べるアマンドの言葉を無視して、コウタは貼り付けたような笑顔でアデル達についてくるよう促す。
その態度を見るだけでコウタの機嫌が極限まで優れないことがアデルには理解出来た。
「⋯⋯おおぉ!!」
巨大なドアを抜けて会場へと入っていくと、それまで萎縮して一言も発する事のなかったマリーが腹の底から声を上げる。
「すごいっ、これがセレブ達が集まる舞踏会!」
「はしゃぐな、白い目で見られるぞ。」
もはや注意することすら疲れ始めてきたアデルは、頭を抱えながらマリーを諌める。
「お気持ちも分かりますが、貴族の方々に目を付けられるのは面倒ですわよ?」
その横でセリアはニッコリと笑みを浮かべながらも若干呆れ混じりにアデルの言葉に続ける。
「うっ⋯⋯分かってます。」
「分かればよろしいです。仮初めとはいえ、背負った肩書きに相応しい振る舞いをして下さい。」
二人に責められて萎縮してしまうマリーを見て、コウタはそれまで冷淡であった顔色を優しく、柔らかく切り替えるとマリーの目の前まで歩み寄っていく。
「⋯⋯貴女は今、遠方の小国から来た第三王女、マリアン・トーネット様なんですから。」
潜入するにあたってあらかじめ決めていた設定を引っ張り出してコウタはニッコリとマリーに微笑みかける。
「改めて言われると、なんか恥ずかしいですね。」
自分達で決めたとはいえ、いつもとは違う肩書きに、マリーは思わず照れ臭そうに頭を掻きながらそう答える。
「さあ、行きましょう姫。今宵の宴は少々長くなりますよ?」
演技であることなど悟らせないほどの自然な身振りでマリーの目の前で小さく跪くと、コウタはニッコリと笑みを浮かべて優しくその手を取る。
「⋯⋯っ、ふおおぉぉ⋯⋯。」
何処かで聞いたような奇声を上げながら、マリーはコウタに手を引かれるがままに会場の中に消えていく。
「⋯⋯慣れとるな、アイツは。」
「似たような経験があるのではありませんか?⋯⋯それに、貴女も浮き足立っているようには見えませんわ。」
引き攣った表情でその光景を見つめるアデルに、セリアはその顔を覗き込みながらそう尋ねる。
「似たような経験は私にもあるからな、もっとも、運営する側としてだが。」
「なるほど⋯⋯。」
それを聞いてセリアは、アデルが元王国騎士であることを思い出し納得する。
「分かったなら行くぞ。貴様は私に着くのだろう?」
「ええ、参りましょう。お嬢様。」
二人はそう言って顔を見合わせると、先に行ったコウタ達と同じようにあらかじめ決めていた設定に基づいて偽物のキャラを演じ始める。
『本日はご多忙の中、我が国が主催する式典に参加いただき、誠にありがとうございます。——』
セリアが手を引いて数歩進むと、会場の一番奥、最も目立つステージの方から、若々しく美しい女性の声が聞こえてくる。
見るとステージの上には色素の薄いブロンド色の髪の女性が演説をしており、その周りにいたたくさんの貴族や他国の王族はその視線を真っ直ぐに注いでいた。
「⋯⋯始まりましたわね。」
その様子を見て、セリアはアデルのみに聞こえるような小さな声で小さくそう呟く。
「ああ⋯⋯今の所何も無いな。」
「⋯⋯そうそう無いと思いますわよ?いくらお飾りとはいえ、彼女らも客人一人一人に付いているわけですから。」
思いの外真剣に仕事をしようとするアデルとは対照的に、セリアは楽観的な表情で近くの侍女から二つのグラスを受け取ると、そのうちの一つをアデルに手渡す。
「⋯⋯それにしても、随分と真面目に警戒してますのね。」
「まあな、半分癖みたいなものだ。気にしないでくれ。」
半ば呆れながらそう尋ねるセリアに対して、アデルは鋭い目つきで周囲を見回しながらそう答える。
どうやらアデルは例えドレスを纏っていたとしても根っからの騎士であることに変わりはないようであった。
「あまり周囲に警戒を配り過ぎて逆に警戒されぬようにだけお願いします。ただでさえ私は少し目立ちますから。」
セリアはそんなアデルに対して、小さな声で耳打ちする。
「パーティーになっても服装はそのままだからな、貴様の場合は⋯⋯。」
アデルはそれを聞いて思い出したかのようにセリアの服装に目を向ける。
「司教である私にはこれ以上の正装も、これ以外の正装もありませんから。」
神に身を捧げた聖職者にとって煌びやかなドレスはご法度であり、それは誰もが知っている為、セリアの格好を咎めるもの、不快に思うものなど誰もいなかった。
もし彼女に文句を言うような輩がいれば、それは一神教を敵に回すのと同義であったからである。
「⋯⋯ならば私達は程々にして、警戒はあっちに任せるか。」
「そうしましょう。むしろ人を見るのは彼の方が優れているでしょうから。」
アデルがそう言ってため息をつくと、二人は違和感が生じぬよう自然な振る舞いを見せながら真正面で挨拶の言葉を述べる王女の方へと視線を戻す。
その頃、コウタ、マリーペアはそんなアデル達の期待など知る由もなく、マイペースな表情でパーティーを過ごしていた。
「——すごく綺麗な方なんですね。」
マリーは小さく頬を染めながら、周りに聞こえぬよう、呟くような声で隣に立つコウタにそう言う。
「⋯⋯?何がですか?」
するとそれまでキョロキョロと周囲を見渡していたコウタは、ハッと我に返り、不思議そうな表情でそう問い返す。
「お姫様ですよ!今挨拶してる!」
マリーはそんなコウタに対して少しだけ興奮気味に叫びながら会場の一番奥にあるステージを指し示す。
その指が指し示す先には純白のドレスを纏った、少女というには気品のあり過ぎる女性が会場の中心で挨拶をしていた。
「凄いですよね、齢十八歳で一国の王様になっちゃうなんて、私だったら絶対無理⋯⋯⋯⋯って、聞いてます?」
そこまで説明すると、マリーは視線を遠くに飛ばすコウタの顔を覗き込む。
「⋯⋯ああ、聞いてませんでした。」
「もう、ボーッとしてないで下さいよ!」
再び間の抜けた声でそう問いかけてくるコウタに対して、マリーは少しだけ顔を赤くして頬を膨らませる。
「ははっ、すいません。」
そんなマリーの顔を見て愛想よく笑顔を浮かべてみせるが、コウタはアデルと同様に周囲の状況を確認することをやめなかった。
(⋯⋯今の所怪しい行動をしてる人は無し⋯⋯妙にレベルが高いのはちらほらいるけど⋯⋯大体が護衛みたいだ。)
(今の所は問題無し⋯⋯かな?)
ある程度安全を確認できると、一旦ため息をついてステージの方に視線を向ける。
「⋯⋯⋯⋯っ!」
するとコウタの動きはピタリと止まる。
「どうかしましたか?コウタさん。」
そんな後ろ姿を見つめながらマリーは首を傾げると、コウタは近くのテーブルに手を伸ばして、その上に置いてあった食事用のナイフを手に取る。
「マリーさん、二人と合流して下さい。」
「えっ、コウタさんは?」
問いかけるマリーの言葉を受け流すと、コウタは視線を一点に固定したまま、静かに、そして素早く前方へと歩みを進める。
「僕はもう少し詳しく探っていきます。」
「でも⋯⋯。」
「それじゃ、行ってきます。」
戸惑うマリーにそんな言葉を投げかけ、そのまま小走りで進み始める。
「あ、ちょ⋯⋯!」
「ほ、報告しないと⋯⋯!」
一つのテーブルにポツンと一人残されたマリーの表情は、みるみる青ざめていく。
目の前までたどり着くと、コウタは歩くペースを落としてゆっくりと目の前の人だかりの中へと入っていく。
「⋯⋯⋯⋯。」
そして人混みの中へと紛れると、口をつぐみながら目の前で演説のような挨拶を続ける女性の姿を見上げる。
(彼女が⋯⋯この国の王か⋯⋯。)
そしてその美しさに思わず釘付けになりながら、しっかりと透き通ったマリンブルーの瞳を見据える。
『——今後も我が国の更なる発展の為、この国の歴史を紡いできた歴代の王の名を汚さぬよう、私は王としての責務を全うすることをここに誓い、挨拶と変えさせていただきます。』
凛とした態度を崩すことなくしっかりとした口調で言葉を締めると、女王は小さく頭を下げてステージの中心から横へとはけていく。
(演説が終わった⋯⋯。次はっ⋯⋯。)
何事も無かったことに安堵しながらも、コウタはすぐさま次の行動に移す。
挨拶が終わったとはいえ、女王の姿が未だ大衆の目に触れている以上、まだ油断は出来なかった。
『女王陛下からのご挨拶は以上になります。短い時間ではありますが、楽しんで頂けますと我々も幸いでございます。』
司会役のそんな言葉を背に立ち去っていく姿は、まだまだ若いながらもやはり女王としての気品を感じさせるものであった。
「⋯⋯⋯⋯。」
その中で一人、そんな美しさに惑わされる事なく、鋭い視線でその姿を睨みつける男がいた。
(⋯⋯ここで消えて貰おう。女王。)
礼服を身に纏った男は一切の表情の変化すらなく、淡々とした態度と動きでステージから降りる女王に向かって手を伸ばす。
「——ストップです。」
小さく目を開き、ほんの少しだけ口元を歪ませたその瞬間、背後から聞こえてくる少年の声と、そんな声には似付かない途轍も無い殺気によって男の動きはピタリと止まる。
「⋯⋯っ!!」
男はその声を聞くと、小さく歪んでいた表情を元に戻し、その腕をゆっくりと下に降ろす。
「動かないで下さい、ここを戦場にしたくはありませんし、貴方だってこの人混みの中を逃げ切る自信はありませんよね?」
コウタは背後から食事用のナイフを男の首元にあてがいながら、少しだけ早口でそう問いかける。
「⋯⋯いつから気付いていた?」
男は両手をダランと降ろすと、なんの抵抗も示さずに背後にいる少年に疑問をぶつける。
「今さっきですよ。まさか本当にいるとは思いませんでした。⋯⋯暗殺者さん。」
コウタはギリギリのところで間に合ったことに安堵しながら、周囲にそれを悟らせぬよう自然な振る舞いで声を上げる。
「⋯⋯場所、変えましょうか。」
「⋯⋯ちっ⋯⋯⋯⋯。」
コウタがそう言うと、男はあからさまに不機嫌な様子で舌打ちをする。
二人はコウタの指示で誰もいない中庭の開けた空間まで出て行く。
「ここまで来れば大丈夫かな⋯⋯。」
そしてそのまましばらく進むと、コウタはため息混じりにそう言って歩みを止める。
「⋯⋯一つ聞きたい。」
すると、それまで黙って指示通りに動いていた男は呟くように口を開く。
「なんでしょう?」
「どうやって気が付いたのだ?」
コウタの存在や能力を知らず、まして面識すらない男からすれば、なぜ自分が暗殺者であることがバレたのか、分からなかった。
「〝観測〟のスキルです。貴方が持っていた武器の情報が視界の端に入ったものでしてね。」
コウタがそう言って再び男の右手を見ると、コウタの眼にはその袖が透けるように見え、その内側にあるナイフまで見えていた。
「⋯⋯ならなぜ、私が暗殺者だと気がついた?」
男の疑問ももっともであった。
なぜなら男の身体には〝偽装〟のスキルがかけられており、例え自分が国に仇なす存在であったと気付いても、暗殺者である事に気付くのは至難の業であったからである。
「会場にいる人間のステータスは全て見ました。その中で怪しいと思った人間にはさらに詳しく詳細を読ませて貰っていましたから。」
コウタ自身も、男の疑問の意味をよく理解していた。
「私の〝偽装〟スキルはレベル10だ。生半可な〝眼〟ではスキルの存在にすら気付けん。」
コウタの〝観測〟のスキルはレベル1でもなければましてや最高の10でも無く、それすらも超えるEX。つまり、相手がどのようなスキルをどんなレベルで発動しようと、関係なく見通せるのだ。
「なら、僕の眼がもっと特別だったというだけでしょう?」
それこそがコウタの代名詞とも言える〝剣戟の嵐〟と双璧をなすもう一つのオリジナルスキル、〝観測EX〟の実力であった。
「なるほど⋯⋯オリジナル使いというわけか。」
男はコウタのその発言を聞いてようやくそれがオリジナルスキルである事を確信する。
「それより僕も色々と貴方に聞きたいことがあります。」
そんな男のことなど気にする様子もなく、コウタは淡々とした態度で話を進める。
「⋯⋯言ってみろ。」
「会場の外や中は騎士団達が厳しいチェックをしています。どうやってこの会場に武器を持ち込んだんですか?」
男が不機嫌そうな態度のまま短くそう答えると、コウタは自らが疑問に思った事を問いかける。
「〝暗器〟のスキルだ。ベルトや煙管なんかに武器を忍ばせる技だ。」
「私のレベルにもなると、騎士団程度では見抜けないらしい。」
動きを封じられ、なおかつ自らの手の内を晒しているのにも関わらず男は雄弁に語り始める。
「なら二つ目、貴方の目的はなんですか?」
「見てた通りだ、女王の暗殺。それ以外あるまい。」
コウタは続けざまに問いかけると、男はつまらなそうに表情を元に戻して言い切るようにそう答える。
「その先の話です、貴方は何のために彼女を殺そうとしたのですか?」
「そうさな⋯⋯もっと大きな目的の為、とだけ言っておこう。」
コウタは苛立ちを込めた強い口調でそう問いかけると、男はそんなコウタの心理を察してか、さらに曖昧な答えを示す。
気まぐれでありながらも、その目的を頑なに話さない男に、プロの姿を感じ取る。
「⋯⋯なら最後に、貴方にこれを依頼したのは誰ですか?」
「⋯⋯⋯⋯災宵禍⋯⋯。」
コウタは落ち着きを取り戻そうとため息混じりに最後の質問を投げかけると、男は呟くようにそう答える。
「⋯⋯さいしょう⋯⋯?」
「知らぬか⋯⋯。ならいい。」
コウタが聞き覚えのない言葉に首を傾げると、男はその隙をついてコウタの腕を弾き上げる。
「⋯⋯しまっ⋯⋯!」
「⋯⋯召喚!」
一気に距離を取る男に向かってコウタは慌てながら数本のナイフを投げ飛ばす。
「⋯⋯甘い!」
すると男は動揺を見せる事なく、甲高い金属音を立てながら全ての刃を蹴り落とす。
(⋯⋯弾かれた!?)
「⋯⋯その靴、何か仕込んでたんですね。」
その金属音に違和感を感じたコウタは咄嗟にその原因が男の靴にある事に気がつく。
「ああ、硬いだけではないが⋯⋯私仕様と言ったところでかな?」
男はコウタの問いかけにそう答えると、トントンと靴のつま先を地面に落としながら小さくストレッチをして戦闘の準備を始める。
「もう見たのだろうが、一応名乗っておこう。」
「ザナーク、人呼んで血染めのザナークだ。」
男は礼服の袖から一本のナイフを取り出すと、そのナイフを逆手に持ち替えて短剣使い独特の構えを取る。
「冒険者、キドコウタです。」
コウタもそれに合わせて同じように名乗りを上げながらマジックバッグの中からナイフを取り出し、真っ直ぐにそれを構える。
「騒ぎになる前に、決着をつけましょう。」
向かい合う二人の表情は、虚勢にも似た笑顔に染まっていく。