十四話 嵐の前の静けさ、嵐の後の静けさ
翌日アデルとコウタの二人は昼前にはベーツの街に帰って来ていた。
「ふぅ⋯⋯朝から歩くのもなかなかしんどいな。」
「でも、いい運動になりましたよ。」
村の門をくぐりながらため息をつくアデルにコウタは昨日とは一変して爽やかな笑みを浮かべてそう返す。
「とりあえず、私はギルドに行くが、貴様はどうする?」
門を抜け街に入ると、アデルは思い出したかのように口を開き、そんな問いを投げかける。
「僕は少し雑貨屋に用があるので、後で行きます。」
「そうか、ではとりあえずここで解散だな。」
「はい。お疲れ様でした。」
コウタが返事をすると二人はそこで別れ、それぞれ別の道を歩き始める。
アデルと別れて数分後、コウタは一人街を歩きながら、ワイバーンとの戦闘を振り返る。
(もしあの時、ロズリさんのマナリターンでMPを回復してなかったら、アデルさんを助けることができなかった。)
そんなことを考えながらながらしばらく歩いていると十分もしないうちに目当ての雑貨屋に到着する。
(となるとやっぱり一番の問題はMP不足⋯⋯。)
思考を途切れさせる事なく雑貨屋に足を踏み入れると、晶石がたくさん置かれたコーナーに歩みを進める。
(何かMP消費が少ない攻撃系のスキルでもあればいいんだけど⋯⋯。)
「うーん。」
店頭に並んだ晶石とその説明書きを睨みつけて、コウタは唸り声を上げる。
「何かお探しですかの?冒険者さん。」
コウタが店内をフラフラと徘徊していると、店長らしき一人のお爺さんが話しかけて来る。
「ああ、はい。実は僕のスキル構成がMPの消費が激しくて、何か消費の少ないスキルでも見つかればな、と思いまして。」
コウタはお爺さんに尋ねられるまま口を開くと、自らの考えを分かりやすいように説明する。
「おお、ならば⋯⋯。」
そう言ってお爺さんはコウタに背を向けると、ゆっくりと歩きだし、近くにある別の棚に手を伸ばす。
「これなど、どうです。」
「アメ?ですか?」
お爺さんが摘むように持ち上げた小包を見て、コウタは短くそんな問いを投げかける。
「フォフォ⋯⋯はい、これはハニードロップと言いまして、食べるとMPが回復する飴なのですじゃ。」
「へぇ、いいですねそれ。」
コウタは〝観測〟で言われた通りのその効果を確認すると、その飴に興味を示す。
(確かにこれなら戦力を保ったまま、戦い続けられる。)
そう言ってとある決断をすると、コウタは同じ棚に手を伸ばし、同じ飴が大量に入った瓶を取り出す。
「ではこれごとください。」
「ほう、では⋯⋯合計で七十四個ですので二万二千二百ヤードでございます。」
お爺さんは瓶を見ると数秒としないうちに飴の個数を正確に言い当て、何事も無かったかのようにその値段を請求する。
「早いですね。スキルを使ったんですか?」
「フォフォ、ええ、高速暗算と目分量のスキルを使いました。」
「目分量というのは?」
高速暗算は大体予想がつくため、コウタはもう片方のスキルについて問いかける。
「コップに入った水の量や瓶に入った飴の数などを見ただけで正確に測れるスキルです。」
「へぇ、面白いスキルですね。」
「商人なら誰でも持っている、ただのしがないノーマルスキルです。欲しいのならそこに晶石が売っていますぞ?」
コウタの物珍しそうな反応が気に入ったのか、お爺さんはニコニコと笑みを浮かべながら先程までコウタが見ていた晶石の棚を指差してそう答える。
「う〜ん、今回は遠慮しておきます。」
「フォフォ、それは残念ですじゃ。」
コウタはやんわりと断りながらお金を払うと購入したばかりの飴を瓶ごとマジックバックに詰める。
「またのお越しをお待ちしますぞ〜。」
「はい。そのうちまたお世話になります。」
当初の問題は解決し、今度はギルドに向かう為に店から出ると店員のお爺さんが笑顔で見送っていたので、コウタは愛想良く返事をする。
「そのうち、ああいうスキルを習得するのもアリだな⋯⋯。まぁその前に、戦闘のスキルを習得するのが先だけど。」
お爺さんの姿が見えなくなると、コウタは歩きながらステータスを開き、自らのスキルの欄を見る。
「やっきとり♪やっきとり〜♪⋯⋯おっとと⋯⋯。」
「⋯⋯あ、すいません。」
次の瞬間、ステータスに集中し過ぎて正面への注意を欠いていたコウタは、目の前を歩いていた少女の肩にぶつかってしまう。
相手の少女はふらつきながらも持っていた串を守るように手を伸ばすが、どうやら身体も串に刺さった食材も無事なようであった。
「大丈夫ですか?」
咄嗟に振り返り少女に謝罪するが、少女はこちらに目を向けず持っていた串を咥えヒラヒラと手を振る。
「ああ、らいびょうぶれふ。⋯⋯もぐもぐ。」
少女はボサボサの銀髪に明らかにサイズの合っていない大きな服を着て、背中には身の丈ほどの細い日本刀のような武器を背負っていた。
「⋯⋯っ、なんだ、あの剣?」
(冒険者の人かな?)
少女の持つ剣に一瞬だけ寒気のような圧力を感じ取り、そんな疑問が頭を過るが、あまり気に留めもせずコウタも再び足を進める。
それから更に数分して、ギルドの前に到着するとそこには、ワイバーンの討伐の時に一緒になった戦士のジークと魔道士のベルンが入り口の前で話し合っていた。
「お!コウタじゃねえか、お疲れさん。報酬受け取りに来たのか?」
ジークがこちらに気が付くとコウタに向かって手を振りながら歩み寄ってくる。
「はい。さっきまで買い物していて、今から受け取りです。お二人はなぜご一緒に?」
「なぜって、私達おんなじパーティーですもの。」
ふとコウタがそんな疑問を口にすると、ジークの後ろからベルンがそう答えながら歩み寄る。
「へぇ、それは初耳です。」
「まあ、パーティーと言っても基本はバラバラに行動してるし、高難易度のクエストん時に集まる程度だがな。」
コウタが軽く声を上げて反応すると、ジークは特に気にする事もなく説明をする。
「そうゆう感じのパーティーもあるんですね。」
「というより、一昔前まではほとんどそんな感じだったのよ。まぁ今ではメンバー同士常に一緒とかも珍しくないけどね。」
「メンバー同士同じ家に住む、なんてのもあるな。まぁ、今じゃレイドクエストってシステムも出来たし、ソロが主流だけどな。」
彼女らの言う一昔がどの程度昔の事なのかは分からなかったが、確かにジークの言う通りレイドクエストなどと言うシステムがあれば自動的に他の冒険者と手を組む事となる為、普段から複数人で行動を共にするパーティーという関係の必要性が低下するのは理解出来た。
「お前んところのアデルなんかもずっとソロだったんだぜ?」
「確かに、そんな感じしますもんね。」
普段から一人で行動し、何より勧誘時に「組まないか?」などという聞き方をしてくるあたりから彼女がソロなのはコウタも予想はついていた。
もしも彼女にパーティーメンバーがいるのならば、「組まないか?」ではなく「入らないか?」という聞き方をしてくるはずであったからである。
「——まぁそうゆうわけだ。じゃあ俺たちは帰るわ。またどっかで会ったらよろしくな。」
「はい。こちらこそ。」
「今度一緒にクエストでも受けましょうね。」
話を終えてコウタがそう答えると、ベルンがキスを飛ばしながらそう誘ってくる。
「バカ、あいつ一人で終わっちまうっての。」
「それもそうね。うふふ。」
二人はそんなことを言い合い、笑いながらコウタに背を向けて去っていった。
そんな二人の背中を見送った後ギルドに入ると、受付の女性がこちらに気付き、手招きをしながら呼び寄せている姿が見えた。
「コウタさん。お帰りなさい。ワイバーンの討伐お疲れ様でした。」
「はい。ありがとうございます。クエストの報告に来ました。」
「その件で、コウタさんは今回のクエストで最も貢献したらしいので追加報酬が支払われます。」
女性が可愛らしい笑顔を浮かべながらそう言うと、コウタは初めて聞く情報に首を傾げる。
「どのくらい増えるんですか?」
「だいたい五割増しくらいです。」
受付の女性は資料に目を通した後、その紙を見せつけるように差し出してそう答える。
「⋯⋯多いですね⋯⋯。」
本来ならばそれは嬉しい情報に違いないのだろうが、お金の保管場所に悩み始めていたコウタにとっては、同時に悩みの種が増える事になってしまった。
「はい。ですから自らの口座を作ってみてはどうでしょう?」
そんなコウタの考えを察してか、タイミングよく女性は一つの提案をする。
「銀行のですか?」
「はい。ギルドカードがあればいつでもお金の出し入れができますよ。」
またもや初耳の情報に関心を持つと同時に、今度は自身が持つギルドカードの便利さに驚く。
「ではお願いします。」
「わかりました。では報酬は口座の方に入れておきます。」
コウタが迷わず申請すると、受付の女性は慣れた様子で別の書類を取り出してそこに筆を用いてサラサラと何かを書き込んでいく。
「あ、ついでにこれもお願いしていいですか。」
そして少し遅れて思い出したかのようにマジックバックから前回のクエストの報酬である札束を取り出すと、申し訳なさそうに受付の女性に渡す。
「了解しました。お預かり致します。」
コウタはそこまでのやり取りを終えると、ふと街の入り口で別れた少女を思い出す。
「あ、そういえばアデルさんは来ましたか?」
「ええ、先ほどまた、クエストに行かれましたよ。」
預金証明の紙を受け取りながらそう尋ねると、女性は呆れたような態度でそう返す。
「あの人も少しは休めばいいのに⋯⋯。」
「本当ですよ⋯⋯。」
無茶ばかりする少女の姿を思い出すと、二人でそろって深いため息を吐き出す。
「さて、今日はもうやる事がなくなっちゃったな。」
そしてその後、するべきことを終え、受付に用がなくなり、離れるとその瞬間コウタのお腹がキュルルルと鳴り出す。
「⋯⋯っ、おっと。」
そして本能の赴くまま、魅惑的な匂いに誘われて食堂の方へと向かっていく。
「⋯⋯とりあえず、昼にするか。」
数分後、白いスープに浸されたうどんの様な麺の乗ったお盆を手に、近くのテーブルに腰掛ける。
「名前のフィーリングで決めたけど⋯⋯なんだコレ⋯⋯全部真っ白。」
「いただきます⋯⋯ズルズル、⋯⋯んっ!」
恐る恐る箸を伸ばし麺をすすってみると、思いの外コウタの好みの味付けだったようでとても美味しかった。
「⋯⋯美味しい⋯⋯ズルズル⋯⋯。」
それからはひたすら無言で麺をすすり続ける。
「——席、ご一緒してもよろしいですか?」
しばらく食事に集中しているとふと、コウタの正面から若い男の声が聞こえてくる。
顔を上げて視線を向けるとそこには、黒髪を全て後ろに流したメガネの男性が立っていた。
男の服装は受付の女性と同じ制服のような物をであったが、白を基調とした他のギルド職員の制服とは違い、彼の制服だけが黒を基調とした重厚な色彩であった。
「あ、どうぞ。」
「では失礼。」
「なぜ目の前に?」「なぜ一人だけ制服の色が違う?」などと様々な疑問が頭を過るが、さして興味もない為、何気ない返事を返す。
そして許可されるがままにコウタの前に座ったその男性はコウタと同じ食器をテーブルに置くと、コウタとは違う赤いスープの麺をすすり始める。
コウタもそれに倣って気にせず食べていると、ふと視線を感じる。
「⋯⋯なんでしょうか?」
視線の主は当然目の前の男性。
気持ち悪さを感じてそんな問いを投げかけると、男性はニコリと笑って口を開く。
「いえねぇ、まさかこんな小さな子がな、と思いまして。」
「この身長で冒険者をやるのはそんなに不思議なことでもないでしょう。僕と同じくらいの女の子だっていましたし。」
ギルド職員としてはあまり適切では無いと思われる発言であったが、コウタは知っている例を挙げつつ、さして気にする事もなく箸を進める。
「いえ、そっちではなく⋯⋯。」
「⋯⋯オリジナルスキルの方ですよ。」
歪んだ笑みを浮かべながら放たれた言葉を聞いた瞬間、コウタの箸がピタリと止まる。
「何故、その事を?」
「そんな怖い顔しないで下さい。」
雰囲気を切り替え、強く睨みつけるコウタに向かって、男性は憎たらしい笑顔を振りまきながら、なだめる様にそう言う。
そしてすぐに箸を置き、ニヤリと目を細めて笑みを浮かべながら自己紹介を始める。
「申し遅れました、私、冒険者ギルド、ベーツ支部ギルドマスター、エティスと言います。」
「以後、お見知り置きを。」
細い目を見開きながら本物か偽物か分からないような愛想笑いを振りまいてそう呟く。