百二十二話 悲鳴
——翌日。
コウタ達一行はその日も初日同様に第二層の攻略を進めていた。
その日の何匹目かになる敵は五メートルほどの大きさの熊型の白い魔物であった。
「——斬空剣!!」
先日同様にアデルは真っ直ぐに敵に付く突っ込んでいきながら風の刃を放つ。
「ゴアアアアアァァァァ!!」
それに対する白い熊のような魔物も、簡単にはやられまいと必死で雄叫びをあげながら抵抗する。
「氷のブレス!?⋯⋯このっ!!」
「⋯⋯セリアさん!!」
火属性魔法で対抗しようとするマリーを差し置いて、コウタはセリアに合図を送る。
「聖域」
直後に張り巡らされた障壁は、魔物のブレスを受けても微動だにせず四人の身体を守る。
「⋯⋯解除しますわ。」
ブレスが弱まってきているのを見て、セリアはすぐさま合図を送ると、後ろにいる三人は各々が次の手を打つために構える。
「三、二、一、今です!」
「斬空剣!!」
障壁が消えた瞬間、アデルはブレスを切り裂くように風の刃を放つ。
「ちっ、飛んだ!!」
魔物はすぐさまそれに反応すると、天井スレスレまで高く飛び上がる。
「⋯⋯ヒートキャノン!!」
「⋯⋯ガッ!?」
マリーの放った炎の玉を受けて白目を剥きながら力なく落ちていく。
「落ちた、今です!!」
セリアの合図を聞いて、コウタとアデルの二人は同時に走り出す。
「爆裂斬!!」
「召喚——加速!!」
コウタは走る速度を上げながらその手に大きな斧を召喚する。
「⋯⋯ッ!?⋯⋯⋯⋯。」
二人の影が魔物の身体を中心に交差すると、魔物は空中で血飛沫をあげてその体を反り返らせる。
「⋯⋯倒した?」
「「ふぅ⋯⋯。」」
魔物が動かなくなるのを確認すると、アデルとコウタの二人は同時に大きなため息を吐いて身体の力を抜く。
「流石に大規模クラスとなると出し惜しみも出来んな。」
「そうですね。守りが硬すぎて武器がすぐ壊れる。」
そう言った矢先に、コウタの手に持った斧はバキバキと音を立てて砕け散り、そのカケラは虹色の輝きと共に霧散する。
「壊れたらやっぱり消えちゃうんですか?」
「形を維持するのが大変なんです。集中力の消耗が比にならないくらい大きくて⋯⋯刃こぼれ程度なら大丈夫なんですけどね。」
結局は集中力かMP消費かの二択であれば多少MPを消費してでも集中力を維持し続ける方がコウタの戦い方に合っていた。
「ならもっと耐久力の高い剣を使えばいいのではないか?例の大剣とか。」
アデルはそう言ってザビロスが持っていた剣を思い浮かべる。
「それはそれでMPの消費が大きいんです。使い勝手も良いわけじゃ無いですし。」
「そもそも魔剣の類は強力な力と引き換えにクセが強いのが特徴ですわ。アデルさんのソレのようにクセの少ない魔剣の方が珍しいですから。」
セリアはアデルの腰にかかった剣を指差しながらコウタの発言に説明を付け加える。
「コレだって十分クセは強いさ。いつだって力を貸してくれる訳では無いしな。」
現に今回の戦いでは対魔剣の時やワイバーン戦で発動した紅い炎のような力は発動していなかった。
(いつもあの力が引き出せれば苦労はしないのだがな。⋯⋯掴み所がないというか、気まぐれというか⋯⋯。)
まるで意思を持っているかのようなそんな掴み所のなさにほんの少しだけ歯痒さを感じる。
「⋯⋯さて、そろそろ次に参りましょう。このペースでは目標よりも先に食糧がなくなってしまいますわ。」
そんなアデルの思考はセリアの言葉によって切り替わる。
「もう少し回復を待った方がいいんじゃないですか?無理して怪我でもしたらかえって効率が落ちますし⋯⋯。」
「——いや、行ける。次に行こう。」
あまり乗り気ではないコウタの意見を突っぱねてアデルは立ち上がる。
「⋯⋯へ?」
「わ、私も行けます!」
それに続いてマリーも立ち上がる。
「決まりですわね。ほら、行きましょう?」
「⋯⋯分かりましたよ。」
ここに来る時はあまり乗り気ではなかったはずの三人が自分以上に焦っているように見えたが、無理に引き止める理由もなかったため、渋々その意見に従う。
「⋯⋯なあ、一つ提案があるのだが⋯⋯。」
「⋯⋯なんです?」
コウタが三人についていこうと前を向くと、アデルがピタリと立ち止まり、コウタに対してそう呟く。
「そこまで休憩を増やしたいなら、一体あたりの効率を上げればいいんじゃないか?」
「それってつまり⋯⋯。」
その言葉の意味はとても簡単であった。
「ああ、⋯⋯行ってみないか?第三層。」
ニヤリと笑みを見せながら、アデルは呟くようにそう問いかける。
——数時間後。
コウタ達は二層の時とは比にならないほどの長さの階段を降りて三層へとたどり着く。
「⋯⋯言われるがまま来ちゃった訳ですけど。」
そこにはコウタの予想以上の光景が広がっていた。
「すごいっ⋯⋯二層よりもさらに広い⋯⋯!」
その大きさは既に二層の時とは比にならないほど大きく、直径で言えば百メートルを超える半球状のフロアはもはや最初から戦闘を想定されているかのような広さであった。
ぐるりと周囲を見渡すと、セリアが真っ先に大きな影を見つける。
「⋯⋯っ、魔物!」
確認する間も無く反射的にそう言いながら臨戦態勢に入る。
「「「⋯⋯っ!!」」」
同時に他の三人もそれに反応してそれぞれが武器を手に取る。
が、その緊張はすぐに解かれる。
「⋯⋯って、死んでる?」
全く動くことのない影にマリーがそう言うとコウタ達も肩の力を抜いてその影にじっと目を凝らす。
「剣や魔法の後からして、先に入って行った人達がやったんですかね?」
「大丈夫だったんですかね?」
死体に歩み寄りながら分析を始めるセリアの横でマリーはそれと戦ったであろう冒険者の心配をする。
「ちゃんと倒せてるって事は実力は伴ってるんじゃないですか?興味なかったんでステータスは見てないですけど。」
するとコウタがかなり温度差のある返事を返す。
「コレは何の魔物だ?」
「⋯⋯⋯⋯。」
アデルの疑問を解消するため、コウタは黙り込んだままその死体に〝観測〟のスキルを発動すると、視界いっぱいにその魔物の生前のステータスが浮かび上がって来る。
「キマイラ、という名前の魔物です。」
「キマイラだと⋯⋯!?」
コウタの返事を聞いてアデルとセリアの表情は一気に凍りつく。
「大規模クエストの中でも最高難易度クラスの大物ですわね。」
「なるほど⋯⋯。」
二人の反応を聞いてコウタは一度自らのステータスに目を向ける。
(今のMPは206⋯⋯、最悪霊槍が出せるMPが残っていればどうにでもなるか⋯⋯。)
まだ見ぬ強敵を倒すため、コウタは万全の体制で覚悟を決める。
すると再びセリアが何かに反応する。
「⋯⋯何か来ますわ。」
先程と比べ、幾分余裕のある態度でそう言うと、他の三人もその方向へと目を向ける。
「⋯⋯っなんで!?倒したらしばらく敵は来ないんじゃ⋯⋯!?」
ドスン、ドスンと音を立てて歩み寄って来る大きな影に、マリーは動揺を見せる。
「ソレは二層までの話って事じゃないか?」
「もしくは偶然、異常事態とぶつかってしまったとか。」
対してアデルとコウタの二人は大した動揺も見せぬまま淡々とした様子で武器を手に取る。
「それっぽいですわね。見た感じとてもお腹が空いているようですわ。」
コウタとセリアの二人は大方、食事の時間と重なってしまったのであろうと予想する。
「死肉に呼ばれて来るとは⋯⋯ハイエナですかね?」
ストレスからかMP酔いの水準には達していなかったはずではあるが、何故かセリアの素の性格が出てしまう。
「正しくはフェンリルと呼ぶらしいですよ?」
「それは厄介な敵だな。皆準備はいいか?」
コウタが再び〝観測〟のスキルで情報を読み取ると、アデルは三人に向けてそう尋ねる。
「ええ。」
「いつでも。」
「行けます!!」
アデルの問いかけに三人は三者三様の答えを返しながら真剣な表情で前を見据える。
「来るぞ!!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯けて⋯⋯。」
「⋯⋯っ?」
魔物がコウタ達に向かって襲いかかって来るその瞬間、コウタの耳に透き通った少女の声が聞こえてくる。
「⋯⋯コウタさん、危ない!!」
一瞬声の方を向くとその隙をつくように魔物がコウタに向かって来る。
「⋯⋯へ?⋯⋯どわっ!?」
「気を抜くな!」
「分かってます、よっ!!」
攻撃をバックステップで回避するとその勢いのまま周囲に数本の剣を召喚し纏めて前方へと放つ。
「アアアアアアアアァァァァァァァァ!!」
「うおっ⋯⋯!?」
それに対して魔物はけたたましい雄叫びと共に全方位へと衝撃波を放つ事でそれを弾き返す。
「雄叫びだけで弾かれた⋯⋯。」
「——だが⋯⋯隙が大き過ぎるな。」
その大技に寄って出来た隙に、アデルは迷わずつけ込み、魔物の背後へと回る。
「⋯⋯爆裂斬!!」
「ガッ!?」
爆発を纏って放たれたその斬撃は狼型の魔物の後ろ足を襲う。
「⋯⋯っ!?」
(傷が浅い⋯⋯!?)
「反撃来ます!!」
魔物はアデルの攻撃をものともせず、前足を振るって攻撃を仕掛ける。
「ちぃ⋯⋯シャット・アウト!」
「っ!!⋯⋯⋯⋯がはぁ⋯⋯!?」
アデルは慌てて防御を固めるが、わき腹に攻撃をモロに受け、数メートルほど吹き飛ばされる。
「アデルさ——」
「——グルアアアアァァァァ!!」
今度はアデルへと歩み寄ろうとするマリーに狙いを定め襲いかかる。
「⋯⋯っ!?」
(こっち来た!?)
それに反応して両手を突き出し魔法を打つ構えを取る。
「ヒート⋯⋯」
「聖域」
その詠唱の後、魔物は三百六十度隙間なく張り巡らせた障壁によって閉じ込められる。
「⋯⋯閉じ込めた?」
「コウタさん、今ですわ!!」
一瞬気が抜けたマリーの横で、セリアそう言って天井の方に目を向ける。
「⋯⋯上!?」
マリーがそれに反応して上空を見上げると、そこには大剣を両手に持ったコウタが構えていた。
「ずあぁぁぁぁらぁぁぁぁ!!加速!!」
コウタは身体を回転させながらハンマー投げの容量でその大剣を真下へと投げ飛ばす。
「ガッ、ギィ⋯⋯!?」
大剣は空気を切り裂く音と地面が爆ぜる音を同時に発しながら魔物の胴体を貫く。
「やった!!」
「これなら流石に痛いでしょう?」
「⋯⋯ギ、ギギ⋯⋯⋯⋯!!」
魔物はその大きな口から血を吐きながら、蠢くようにもがき苦しむ。
「⋯⋯⋯⋯たす、けて⋯⋯⋯⋯⋯⋯!!」
空中で魔物へと注意を注いでいると、ふとどこからかそんな声が聞こえてくる。
「⋯⋯⋯⋯っ!?」
「やっぱり⋯⋯今、何か⋯⋯。」
コウタは空中で態勢を立て直しながら声のする方へと視線を向ける。
「コウタさん!!気をつけて下さい!!」
「ガアアアアアァァァァァァァァ!!」
「いぃ!?」
するとその一瞬の隙に魔物は真上にいるコウタめがけて飛び上がってくる。
「このっ⋯⋯ぐっ!!」
咄嗟に自らの身体の横に大きなハンマーを召喚すると、躊躇うことなく自らの身体に叩きつけて、その攻撃を回避する。
「⋯⋯その攻撃は、悪手でしたよ。」
苦痛に歪む表情のままほんの少し頬を釣り上げると、コウタは自らの周囲に大量の剣や槍を召喚する。
「⋯⋯剣牢!!」
襲いかかる数多の刃は目標に牙を突き立てるのではなく、その動きを封じるように幾重にも重なり、魔物の身体を宙吊りにする。
「新技!?」
「空中で動きを止めた!!」
「⋯⋯やって下さい!!」
コウタの言葉に反応してセリアとアデルの二人は同時に攻撃を放つ体制を取る。
「⋯⋯っ!」
「光芒の聖槍」
「斬空剣!!」
「ヒート・キャノン!!」
アデルとセリアの二人はほぼ同時に攻撃を放ち、一瞬遅れて放たれたマリーの魔法もそれを追い越すスピードで魔物へと襲いかかり、三色の攻撃はほぼ同時に魔物へとぶつかり、黒い煙を上げて爆発を起こす。
「直撃した!」
「ガッ⋯⋯!」
「後は着地を⋯⋯っ。」
黒焦げになりながら視線を下に落とすと、ふと身体を包み込んでいた浮遊感がピタリと止まる。
「大丈夫かコウタ?」
背中と両膝の裏を抱えながらアデルはコウタの身体を受け止める。
「⋯⋯だから普通逆ですって。」
絞り出すような叫びでいつものパターンに文句をつける。
「何か言ったか?」
「⋯⋯いいえ、怪我は無いですか?」
深いため息を吐いた後、小さく微笑みながらそう問いかける。
「私は特に無い、貴様こそどうなんだ?」
「避けた時にちょっと痛めたかもしれないです。」
脇腹を抑えながらコウタは苦々しい笑みを返す。
「大分無茶な避け方だったからな。」
「お二人とも無事ですか?」
アデルがゆっくりと着地をすると、遅れて他の二人が走りながらこちらへと近づいてくる。
「ああ、コウタが脇腹のあたりを痛めたらしい。」
「ではすぐに治療を。」
アデルの言葉を聞いてセリアはすぐさまコウタの身体に柔らかい光を当てて治療を始める。
「あはは、すいません。」
「⋯⋯なんかコウタさん、今日変じゃ無いですか?」
その場に座り込みながら治療を受けるコウタに、マリーは不思議そうな顔で問いかける。
「気を抜く場面が多いように感じますわ。」
セリアも治療に集中しながらマリーの言葉に同調する。
「ええ〜っと、声が⋯⋯。」
「⋯⋯声?」
「なんか声が聞こえるんです。なんて言ってるかわからないんですけど、さっきからずっと聞こえるんです。」
マリーが大きく首を傾げながら問いかけると、コウタは身振り手振りを加えながら説明する。
「グアアアアァァァァァァァァア!!」
「今のって⋯⋯!!」
「悲鳴!?」
四人は突如聞こえてくる悲鳴にピクリと肩を揺らして反応すると、声のした方に振り返る。
「行くぞ!!」
「「「はい!!」」」