百三十一話 VS最強
「⋯⋯初めまして、アデル・フォルモンドと申します。」
「は、初めまして!!マリー・ノーマンです!!」
アデルとマリーの二人はようやく落ち着きを取り戻すと、先ほどのセリアと同じように自己紹介をする。
「はい、初めまして。」
「それで、いきなりで悪いんですけど、どうして僕達が来ると分かっていたんですか?」
愛想良く返事をするテレサに、コウタは少しだけ強めの口調で問いかける。
「分かっていた訳ではありません。ただ、アイリスが此処に来るとしたら、誰かに連れて来てもらうとしか考えられませんから。」
「ではなぜ我々が迷宮に行くのを知っていたんですか?」
アイリスと共に誰かが来ることが読めていたのは分かったが、何故アイリスと共に来る冒険者がコウタ達であるのが分かっていたのか、それが最大の謎であった。
「特殊な情報筋⋯⋯というか、仲間からの情報です。ぶっちゃけ、貴方達がリューキュウを目指しているのは知ってましたし、その途中で此処に寄るのも知ってました。」
特殊な情報筋とは口では言っているものの、シリスやレウスからの情報であることはコウタも容易に想像できた。
「つまり、もし仮にボウの村に寄ったとしてもアイリスさんが連れてくるし、そうでなくともしばらく待てはそのうち来る、ということですか?」
「ええ、そうです。」
真剣な表情を浮かべる少年とは対照的に、白い服の女性は紅茶を啜りながら淡々とそう答えていく。
「⋯⋯ですが、もし私達が迷宮内でアイリスさんと出会わずに出てきてしまった場合はどうするおつもりだったのですか?」
「その場合はギルドカードを確認し次第連れて来てって言ってあったわ。補給に寄るってことは当然お金を引き落とすためにギルドに立ち寄るでしょ?」
セリアがふと思いついたように問いかけると、その疑問に、後ろにいるギルマスが代わりに答える。
「でも正直アイリスはこういった引きが異常に良いので、迷宮に入れは間違いなく出会うと確信してました。」
「えへへ⋯⋯それほどでも⋯⋯。」
「アイリスさん、それ多分褒められてないです。」
コウタ自身もその引きの強さは身をもって体感していたからこそ、それがすぐに皮肉であることに気が付いた。
「それで、そこまでしてどうして僕達に会いたかったんです?」
それを理解した上でコウタは深くため息をついて再び問いかける。
「⋯⋯いや、別に理由はありませんよ?」
「⋯⋯⋯⋯はい?」
返ってきた答えを聞いて再び身体中の力が抜ける。
「理由なんてありません、ただ近くに来ているなら顔を見ておきたいと思っただけです。」
「ええ〜⋯⋯⋯⋯?」
これだけ手間や面倒をかけて、返ってきた答えがそれならば、もはや呆れるしかなかった。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」
テレサはそんなコウタの目をじっと見つめた後、その視線を、アデル、マリー、セリア、と動かして一人ひとり観察するように見つめる。
「⋯⋯⋯⋯?」
コウタはその行動の意図が読めず、首を傾げてしまう。
「大丈夫、どうやら思ってた以上に優しい人たちのようですね。」
ひとしきりコウタ達の顔を見終えた後、テレサは満足げに小さく笑って再び手に持った紅茶に口をつける。
「どういうことですか?」
「特に貴方は、彼と似たような目をしています。」
そう呟くテレサの目は少しだけ悲しげに見えた。
「彼⋯⋯?」
「いえ、何でもありません。それよりも申し訳ありませんでした、あなた方に余計な手間を掛けてしまって。」
女性はコウタの問いには答えず、ひたすらマイペースに話を進める。
「⋯⋯⋯⋯。」
「いいえ、別に構いませんよ。ただ⋯⋯。」
話が通じない、というか自分の話に興味がないことに気がつくと、コウタは一度大きく息を吐き出して、表情を切り替えた後、口を開く。
「ただ?」
「ひとつお願いしたいことがあるんですけど。」
首を傾げる女性に向かって、コウタはニッと歯を見せて笑いながらそう続ける。
「私に出来ることなら聞きましょう。」
テレサは即答で答える。
「なら、一つ⋯⋯先代魔王を倒したその力、僕に見せて貰えませんか?」
「⋯⋯んなっ!?」
殺気、とまではいかないが、コウタの発する雰囲気はそれに近いものがあった。
「具体的にはどのように?」
コウタの醸し出す雰囲気を即座に感じ取ると、テレサはその柔らかな眼に光を灯してそう問い返す。
「できれば自分との距離も測りたいです。なので、実戦形式なんてどうでしょう?」
「貴様また勝手に⋯⋯!!」
当然これはコウタの勝手な行動であり、アデルは止めようと呆れ混じりにコウタに迫る。
「コラコラ、なにギルマスの目の前で堂々と決闘なんか挑んでるのよ。」
するとマーリンがパンパンと手を打ち鳴らしてその言葉に割り込み、呆れた様子でコウタを諌める。
「冒険者同士の私闘は原則禁止、たとえ私が中立派の人間だとしても、コレを持っている以上、ルールはルールですよ。」
それに乗っかるように、テレサは装束の袖の部分からギルドカードを取り出してヒラヒラとコウタに見せつける。
「そういうこと、そういうのはバレないようにやんなさい。」
((バレなきゃいいんだ⋯⋯。))
マーリンのその言葉に、比較的常識人であるアイリスとマリーが心の中でツッコミを入れる。
「だからこそ、貴女の前で言ったんです。」
「⋯⋯何を?」
「あっ⋯⋯!」
コウタのその言葉の意図に真っ先に気がついたのはアデルであった。
「決闘や喧嘩はダメでも、模擬戦なら文句は無いですよね?」
「⋯⋯つまり、私に立会人になれと?」
コウタの提案を聞いて、マーリンは腕を組みながら冷たい表情で問いかける。
「はい。」
「嫌よめんどくさい。」
マーリンは深いため息を吐きながらその提案を却下する。
「それに私は結界術師ですよ?一人での戦闘はあんまり得意じゃ無いです。」
「の、割には随分と面白い武器を持ってるじゃないですか。」
否定の言葉を並べるテレサに、コウタはその横にある杖のような形状の武器を指差して問いかける。
「⋯⋯あら。」
コウタが発したその言葉を聞いてマーリンは一転して面白そうに頬を釣り上げると黙って静観を決め込む。
「形状や長さは杖ですけど、その用途はまるで逆、敵を殴打するために造られた武器、メイス⋯⋯⋯⋯であってますよね?」
コウタもその武器のことはあまり詳しくは無く、元の世界にいた時に、聞いたことがあるような、そんなレベルの知識ではあったが、観測のスキルで裏も取れていたため、ほんの少し強く問い詰めてみることにした。
「この武器は中立派になってから使い始めたものなんですが、どうしてこの武器のことを?」
テレサは誤魔化すこともせず、すぐさまその答えを認め、その上でコウタに疑問を投げかける。
「昔本で読んだことがあるだけですよ。まあ一般的に普及はしてませんから実物を見るのは初めてです。」
といっても、この世界ではなく、元いた世界の本であるが、一応嘘はついていないため、コウタはそのまま流れに身を任せて話を続ける。
「⋯⋯分かりました。お相手致しましょう。」
数秒黙り込んだ後、テレサはその場から立ち上がって、身の丈ほどのメイスを手に取ってコウタの顔を見つめる。
「テ、テレサさん!?」
「大丈夫ですよ、いざとなれば彼女が止めてくれますから。⋯⋯ね?」
テレサは慌てふためくアイリスを諭すと、マーリンの顔を見てニッコリ笑う。
「⋯⋯面倒だけど、本人達がやるってんなら止めないわ。」
「では、案内して下さい、マーリン。」
面倒くさそうに頭を掻いてため息をつくマーリンにテレサは笑ってそう促す。
一行は執務室を出るとマーリンの先導で元来た階段を降りて、更にその下の地下への階段へと向かう。
地下に降りると、そこには一本道が続いており、その道には等間隔に蝋燭の光が灯っていた。
「すっご⋯⋯。」
地下の存在に対してなのか、それとも蝋燭の光のみが全てを照らす独特な雰囲気に対してなのか、マリーはその道を歩きながら一言ボソリと小さくそう呟く。
「まさかギルドの地下がこんなに広いとは⋯⋯。」
「⋯⋯どこのギルドも地下はあんまり変わり映えしないんですね。」
物珍しそうに辺りを見渡す他の面子とは違い、コウタは慣れた様子でマーリンにそう問いかける。
「まあ基本的に魔物の解体以外はほとんど使わないしね、個性の出しようが無いわ。」
「⋯⋯というか、地下は関係者以外基本立ち入り禁止なんだけど?一体どこの誰が入れてくれたのよ?」
マーリンは途中まで得意げに話していたが、コウタの問いかけに違和感を感じ、訝しげにそう問いかける。
「ベーツの街のエティスさんが⋯⋯。」
「私に黙って二回ほど模擬戦をしたらしいな。」
「うっ⋯⋯。」
コウタが口を開いた瞬間、アデルがすぐさまジットリとした視線をコウタに浴びせる。
「へぇ⋯⋯。」
マーリンは小さくそう呟く。
「マ、マーリンさん?」
「あんの、ヤンチャ坊主は⋯⋯⋯⋯ギルマスになっても相変わらずなのね⋯⋯。」
アイリスが問いかけるとマーリンの背中からはドス黒いオーラが溢れ出しているのが見えた。
その口振りを見る限り、どうやらマーリンはかなり以前からエティスのことを知っているようであった。
「「ひぃ⋯⋯!?」」
それを見てマリーとアイリスは思わず悲鳴を上げる。
「ていうか、嫁はなにやってんのよ、嫁は!!しっかりブレーキかけてやんなさいよ!!」
「えっと⋯⋯エティスさんはまだ独身のはずじゃ⋯⋯。」
「はあ⋯⋯?あの二人まだ結婚してなかったの!?」
コウタのツッコミに反応するとマーリンは呆れた様子で頭を抑えてため息をつく。
「それを言ったら我々もですよ、マーリン。」
「うっ⋯⋯仕方ないでしょ⋯⋯!!」
直後に同じような呆れ声で呟くテレサに、マーリンは少しだけ感情的になって抗議する。
「あ、あの⋯⋯お二人はまだ独身なんですか?」
「そうよ文句ある?」
その問いかけに反応するマーリンの表情はまるで悪魔のごとき鋭さで、醸し出す雰囲気は歴戦の風格の無駄遣い以外の何者でもなかった。
「なんにもないですごめんなさい。」
食い殺すような圧力に負けてマリーは子犬のようにシュンと小さくなって早口で返事をする。
「はぁ⋯⋯着いたわよ。」
大人げないと感じたのか、マーリンは自らの行動に呆れながら深いため息をついた後、通路の一番奥にあるその扉をゆっくりと開く。
「⋯⋯おお!!」
その奥に広がる光景を見て、まず先にアイリスが反応する。
「広ーい!!」
「驚いたな⋯⋯。まさかギルドの地下にこんな空間が広がっているとは⋯⋯。」
ドアの向こうに広がる、闘技場にも見えるその空間を見てアデル達は驚嘆の声を上げる。
「⋯⋯少し血の匂いがします。」
その中で唯一。テレサだけがそう言って不満を口にする。
「あら、気付いちゃった?最近倒した魔物の群れの解体が終わったばかりなのよ。」
「群れですか?」
「ええ、最近増えてるのよね。」
コウタの問いかけに、マーリンは疲れを滲ませながらため息混じりに答える。
「なんにせよ、戦闘に支障が出るわけでもありませんし⋯⋯。」
「ありがたく使わせてもらいます。」
そう言うと、コウタとテレサの二人は真っ直ぐに部屋の中心へと歩みを進める。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯。」
互いにある程度歩いた後ピタリと立ち止まり、向かい合うと小さく目を瞑りその雰囲気を再び切り替え直す。
「別に四対一でも構いませんよ?」
そう言って軽く挑発するテレサの目は既に歴戦の戦士のそれであった。
「いいえ、あくまで今回は力を図りたいだけなので。」
かといってコウタもそれに気圧されているわけでもなく、こちらはこちらで、好奇心が溢れ出したようなそんな無邪気な笑みでそう答える。
「——って、言ってるけど、貴女達は混ざってこなくていいの?」
その会話を聞いてマーリンがアデル達三人にそう問いかける。
「お、恐れ多くて無理です!!」
「私も面倒ごとは嫌いですので。」
「私は同じことをつい先日やったばかりなので文句の言える立場では⋯⋯。」
三人の答えは既に決まっていたが、それでもそれぞれ別々の反応で返事をする。
「ふふ、面白いパーティーね、貴女達。」
「でも、それなら少し下がっていた方がいいかもよ?」
「マーリン、始めたいのですが?」
マーリンが四人に下がるように促すと、テレサから苦情が飛んでくる。
「ハイハイ、分かってるわよ。⋯⋯私はこの辺でいいかしら。」
呆れたように返事をすると、マーリンは数歩前に出て、二人のちょうど真ん中辺りで立ち止まる。
「⋯⋯今回の模擬戦はあくまで訓練として処理させてもらうわ。だからルールもやり過ぎ禁止、どっちかのHPが二割以上減少した時点で強制的に止めに入るから。」
マーリンは釘をさすように二人の顔を交互に見つめて説明をする。
「どうやって判断するんです?」
「私は観察のスキルを持ってるの。」
コウタの問いかけにマーリンは自らの目を指差して得意げに答える。
「なるほど⋯⋯。」
「異論は?」
納得したようなリアクションを受けて、マーリンは再度二人に確認を取る。
「ありません。」
「無いです。」
二人は同時に返事をする。
「よろしい。では双方、武器を構えて。」
「⋯⋯ふふっ。」
その合図でテレサは武器を手に取ると、頬を釣り上げて狂気を滲ませた笑みを浮かべる。
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
その姿を見てコウタは背筋に冷たいものを感じ取ると、右手に純白の剣を召喚する。
(⋯⋯いきなり魔剣!?)
アイリスはコウタの本気を感じ取り、一気に不安になる。
「戦闘訓練、開始!!」
そんなアイリスの心理など関係なくマーリンが宣言すると、コウタは真っ直ぐにテレサに向かって駆け出す。