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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百四十一話 記念式典


 翌日の夕方、コウタ達は城で行われる舞踏会の準備をする為、リューキュウのギルドの一室に集まっていた。



「うーん⋯⋯。」



 いつもとは違うスーツを身に纏いながら、コウタはむず痒そうに声を上げる。



「どうかしましたか?」


「最近動きやすい服装ばっかりだったので、少し堅苦しいです。」


 セリアが問いかけると、コウタは軽く身体を伸ばしながらなんとも言えない表情でそう答える。



「あら、ですが似合っていますわよ。」


 皮肉なのか、本音なのか、いまいち分からないそんないつも通りの調子で、セリアはコウタにそう返す。



「この手の服は着慣れてますからね、良くも悪くも。」



 そんなことを話していると、部屋の外からいつもなら聞く事のないような間の抜けたアデルの声が聞こえてくる。



「⋯⋯お、おい本当にこれで行くのか?」



「ほら、早く来て下さいって!」



 その後に続いてそんなアデルを急かすようにマリーの声が聞こえてくる。



「⋯⋯来ましたね。」




「じゃ、じゃーん。どうですか!」



 まず先に現れたのはマリーの方であった。


 青と黒を基調としたミニスカート型のパーティードレスを纏いながらマリーは恥じらいと自信の混じった表情でコウタの顔を見つめる。



「おお⋯⋯。」


「あらあら。」



 マリーの美しくも可愛らしく、そして煌びやかなその姿に二人は思わず感嘆の声を上げる。



「似合ってますよ。バッチリです!」



「えへへ⋯⋯そうですか?」



 コウタのストレートな賞賛に恥じらいながら、マリーは見せつけるようにクルリとその場で回ってみせる。



「ほらほら、アデルさんも!」



「んなっ⋯⋯!?」


 マリーは上機嫌のままドアの向こうへと消えていくと今度はアデルの手を引いて戻ってくる。



「⋯⋯っ、おお⋯⋯。」


「あらまあ⋯⋯。」



 飛び出してきたアデルの姿を見て、二人は先程以上の感動の声を上げる。



「⋯⋯どうかな?」



 恥じらい百パーセントの表情を浮かべながら、複雑に結われた髪の色と同じ紅のドレスを纏うアデルの表情は、騎士のそれではなく、完全に乙女のそれであった。



「似合ってますよ、美しいです。」



 コウタはそんなアデルの姿に数秒間目を奪われた後、我に返ると小さく微笑んでそう答える。



「貴様は相変わらず世辞だけは上手いな。」


 そんなコウタに、思わず苦笑いを浮かべながら皮肉っぽく言葉を紡ぐ。


「本心ですよ。ただ思ったことを口にしてるだけです。」


「⋯⋯っ、そ、そうか、とりあえず時間だしそろそろ行こうか。」


 何の気なしに言ったその言葉に激しく反応すると、アデルはクルリと踵を返して顔を逸らす。


「⋯⋯?」


「⋯⋯あらあら。」


 セリアはアデルのその行動の意味に気付くと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。



(くそっ、マリーが変な事言ったせいで無駄に恥ずかしいっ⋯⋯!)



 美女、などと言われると、否が応でも余計に意識してしまう。


 例えそれが相棒とも言える少年だとしても、むしろそんな存在だからこそ、いつもとは違う自分を見せることに対してどうしようもない恥ずかしさが込み上げてくる。




「——お待たせしました。準備は出来てるっすか?」



 すると四人の意識の外から、野太い男の声が聞こえてくる。


「⋯⋯?デクさん。」


 見ると部屋のドアの前には、ギルドの制服を昨日よりもキッチリと整えた筋肉質な青年が立っていた。


「ギルマスの命令で、城まではオイラが連れて行くことになりました。」


 昨日、シルバに怒られていた時とは全く違う態度にコウタ達は軽く感心に近い感情を抱く。


「それで、もう行けますか?」


 取り繕っても若干崩れたままの口調でデクは四人にそう問いかける。


「はい、いつでも行けます。」


「じゃあ、馬車に乗って下さい。すぐに行けるように準備出来てますんで。」


 コウタが答えると、デクは窓の外から見える大きな馬車を指差してそう指示を出す。






 四人が馬車に乗り込むと、馬車はすぐさま城に向けて出発する。



「——今回、オイラがついていけるのは城の門までっス。」



 一人御者台に座るデクは手綱を引きながら、馬車の中にいる四人に向かってこの後の流れを説明し始める。



「あなた方の通行証と本人証明の手配はこっちでやっとくんで、あっちにつき次第、国側の案内役とバトンタッチする形になります。」


「あっち側の案内役ってどんな人なんですか?」


 特に知っておく意味はなかったが、それでもマリーは好奇心からそう尋ねる。



「あーっと、それはちょっと分かんないんですよね。多分騎士団の誰かだとは思うんですけど。」



「⋯⋯っ。」



 デクのその言葉に、アデルがピクリと肩を震わせて小さく反応する。



「⋯⋯?どうかしました?」


「⋯⋯いや、なんでもない。」


 その変化にコウタが気が付きそう尋ねると、アデルは短く答えた後に小さな出窓から見える外の景色に視線を飛ばす。






 それから数分もしないうちに城門へとたどり着くと、馬車を止めて五人は門の前に立ち止まる。


「——着いたっす、確かこの辺で待ってるて聞いたんすけど⋯⋯。」


 引き継ぐはずの案内役が見当たらず、デクはキョロキョロと周囲を見渡す。


「⋯⋯お待ちしておりました。」


 そんなデクの姿をあしらうように、門の横からコウタ達に向かって若い女性の声が聞こえてくる。



「⋯⋯はい?」



「⋯⋯んん!?」



 五人が同時に振り返ると、その中でデクだけが一人大げさとも思える反応を示す。



「お疲れ様です、デクさん。後は私が引き継ぎます。」



 五人の視線の先には、鎧を纏い長い銀髪をポニーテールに結んだセリアより少し年上くらいの女性がデクに向かって小さく頭を下げていた。



「国が手配した案内役って、お前だったのかよ。」



 互いの口ぶりからして、二人は旧知の仲である事は容易に想像出来た。



「ええ、国の代表として私が来るのは当然です。」


「⋯⋯貴女は?」



 そんな少しだけ棘のある会話を遮り、セリアは女性に向かってそう尋ねる。



「初めまして、リューキュウ王国騎士団、団長アマンド・ルビアでございます。」



 女性、もといアマンドはコウタ達の方に向き直ると、深々と頭を下げて自己紹介をする。



「団長⋯⋯。」


「⋯⋯初めまして、アデル・フォルモンドです。本日はお招きいただき、光栄に思います。」



 その肩書きを聞いてコウタが一瞬考え込むと、その間にアデルが前に出て自己紹介をする。


「ええ、よろしくお願い⋯⋯し、ます⋯⋯。」


 アマンドはアデルに返事を返そうとしたその瞬間、その顔を見て言葉を詰まらせる。



「⋯⋯⋯⋯?」


「⋯⋯貴女は⋯⋯何処かで⋯⋯。」



 その様子を見てアデルは不思議そうに首を傾げる。



「⋯⋯私は冒険者です。このような機会がない限り、王国騎士の方と面識を持つようなことはありません。気のせいでしょう。」



 アデルはそれを聞いて一人で納得すると、淡々とした態度でその言葉をいなしていく。



「そ、そうですか。申し訳ありません。勘違いだったようです。」


「ではご案内いたします。」


 アマンドは慌てて取り繕うと、それを振り切るように四人を案内する。


「⋯⋯⋯⋯。」


 が、その中で一人、アデルだけがその場で立ち止まって地面を見つめる。



「——アデルさん。」



「⋯⋯っ、なんだ?」



 コウタの問いかけて我にかえると、アデルは貼り付けたような笑顔で返事をする。



「行きましょう?」



 コウタはそんなアデルの違和感を感じつつも、何事も無かったように、そして何も知らないフリをしてそう問いかける。



「⋯⋯あ、ああ、今行く。」



 その声を受けて、アデルは大きく息を吐いた後、表情を切り替えて他の四人の後を追う。


「頑張って下さ〜い。」


 後ろで手を振るデクの見送りを受けながら、四人は城の中へと進んでいく。







 一方その頃、街の中心にある湖の周辺、中央区では、二人の旅人がコウタ達とは対照的な夕方の喧騒を楽しんでいた。



「う、んん⋯⋯気持ちいい⋯⋯。」



 海に反射する橙色の光と海から湖を超えて吹き付ける心地の良い潮風を浴びて、アンは大きく伸びをする。



「ふぁ⋯⋯、眠ぃ⋯⋯。」



 その横ではロフトが至極退屈そうに、そして眠そうに大きなあくびをする。



「気持ちいいね!ロフト!」



 差し込む夕景に目を細めながら、大きく息を吸い込むと、アンはニッコリと元気よくロフトに問いかける。



「流石にこの景色にも慣れてきたな。つーか、俺は休みが欲しいんだが?」



 元気いっぱいのアンとは対照的に、ロフトは極限まで低いテンションで、淡々と自らの要求を述べていく。



「ダーメ、まだ予定の半分も見れてないんだから!」



 が、その要求は儚くも却下される。



「少しは休ませろ、お前の趣味に付き合わされたせいでここに来てまだまともに休んでないだろ。」



 馬車を操縦してすぐさま観光に赴いたうえ、前日の夜はアンの観光に付き合った事もあり、彼の睡眠時間は徐々に徐々に、そして確実に削られていったのであった。


「いいじゃん!もっと遊ぼうよ!」


 そんなロフトの事情など知ったこっちゃないと言わんばかりに、アンはピョンピョンと飛び上がってテンションを上げていく。


「ったく、コイツは⋯⋯⋯⋯ガキかよ。」


「⋯⋯あ。」


 そんな愚痴を吐いていると、アンは何かを見つけたのか、前方に視線を固定して一瞬ピクリと身体を硬直させる。


「⋯⋯あ?」


 それにつられるようにロフトも身体を硬直させてその場に立ち止まる。


「メイさん!マオさん!」


 ロフトがその存在に気がつくと、アンは表情をパァと明るくさせてその二人に駆け寄っていく。


「よっ、昨日ぶりだね、お二人さん。」


「こんにちわ!」


 マオが小さく手を振って返事をすると、アンは二人の前で立ち止まり、元気よく挨拶をする。


「うん、こんにちは。今日も二人で観光?」


「はい、今日は行きたいところか沢山あって⋯⋯。」


 マオがそう尋ねると、アンは自らのマジックバックから数枚の資料を取り出して二人に見せつける。


「⋯⋯まさか全部回る気?」


 赤文字で大量にマークをつけられたその紙の束を見て、それまで黙っていたメイは引き攣った表情でそう問いかける。


「その通り、おかげさまで俺は酷使されまくりだ。」


 アンの代わりにロフトが即答で答えると、あくび混じりに愚痴を吐き捨てる。


「それじゃあさ、今度一緒に回ろうよ!明日とか!」


 眠たげな表情を浮かべるロフトに気を使って、マオはそんな提案をする。


「あ、明日?」


 が、アンの態度はイマイチはっきりしないものであった。


 返事をするのでもなく、考え込むでもなく、固まった表情で隣に立つ少年の顔色を伺うように覗き込む。


「⋯⋯⋯⋯。」


 するとそんなアンとは違い、ロフトの方は顎に手を当て、考え込むような素振りを見せていた。



「一緒には⋯⋯えっと⋯⋯。」



「そうだな、ちょうどいいし行って来いよ。」



 アンが苦々しい表情で提案を断ろうとしたその瞬間、その言葉を遮るようにロフトが口を開く。



「⋯⋯へ?」


「そのパンフレットの店の中には女性限定の店もある、俺がいたんじゃ入れない店もあるだろ。」


 アンが間抜けな表情で振り返ると、ロフトは反論を言わせる間も無くその理由とメリットを述べていく。



「⋯⋯ロフトはいいの?」



「こっちは眠いんだよ、どっかの誰かさんが眠りこけて六時間も馬車操縦しなきゃなんなくなってな。」


 アンのその言葉に、ロフトは意地の悪い笑みを浮かべると、皮肉混じりにそう答える。



「ご、ごめん⋯⋯。」


「それに、観光地の楽しみ方は一つじゃねえ。景色見ながら一息つくのだってその一つだ。」


 ロフトはそう言ってため息混じりにオレンジ色の海に視線を投げるが、その顔は本当の意味で楽しんでいるようには見えなかった。


「そう⋯⋯じゃあ、明日はマオさん達と一緒に行動するね。」


 アンにはその表情の意味は分からなかったが、それでも行ってこいと言ってくれるロフトの言葉を受け入れる。


「よろしくね、アンちゃん!」


「はい!」


 話が纏まり、翌日の予定が決まると、マオは快くアンを受け入れる。



「⋯⋯優しいのね。」



 そんな二人のやり取りを少し離れた所で見つめながら、メイは真横にいるロフトに向かってそう呟く。



「なんのことだ?」



「気を遣ってるのが見え見えよ。」



 メイとロフト、二人の仲はさほど良い訳でも無かったが、メイからみればロフトのアンへの態度はとても甘いように感じた。


「⋯⋯俺にはアイツを幸せにする義務がある。その為には知り合いや友人は多いに越したことはない。」


 ロフトはそんなメイの言葉を否定する事なく、淡々と自らの考えを述べていく。


「あんたがいれば幸せそうに見えるけど?」


 事実アンの表情や態度を見ていればそんな事は誰が見ても容易に理解出来た。



「いつまでも一緒にいれるとは限らねえだろ。」



 そう答えるロフトの表情は変に悲しんでいるようには見えず、むしろいつかその時が来ることを受け入れているようにも見えた。



「あんた⋯⋯あの子から離れる気?」



「⋯⋯それがアイツの幸せの為ならな。」



 ロフトは表情を一切切り替えることなくそう答えると、数歩前に出てアンの所へと向かう。



「⋯⋯あっそう。」


(そんなの絶対あり得ないと思うけど。)



 聞こえるはずのない小さな返事をした後、メイは一人心の中で小さくそう呟く。



「⋯⋯分かるわけないか。あの鈍感に。」



 ため息混じりに吐き出された言葉は誰の耳にも入る事なく、横を抜けていく足音と共に流れる喧騒にかき消される。


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