百二十四話 襲いくる受難
コウタが少女の頭にあるそれを見てすぐさま少女が魔族である事を確信する。
「んん⋯⋯。」
すると、少女は唸り声をあげてゆっくりと目を開ける。
(起きた⋯⋯。)
「⋯⋯こ、こは⋯⋯っ!?」
少女はゆっくりと身体を起こすと、周囲を見渡し、そしてコウタの顔を見てビクリと肩を震わせる。
「おっと、ちょっと待ってください。」
「⋯⋯っ!?」
コウタは先日のように逃げられぬよう先程同様に少女の手首を掴んでそれを予防する。
「ごめんなさいね、逃げられるとまた面倒なことになりそうなんで。」
「あ、あの⋯⋯私⋯⋯。」
「最初に聞きたいんですけど、貴女は魔王軍ですか?それとも中立派ですか?」
恐怖で少しずつ涙目になっていく少女の顔を見てとてつもない罪悪感を感じながら、コウタは短くそう問いかける。
「⋯⋯っ!中立派のこと知ってるの!?」
「⋯⋯その反応は中立派って事でいいんですね。」
その表情から恐怖が薄れるのを感じると、コウタは目の前の少女が敵ではない事を確信して小さくため息を吐く。
「う、うん。そうだけど⋯⋯。」
「僕は貴女に攻撃する意思はありません。だから少しだけお話ししませんか?」
コウタは少女に視線を合わせて諭すような口調で首を傾げる。
「そういう事なら⋯⋯。」
少女の答えを聞いて、コウタはゆっくりとその手を離す。
「じゃ、改めて。冒険者のコウタです。」
「えっと、中立派のアイリスです。」
すでに知ってはいたが、それでもコウタはステータスを見たことは伏せて自己紹介をする。
「その⋯⋯コウタくんはどこで中立派の事を?」
「⋯⋯知り合いの冒険者から色々聞いただけですよ。」
コウタは念の為シリスの名を伏せて説明をする。
「それって魔族と人間で二人一組だったりする?」
「⋯⋯そうですけど。なんで分かったんですか?」
アイリスはコウタが敵ではない事を知ると、恐怖に染まっていた表情を一転させて矢継ぎ早に質問を繰り返してくる。
「ウチの団員の決まりなの。面倒な争い事とかトラブルを未然に防いだりスムーズに解決するために魔族と人間でペアを組めって。」
確かにそうすれば物事もスムーズに進められるし、互いに仲良く出来るというアピールにもなる。
が、そうなると当然一つの疑問も浮かんでくる。
「⋯⋯?では何故アイリスさんにはペアがいないんですか?」
決して強いとは言えないこの少女が、たった一人でこんな場所にいる理由がコウタには分からなかった。
「私、一応戦闘要員なんだけど、その中で私が一番弱くて⋯⋯。ペアを組んでた人にレベル上げてこいって言われて、ここに放り込まれちゃって⋯⋯。」
「だから一人で⋯⋯。」
一番弱い少女をこんな魔獣の巣窟に放り込むあたり、彼女とペアを組んでいた人間は相当の鬼畜である事がうかがえた。
「最初は一層でコツコツレベルを上げてたんだけど、帰ろうと思った矢先に人間の人が沢山入ってきて。慌てて奥の方に逃げて。」
「でも奥に逃げすぎて途中で迷っちゃって、挙句持ってた地図もどこかに落としちゃったみたいで⋯⋯。」
自らのことを語るたび、アイリスの言葉から力が消えていくのを感じる。
「途方に暮れてたところにあの人たちがいたから後ろからこっそりついて行ってたらこんな事態になったと⋯⋯。」
「⋯⋯はい。」
コウタは容易に想像出来る話の続きを言うと、少女は顔を俯かせて小さく答える。
「動揺して空回る貴女も貴女ですけど、その人もどうなんです?こんな危ないところに魔族の女の子一人で残してくって。」
その詰めの甘さを聞いて怒りではないが正直呆れていた。目の前の少女にも、そのペアの人間にも。
「普段は優しいんだけど、戦闘に関してはスパルタなの。自分の力で壁を超えなくちゃ意味がないって。」
「本人もそうやってきたみたいだからさ。ほら、よく言うじゃん獅子は我が子をなんとか⋯⋯って。」
そんなコウタとは対照的にアイリス自身はさして気にした様子も見せなかったためコウタもそれ以上言及するのは無意味であることを察する。
「度が過ぎると命に関わるんですけど⋯⋯まあ、他人の教育方針に口出しはしませんよ。」
「それより、そろそろ出発しましょうか。」
コウタは小さくため息をつくとそう言って立ち上がる。
「えっ?もう⋯⋯?」
「先程までいた場所は何層目が覚えてます?」
動揺するアイリスに対して、コウタは短く問いかける。
「三層目だよね?」
「そう、そして僕たちはあのゴーレムの攻撃によってその下へと落とされた。」
「じゃあここってまさか⋯⋯。」
アイリス自身もようやく今置かれている状況を理解する。
「恐らく最下層、四層目です。」
つまりは先程コウタ達がしてやられたあのゴーレムよりも遥かに強いであろう魔物がいると思われる階層であった。
「運良くこのフロアには敵はいなかったみたいですけど、連戦は正直難しいです。別のフロアの魔物が来る前に先に進みましょう。」
「だ、大丈夫なの!?」
「取り敢えず最短ルートで三層目まで戻ります。」
「でも、四層って確か開拓がほとんど進んでなくて⋯⋯道も地図には載ってないはずじゃ⋯⋯。」
アイリスは挙動不審になりながら身振り手振りを加えてコウタに説明をし始める。
「いえ、多分大丈夫です。」
「⋯⋯へ?」
(昨日見た地図とさっきまで進んだ道を照らし合わせて、その真下から四層のフロアの広さと大体の位置を把握してそこから逆算すれば⋯⋯。)
慌てるアイリスを黙らせると、コウタは頭の中で内部の地形を形作っていく。
「最短で三フロア⋯⋯無理って言ったけどやっぱり連戦は必須か⋯⋯?」
その体制で十秒ほど考え込むと、推定ではあるが大方の最短ルートとそこまでのフロア数を割り出す。
「えっと、コウタくん?」
「こっちです、行きましょう。」
顔を覗き込むアイリスの手を引いてコウタはすぐさま歩き出す。
(最悪二連戦までならいける、だから三つのうち一つのフロアに敵がいなければ⋯⋯。)
そんなことを考えながら最初にいたフロアを抜けて隣のフロアに移ると、コウタの足はピタリと止まってしまう。
「⋯⋯マジか。」
案の定、居た。
「ま、魔物⋯⋯!?⋯⋯けどなんか人に近いような⋯⋯サイズも小ちゃいし。」
その魔物は上半身が人間で、下半身が蛇のような見た目をしており、その両手には骨のようなもので出来た刃が握られていた。
「いえ、見ただけで分かる。アレはヤバイやつです。」
(名前は⋯⋯エキドナ。ステータスだけ見れば魔王軍の幹部クラス⋯⋯。)
これまでとは比にならないほどの強さ、そして異常性を持った敵を前に、コウタも動揺を隠すことはできなかった。
「アイリスさん、貴女確か戦闘要員なんでしたよね?」
「え?ま、まあ⋯⋯。」
冷や汗をかきながらコウタが問いかけると、異変を察したアイリスは戸惑いながら答えを返す。
「多分貴女にまで気を回すことはできません。自分の身は自分で守って下さいね。」
「⋯⋯分かった。」
魔物がこちらに気付くと二人は表情を切り替えて剣を構える。
その頃、そのほぼ真上の階層では、ボロボロになりながらも一人の少女が土砂の波から無事に抜け出していた。
「はあ⋯⋯はあ⋯⋯。」
身体中に付いた土を払いながら、マリーはゆっくりと歩みを進めていた。
「た、助かった?」
細い通路を歩きながら怪我がないことを確認して深くため息をつくと、今度は周囲に視線を飛ばす。
「取り敢えず他の人は⋯⋯。」
キョロキョロと右に左に首を回すが、彼女の視界には人の影は映ることはなかった。
「⋯⋯いない?」
「もしかして私一人になっちゃった?」
そこでマリーはようやく自分の置かれている状況を理解する。
「す、すぐに合流しないと⋯⋯。」
(コウタさんから貰っておいた地図⋯⋯。)
マリーはマジックバックの中から先日の内にコウタから譲り受けていた地図を広げてその場に座り込む。
「さっきまでいた部屋がここで⋯⋯押し出されてこのフロアまで来ちゃったから⋯⋯。最短で合流するには⋯⋯。」
マリーは自分一人では危険すぎると判断すると、すぐさま合流しようと計画を立てる。
が、現実はそう甘くはなかった。
「——グギャギャ!!」
「⋯⋯っ!?」
真正面から聞こえる鳴き声に顔を上げると、一本道の奥から騒ぎを聞きつけた巨大な鳥型の魔物がこちらへ歩み寄ってくる。
「て、敵!?」
すぐさま武器を構えるが、状況はさらに悪化していく。
「——ゴゴゴゴッ!!」
「後ろにも⋯⋯!?」
背後から先程まで戦っていたゴーレムが歪な動きで一歩、また一歩を歩み寄ってくる。
「う、嘘でしょ⋯⋯?」
マリーの身にかつてない危機が襲い掛かる。