十三話 剣戟の嵐
「逃げろぉぉぉ!!」
「あ、うっ⋯⋯。」
ジークが少女にそう叫ぶが、少女は気が動転して動くことができず、その場に立ち尽くす。
(だめだ、混乱してる。)
それを理解したコウタが咄嗟にフォローに走るがどう考えても距離が開き過ぎており間に合わない。
「このぉ!!」
コウタは咄嗟に少女に付加・守を発動しようと手を伸ばす。
龍の鉤爪が少女に突き立てられ、掴みかかるその瞬間、何者かの影が少女とワイバーンの間に割り込み、少女の体を突き飛ばす。
「⋯⋯なっ!?」
「アデルさん!?」
少女はワイバーンの攻撃を避けることができたが、代わりにそれを助けたアデルが直撃する。
「がぁっ⋯⋯。」
ワイバーンはアデルの胴体を掴み地面に叩きつけながら引きずるとその身体を力強く締め付けてブレスを吐き出す体制をとる。
「やべえ!!ねーちゃん逃げろ!」
ジークがそう叫ぶがアデルの身体ははワイバーンの両足で固定されていて動けなかった。
「あ、がはぁ⋯⋯。」
アデルは締め上げられるように固定され、ただただ苦しそうに呻き声を上げていた。
「⋯⋯っ!⋯⋯。」
「ちょ、コウタ君!?」
コウタはワイバーンに向かって走り始める。が、距離が遠くとても間に合わない。
(くっそ、このままじゃ⋯⋯!!)
その瞬間、コウタの脳裏に一人の黒髪の少女の後ろ姿が通り過ぎる。
「⋯⋯⋯⋯っ、やめろ!」
(やめろ!!⋯⋯やめろ!!)
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
コウタは何もない空間に十本ほどの龍殺しの剣を召喚し、その全てをワイバーンに向けて飛ばす。
「なっ!?」
飛翔した剣は、空を斬り、ワイバーンに向かって真っ直ぐに突き進み、一つ、また一つとその身体に食い込んでいく。
全ての刃がワイバーンに突き刺さるとワイバーンは体制を崩してその下にいたアデルの身体を離す。
「グルァァァァ!!」
怒り狂ったワイバーンはアデルのことを無視し、コウタに向かって一直線に向かってくる。
「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
コウタは再び同じように十本の刃を召喚し、今度は全方位からワイバーンの翼に、足に、身体中に突き刺していく。
「ガァッ⋯⋯。」
最早剣の山と化した翼竜は、身体中を貫かれたことにより、抗う力もなく、コウタの前に倒れ伏す。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯⋯⋯。」
コウタは肩で息をしながら、フラフラとワイバーンに近づくと、刺さっていた剣の一本を引き抜き、ただ呻くことしかできなくなったワイバーンの頭を踏みつけ、こう言う。
「恨みはありません⋯⋯。」
「⋯⋯ただ調子に乗りすぎましたね。」
冷たい目でそう言い放つと、手に持った剣をまっすぐに振り下ろした。
そして、突然の出来事に場が静まり返る。
「コウタ⋯⋯⋯⋯。」
そんな沈黙を破るように、アデルは囁くような小さな声でコウタの名を呼ぶ。
「⋯⋯っ!アデルさん!!」
息を荒らげながら黙って立ち尽くすコウタはアデルの声を聞いてふと我に返り、声の主の元へ向かう。
「アデルさん大丈夫でしたか!?」
「ああ、なんとかな⋯⋯また助けられてしまったな。」
コウタが不安そうに駆け寄っていくと、アデルは身体を起こして申し訳なさそうにそう呟く。
「気にしないでくだ⋯⋯っぷ⋯⋯。」
爽やかな笑みを浮かべて返事をしようと口を開いた瞬間、コウタは突然両手で口を押さえて膝をつく。
「ど、どうした?」
「いえ、なんか急に具合が⋯⋯うぷっ。」
そう尋ねている間にも、コウタの顔はみるみる青くなる。
「ああ、それは多分、急激にMPを消費したせいで酔ってしまったのだろう。っておい、ちょっと待て。吐くなら少し離れろ。」
説明の途中で嫌な予感がしたのか、アデルは会話を断ち切って距離を取るように促す。
「もう⋯⋯むり⋯⋯⋯⋯オロロロロロロロ。」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
問題こそあれど、ワイバーン討伐の依頼は、一人の死者も出すことなく終了した。
その夜トトマ村にて——
クエストをクリアし、本来はベーツに帰るはずであった二人は、前日と同じ宿屋の食堂でグッタリとテーブルにもたれかかっていた。
「ワイバーンの討伐おめでとうございます!!⋯⋯ってすごい疲れた顔してますね。大丈夫ですか?」
そんな二人の事情を他所に元気よく彼らの生存と活躍を祝う看板娘マリーは、まるでお通夜のような空気を漂わせる二人の顔を覗き込みながらそんな問いを投げかける。
「⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯ああ、⋯⋯いつものをくれ。」
数時間経っても顔が真っ青なままグッタリした様子のコウタの代わりに、同じくグッタリした様子のアデルが注文を取る。
「かしこまりました〜。」
マリーはそれを聞くと間延びした返事をしながら厨房へとたったと小走りで戻っていく。
クエストをクリアしたのにもかかわらず二人が街へ戻らなかった理由は二つ。一つは純粋に疲れて帰る体力がなかったから。もう一つはコウタのMP酔いが原因だった。
「どうだコウタ、少しは楽になったか?」
「ええ、まぁ、あと一晩くらいあれば⋯⋯。」
疲れ切った表情で投げ掛けられる問いに対して、コウタは机に頬をくっつけながら答える。
「ならいいが⋯⋯。」
思いの外大丈夫そうな返事を聞いて、安心したため息を吐き出すと、アデルもそう言って同じような体制をとる。
「今回のクエストは想像以上に疲れたな。」
「そうですね。死にかけたわけですし。」
主にアデルがだが、コウタはそれを口に出すことなく、そう答える。
「⋯⋯⋯⋯すまない。私のせいで。」
「仕方ないですよ。アデルさんだって他の冒険者を助けてああなってしまったのですし。」
二人は目を合わせぬまま、机に這いつくばった体制で話を続ける。
「それにあの場にいた冒険者さん達はスキルの事は話さないでくれるって言ってましたし。」
「だがギルドには間違いなく伝わる。⋯⋯本当にすまない。私から誘っておいて、私のせいで貴様を危険に晒してしまうことになるなんて。」
コウタからは表情は見えなかったが声の調子でなんとなく、アデルがどんな心境なのかは理解した。
「僕だって同意の上で来たわけですし、それにまだ危険に晒されると決まったわけじゃありませんよ。そんなに謝らないでください。」
「——お待たせしました。アデルさんの固パンとコウタさんは具合が悪そうだったのでお店からのサービスでおかゆですよ。」
そんな会話を断ち切るようにマリーが食事を運んでくると、二人はそれと同時に顔を上げる。
「お気遣いありがとうございます。」
「いえいえ〜。」
店のサービスに対してコウタが礼を言うと、マリーはニッコリと明るく可愛らしい笑みを浮かべて返事をする。
「ほら、アデルさんも、食べましょう?」
「⋯⋯⋯⋯そうだな。」
銀色のスプーンを手に持ち、苦々しい笑みを浮かべながらそういうと、アデルは目を細めながらマリーとは違う魅力を持った笑顔でそう返す。
その頃、ベーツの街のギルドでは——
「こちらが今回討伐された。ワイバーンでございます。」
「ほう、すごいですねぇ。このとてつもない数の刺し傷。誰がやったのです?」
ギルドの酒場の奥、関係者以外立ち入り禁止の部屋にはギルド職員のロズリと黒髪のオールバックにメガネを掛けた線の細い男性がワイバーンの死体を挟んで会話していた。
「はい。先日、冒険者登録を済ませたばかりの、キド・コウタという少年です。」
「ああ、確か冒険者初日でグランドボアを狩った少年でしたっけ?そういえばアレもこんな感じに剣でズタズタにされてましたよねぇ。」
メガネの男性はワイバーンの傷を一つ一つ触れて確認しながら、ロズリの言葉にに答える。
「で、何のスキルを使ったか分かります?」
「はい、これを。」
想像出来ていた問いであったのか、すぐさまロズリは今回のクエストの報告書を男に手渡す。
資料を受け取ると、男性はペラペラとページをめくり、とあるページを見てその動きを止める。
「⋯⋯⋯⋯っ!?これは、本当ですか!?」
「はい、本人からの証言もありましたし、私もこの目で見ました。」
男性が目を見開きながら顔を上げると、そのリアクションすらも予想できていたロズリは、淡々と答えを返す。
「ほう?」
「⋯⋯ックックックック⋯⋯。」
その瞬間、黒髪の男性は鋭い視線で資料を眺めながら、口元を大きく歪ませる。
「どうかなさいましたか?」
それを見たロズリが訝しげに問いかける。
「いえ、ただ少し——」
「——彼に興味が湧きました。」