百二十八話 正体不明
アイリスはコウタの声に反応すると、節操のない動きで腰にかかる小さな剣を手に取る。
「嘘でしょ⋯⋯!?」
「⋯⋯⋯⋯?」
コウタは咄嗟に〝観測〟のスキルを発動させるが、表示された結果に思わず首を傾げる。
アイリスの時とは違いしっかりと表示が出てきているのにもかかわらず、肝心の文字がコウタには読み取ることが出来なかった。
(アン⋯⋯ウ⋯⋯なんて書いてあるんだ?)
呪剣を見た時のようなノイズが走っているのでも、隠蔽のスキルの痕跡があるわけでもなく、一つのウィンドウに複数の文字が高速で切り替わっていくように表示が安定していなかった。
「⋯⋯ッ!!」
「⋯⋯コウタくん、気を付けて!!」
鎧の魔物はゆったりとした動きで一歩を踏み出すと、その一歩で一気にコウタとの距離を縮めてくる。
「チッ⋯⋯!」
一瞬遅れてコウタは腰にかけておいた蒼い剣を手に取る。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「コウタくん!!」
アイリスの叫びとともに周囲に強烈な衝撃波が広がる。
「⋯⋯⋯⋯あっぶな⋯⋯。」
(観測がうまく働かない⋯⋯。)
地面に足が沈み込みながらも、なんとかその剣を受け止めて、さらに深く魔物の情報を読み取る。
一斉に流れ込んでいく情報を流し見ると、魔物の名前の表記の動きがゆっくりと安定し始めてくる。
「アン⋯⋯ノウ⋯⋯⋯⋯ン?」
コウタはプルプルと両腕を震わせながら交わる二本の剣越しにその名を呼ぶ。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「ぐっ⋯⋯!?」
次の瞬間、コウタが気の抜けた一瞬の隙をついて、魔物は大きく一歩を踏み込んで斧を力強く振るうとコウタの青い剣は真っ二つに折れて霧散してしまう。
(砕かれた!?)
「ちっ⋯⋯召喚!!」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
再び隙を突かれる前に大量の剣を召喚して投げ飛ばすと、魔物は最小の動きでそれを回避して後方へと引き下がる、
「召喚!!」
「⋯⋯付与・魔」
大きく距離が開くと、コウタは再び右手に同じものを召喚し、背中にかけた杖を左手に持って青いオーラをその身に纏う。
「⋯⋯っ!!」
剣が青黒く変化し終えると、コウタは自らの自信を乗せた刃を鎧の魔物へと叩き込む。
「⋯⋯ッ!!」
(重いっ⋯⋯!?)
先程とは違い攻撃力を上げながら放った斬撃は、何事もなかったかのように受け止められ、さらには受けた刃でそのままギリギリと押し込まれてしまう。
「⋯⋯ッ!!」
「ちぃ⋯⋯。」
剣が悲鳴を上げている声を聞くと、まっすぐに振り下ろしてくる刃を受け流すように後方へと飛び退く。
「早いし、重い。⋯⋯それに。」
全てを言い終える前に、魔物はその場の地面を叩きつけて、空中にいる状態のコウタに瓦礫を飛ばしてくる。
「くっ⋯⋯!」
(頭を使ってる?)
コウタは飛んでくる瓦礫を青色に輝くその剣で斬り捨てながら、その一番の特徴を上げる。
コウタから見ればこの魔物の動きは、人間に対しての戦いを知っている動きであった。
「アイリスさん、合わせて下さい!!」
コウタは一人では厳しいと感じると、すぐさま棒立ちであったアイリスに声をかける。
「分かった!!」
返事と共にアイリスの動きはまるで静止画のようにその動きを完全に止める。
「加速!!」
「⋯⋯スタンガン!!」
アイリスは急接近するコウタに釘付けになる鎧の騎士の背後から現れると、電撃を纏ったその右手を叩きつける。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
それに対する魔物のリアクションはとても静かなものだった。
アイリスの右腕を腰を落として回避し、そのまま後ろ足でアイリスを蹴り飛ばす。
「うぐっ⋯⋯!!」
「んなっ⋯⋯!?」
そして次に一瞬だけ遅れてやってくるコウタの剣を受け止め、そして手に持った斧を力任せに振るうことでコウタの身体ごと吹き飛ばす。
「ごほっ⋯⋯!?」
「痛ぅ⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
呻き声を上げながら吹き飛ばされる二人に向かって魔物が斧を振るうと、そこから風の刃がコウタに向かって襲いかかる。
「斬空剣⋯⋯!?」
「やっば⋯⋯っ加速!!」
風の刃を目にすると、一気に速度を上げてアイリスを拾い上げ、魔物を中心に円を描くように走りながらそれを回避する。
「どわっ⋯⋯!?」
「連発してきた!!」
「舌噛みますよ!!」
アイリスはコウタの脇に抱えられながら、連続で斧を振るう魔物を見つめる。
「アイリスさん、オリジナルスキルは!?」
「無理!!完全にフォーカスされてるから効果が薄い。」
アイリスのスキルはその特性上、遠距離からの連続攻撃には滅法弱かった。
分身を作り出しても、即座に攻撃を食らってしまえばその効果は著しく低下してしまうからであった。
「だったら⋯⋯。」
「召喚!!」
コウタは大量の剣を召喚すると、その刃を魔物へと向けるのではなくそのまま前方へと投げ飛ばす。
「何してんの⋯⋯って、わぷっ!?」
コウタはアイリスの問いに答えることなく、舞い上がる土煙の中に躊躇いなく入っていく。
「ゴホッゴホッ⋯⋯。」
「——アイリスさん、作戦があります。」
大きく咳き込むアイリスにコウタは座標を特定されないよう、小さく耳打ちする。
「⋯⋯ッ!!」
が、そんなも小細工も虚しく、魔物は舞い上がる土煙に向かって躊躇いもなく風の刃を打ち込み続ける。
それでもコウタの心に焦りはなかった。
「——召喚」
コウタのその呟きがアイリスの耳に響いた瞬間、あたりに再び強烈な衝撃波が撒き散らされ、土煙は一瞬で弾け飛ぶ。
「⋯⋯うわっ!?」
眼を瞑ると、聞こえてくるのは風の刃が地面を削りながら突き進む音と、その刃が強力な何かによって砕かれる音。
「——これなら、対抗できますよね?」
アイリスがゆっくりと目を開けると、目の前には漆黒の剣を携えたコウタが、背後には先程とは比にならない数の大量の杖が宙を舞っていた。
「剣が⋯⋯黒くなった?」
「バランス型の青でダメなら、攻撃特化の黒で。」
コウタが額や頬に汗を滲ませながらそう言って笑うと、魔物はまるで様子を伺うかのようにその攻撃を止める。
「⋯⋯手筈通りお願いしますね。」
「⋯⋯任せて!!」
短いその言葉に、元気よく答えると、アイリスの身体は膝をついた状態で完全にその動きを停止させる。
「加速!!」
アイリスがスキルを発動させたのを確認すると、コウタは魔物へと向き直り一気に距離を詰めてその漆黒の刃を振るう。
「⋯⋯⋯⋯。」
魔物はお辞儀をするように頭を倒してその剣を回避すると、ガラ空きになったコウタの胴体に向かって剣を振るう。
「なっ⋯⋯!?」
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
咄嗟に手首を返して斧を受け切るがその勢いでコウタの身体は真横へと吹き飛ばされ、魔物は間髪入れずにそのままコウタに襲いかかる。
「このっ!!」
コウタの返す刃は魔物によって受け止められ、先程と同様にギリギリと押し込まれてしまう。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「ぐっ⋯⋯なんて、力⋯⋯!!」
(やっぱりこれでもダメか⋯⋯。)
「⋯⋯アイリスさん!!」
黒い剣でも対抗できないことを察すると、コウタは視線を魔物へと釘付けにしたままその名を呼ぶ。
「テーザーガン!!」
何もなかったはずの空間からアイリスが姿を現わすと、手に纏った電撃の球を魔物に向かってまっすぐに撃ち出す。
「⋯⋯ッ!?」
「⋯⋯やっぱ全然効いてない⋯⋯⋯⋯。」
電撃は魔物の動きを止めることこそ出来たが、やはりダメージが入っているようには見えなかった。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
魔物は一旦コウタから離れると、その狙いをアイリスへと切り替える。
「⋯⋯来たっ!!」
三度アイリスの動きが停止する。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「⋯⋯⋯⋯。」
魔物がアイリスの体を切り裂くと、その影は煙のようにうっすらと消えていく。
「⋯⋯⋯⋯ッ?」
魔物は何が起こったか分からずにその場で立ち止まる。
「召喚!!」
コウタは召喚した杖や剣を消すと、周囲に十本ほどの大きなハンマーを召喚し、それを高速で天井に向かって飛ばす。
「⋯⋯嘘っ!?」
ハンマーは天井にぶつかると洞窟は大きな音を立てて揺れ始める。
「アイリスさん、コッチです!!」
「もうっ、無茶苦茶し過ぎだよ!!」
ハンマーがぶつかった衝撃によって天井から岩が落ちてくるとアイリスは慌てて階段に向かって走り出す。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
魔物はすぐさまアイリスの位置を捕捉し直しまっすぐに向かってくる。
「剣牢」
「⋯⋯ッ、⋯⋯⋯⋯ッ!!」
振り向きざまにコウタは残ったMPでなるべく多くの槍を召喚すると、魔物の肘や膝、胴体を支点にしてその動きを拘束する。
(MP⋯⋯残り30⋯⋯。)
「やっぱりこの辺が限界か⋯⋯。」
階段にたどり着き、三段ほど登った後、自らのステータスを見て、コウタは深くため息をつく。
そしてゆっくりと振り返る。
「⋯⋯ッ!!⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「本当は決着つけたかったんですけどね。また仲間に心配かける訳にはいかないんで。」
「⋯⋯さようなら、名もなき敵よ。今回はここまでにしましょう。」
勝とうと思えば勝てたかもしれない。
が、今は無茶をするべき時ではない。
だから今回はここで終わらせる。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
振り解こうと必死にもがく鎧の騎士に、崩れ落ちた岩や土が流星のように降り注ぐ。