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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
138/287

百三十八話 水の都の散策


 勝敗の仕組まれた真っ黒なじゃんけんに敗北したアデルとマリーの二人は、約束通り今晩の宿を探すために街を散策していた。



「ぶぅ⋯⋯遊びたかった⋯⋯。」



 太陽が燦々と照り付ける爽やかな街並みの中で、その少女は一人絶望に満ち溢れた表情でそう呟く。



「仕方ないだろう、勝負は勝負。セリアの提案に乗った時点で文句は言えん。」



 すでに割り切って目的の為に周囲を見渡すアデルは、そんなマリーに向かって淡々と正論を述べていく。



「でもぉ⋯⋯。」


「うおっ!?泣くな!」



 マリーがそれを聞いて目にじんわりと涙を溜めるとアデルは慌てた様子でそれを落ち着かせる。



「はぁ⋯⋯別にそこまで悲観的にならなくてもいいだろう。我々のするべき事は宿探しだけだ。夕暮れまで時間はあるし、やることさえやれば他の事をしていても文句も言われまい。」


 マリーの感情が幾分収まってくると、アデルはため息混じりにそう呟く。



「⋯⋯っ!ということは!!」


「⋯⋯少しくらいなら遊んでもいいだろう。」



 本来ならばそれはやるべき事が終わった後にすべきだったが、その間隣で延々と暗い雰囲気で居られるのも居心地が悪かったため、ついつい甘やかしてしまう。


 コウタの時も、アデルの時も、同様に自らの主張や願望を他者から受け入れられやすい。どうやらマリーという少女には甘え上手という才能があるようであった。



「ホントですか!?じゃあ、じゃあ!私ここに行きたいで⋯⋯うっ!?」



 そう言ってパンフレットを取り出して街中へと駆け出そうとした瞬間、アデルは咄嗟に彼女の襟首を掴んでその動きを制する。


 走り出した勢いと、アデルの力によって、一瞬マリーの首が思い切り締め上げられる。



「あくまで宿探し優先だ。あとそれいつの間に手に入れた。」



 彼女の甘え上手も、元々そう言ったことに厳しいアデルには効果はあまり高くないのも事実であった。



「うう、分かってますよ⋯⋯。」



 マリーは自らの首を軽くさすりながらため息混じりにパンフレットをバックの中へとしまい込む。



「全く⋯⋯貴様はいつもそうやっ⋯⋯て。」



 相変わらずなマリーに対してアデルが注意をしようとした瞬間、彼女の視線は目の前の景色に支配されて言葉が止まる。



「⋯⋯ん?⋯⋯わあ⋯⋯綺麗⋯⋯。」



 少し遅れてマリーがそれに気付き、その視線を追って前を見ると、その景色に思わず声を上げる。


 二人の視界には建物の水色とエメラルドグリーンの海が幻想的に重なり合う美しい景色が広がっていた。


「ここからだと海も街もよく見える。」


 そう答えるアデルの表情は普段ではほとんど見ることのないとても穏やかなものであった。


「この国、変わった地形してますよね。ほら、真ん中に湖があったり。」


 そんなアデルに、マリーは改めて眺める視点を変えながらそう問いかける。


「あれは海水だ。よく見てみろ、奥の方に水門があるだろう?」


「あ、ホントだ。」


 つまりはこの国の中心にある湖は、外海の海水を直接引き込んでいる仕組みになっていたのだ。


「そして水門の左側にある建物がこの国の王族が住む城で、右側にあるのがシーランドタワーだ。」


「おお、あれが⋯⋯⋯⋯ん?」


 アデルの説明を聞いて感心していると、マリーは視界の端、今いる場所から見下ろせる位置に、なにかを発見して視線を動かす。


「なんだか下にいっぱい屋台がありますね。」


「中央広場だな。あそこが観光客が最も集まる場所らしい。」


 アデルはあらかじめレスタの街でマーリンから聞いた情報を頼りにそう答える。



「行きましょう!」



 当然興味の湧いたマリーはそう言ってアデルに許可を求める。


「ダメだ、さっき言った言葉、もう忘れたのか?」


「うっ⋯⋯でもぉ!」


 即答で否定するアデルの言葉を聞いて、マリーは再び悲痛な表情で訴えかける。



「⋯⋯⋯⋯はぁ⋯⋯少しだけだぞ。」



 今度はマリーの甘え上手が通用したのか、アデルはなんとも言えない表情でため息をついた後、渋々その許可を出す。



「⋯⋯っ、はい!!」



「——はよせい!!遅れてるわい!!」



 マリーが元気よく返事を返すと、その言葉を遮るように、遠くの方から老人と思われる枯れた声の叫びが聞こえてくる。



「「⋯⋯⋯⋯?」」



「ちょっと待ってくださいって!!」



 二人がそれを聞いて振り返るとその声に答えるように、もう一人の若い男の声が聞こえてくる。


 見ると大きな冒険者ギルドの制服を纏いながら、荷物を持った老人と若者が慌てて街の中を走っているのが見えた。


 二人は同じ荷物の量を背負ってはいたが老人の方は思いの外軽そうにしており、若者の方は今にも潰れそうになりながら老人を追いかけていた。



「置いて行くぞ!」



「クッソ〜⋯⋯!!」



 スタスタと前を行く老人に文句を言いながら、若者は汗だくのままついて行く。



「⋯⋯あの服、ギルドの人ですかね?」


「⋯⋯さあ?」



 少女二人はただただ不思議そうにその光景を見ているのであった。









 数十分後、コウタとセリアのじゃんけん勝利組はマオ達と共に飲食店を後にしていた。



「ご馳走さまでした。」


「大変美味しかったですわ。」



 育ちのいい二人はその店を紹介、そして代金を負担してくれた二人に対して、丁寧に頭を下げる。



「でしょ?オススメの店なんだよ〜。」



「ほらここ、書いてあるでしょ?」



 マオが機嫌よくそういうと、メイは自らのバッグの中から一枚のパンフレットを取り出して赤い文字で印のつけられたところを指差してコウタ達に見せる。



「オススメの店百選、ですか?」



「そう、この店もどうしても行きたかったんだよね〜。」



 コウタがその文字を覗き込んでそう呟くと、マオは上機嫌にそう答える。


「特集が組まれるほど有名なお店だったんですね。」


「そうだよ、美味しいのにリーズナブルで、観光客にも人気なの。」


 すると聞いてもいないのに、今食べたばかりの店の宣伝のような事を始める。


「⋯⋯それにしても、この辺りはとても飲食店が多いのですわね。」


 セリアはそんなマオをスルーして、無理矢理別の話題を投げかける。



「観光で売ってる国だからね。そりゃ、店の競争も激化するさ。」



「やっぱ、観光は景色に特産物に、食事、あとは⋯⋯⋯⋯ん?」



 マオに続いてメイも語り出そうと口を開くと、その言葉は途中でピタリと止まってしまう。



「⋯⋯どうかしましたか?」



 急に黙り込み目を瞑って何かに集中し始めるメイを見て、コウタはそう問いかける。



「この足音⋯⋯。」



「——あっ!あったよ、あそこじゃない?」



 メイが何かを口にしようとしたその瞬間、街の雑踏に紛れてコウタ達の耳に一人の少女の声が入ってくる。



(この声⋯⋯。)



 コウタはその声の主がすぐさま分かってしまい、そして小さく頭を抱える。



「おー、案外近かっ⋯⋯た、な?」



 直後に少女の声に反応してゆったりとした返事を返す少年の声が聞こえてくると、メイは顔を上げて声と足音のする方へと顔を向ける。


「あー!やっぱり!」



 そして視界に金髪の少年と黄緑色の髪の少女を見つけると、人差し指を向けて声を上げる。



「⋯⋯ん?」


「あ⋯⋯!」



 真っ先にそれに気づいた緑髪の少女、そしてマオの二人はほぼ同時に短く声を上げる。



「あら⋯⋯?」



 そしてその二人に一瞬遅れてセリアがわざとらしく声を上げ、



「「⋯⋯⋯⋯チッ。」」



 そして最後に金髪と黒髪の二人の少年が同時に顔を見合わせて小さく舌打ちをする。



「久しぶり!ロフトくん、アンちゃん!」


「マオさん、メイさんお久しぶりです!」



 そんな二人を差し置いて、真っ先に青髪の女性と黄緑色の髪の少女が上機嫌に挨拶を交わす。



「⋯⋯⋯⋯?」



「どうしてこんな所に?観光?」



「はい、マオさん達は?」



 首を傾げるコウタの横で、二人はキャピキャピと会話を弾ませる。



「半分仕事で、半分観光ってことかな。観光メインだったら女二人でなんか来ないよ。」



 マオはそんな質問に乾いた笑みを浮かべながら自嘲するようにそう答える。


「と言っても、一緒に来る男なんていないでしょ私達。」


 それを聞いていたメイはため息をついた後、更に自嘲気味に横槍を入れる。



「それを言ってはいけない。」



 マオはメイの頭にアイアンクローをかますとギリギリとその腕に力を込めながらニッコリと黒い笑みでそう呟く。


「ご、ごめん。」


 メイはその腕を必死に振り払おうとするが、ピクリとも動くことはなかった。



「⋯⋯お久しぶりでございますわ。」



 そんな茶番の間に話が途切れるのを見計らって、セリアは二人の横から抜けてアンの目の前に立つ。



「⋯⋯ん?あ!セリアさん!?コウタくんも!」



 アンはセリアの顔を見て驚愕の声を上げると、少し遅れてコウタを見つけて更にもう一度驚きの声を上げる。


 どうやらアンが気付いたのはロフトとは違って最初に声を上げたメイと、その横にいたマオの二人だけであったようだ。



「あれ?知り合い?」



 仲良さげに話をするアンとセリアを見て、マオは不思議そうに問いかける。



「はい、果実狩りで一緒になったんです!ミーアさんも一緒にいたんですよ?」



「聞いたー、まさか二人も一緒だったとは⋯⋯黄金の果実、美味しかった?」



 ニコニコと笑みを浮かべながらそう説明するアンに対してマオがまず先に聞いたのは黄金の果実の味であった。



「はい、とっても!⋯⋯ところでなんでセリアさん達と一緒に?」



 元気よくそう答えると、アンは首を傾げながら疑問を口にする。



「えへへ、なんでだと思う?」



「えっと、うーん⋯⋯メイさんが喧嘩してるところをコウタくんが止めてそのお詫びに⋯⋯みたいな?」



 マオがそう言ってはぐらかすと、アンはしばらく考え込んだ後、事実と全く変わりのない正確な答えを弾き出す。



「なんで分かるのよ!?」



「メイさんの性格的にそんなもんかなぁ、って。」


 その答えにメイが思わずそう叫ぶと、アンは照れ笑いを浮かべながらそう答える。



「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」



 一方その横では、そんな明るく楽しい女性同士の会話とはかけ離れた雰囲気を醸し出しながら二人の少年がにらみ合っていた。



「⋯⋯久しぶりですね。」



 先に口を開いたのはコウタであった。


 ニヤリと苦々しい笑みを浮かべながら挑発的にそう呟く。



「ああ、出来れば会いたくなかったが。」



 コウタが雰囲気だけで不快感を露わにすると、ロフトは直球で感情をそのまま言葉としてぶつけてくる。



「それは僕も一緒です。」



「⋯⋯てことは相変わらず考えは変わってねえってことか。」



 会いたくなかった、つまりは嫌いなままであるということは初めて会った時から今まで、二人の思考や思想になんの変化も無かったということに違いなかったからであった。



「人はそうそう変わりませんよ。僕だって弱いなりに助けたり助けられたりしてますよ。相変わらず。」



 皮肉交じりに問いかけるロフトに、今度はコウタがありのままの感情を言葉として吐き出す。



「⋯⋯ほんっと、とことん相入れねえな、お前とは。」



「困ったものです。」



 深い深いため息をつきながらロフトが歩み出すと、コウタは横を抜けるその少年に目を合わせることなくそう言い返す。



「⋯⋯飲食店の前ではカッコつきませんわね。」



「ですねー。」



 そんな二人だけの世界に横槍を入れるようにセリアとアンの二人は困った表情でそれを見つめる。



「⋯⋯うるせぇよ!」



 ロフトは二人、特にセリアに向かってそう叫ぶと、ズケズケと機嫌の悪そうな足取りでに店へ向かって歩みを進める。



「あはは⋯⋯。」



 コウタはそれを見てなんとも言えない苦笑いを浮かべる。



「ていうかロフトくん、私達にはノータッチ?気になったりしないの?知り合い同士が一緒にいるのに。」



「はっ、大方そこの女が喧嘩してんのをチビスケが止めた、とかその辺だろ?」



 ロフトが店のドアに手を掛けたのと同じくらいのタイミングでマオがそう問いかけると、ロフトはくるりと顔をこちらへ向けて挑発するような態度でそう答える。



「だからなんで分かるのよ!!」


「性格的にそれが一番あり得るだろ。」



 再びメイがそう叫ぶと、ロフトは呆れ返ったような表情を浮かべてそう返す。



「どいつもこいつも⋯⋯!」



「ほら、行くぞ。」



 メイの怒りが沸点に達し、言葉を吐き出そうとするも、ロフトはそんなことなど気にすることなくドアを開けてアンに目配せをする。


「あ、うん。」


 アンはそれに反応して彼の後を追って小走りになる。


「アンちゃん、そこのお店、海鮮丼が美味しかったよ。」


「知ってますよ。ほら。」


 最後の最後でマオがそうアドバイスすると、アンはバッグからメイが持っていたものと同じ、一冊のパンフレットを取り出してペンで念入りにチェックのつけられた特集ページを見せつける。


「チェック済み⋯⋯流石ね!」


「当然です!」


  二人は親指を立てて合図を送り合うと小さくウインクをする。


「⋯⋯そう言えば皆さんこれからどうするんですか?」


  アンは店に入ろうとしたその瞬間、思い出したかのようにこちらに振り返って四人に質問を投げかける。


「私達はギルドに、彼らのパーティーメンバーに会いに行くの。」


 マオはコウタ達二人を指差してそう答える。



「ああ、アデルちゃんとマリーちゃんですね。」


「知ってるんだ。どんな人なの?」



 アンの反応を聞いてメイはほんの少しだけ興味を示して質問をする。



「ちっちゃくて可愛い子と、強いけど可愛い子ですよ。」



 アンの二人への評価は思いの外高かった。



「へぇ⋯⋯コウタのパーティーって美少女揃い?」



「さあ?一般的に見たらそうなんじゃないですか?」



 マオがニヤリと笑みを浮かべながらそう問いかけると、コウタは少し考えた後に淡々と思った事を正直に口に出す。



「あら、嬉しいですわ。」



 それを聞いたセリアはいつも通りの笑みを浮かべながら頬に手を当て、恥ずかしがる振りを見せてそう答える。



「アン!」



 すると、先程までコウタ達がいた店の中から乱暴に少女の名を呼ぶ声が聞こえてくる。



「⋯⋯っ、なにー!?」


「待ってるんでしょ、ほら、行ってきなさい。」



 アンが声を返すと、メイは気を使ってロフトの元へと向かうよう促す。


「そうですね、じゃあまた今度。」


 アンはそれを聞いて申し訳なさそうに頭を下げると、慌てて店内へと入っていく。


「それじゃあね。」



「⋯⋯なんか無駄に疲れました。」



 笑顔でそれを見送るマオの隣で、コウタは機嫌の悪そうな表情でそう呟く。



「まあ馬車の移動もありましたし、何より嫌いな方との会話は疲れますものね。」



 セリア自身はロフトのことは嫌いでは無かったが、それでもなんとなくコウタの気持ちが分かったからこそ、そう言ってフォローを入れる。


「じゃあ、すぐ行こうか。冒険者ギルド。」


 それを見てマオは両手を打ち合わせて気分を切り替えると、再び場を仕切り出す。


「⋯⋯はい。」


「そうしましょう。」


 そんな問いかけに、コウタはむっすりとした表情で、セリアはにっこりとした笑顔で返事をする。


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