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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百二十一話 攻略—第二層


 階下へと続く道を下っていくと、五分もしないうちに新たなフロアへ到着する。


「⋯⋯着いた。」


「随分すぐに着いたな。」


 コウタがため息混じりにそう言うと、アデルは拍子抜けした声で周囲を見渡す。


「⋯⋯広っ!?」


(ひらけた空間、と言うよりはここからは一フロアのサイズが大きくなってるのか⋯⋯?)


 ドーム型に区切られた空間は先程までコウタ達が攻略してきた第一層と比べと倍以上の広さがあった。


「てことはそれに合わせて敵のサイズも⋯⋯。」


「——来ました!敵です!!」


 直後に現れた敵はコウタの予想通りこれまでの敵より一回り大きな体躯を持っていた。


 それはコウタもよく知っている魔物。


「⋯⋯ワイバーン、やっぱり!」


(ここからが本番って事か⋯⋯!)


 本来ならば十数人単位で戦う相手ではあったが、龍殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)という絶対的な対抗手段を持つコウタにとってはさほど感情が揺れ動く相手ではなかった。


「いきなり大規模レイドクラスですか!?」


「とにかく迎撃を⋯⋯!」


 しかしあくまでそれはコウタのみに限ったことで、マリーとセリアはいつも通り強敵を相手取るつもりで武器を構える。


「——待ってくれ!!」


「⋯⋯っ!?」


 が、二人の動きは、その背後に立つアデルの怒号にも似た声によって止められる。


「コイツは、私一人でやらせてくれ。」


「⋯⋯ふぇ?で、でも⋯⋯。」


「⋯⋯やれますの?」


 殺気混じりの鋭い視線に、二人は思わずその場に立ち止まって問いかける。


「やる、やってやるさ。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 コウタは知っていた、以前アデルがこの魔物に殺させかけたことを。


 アデルが自分との力の差にコンプレックスを抱いていることを。


 そしてその最初の原因になったのが、今目の前にいる敵であることを。


 だからこそ、アデルの心理状態もなんとなく理解が出来た。


 だからこそ、この壁は彼女自身の手で超えなくてはいけないと、そう思った。



「はぁ⋯⋯アデルさん!」



 だからこそ止めることもせず、ただただ背中を押す選択を取る。


「なんだ?」



「そのくらい、余裕ですよね?」



 ニッコリと挑発的に笑ってみせながら。



「当たり前だ!」


 コウタの発言で緊張が緩和したのか、アデルは一転して笑顔で即答する。



「⋯⋯下がりましょう。」



「⋯⋯はい。」



「分かりましたわ。」


 マリーとセリアの二人はコウタの言葉に従って後方へと下がっていく。



 それを見届けると、アデルは腰にかかる剣を抜き、一歩、また一歩と前に出る。



「⋯⋯いくぞ、バルムンク。」



 抜いた剣を真っ直ぐに構えると、アデルのその言葉に反応して炎のように揺らめく紅い光が溢れ出す。



「グルアアァァァァ!!」



 それに呼応して待ち構える翼竜も荒々しい咆哮を轟かせる。




「⋯⋯トランス・バースト!!」




 剣から放たれる揺らめく光とは違う吹き出すような紅い光が巻き起こる。


「⋯⋯い、いきなり!?」


 それを見ていた三人は目を見開いて驚愕の声を上げる。


「⋯⋯斬空剣!!」


「ガッ⋯⋯!?」


 即座に放たれる風の刃は周囲に衝撃波を撒き散らしながらワイバーンの翼を切り裂く。


(⋯⋯空中戦を潰した。)


「となると取れる手段は⋯⋯。」


「ガアアァァァァ!!」


 ワイバーンはコウタの予想に反することなく、その大きな顎に真っ赤な炎を溜め込む。



「火属性のブレス!」



「ですが⋯⋯。」



「⋯⋯遅いな。」


 放たれた炎を回避すると、アデルは宙に紅い光の筋を描きながらワイバーンの目の前に移し、



——煌々と紅く輝く剣をその喉元に突き刺す。


「グッ⋯⋯!?」



「爆裂斬!」



 突き刺した刃を強く握り直すと、そのまま横にスライドさせ、それをなぞるように爆発が発生する。


「ガアァ!?」


 ワイバーンが口や鼻から黒い煙を上げて倒れこむと、アデルは剣を鞘に収めて踵を返す。


「⋯⋯倒した、みたいですね。」


「⋯⋯すまないな、わがまま言って。」


 目標を倒したことでようやく冷静になったのか、歩み寄ってくるコウタに対して、俯きがちにそう呟く。


「いいえ、たまにはいいんじゃないですか?それに⋯⋯。」


「それに⋯⋯?」


 その対応に慣れた様子で首を横に降るコウタの言葉にアデルが反応すると、コウタは意地悪な笑みを浮かべる。



「初めて出会った時はもっとわがままでしたし。」



「⋯⋯悪かったな。」



 それを聞いてアデルは拗ねるように頬を膨らませてそう答える。



「あはは、冗談ですよ。」



「⋯⋯⋯⋯くっ。」


 コウタの笑い声を聞いていると、アデルの身体から溢れる紅い光が点滅し、程なくしてその光が消えてしまい、アデルはふらりとその場に倒れ込みそうになる。



「おっと、切れちゃいましたね。」



「悪いな、ちょっとだけ待ってくれ。」


「⋯⋯了解です。」


 アデルの身体を受け止めると、コウタはそのまま小さく笑ってそう答える。



「⋯⋯⋯⋯むぅ。」



 それを見てマリーがほんの少しだけ悔しそうに頬を膨らませる。






 その後、コウタ達は数時間かけて様々なフロアを攻略し、着々とダンジョンを進んでいた。






 そしてその夜。



「——はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯結構戦ったな。」



 敵のいなくなったフロアで、腰を落として息を荒らげながら、アデルは小さくそう呟く。



「ええ、そろそろMPが底をつきそうです。」



 同じく、コウタはその横に座って焚き火に薪をくべながら、自らのステータスに目を通す。



「今日はここまでですわね。」



 いつもは何があっても基本的に平気な顔をしているセリアも流石に疲労しているのか、同じように地面に座り込みながら午後七時を指す懐中時計に目を向ける。


「もう⋯⋯身体動かない⋯⋯。」


 最も疲労感を見せていたマリーはアデルの正面にうつ伏せで寝転びながらボソボソと小声で何かを呟いていた。


「今日だけで何体倒しました?」


「サイクロプスにガーゴイル、クラーケンもやりましたわ。」


 地面にぺたりと頬をくっつけながらマリーが問いかけると、セリアは指折りしながらその日の成果を数え上げていく。


「まさか水の存在するフロアまであるとは思いませんでした。」


(それに、二層目からは一匹残らず大規模レイド級の魔物ばかりだった。)


 あくまでそれはコウタの知っている限りではあったが、それでも殆どが同レベルの強さに感じたというのがコウタの受けた印象だった。


「シリスとやらはここで一週間過ごしていたんだよな?」


「ええ、たった一人で。」


「⋯⋯流石だな。」


 アデルは深くため息をついて、顔も知らぬ少女との差を痛感する。


「一人で一週間⋯⋯そういえば今回どの位入っているか、まだ決めてませんでしたわよね?」


 ふと思い出したようにセリアがそんなことを口にする。


「あー、そういえば⋯⋯。」


「一応食料が尽きるまでのつもりだったんですけど、やっぱり目標があった方がモチベーションも上がりますかね?」


 と言っても、用意してきた食料は一週間分しかなかったため、それ以上滞在するには食用として食べることのできる魔物を狩るしか無いのが現実だった。


「なら目標を立てるか?いくつレベルをあげるか⋯⋯とか。」


「レベルか⋯⋯。」


「⋯⋯あ、私、上がってました!」


「⋯⋯⋯⋯。」


 マリーのその言葉を聞いて、コウタは何も言わず三人に〝観測〟のスキルを発動させる。



アデル  lv46


マリー  lv30


セリア  lv47



 そしてコウタがレベル34。


 確かにコウタ自身のレベルも上がってはいたが、ニオンの街での果実狩りの時にレベル三十を超えた辺りからレベルの上がりが緩やかになっているのは感じていた。


「レベルの上がり具合には個人差もありますし、各々自分で目標を立てた方がいいんじゃないですか?」


 見られることを嫌うマリーと、この事になると何故か異様にコウタを責めてくるセリアがいるため、三人のステータスを覗き見たことは伏せてそう言う。



「それもそうだな。⋯⋯では私は四つ上げることにするか。」



「では私も、同じく。」



 どうやらこの二人はレベル五十を目標にするらしい、という思考を頭の中に押し込める。



「私は⋯⋯レベル四十くらいまで上げたいです。」



 ゆっくりと起き上がると、マリーは自身のない声でそう呟く。



「それは少し厳しいのではなくて?」



「十近くも上げるのは流石に無理じゃないか?」



「でも⋯⋯。」


 何か思うところがあったのか、二人に問いかけられてマリーはそのまま何も言えずに黙り込んでしまう。



「⋯⋯⋯⋯まあ、思い詰めてても仕方ないですし、上げれるだけ上げるでいいんじゃないですか。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 コウタが話を断ち切ると、マリーはそのまま口をつぐんだまま斜め下に視線を落としてしまう。





「⋯⋯⋯⋯ん?」



 マリーのその様子を黙って眺めていると、まるで耳元に小蝿が飛んでいるかのような様子でピクリと何かに反応する。



「どうした?」



「⋯⋯少し薪になりそうなものを集めてきます。」


 真っ先にそれに気がついたアデルが問いかけると、少し黙り込んだ後に、そう言って立ち上がる。


「一人で大丈夫か?」


「大丈夫ですよ、戦うわけでもありませんし、今通ってきたフロアなら敵も出てきませんから。」


 心配して身体を起こすアデルを片手で制してそのまま歩き出す。



「私も行きましょうか?」



「大丈夫ですって、それよりセリアさんは二人を回復してあげて下さい。」



 セリアの問いかけにヘラヘラと苦笑いを浮かべながらそう答えると返事を聞くこともなく歩みを進めていく。


「⋯⋯⋯⋯?」


 まるで焦っているかのような、コウタらしくもない対応にセリアは首を傾げながらその背を見つめる。






 そんなセリアの違和感には目もくれず、コウタはアデル達が休憩しているすぐ隣のフロアまで歩みを進める。


「⋯⋯⋯⋯。」


 足音を立てずにフロアの真ん中辺りまで進むと、コウタはそこで歩みを止める。



(このフロアはさっき通ったばかりだった⋯⋯。)



(襲ってきた魔物も倒したから、このフロアにはしばらく他の魔物は来ないはず⋯⋯。)



 そうであるにもかかわらず、コウタの目の前には確かに一つの人影が立ち尽くしていた。


「⋯⋯⋯⋯。」




(なら⋯⋯⋯⋯目の前にいるコレは何者なんだ?)




 背を向けて黙り込むその異質な存在に軽く恐怖を覚える。



「⋯⋯物音がして来てみれば、どういうことです?」



 体力が無いのも、自らの焦りも悟らせぬよう不敵に笑ってみせながら一人立ち尽くすその人影に向かってそう問いかける。



「⋯⋯⋯⋯っ!?」



 するとその影はピクリと反応してこちらを振り返る。


 そこで初めてその影がフードをかぶっていた事を、そのフードの奥の顔が年端もいかぬ少女であった事に気がつく。



「さっき会った調査隊の中にあなたの顔はありませんでしたし、まさか人型の魔物ではないでしょうし、そもそも一介の冒険者が一人で来るような場所でもない。」




「ちょっとそのフード取ってみてくれません?」



 強気な態度で問いかけながら、影に向かって〝観測〟のスキルを発動させる。



「⋯⋯⋯⋯?」



 が、そこで異変が起こる。




(観測のスキルが⋯⋯発動しない?それに、さっきから全く動いてない。)




 ノイズがかかる訳でもなく、〝隠蔽〟のスキルの情報が浮かんでくる訳でもなく、何も映らない(・・・・・・)、それは間違いなく異常な事態であった。


 目には見えているのに、まるでそこに存在していないかのような。


 動画のように移り変わる世界で、一人だけ静止画のようにその動きを停止させるその少女は、コウタの理解の外にいた。


 会話が成立しない、〝観測〟のスキルが機能しない、そうなればコウタのできることは一つだった。



「——召喚」



 鞘に収められたままの剣を呼び出すと、そのまま手を触れることなく少女に向かってゆっくりと飛ばす。


 が、ここでもまた異変は起こった。



「⋯⋯っ!?消えた!?」



 少女の体に剣が触れた瞬間、少女の身体は陽炎のように揺らめいた後、煙のようにそのまま姿を霧散させる。



「⋯⋯いない。」



 慌てて走り寄って確認するが、その場にはすでに足跡しか残っていなかった。



(⋯⋯観測のスキルがうまく働かなかったって事は、幻覚を見せるタイプの能力?いや、視覚に作用する光学系の能力か?)



 状況を即座に把握すると、いくつかの推論を立てて頭を働かせる。



「⋯⋯コウタさん。」



「⋯⋯っ、どうしました?セリアさん。」



 背後から響く聞き慣れた声に反応して即座に召喚した剣を消滅させる。



「遅かったので何かあったのかと思いまして。」



「遅かったって、まだ五分もたってませんよ?」



 戦闘時のような雰囲気で問いかけてくるセリアを見て、コウタは既に彼女が何かに気がついているように感じた。



「なら、早く薪を集めて戻りましょう。」



 まるで皮肉のようにその手に何も持っていないコウタにそう問いかける。



「ええ、すぐ行きます。」



 悟られまいと苦笑いを浮かべながら、足元に落ちる木の枝を拾い上げる。



(⋯⋯どうやらこのダンジョン、敵は魔物だけじゃないみたいだな。)



 地面に残された小さな足跡を睨みつけながら名も知らぬ少女の顔を頭に刻みつけるのであった。


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