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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
140/287

百四十話 聖なる紋章の伝承



「⋯⋯封神祭ってなんですか?」


 真っ先に口を開き、そう問いかけたのはコウタであった。


「⋯⋯おぬしら、幻獣伝説は知っておるかの?」


「幻獣は知ってますけど、幻獣伝説っていうのは初耳です。」


 シルバが質問を質問で返すと、コウタは正直にそう答える。



「なら説明してやろうかの。」



 これまでの仲間の反応や周りの反応から察するに、知らないと言えばさぞ驚かれると思っていたコウタは、あまりにあっさりとした周りの対応を不思議に感じる。


 どうやら今回の話はそれほどメジャーなものでもないようであった。



「⋯⋯ん?」



 シルバがデスクの横にある本棚から何かを取り出そうと立ち上がった瞬間、部屋の扉からコンコンとノックの音が聞こえてくる。


「⋯⋯入れ。」


「失礼します。」


 シルバの言葉に体育会系の張りのある声が返ってくると、部屋の扉がゆっくりと開く。



「茶が入りました。」


 入ってきたのはコウタ達が予想した通り、先程シルバに呼び出されていたデクと言う名の青年であった。



「ありがとうこざいます。」


「ミルクと砂糖は二人分でよかったですか?」


 デクはパーティーの中で特に小柄な二人の姿を見て、その二人に確認を取るようにそう尋ねる。


「あ、はい。」


「はい、マリーさん。」


 コウタはデクへ返事をすると、自分の分の砂糖とミルクをマリーへと手渡す。


「ありがとうこざいます。」


「⋯⋯ん?」


 その様子を見て、デクは不思議そうな声を上げて首を傾げる。



「よいしょ⋯⋯⋯⋯えへへ⋯⋯。」



 二人前のミルクと砂糖を躊躇いもなく自らの紅茶へとぶち込むと、マリーは満足げな表情で笑みを浮かべる。



(⋯⋯なんか違くね?)



「ゴホン、それじゃ説明を始めるぞ?」



 そんなデクの違和感を小さな咳払い一つで掻き消すとシルバはそのまま会話を切り出す。


「お願いします。」


「⋯⋯デク、邪神伝説、第一章。」


 コウタがそう言うと、シルバは隣に立つデクの顔を見てそう言葉を投げかける。



「⋯⋯へ?えっと⋯⋯〝かの邪神、純白に栄えし大地に破壊をもたらさん〟でしたっけ?」



 急な事で一瞬戸惑いを見せるが、それでも自信なさげではあるがスラスラとそう答えていく。


「少し遅かったが⋯⋯まあ合格じゃ。」


「急に聞かれたらそりゃ詰まりますっての。」


 少しだけ厳しめにも思えるその評価に、思わずボソリと愚痴を吐く。


「邪神は幻獣で、純白に栄えし大地はこの国のことですか?」


 そんな二人のやりとりを聞き流しながら、気になった点とその予想を一つずつ尋ねていく。



「その通り、コレは伝承になぞらえた物語での。」



 シルバはそう言ってため息を吐くと、うっすらと目を閉じて言葉を紡ぎ続ける。


 慣れた様子で会話を切り出すところを見る限り、どうやらこれから話すことも決して特別な事でもなく、話し慣れているように見えた。



「今から千年前、突如世界に現れた四体の幻獣が世界に終焉をもたらそうと地上に顕現した。」


「その圧倒的なまでの力に、当時の人間達は逃げ惑うことすら叶わず、死を覚悟せざるを得なかった。」



 まるで自らが体験したかのような話ぶりに引き込まれながらも、聞き手の四人は冷静に話を理解していた。



「そんな時、世界に一つの奇跡が起こった。」


「神の降臨、ですか?」



 スラスラと続けられる言葉を遮ってコウタはボソリとそう呟く。


 それはあくまで予測ではあったが、言葉にした本人にはある種の確信があった。



「そう、世界で唯一、邪神に対抗することの出来た、聖なる女神じゃった。」



 想像していたよりも大層な呼び名、肩書きに、思わず表情を固めながらシルバの話に耳を傾ける。


「女神はその聖なる力をもって邪神、つまりは幻獣達を退け、人間達に力を授けた。」


「それが聖剣や霊槍ということですか?」


 そこまで聞くことでようやく自らの知識と繋がると、今度はセリアがそう問いかける。


「それも当然あるが、この国の場合はもっと直接的であった。」


「直接的?」


 含みがあるようなそんな言葉を聞いて、コウタは首を傾げてそう問いかける。



「例えば⋯⋯幻獣を封じる為の力とかな。」



「⋯⋯っ!そんなのがあるんですか!?」



 コウタはそれを聞いて思わず身を乗り出して声を荒らげる。


 その情報はコウタも、そして他の三人にとっても初耳のものであった。


「千年前のこの国の王は、その力を使って幻獣をこの国の地下深くへと封印した。」


「地下⋯⋯?」


 それを聞いて四人は反射的に自らが立つ床へと視線を落とす。


「そしてそれからこの国は、百年に一度それを祝うために祭りを開いてるというわけじゃ。」


「幻獣、つまり邪神を封印した日を記念する為の封神祭ということですか?」


「そう、そして今年はその記念すべき十回目の封神祭というわけじゃ。」


 百年に一度の祭り、それも十回記念ともなれば、その規模は計り知れない。


「わ、私達、そんなのに招待されたんですか!?」


 マリーは、そこまで聞いてようやく話の内容を理解すると、一人大きく目を見開いて声を上げる。


「そういうことじゃ。」


「でも兵士を助けたくらいでどうして?」


 コウタの疑問ももっともであった。


 国の平和を記念する式典に、たかだか十数人の兵士を助けたくらいで出席出来るというのはいささか不思議でならなかった。


「今回の式典は百年に一度、それも十回目の記念となる特別なものじゃ。」


「それが失敗したとなれば強国としてのリューキュウの権威は一気に消え失せる。」


 シルバは一転して真剣な表情で式典の仕組みと、その実情を語っていく。


「つまり、それ狙いで攻め入ろうとしてくる敵もいる可能性は当然ある。」


 それに気がついたセリアはいつもとは違う冷たい表情でその言葉を口にする。


「⋯⋯そこで僕達ですか。」


 その横ではセリアとは真逆の、面倒そうな態度でコウタがため息混じりにそう呟く。


「お国はその成功の為に剣戟の付与術師の力を借りたいらしい。」


「⋯⋯⋯⋯?」


 その発言に、マリーは黙って首を傾げる。



「要するに護衛をタダで雇う為の口実でしょう。」



「王国からの招待となれば断る訳にもいないしな。」



「はぁ⋯⋯気が乗りませんわ。」



 他の三人はいち早くそれに気がついていたのか、どんよりとしたため息と共にその答えを口にする。


「まぁ正直お主らには同情するがの⋯⋯。頑張れとしか言えん。」


 シルバは三人がしっかりとその面倒臭さを理解していることを知ると、同情の言葉を投げかける。



「とはいえ⋯⋯晩餐会となると、アレ(・・)が必要になりますわね。」



「そうですね、セリアさんやマリーさんはともかく⋯⋯アデルさんはありませんもんね。」



 半ば強制的に行くことが決まると、セリアとコウタは同時にアデルの顔を見つめる。



「⋯⋯⋯⋯?」



「⋯⋯ああ!確かに!」



 アデルが首を傾げると、先程までほとんど話についてこれなかったマリーが二人に続いてその事実に気がつく。



「私にだけ無いもの?なんだ?」




「ドレスですわ。」






 その翌日、アデルのドレスを求めて、マリーとアデル本人の二人はドレスショップを目指して商業区の道を歩いていた。


 前日と同様に二人で行動する事となった理由は単純にアデルが自らのドレス選びに三人もついてこなくて良いと言ったからであった。



「ドレス⋯⋯ドレスかぁ⋯⋯。」



 なんとなく気の進まないアデルは唸り声を上げながら自問自答を繰り返していた。



「はぁ〜⋯⋯、ドレスかぁ⋯⋯。」



 その隣にいるマリーはそんなアデルの思考など毛ほども気にすることもなく、自らの世界へと入り込んでいた。



「なんで貴様がそんなに嬉しそうなんだ?」



「だってドレスですよ!?憧れません!?」



 アデルがそう問いかけると、マリーは興奮した様子で訴えかける。



「ま、まぁ多少は⋯⋯。だが、私は女である前に騎士であり⋯⋯。」



 アデルの心に引っかかってていたのはその事であった。


 戦いに身を置く騎士として、表舞台で輝く煌びやかなドレスを身に纏うのは気が引けてしまうと言うのがアデルの考えであった。


「せっかくタダで借りれるんですから遠慮する必要なんてないですって。」


「それにしても⋯⋯ギルドも太っ腹ですよね〜。まさか、アデルさんのドレスのレンタル、全額負担してくれるなんて。」


 関係のないギルドがアデルに対してそこまで支援をしてくれるのは、単純に今回の件でコウタ達に同情したシルバからの計らいであった。


「まぁそこは確かにありがたいが、私にドレスなんて⋯⋯。」


 ドレス代が無料になるのはこの上なくありがたい事であったが、それでもやはり心の中にある引っかかりは取れることはなかった。


「⋯⋯アデルさん!」


 そんなアデルの様子を察したマリーはその手を取って顔を覗き込む。


「⋯⋯っ、なんだ?」


 急接近するマリーの顔に小さく驚くと、アデルは戸惑いながらそう返す。



「アデルさんは自覚はないと思いますけど、あなたは一般的に見て、ていうか鎧を脱いだらただの美女なんですよ!それも絶世の!」



 慎ましさと品格を兼ね備えたアデルの顔立ちは、見る者を引き込み、一度笑みを浮かべれば大半の男を落とせるだけの魔性を持っていた。


 しかしそれはあくまで普通の服装で、普通の表情の時であり、堅牢な鎧を纏い、常に真剣な表情を浮かべているアデルは、どちらかといえば人を寄せ付けづらい体質にあった。



「び、美女ぉ⋯⋯?」



 それ故に本人はその事について無自覚であったため、若干照れ臭そうに頬を赤らめながら、裏返った声でその言葉を反芻する。


「そうです!だからもっと女としての自覚を持たなきゃダメです!」


「そ、そうなのか⋯⋯?」


 アデルは言われるがままに言葉を聞いていると、少しずつマリーの圧力に押され始める。


「そうです!だから、アデルさんのドレスは私がバッチリ選んであげますから!安心して下さい!」


 マリーは自信満々にそう言うと、楽しそうに目の前の道を走り抜けていく。


「⋯⋯⋯⋯ああ、わかった。よろしく頼むぞ。」


 それを聞いてアデルはやれやれと深いため息をついた後、駆け出していくマリーの背を追って純白の街の中を進んでいく。






 同時刻、コウタ、セリアサイドでは——


 マリー達と別行動をとる事となったコウタ達は、彼女らとは別の居住区エリアの道を歩いていた。


 居住区エリアは他のエリアと比べ、外観の色彩統一の縛りが緩く、所々にレンガ造りの建物が並んでいた。


「——で、残った僕らはまた二人で教会へ⋯⋯。」


 そんな中、誰に言うでもなく、コウタは一人小さくそう呟くと、ため息混じりに周囲の景色に視線を飛ばす。


「あら、私と二人は嫌ですの?」


 その隣では、明るい笑顔を浮かべるセリアが悪戯っぽい態度でそう尋ねる。


「別に嫌では無いんですけど、この二人でいるとまた何か問題が起こりそうで⋯⋯。」


 前例がある分、そう考えてしまうのは仕方のない事であった。


「ふふっ、それは言えてますね。⋯⋯ですが、今回は大丈夫だったみたいですわ。」


 その言葉に同意すると、ニッコリと笑ってその場に立ち止まる。


「⋯⋯?⋯⋯ああ、ここが⋯⋯。」


 訳がわからず一度首を傾げると、目の前の建物を見てすぐさまセリアの言葉の意味を理解する。


「一神教リューキュウ支部でございますわ。」


 その建物は国の規定に従った青みのある白を基調としていながらも、所々に美しい装飾が成されており、その雰囲気はベリーの街で見た教会とも近しいものが感じられた。


「⋯⋯入りましょう。」


 その言葉と同時に、セリアはその重い扉へと手をかける。




 建物の中へと入ると、そこには聖堂と思しき空間が広がっており、中には正装を纏ったものから一般庶民と思われる者まで、様々な人間がその中心に座する女神の像へと祈りを捧げていた。



「⋯⋯やっぱりベリーの街よりかは狭いんですね。」



 保有する敷地から見ても、その内観から見ても、その建物は本部と呼ばれる建物よりかなり小さく見えた。


「あくまで支部ですから、布教する為の宣教師の方々が住める空間と聖堂があれば問題ありませんの。」


「なるほど⋯⋯。」




「——お待ちしておりました。セリア様。」



 セリアの言葉に納得していると、二人の背後から女性の声が聞こえてくる。


「⋯⋯ん?」


 振り返ると、そこには正装を纏った白髪の老婆がこちらを向いて小さく微笑んでいた。



「お久しぶりでございますわ。マルタ様。」



 知り合いであるのか、セリアはその老婆の顔を見ると、愛想の良い笑顔で返事をする。



「そちらの方が例の⋯⋯。」



「キドコウタです。よろしくお願いします。」



 女性がこちらに気がつくと、コウタは深々と頭を下げて自己紹介をする。



「一神教司教、マルタと申します、一応この支部の支部長を務めております。」



 女性は深く頭を下げると、同じように自己紹介をする。


「支部長⋯⋯。」


「奥でお茶でもいかがですか?準備させておりますので。」


「ええ、お言葉に甘えさせて頂きますわ。」


 マルタがそう言うと、セリアは軽く周囲を見渡した後に、そう言って同意する。




 マルタに先導されるがままに聖堂の横にある廊下を歩いていると、ふとコウタが一つの疑問を口にする。


「——ところで、なんで僕達が来ることが分かってたんですか?」


 昨日今日のセリアの様子を見る限り、ここに立ち寄ることを教会の人間に伝えるような事をしているようには見えなかった。


「昨日、ウチの人間があなた方を目撃しまして、魔法職の少年と法衣を纏った見知らぬ女性が街で喧嘩をしていたと聞きましたので。」


「正しくは仲裁ですけどね?」


 喧嘩、というワードを聞いて、コウタは思わず訂正を入れる。


「セリア様が旅に出て行かれたのも存じ上げておりましたから。今日あたりに来るのではないかと思っていました。」


「本当は昨日のうちに伺いたかったのですが、予定が合わずに申し訳ありませんわ。」


 本来ならば行こうと思えば行けたが、シルバから話を聞き終えた頃にはすでに二人には教会に顔を出す気力など残っていなかった。


 だからこそこうして翌日の朝に訪ねることにしたのだ。


「いいえ、立ち寄ったら顔を出さなくてはならないという決まりもありませんし、気にしなくても大丈夫ですよ。」


「着きました、中にお入り下さい。」


 マルタはそう返事を返すと、一枚の大きな扉の前で立ち止まり、二人をその中へと案内する。


「すぐに飲み物を持って来させますので座っていて下さい。」


「それでは失礼して⋯⋯。」


 それを聞くと二人は部屋の真ん中にあったソファの上に腰掛ける。


「そういえば、他の支部の方には立ち寄られましたか?」


 二人がようやく一息つくと、マルタはふと思い出したかのようにそう問いかける。


「いいえ、支部がある国に来たのは今回が初めてです。」


「そうですか、エスト様はご健勝でございますか?」


 聞きたいことが沢山あるのか、矢継ぎ早に質問を繰り返すマルタは今度は大神官であるエストの話を切り出す。


「ええ、相変わらず元気ですわ。」



「それは何よりです。」


「ただ最近は働き過ぎなような気もします。もういい歳なんですから少しは気をつけて欲しいものなんですが⋯⋯。」



 セリアは記憶の片隅にあるエストの過剰なスケジュールを思い浮かべて頭を抱える。


「ふふっ、あの方らしいではありませんか。」


「⋯⋯ん?」


 クスクスとマルタが笑い声を上げると、それを遮るようにコンコンとドアがノックされる音が聞こえてくる。


「失礼します、お茶をお持ちしました。」


「入っていいですよ。」


 扉の奥からそんな声が聞こえてくると、マルタが優しい声で返事をする。


「失礼します⋯⋯。」


 直後にドアが開かれると、その先から信者と思われる若い女性の声が聞こえてくる。


「⋯⋯どうぞ。」


 コウタ達の目の前に出されたのは透明なグラスに入れられた麦茶のようなものであった。


「ヒンヤリしますね。」


「外が暑いから丁度いいですわ。」


 比較的気温の低いレスタとは違い、この国は一日中猛暑日のような暑さであるため、氷の入った冷たい飲み物はとてもありがたかった。


「お気遣い感謝しますわ。」


 セリアは軽くそのグラスに手を触れながら、ニッコリと笑ってその女性に感謝の言葉を送る。


「あっ⋯⋯その、お気になさらず⋯⋯。」


「失礼します。」


 女性は一瞬言葉を詰まらせると、よそよそしく言葉を返し、そしてせわしなく部屋の外へと出て行ってしまう。


「⋯⋯⋯⋯。」


 女性が立ち去った後の扉を見つめながら、セリアは寂しげな表情で小さくため息をつく。


「随分とよそよそしいですね。」


 コウタもその様子を見て不思議そうにマルタに問いかける。


「申し訳ありません、あの子も緊張してるのだと思います。」


「相手が聖人だからですか?」


 コウタはそんな言葉など全く気にすることなく冷たい表情でマルタに食ってかかる。


「⋯⋯はい。」


 マルタは申し訳なさそうにそう答える。


 あの女性は決して悪くはなかったし、ましてや目の前にいるマルタは何の関係もなかった。が、それでもコウタは言い知れぬ怒りを胸の奥に抱えていた。


「気にしてませんわ、昔からこうでしたから。」


 彼女からすればいつだってそうだった、自分と同じ立場に立って、同じ視点で自分を見てくれる人間なんて、どこにも居なかった。


 自分が他人と違うのは痛いほど分かっていた。そう、痛いほどに。


「背負った肩書きのせいで相手が勝手に引いていっちゃう、ですか?」


「⋯⋯はい。」


 そんなことを考えているうちにコウタの口から発せられた言葉はセリアの心の核心をつくものだった。


 コウタ自身も、同じような経験を何度もしてきた。だからセリアの心情は痛いほど理解出来るし、そんな時どんな言葉が欲しいのかも知っていた。


「⋯⋯こっちがいくら普通にして欲しいと望んでも、相手は変わらず肩肘張って接して来るんですもんね。」


 コウタは深いため息をつくと、セリアのその心に寄り添うように言葉を紡いでいく。


「⋯⋯⋯⋯っ、⋯⋯ええ⋯⋯。」


 生まれて初めて、そしてこんなにもあっさりと放たれたその言葉に大きく心臓を高鳴らせると、セリアは息を吐いて平静を装う。


「⋯⋯めんどくさい限りですよね。色々と。」


 コウタはしんみりと悲しい笑みを浮かべて、何もない天井を見つめながらそう呟く。


「⋯⋯⋯⋯。」


 セリアはそこまで聞くと、黙って唇を小さく噛みしめる。


「あの⋯⋯。」


「⋯⋯っ、すいません、ちょっと愚痴っちゃいました。話を続けましょうか。」


 マルタの声を聞くと、コウタはすぐに我に返り、申し訳なさそうにそう言った後、横道に逸れた話を元に戻す。


「その事なのですが、セリア様は今回、調べたい事があってこちらに立ち寄ったのではありませんか?」


 するとマルタは初めから分かっていたかのように二人にそう問いかける。


「ええ、昔本部で調べた時には見つかりませんでしたが、私と同じ聖人の方が建てたこの教会にならあると思っていましたの。」


 それを聞いたセリアは表情を切り替えてマルタの問いに答える。


「何がですか?」


 何も知らされていなかったコウタは、混乱しながら首を傾げる。



「⋯⋯新技についてですわ。」



「コウタさんには以前、私の奥の手の事はお教えしましたよね。」


 手数の少ないセリアにとって奥の手と言える技は一つしか無かった。



「ホーリー・クロス・スペル⋯⋯でしたっけ?」



 直接見たことはないが、以前セリアのステータスを見たときに気になって聞いたことがあるため、コウタもその技の存在と詳細は知っていた。



「はい、そしてその時にその技の特徴も言いましたわよね。」



「MPの消耗が激しい、時間内であれば体力や怪我が回復し続ける、そして⋯⋯。」



 コウタはセリアに言われた通り、指折りで数え上げながらその特徴を上げていく。



「手足の指先から紋章が浮かび上がる⋯⋯。」



 最後の一つを口にしたのはコウタではなくマルタの方であった。



「⋯⋯はい。」



 セリアはニヤリと複雑な笑みを浮かべながら押し殺すような声でそう呟く。



「何か知ってるんですか?」



「紋章のことならば、書籍があるはずです。」



 マルタはそう答えると、その場から立ち上がり、近くにあった本棚を探り始める。



「そうですか⋯⋯セリア様もついに、アレを開かれたのですね。」



「⋯⋯アレ?」


 嬉しそうな声色で口にしたその呟きをコウタが拾い上げると、マルタは本棚から一冊の本を取り出して、セリアに手渡す。



「はい、聖人のみに許された領域外の力、その名も——」



「——聖紋。」



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