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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百三十五話 水の都へ


——翌日。


 街にある宿屋で一晩を明かしたコウタ達は次の日には物資の補給を済ませ出発の準備をしていた。


 相談の末、コウタたちはその日のうちに街を出ることを決めていた。


 そしてその日の夕方、アイリスとテレサ、そしてギルドマスターであるマーリンが見送りに来ていた。


「色々お世話になりました。」


 すでに準備を済ませ、出発を直前に控えたコウタ達に、テレサはそう言って深々と頭を下げる。


「ありがとうございました。」


 その後に続いてアイリスも同じように四人に礼を言う。


「コウタくんも、ありがとね。」


 アイリスは、コウタに向かって振り返ると、その顔を見てニッコリと笑う。


「いいえ、どの道ここには寄る予定でしたし、それに楽しい経験もさせて貰いましたから。」


 それほどまでにテレサとの戦いは有意義で、かつ楽しいものであった。


「次はリューキュウかしら?」


「はい、少しだけ気になることがあるので。」


 マーリンがそう尋ねると、コウタは首を縦に振って頷く。



「リューキュウね⋯⋯あそこの国のギルマス、私のお爺ちゃんなのよ。」



「そうなんですか!?」


 マーリンの祖父ということは、相当歳を重ねているのは容易に想像が出来たが、そうなると今まで出会ってきたギルドマスター達と比べふた周りほど歳を召していることになる。


「ええ、もう八十近いジジイだけど昔は強かったらしいわよ。」


「しばらく顔見せてないから会ったらよろしく言っといてくんない?」


 マーリンは両手を合わせながら小さく頭を下げ、申し訳なさそうに頼み込む。


「分かりました。」


 コウタはそう言って返事を返す。


「よかった⋯⋯じゃ、気を付けてね。」


 マーリンはホッと深くため息をつくとコウタの身を案じてそう言う。


「またね、コウタくん。」


「はい。またどこかで。」


 最後にアイリスの言葉に反応すると、コウタはそのまま手綱を引き、馬車を動かす。







 コウタ達の乗った馬車は、街の門を抜けて草原に出ると、少しずつ速度を上げていく。


 遠くに消えていく馬車の中では、マリーが手を振って別れを惜しんでいるのが見えた。


「⋯⋯行ってしまいましたね。」


 コウタ達に向かって手を振りながら、テレサは儚げな表情で小さく笑う。


「それにしても⋯⋯面白い回答だったわね。」


 マーリンも同じように手を振り返しながら昨日のコウタへの問いかけを思い返す。





「——僕は勇者にはなりませんよ?」


コウタの答えは二人が思っていた以上にあっさりとしていた。


「はい?」


「そもそも僕は勇者になりたくて冒険者になった訳じゃないですし。」


 そもそも冒険者になったのはそれ以外の選択肢がなかったためであり、初めて魔王軍と戦った時はマリーを守るためだった。


そして、魔王軍と敵対しているのは、魔王へと復讐したいアデルの手伝いと、魔王軍に命を狙われているセリアを守るためであった。


「でも、魔王軍は嫌いなんでしょ?」


 嫌いだからと言って必ずしも勇者になるわけではない。


 オリジナルスキルを持っている人間も、魔王軍のやり方が気に入らない人間も大勢いる。


 ならばコウタ自身が勇者になる必要など何処にもないのだ。



「けど嫌いじゃない魔族もいます。」



 だからこそコウタはその問いかけに即答でそう返す。


「僕は最初からずっとこんな感じです。守りたいと思えた人を守るために戦う。」


「ただそのために倒さなくちゃいけない相手が毎回毎回強いだけであって⋯⋯。」


 エティスや、テレサのような例外はあれど。呪剣使い、幹部、大規模レイドモンスター。それらの強敵との戦いは、決してコウタ自身が望んで起こったものではなかった。


「全ての人間を守りたい訳でも無いし、まして全ての魔族を殺したいとも思いません。」


 守りたいものくらいは自分自身で決める。まして、罪の無い人間ならば迷うことは全く無い。


「なるほどね⋯⋯。」


「それが貴方の答えなんですね?」


 マーリンが納得してため息をつく横で、テレサは短くそう問いかける。


「はい。」


「それなら一つ、受け売りになりますが、貴方にアドバイスを差し上げましょう。」


 コウタの返事を聞くと、テレサはニッコリと儚げな笑みを浮かべて歩み寄る。



「アドバイス?」



「もしも貴方が高い壁を前に、立ち止まってしまった時、自分の中にある正義を貫いて下さい。それが貴方にとって一番後悔しない選択になるはずですから。」



 それは皮肉にも後悔と葛藤を抱えたまま死んでいった男がよく口にしていた言葉であった。






 コウタ達の乗った馬車が見えなくなると、マーリンとテレサは降っていた手を下ろして先程まで見えていたその馬車の影を見つめる。


「おんなじこと言ったわね。あの子。」


 マーリンは悲しそうな表情でそう呟く。


「ええ⋯⋯。」


 テレサも同じような感情を抱いていたのか、未だ手を振るアイリスの背中を見つめながらため息混じりにそう答える。



「不安?あの子が愛した人と同じ道を辿らないか。」



 「愛した人」という言葉を聞いてテレサの顔が目に見えて苦しく苦々しいものへと変わると、マーリンはすぐさまそう言ったことを後悔する。



「⋯⋯⋯⋯不安です。⋯⋯けど。」



 テレサは俯きながら笑顔を完全に消して正直にそう答えた後、小さな声でそう続ける。



「けど?」



「あの人が守りたかったものと、コウタさんが守りたかったもの。本当に同じなのでしょうか?」



「彼には何か、大切なものが抜け落ちてるような気がするんです。」



 テレサは先代勇者を、アーサーという男をもっとも愛したからこそ、その男の本質に近づけたつもりでいた。


 彼女の中での唯一無二の英雄は、どんな時でも笑顔で人を救いながら、その心の中で後悔と葛藤を積もらせていた。


 そしてだからこそ、先代勇者と勇者候補、その二人の語る正義に違和感を覚えてしまう。



「仲間か、自分か、誇りか、矜持か、その他の大勢の人間か⋯⋯それとも世界か。どれかを守る為にどれかを犠牲にしなくてはならなくなった時、あの少年は果たしてどんな選択をするんでしょうね。」



 かつて一人の男が世界を救う為に自らの命を投げうったように、あの少年にも何かを犠牲にしなくてはならない時が来る。



 だからこそ、その選択が間違っていなかったのだと思えるような道を歩んで欲しいと、テレサは心から願うのであった。








 そんな願いなど知る由もなく。コウタ達の旅路はいつも通りのゆったりとしたものになっていた。


 と言っても、迷宮を抜けてから馬車の旅を続け、更にはレスタの街では一日しか休んでいなかった為、主にマリーとセリアの体力は限界に近かった。


 当然アデルやコウタは数日ほどレスタの街で休みを入れる予定を立てていたが、その提案を却下したのは他でも無いマリーであった。



「良かったのか?もっと休まなくて。」



 アデルは呆れたような表情で荷台の椅子に寝転がる二人にそう問いかける。


「いや、どうせ自由時間貰えるなら、リューキュウに着いてからの方がいいかなぁ、って⋯⋯。」


 青白い顔をしながらぐったりと横たわるマリーはそれでも愛想良く笑みを振り撒く。


「私は馬車の中でも寝れますから。」


 アデルの隣で小さく丸まって寝転がるセリアは、マリーとは対照的に、元気そうな表情で答える。


 倒しても倒れぬようなタフさを持つコウタとアデルの二人や、パーティー随一の図太さを持つセリアにとっては、連日の馬車移動など大した苦では無かったのである。


「リューキュウは観光地としても有名らしいですからね。」


 コウタは手綱をしっかりと握りながら、ニオンの街で見た張り紙を思い出してそう呟く。


「なるほど、リゾート気分を満喫したいという事か。」


「はいっ!」


 マリーはその問いかけを聞くと一気に表情を明るくさせてガバッと起き上がる。


「貴様はどうするのだ?調べたい事があると言っていたが⋯⋯。」


 マリーの元気の原動力に少しだけ呆れながら、アデルは再びコウタに話を振る。


「図書館に行くつもりです。とりあえず得られる情報は全部頭の中に入れておきたいので。」


 コウタにとっては観光よりも目の前にある問題を解決することの方が重要なのだ。


「セリアはどうする?」


 コウタの答えをある程度予測できていたアデルは、特に気にすることもなく、いつのまにか自らの太ももを枕にして夢の世界へと旅立とうとしているセリアに話を振る。


「私はコウタさんほどやる事が多い訳ではありませんから⋯⋯暇であればお手伝いしようと思いますわ。」


 セリアはアデルの太ももから離れようともせず、あくび混じりにそう答える。


「ほんとですか?ありがとうございます。」


「いいえ、どうせ暇ですから。」


 馬車を操縦している為、視線を向けることなく礼を言うコウタに対して、セリアは半分ほど夢の中に入りながら、薄れゆく意識の中でそう答える。


「それじゃあ、やることも決まったし、早く行きましょう!」


「コウタさん!飛ばして下さい!」


 セリアが完全に眠ると、いつのまにか元気を取り戻していたマリーが目を輝かせながらコウタに指示を飛ばす。


「了解です。」


 コウタはそれを聞いてニッコリと笑うと、手に持った手綱を一層強く引くのであった。

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