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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百二十五話 マリーの挑戦



「ちっ⋯⋯分断されたか⋯⋯。」



 マリーと同様ゴーレムの攻撃によって一人にされてしまったアデルは、ほぼ無傷でマリーとはまた別の部屋へと辿り着いていた、



「コウタは恐らく一人で四層に行って、セリアとマリーは土砂に飲まれていたな。」



 アデルは土砂の波を避けなながら視界の端に見えた光景を思い出して思考を巡らせていた。



「それにしても⋯⋯。強くなって、か。」



「まったく、あいつはいつもいつも自分勝手だな。」


 そんな中、コウタの発言を思い出して一人で呆れ返ったため息を吐く。



(目的がレベル上げならあいつだってそうそう無茶はしないはずだ。)



(セリアの周りには冒険者が複数人いた。いざとなればそやつらと手を組めばどうとでもなる。)


 アデルは一度その言葉を忘れて両腕を組みながら真剣に思考を巡らせる。



(⋯⋯⋯⋯となると一番の問題は⋯⋯。)




「マリー、か。」



 コウタやセリアの実力であれば最悪一人でも逃げおおせる事はそう難しくはない。が、マリーに関してはかなり無茶な状況であった。



「あいつ一人は危険すぎる。すぐに合流を⋯⋯。」



「⋯⋯っ!!」


 思考が固まり、目標へと走り出そうと振り返った瞬間、アデルは一度その場でピタリと立ち止まる。


 目の前には炎を纏ったトカゲのような魔物がアデルを待ち構えていた。



「私も人の事は言えないかもな⋯⋯。」



 全身から炎を吹き出してこちらを睨みつける魔物を見て自嘲するように笑う。


 それでもアデルの動揺はすぐに収まった。


 理由は単純であった。単に負ける気がしなかったからである。



「だが、今はそれどころじゃないのだ。」



 今にも捕食しようと構える魔物を前に、アデルはゆっくりと腰にかかる剣を抜く。


 その剣はどこまでも紅く、どこまでも美しい光を放ちながらその刀身を輝かせる。



「悪いが、そこを通して貰おうか。」



 炎のように紅く揺らめく力を放つその魔剣を構え、アデルは力強くそう叫ぶ。










「⋯⋯地面ごと押し込まれてしまいましたか。」



 パーティーの中で唯一、ほかの冒険者達と同じ所へと飛ばされたセリアは、すでに通行不可能となった土砂の壁に手を当てながら状況を分析していた。



「⋯⋯す、すまない。助かった。」



「いいえ、困った時はお互い様ですから。」



 すでに傷を回復させた冒険者達からの礼を受け流しながらセリアは思考を回す。


「何か礼を⋯⋯。」



「では地図を一枚下さいませんか?」



「あ、ああ、コレでいいか?」


「ありがとうございます。」


 地図を受け取るとセリアはすぐさま現在地と仲間のいるであろう地点を調べ始める。



「⋯⋯他にできる事はないか?」



「では後は邪魔なので今すぐ引き返して下さい。」



「でもあんたの仲間は⋯⋯。」


 セリアの返事を聞いてそれでも納得いかない様子の冒険者は食い下がろうと口を開く。



「あなた方が心配することではありませんわ。」


「⋯⋯⋯⋯。」



「⋯⋯貴方の魂に静かなる安寧があらんことを。」



 セリアは地図を閉じすでに目覚めることのない冒険者の前で片膝をつくと、そっと優しくその手を取り手の甲に額を当てながら小さく祈りを捧げる。



「あんた、聖職者か?」



「一応、生まれついてのものですので。」



 不思議そうな顔をする冒険者に対して、セリアは背を向けながら小さくそう返す。


「それってまさか⋯⋯。」


「いいから行って下さい。その方たちのためにも。」


「す、すまん。この恩はいずれ返す!」


 強い口調でそう言われると、冒険者達は逃げるようにその場から立ち去っていく。



「さて、行きましたか。」



「⋯⋯これからどうしましょう。」


 ようやく守るべき対象が消えると、セリアは改めて思考を展開する。


(見た感じ我々のパーティーは一人残らずバラバラ。)


 目の前でコウタとマリーが消えていくのを見て、そしてこの場にアデルがいないことを考慮すると、そういうことであると理解する。



(コウタさんには最悪の場合霊槍の力がある。たとえ四層の魔物相手でも負ける事は考えづらい。)



(アデルさんにも魔剣やトランス・バーストがある。)



(⋯⋯⋯⋯となると一番の問題は⋯⋯。)




「マリーさん、ですわね。」



 セリアの思考は結果的にアデルと同じところへ行き着く。



「ならばまずは彼女との合流を優先して⋯⋯。」



「うわああぁぁぁぁ!!」



「⋯⋯っ!?」


ようやく目的が決まった矢先、背後から男達の悲鳴が聞こえてくる。



「ま、魔物が⋯⋯!!」



 見るとそこには先程の冒険者達が巨大な蛇型の魔物に襲われているのが目に入った。



「コレはまた面倒なタイミングで⋯⋯。」



 セリアはそれを見て不快感を隠そうともせずに小さく毒づく。



「生憎、こちらにも時間がありませんの。」



「力ずくで通らせて貰いますわ。」


 目標を変えて自らに襲いかかってくる魔物に真っ黒な視線をぶつけながら、小さく頬を釣り上げてそう宣言する。








 その頃、アデルとセリアの危惧した通り、マリーは二体の魔物によってジリジリと追い詰められていた。


「ゴゴゴッ!!」



「くっ⋯⋯!?」


 走りながら無我夢中で逃げ回りながら、マリーは左右から来る魔物の攻撃を回避や迎撃をしながら捌いていく。


「グギャギャ!!」



「このっ!!ヒート・キャノン!!」



「ギャギャ!?」


 マリーの反撃はほんの少しではあるが魔物にも効いてるように見えた。


「はあ⋯⋯はあ⋯⋯。」


 だが、それでもマリーの体力は限界に近づいていた。



「ゴゴゴッ⋯⋯!!」



「このっ⋯⋯ぶっ!?」



 再び迎撃しようと後ろを向いた瞬間、今度はゴーレムが飛ばしてきた岩の塊を食らってしまう。


 岩の塊が腹部に突き刺さると、マリーの身体はくの字に折れ曲がり、遥か後方へと吹き飛ばされる。



「⋯⋯ぶえぇ、ああ、あ⋯⋯⋯⋯。」



 一撃、たった一撃受けただけで、マリーの身体は甚大なダメージを受ける。


 胃液が逆流し、強制的に吐き出されたそれには、真っ赤な鮮血が混じっていた。



「はっ、はっ、はっ⋯⋯。」



(誰か⋯⋯誰か助けて⋯⋯。)



 動かなくなった身体を無理やり起こそうとするが、なぜか腕が震えて力が入らなかった。



「ゴゴゴ⋯⋯。」



 先にマリーの背後に立ったのはゴーレムの方であった。


 無機質で歪な岩と土の塊であるはずなのに、目が合ったような気がした。


 マリーの心にあるのはすでに恐怖や絶望ではなく、疲れた、動きたくない、といった怠惰であった。



「コ、ウタ⋯⋯さ⋯⋯。」



 荒くなる息と薄れゆく景色の中で無意識的にその名を呼ぶ。



「ゴゴゴガガ!!」



「⋯⋯っ!!」


 振り下ろさせる拳を眺めながら、マリーの意識はプツリと途切れる。







——時は一週間前に遡る。


 それはブリカの図書館での会話。



「強くなる方法?」



「はい、どうやったらシリスさんみたいに私も強くなれるのかなって⋯⋯。」



 コウタも、レウスも先に帰り、図書館に二人残されたマリーはもう一人の少女であるシリスにそう尋ねる。



「⋯⋯⋯⋯レベルを上げる。」



 マリーの問いかけを受けて、しばらく考え込むと、シリスはハッキリとそう答える。



「いや、そうじゃなくて⋯⋯。」



「言いたい事は分かってるよ。要はどうやったら魔法の威力だの撃ち方のコツだのを掴めるか聞きたいんだよね?」


 すでに目の前の少女にカケラほどの興味すら持っていないシリスは、本を読む片手間でそう答える。



「⋯⋯はい。私には特別な力とか無いから、もっと強い人から色々聞きたいんです。」



 それでもマリーは真剣であった。



「そう言われても⋯⋯。」



 それを感じ取れたからこそ、シリスは一度本を閉じて考え込む。



「魔法なんてのは数撃ちまくればスキルレベル上がるし、その工程でコツも勝手に覚える。戦闘での立ち回りに関してはやっぱり場数を踏むしか無い。」



「結局そういうのってレベル上げと並行して出来るし⋯⋯やっぱりレベル上げるのが一番手っ取り早い。」



 それが真理であり、シリスもそうやって強くなってきた。だからこそ、それ以上の答えなど持ち合わせていなかった。



「そう⋯⋯ですか。」



「まぁ、魔法の威力だけ上げたいなら毎日ひたすら飴舐めてポーション飲んでMP酔いで吐くほど魔法撃てばスキルレベルもすぐ上がるよ。私みたいに。」



「えっ⋯⋯!?シリスさんの魔法って、オリジナルスキルじゃなかったんですか!?」



 シリスの魔法を見た時から、マリーは彼女の力はオリジナルスキルによるものだと勘違いしていた。


 が、それは違った。



「あんなのと一緒にして欲しく無い。⋯⋯ほら。」



 そんな生まれつきのものではなく、彼女の力は風魔法lv10、氷魔法lv10、光魔法lv10と、正真正銘、努力の塊のようなものであった。



「ほ、本当だ⋯⋯。」



「貴女はさっき自分には特別な力なんて無いって言ったよね。でもそれを言ったら私だって最初はなにもなかったよ?」


 ただ自分には何もないという意味で言った言葉だったが、シリスにはそれが言い訳のように聞こえていた。



「⋯⋯貴女の魔法はずっと見させてもらったけど、特化型の癖に私のより威力が低いよね。」



「⋯⋯⋯⋯。」



 真剣だからこそ、思ったことをハッキリと口に出して問いかける。



「⋯⋯私自身も、まだまだ未熟だから偉そうな事言えた義理じゃないけど、それでも先輩として厳しい事言わせてもらうよ。」


「貴女は努力も才能も足りて無い。」


「⋯⋯っ!!」


 分かってはいた、分かってはいたが、ここまでハッキリと言われると、精神的にグサリとくる。


「今回コウタ達がボロボロになって撃退した敵って実は魔王軍の中じゃ中の上くらいの実力なの。」


「オリジナルスキルを持ってるコウタも辛勝、聖人のあの人もほぼ負けたようなもんだった。」


「そんな戦場に貴女の居場所はあった?」


 ジリスは淡々と事実を述べていく。が、マリーはその言葉の一つ一つが、自らを責め立ててるように思えてしまった。


「それは⋯⋯。」


「その時が来ちゃう前に教えておいてあげる。いい加減なにかを変えないと、このままじゃこの先の戦場に貴女の居場所はないから。」



「⋯⋯そんな事は⋯⋯⋯⋯。」



 「居場所がない」という言葉を聞いた瞬間、マリーの頭の中が一気に真っ白になる。


 正体不明の怒りや恐怖はマリーの正気を奪い、閉じていた拳は血が出るほど強く握りしめていた。




「そんな事はっ⋯⋯!!私が一番よく分かってます⋯⋯!!」




 気付いた時には叫んでいた。


 誰が悪いでもない、強いて言うなら甘えてきた自分が悪いはずなのに、ただの八つ当たりであるのは分かっているのに、それでも抑えることは出来なかった。




「⋯⋯っ、すいません。」




 直後に生まれた静寂によってマリーは我に返る。



「⋯⋯ごめん。ちょっと言い過ぎた。」



 シリスもすぐに気付いた。今の言葉のどこかに、目の前の少女にとってのタブーがあったことに。



「⋯⋯そんな事ないです。」



 だがその謝罪がさらにマリーの心を締め付ける。



「お詫びにちょっとだけヒントあげる。」



 そう言うと、シリスは手に持った本を置き、その場から立ち上がり、マリーに歩み寄る。



「ヒント⋯⋯?」



「魔法職ってのはさ、どれだけ強くても絶対にある一つの弱点が存在するの。」



 マリーの目の前で立ち止まると、ほんの少しだけ柔らかい表情でその顔を見上げる。



「弱点⋯⋯ですか?」



「うん⋯⋯これ。」


 そう言いながらシリスは自らの拳を突き出し、マリーの鼻の先でピタリと止める。



「⋯⋯っ!?」



「接近戦。」



「その弱点をいかに埋めるか、それを考えて、実践できれば貴女はほんの少しだけお仲間に近づけるかも。」



 拳を引くと、くるりと踵を返し机から本を手に取って近くの本棚へと収める。



「大丈夫、大切なものがある限り、人はいくらでも強くなれるから。」



「だから頑張って。」



 覚悟は感じた、だからこそシリスは最後に激励の言葉を送った。







 それからマリーはずっと考えていた。



(——私は⋯⋯っ!!)



 ずっと考えていた。シリスから受け取ったヒントの意味を。


 ずっと考えていた。今、自分に出せる最善の答えを。


 そして答えを出した。



「グガガッ⋯⋯!?」



 その瞬間、マリーへ殴りかかったはずのゴーレムの腕は高速の衝撃波に当てられたように弾け飛ぶ。



「私は⋯⋯何も出来ない。」



 マリーはこの冒険を通して、いろんなタイプの魔法職の人間を見てきた。


 それは人間を殺したいほど憎む魔法使い。



(剣術⋯⋯出来ない。)



 それは自らが憧れた付与術師の少年。



(体術⋯⋯出来ない。)



 それは魔族の大軍を一撃で葬った少女。



(圧倒的火力⋯⋯ない。)



 マリーがそれらを真似るには足りないものが多過ぎた。


 経験、身体能力、才能⋯⋯そして努力。


 けど、だからこそ、足りないからこそ自分にできることをする。


 手にした力は魔法一つ。だからこそ、それ一つで戦い切る。



「だから⋯⋯留める。」



 弱点の領域があるのならば、技でカバーするのでもなく火力で寄せ付けないのでもなく、その領域すら自らの魔法の領域へと変えてしまえばいい。


 放つのではなく拡散させるのでもなく、留め、そして攻撃を待ち構える。



「⋯⋯そうすれば戦える。」



 それが少女の出した一つの答え。



——一緒に背負いますから。



——この先の戦場に貴女の居場所はない。



——強くなって⋯⋯また会いましょう。



「置いていかれるわけには行かないから。」



——貴方のために私は戦いたい。



「あの覚悟は、嘘じゃないからっ!!」



 たとえ未来永劫隣に立つことができなくとも、それでも愛する人の後ろを歩き続けるために。



「私は強くなる!!」



 そのために手に入れた新技。




「——フレイムダンス!!」




 その宣言と共に、マリーの周囲からは自らの肉体を守るように炎の帯が渦を巻いて螺旋状に舞い上がる。



「⋯⋯今からあなたたちを、ぶっ飛ばします。」



 いつか見た小さき英雄ヒーローの背中を自らに重ね、頬を小さく釣り上げながら、誰よりも弱かった少女は力強くそう宣言する。


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