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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百三十四話 引き継がれる意思、自らの意思



 その後、戦闘訓練を終えたコウタ達は執務室へと戻っていた。



「今日はありがとうございました。地下を貸していただいて。」



 コウタはニッコリと笑いながらマーリンに深々と頭を下げる。



「ええ、存分に感謝しなさい。」



 マーリンは堂々とした態度でそう言うと、ため息混じりに珈琲を口にする。



「ふふっ、私も久々に運動できて楽しかったですよ。」



 疲れを滲ませるマーリンとは裏腹に、テレサはスッキリとした表情で満足げにそう答える。


「⋯⋯そう言えば。」



「何かしら?」


 思い立ったかのようにコウタが口を開くと、マーリンは退屈そうにそう問いかける。



「その、十年前に先代の魔王を倒した勇者って、やっぱりテレサさんよりも強いんですか?」



 コウタは自らが勇者や勇者候補と呼ばれていることは理解していたが、かつてそう呼ばれた者との差はよく分かっていなかった。


 決して自分が勇者になるつもりなどなかったが、それでも知っておきたかった。



「それはまあ、強かったですよ。今の私達二人でかかっていっても勝てたかどうか⋯⋯。」



 テレサはまるでそれが当然であるかのようにそう言うと自分の事のように誇らしげに胸を張る。



「強かった?ご存命じゃないんですか?」



 違和感のあるテレサの言い回しにコウタがそう問いかけると、一瞬場が静まり返る。




「「「「「⋯⋯⋯⋯はぁ。」」」」」




 同時にアイリスとコウタを除いたその場にいた全員が深いため息をついて肩を落とす。



「⋯⋯えっ?⋯⋯えっ?」



「⋯⋯⋯⋯?」



 思わず動揺してキョロキョロとし出すコウタの横で、アイリスは間の抜けた顔で首を傾げながら頭にハテナマークを浮かべる。



「コウタ、貴様いくら無知とはいえ、勇者伝説くらいは知っておかなくては話にならんぞ?」


「一体何のために図書館に通っていたのやら⋯⋯。」


「今時そんなの五歳児でも知ってますよ?」



 アデル、セリア、マリーの三人は頭を抱えながら呆れ果てた表情でコウタの無知を糾弾する。



 しかしそれは半ば仕方のない事であった。



 何故ならコウタ自身、この世界に来て日が浅く、その上図書館での調べ物に関してもそのほとんどが呪剣やその他の武器関連の事であったため、そこら辺情報を得る機会が全くと言っていいほどなかったのである。



「⋯⋯えっと⋯⋯説明を。おっと⋯⋯?」



 コウタが引き攣った笑みを浮かべながら一人一人の顔を見渡すと、マーリンがコウタに向かって分厚い一冊の本を投げつける。



「これは⋯⋯本ですか?」



 ズッシリと重いその本の表紙を見ると、そこにはこちらの世界の文字で勇者伝説と書いてあった。



「それに書いてあるわ。十年前の戦争の事、魔王の事、そこで戦った勇気ある戦士達のこと、そして貴方が知っておくべき、勇者の事もね。」


「貴方の言う通り、先代勇者は既に亡くなっています。今から十年前の、あの戦争で。」



 マーリンが珈琲を啜りながらそう言うと、テレサが本に目を通すコウタにそう続ける。



「さっきアデルちゃん達が言った通り私達は十年前、パーティーを組んでたの。」



「メンバーは私と、テレサ、それと今ポータルの国のギルドマスターをやってる男、そして先代勇者アーサー。」



 先代の勇者、アーサー。


 武器の事しか調べていなかったコウタでも、流石にその名前は知っていた。


 が、その仲間がポータルのギルドマスターであることは初耳であった。



「ポータルのギルドマスターって、あの人類最強って言われてる人ですか?」



 確か、ベリーの街のギルドマスターであるモカラがそんなことを言っていたような記憶があった。



「そう、名前はヤマト。ポータルのギルドマスターをやっていると言うことは、つまり全ギルドマスターのトップという事ですから、今現在マーリンの上司ですわね。」



「アーサーがいない今、人間で一番強いのは間違いなくアイツね。」



 たった今上司であると言われたばかりであるのにもかかわらず、マーリンは全く気にすることなくアイツ呼ばわりしてみせる。



「そして話を戻しますが、我々は十年前、その四人で魔王討伐のための戦いを挑みました。」


「あの時の私達は自信に満ち溢れてたわ。私達こそが魔王を倒すってね。」



 マーリンはコウタたちから視線を外し、窓辺に立つと、ガラスに反射する自らの眼を見つめて、優しくガラスに手を触れる。



「けど見込みが甘かった。かつての魔王、ディクシオン=フリート。アイツは強過ぎた、私達が四人がかりで戦っても倒すことが出来なかった。」



「⋯⋯っ、そこまでですか!?」



 話を聞いただけでも今のコウタ達よりもはるかに強いと思われる錚々たる面子であるにもかかわらず、それでも敵わなかったという先代魔王の実力に、コウタは思わず恐怖にも近い感情を抱く。



(先代魔王⋯⋯ディクシオン ⋯⋯か。)



 コウタは頭の中にその名前を深く刻み込む。


「ええ、そしてアーサーはそんな魔王を相手に自らの命を犠牲にして心中する道を選んだの。」


「⋯⋯つまり相討ちって事ですか?」


「そう、私達を残してね。」


 マーリンがそう言うと、それまで笑顔を見せていたテレサの表情がほんの少しだけ引き攣っていくように見えた。



「彼は最期に私達に言ったわ。〝人に意志があり、正義がある限り、争いは決して無くならない。〟ってね。」



 ガラス越しにテレサのその様子を見ていたが、それでもなおマーリンは話を進める。



「正義がある限り⋯⋯?」



 その時、その言葉の意味がコウタには全く理解できていなかった。



「勇者ってのは見方を変えればつまるところ弱者の願望の塊なの。あらゆる理不尽、不利益、災厄から弱き者達を守る正義の化身。」



 それが本当に正しいかなどという葛藤はそこには必要なく、選ばれし者はただひたすらに集約された弱者の考える正義を執行する。



 勇者とはただそれだけの存在。



「けどね、魔族だって人間と同じなの。一人一人が自分の意思を持って生きてるの。」



「魔族であっても魔王軍みたいに悪い奴もいれば、いい奴もいる、ですよね?」



 そこまで聞くと、コウタは何処かで聞いたことのあるような言葉を吐き出す。


「⋯⋯そう。」


「コウタさん、貴方にはここにいるアイリスが悪に見えますか?」


 マーリンがそう言って頷くと、それまで黙り込んでしまっていたテレサがアイリスのことを指してそう問いかける。


「へっ⋯⋯?」



「見えるわけ無いでしょう。」



 ピクリと震えるアイリスの姿を見てコウタはなんの躊躇いもなくそう答える。



「ならばもしこの子を殺す事で世界に平和が訪れるとしたら、殺せますか?」


「絶対に無理です。」



 コウタは迷うことなく即答する。



「でも一度勇者になってしまえば、そんな事情なんて一切関係なく、それらを皆全て殺さなくちゃいけないの。」



 魔族は敵だから殺す、などと言う固定観念がある限り、それは決して避けられない事態であり、そして、それはもしかしたらコウタが通るかもしれなかった道だった。



 そして勇者とは、決して変わることのない弱者のそんな考えを背負いながら戦う存在。



「⋯⋯っ、そんなのが正義の化身とやらの執行する正義なんですか?」



 そんな身勝手過ぎる正義を、コウタは許せなかった。


 だからこそ、喧嘩腰とも言えるほどの強い口調でマーリンに問いただす。



「違うわ。それこそが弱者が、勇者そして魔王という名の正義の化身に求める正義なの。」



「互いをよく知りもしないくせに、恐怖だけで突き動かされ、全ての痛みを一人の英雄に押し付けるの。」



 よく知りもしないくせに、という言葉は、もしかしたらコウタにも当て嵌まったかもしれない、だからこそ人ごとでは済ませなかった。



「本当にこの人は殺さなくちゃダメなのか、本当にこの人は守るべき人間なのか、そんな葛藤を背負いながら、アイツは戦って、そして死んでいったの。」



 その葛藤と後悔の記憶が、彼の最期の言葉に詰まっていたのだ。



「⋯⋯⋯⋯。」



 その言葉を最後に、その空間に沈黙が流れてしまう。


 コウタ達は、勇者とはその強さと才能を発揮して人々の盾となり闇を払う英雄のような存在だと思っていた。


 が、実際はその実態は全く違かった。いや、違くは無かったが、それでも思っていた以上にその道は茨の道であったのだ。


 少なくとも、先代の勇者は自らの中に湧き上がる罪悪感に必死に蓋をして、葛藤し続けながら戦っていたのだ。



「で、どう?」



「⋯⋯どう、とは?」



 マーリンが沈黙を破り、そう問いかけると、コウタはその言葉の意味を尋ねる。



「そのままの意味よ。今の話を聞いて、貴方はどう思った?」



「貴方が勇者と呼ばれる限り、貴方が魔王軍の敵である限り、貴方が人間側として戦う限り、貴方は彼の意志を知って、引き継いで行かなくちゃいけないの。」



 それが勇者としての役目ならば、コウタにもそれを引き継がなくてはならないときがいつかやってくる。



「⋯⋯貴方にその覚悟はある?」



 だからこそマーリンは真剣な表情でそう問いかける。



「貴方は正義の化身に身を落とす覚悟がある?」



 罪のない人間を守るために、罪のない魔族を躊躇いもなく殺せるのか、と。



「⋯⋯僕は——」






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