百二十話 ダンジョン攻略
迷宮に入ってしばらく歩き続けるが、コウタ達は未だその洗礼を受けることが出来ていなかった。
「思ったより、敵は少ないんですね。」
マリーは拍子抜けした様子で小さく呟く。
「まだ入ったばかりだからだ。」
「入り口付近となれば、大半は既に倒されているでしょうからね。」
下に行けば行くほど敵が強くなるとすれば、当然入り口に近い第一層の敵は冒険者達の獲物となる。
「ええ、だから第一層に最も多く生息しているのは、繁殖能力の高いネズミ型モンスターらしいですよ?」
コウタは直前までいたボウの村で得た情報を三人に伝える。
「⋯⋯噂をすればなんとやら、来ましたわよ。」
「⋯⋯みたいですね。」
唐突にセリアが表情を引き締めてそう言うと、コウタもそれにつられて小さくそう呟く。
視線の先には体長三メートル程の巨大なネズミ型の魔物がコウタ達を待ち構えていた。
「でっか⋯⋯。」
その体躯の大きさにマリーは思わず苦笑いを浮かべる。
「来ますわよ!!」
「キシャァァ!!」
セリアがそう叫ぶと、魔物は真っ直ぐにコウタ達に向かって突撃してくる。
「速っ⋯⋯。」
「——召喚!」
それぞれ攻撃を回避すると、コウタは手元に一本の槍を召喚し、やり投げの要領で魔物の前足に向かって投げ飛ばす。
「⋯⋯カッ!?」
「加速!!」
魔物が怯んだ隙に加速で一気に距離を詰めると足に刺さった槍を引き抜きながらその頬へ蹴りを放つ。
「ブッ⋯⋯。」
「⋯⋯まだだ。」
完全に意識を失った魔物に向かってコウタは再び槍を放つ。
魔物は頭部を串刺しにされると、一瞬ピクンと震えた後、完全に動かなくなる。
「た、倒した⋯⋯?」
「ここはまだ一層です。時間も体力も割いていられませんよ。」
呆けるマリーを横目にそう言うと、コウタは動かなくなった魔物に歩み寄り、その脳天に突き刺さった槍を引き抜く。
「ええ、けど経験値を独り占めしたらあまり意味がありませんわよ?」
セリアの言った通り、この戦闘においては、経験値はコウタにしか入っていなかった。
「どうせ下に行けばもっといいのがいますよ。」
コウタは抜いた槍の刃先についた血を拭いながら至って冷静に答える。
「⋯⋯⋯⋯なんか⋯⋯。」
その動きは一瞬、マリーにはとても冷徹な姿に見えていた。
(⋯⋯動きが洗練されてる。)
その隣ではアデルが全く別の思考を巡らせていた。
前々からコウタの戦闘能力の上達は気になっていたが、ブリカの街での戦闘以降初めて見るその戦いっぷりに思わず自分との差が広がっているのを感じ取る。
「ほら、アデルさんも行きましょう?」
「ああ、分かっているよ。」
(私も負けてられんな⋯⋯。)
強い決意を胸に刻み込むとその決意を表すように腰にかかるその剣を強く握りしめる。
「そういえば今回は消さないのですわね。」
セリアの言葉通り、いつもなら使い捨てにする武器が今回はコウタの手に未だ握られていた。
「ええ、武器を召喚するのもMPがかかりますからね。なるべく消さずに使い続けようかと。」
そう答えると血を拭って綺麗になったその槍をクルクルと回し始める。
「連戦になればMPの消費は死活問題になりかねんからな。」
「⋯⋯と言っても、やっぱり一層の敵は少ないですね。」
アデルの言葉にマリーは苦笑いでそう続ける。
「探索され尽くしていますから多少は仕方ないですわね。」
紙いっぱいに道のりが書かれている地図がいい証拠であった。
地図にある道は探索済みである為、素直に正規ルートを通っていたコウタ達が魔物とほとんど出会わなかったのは当然の結果であったのかもしれない。
「ここの魔物は他とは全く違う特殊な生態系をしているからな。この迷宮の一つ一つのフロアが魔物の住処になっているのだ。」
「フロアそのものが縄張りになっているからこうやって敵を倒しても他のフロアの敵がやって来ることが無いんですね。」
「そうだ。そしてその習性を利用してダンジョン内に拠点を作ることで長期間の探索が可能となっているのだ。」
恐らくシリスが以前ここにきた時も同様の手段で過ごしていたのであろうと勝手に予想を立てる。
「大小様々なフロアが数珠のように繋がり、その中に様々な生態系が絶妙なバランスで共存し合っている。故に、数珠繋ぎの迷宮。」
「あれ?でもそれだと餌とかはどうなるんですか?ダンジョンに籠りっぱなしじゃ餓死しちゃいません?」
マリーはそこまでの説明を聞いて違和感を訴える。
「一層の敵はダンジョンの外から、二層の敵は一層目から、そして三層の敵は二層から餌を得るらしい。」
そうやってダンジョン内にも食物連鎖らしき生態系が組み上がっているのであった。
「だから一層目にいる敵は繁殖能力の高いものしかいなかったんですね。」
そうでなければ外敵と捕食者に挟まれてあっという間に絶滅の道を辿ることになるであろう。
「それにこうやって定期的に都合の良い餌が侵入して来ますからね。」
一瞬、セリアの笑みが黒々と輝く。
「案外二層三層あたりの魔物は餌には困っていなかったりして。」
軽口を叩くようにコウタもその言葉に同調する。
「怖いこと言わないでください!!」
「⋯⋯すいません。」
「うふふ⋯⋯。」
マリーがそう叫ぶと、二人は苦笑いを浮かべてお茶を濁す。
「⋯⋯それより、次のフロアを抜けた先に下に繋がる道があるらしいですよ。」
しばらく歩くとコウタは地図を片手にそう呟く。
「⋯⋯一層最後のフロア⋯⋯は何もいないみたいですね?」
マリーは真っ先に細い道を抜けて一際大きなフロアを見渡すがそこには敵となる魔物の姿は無かった。
「⋯⋯いいえ、いますわ。」
「⋯⋯へ?」
最初に異変に気付いたのはセリアだった。
「⋯⋯上だ。」
「来ます!!」
「⋯⋯⋯⋯!!」
アデルの叫びの直後にコウタ達の頭上から真っ黒な塊が降り注いでくる。
が、アデル、セリア、コウタの三人は身体能力の高さを生かして難なくそれを回避する。
「んなっ!?わぷっ⋯⋯!?」
唯一反応出来なかったマリーは、コウタの手に引っ張られて前方に吹き飛ばされる。
「マリーさん、大丈夫ですか?」
「は、はい⋯⋯。一体何が⋯⋯っ、ひぃぃぃ!?」
コウタの声に反応して背後に目を向けると、マリーはその敵の姿を見て思わず悲鳴を上げる。
「確かに彼らも繁殖力は強いですが⋯⋯。」
その姿を見て、セリアも同時に不快感を前面に表に出す。
「コレは少し精神的にくるな⋯⋯。」
黒光りしたその表皮に、頭に生えた二本の触角、動く度にカサカサを音を立ててはためくそのルックスは、人間には、特に女性には生理的な忌避感を感じざるを得なかった。
「ゴ、ゴキブリ!?」
それはコウタがいた世界でも最も嫌われていた虫であった。だが、それよりも、何よりも問題だったのはその大きさである。
高さだけで二メートルを超え、全長はコウタの推定ではあるが五メートルほどもある超巨大ゴキブリであった。
(⋯⋯先に行った人達がいない。下へ続く道はここだけだから、あの人達はもう奴にやられたか、もしくは素通りしたか⋯⋯。)
「どちらにせよ、僕らに襲ってきたということは、勝てると踏んでるってことですかね。」
思わず頬を引攣らせる女性陣とは違い、コウタはすぐさま思考を展開し、その結論を小さく口に出す。
「それは舐められたものですわね。たかが経験値の分際で。」
それを聞いてセリアはようやくいつも通りのセリアに戻る。
「ええ、だからここはゴキブリらしく叩き潰すとしましょう。」
「⋯⋯⋯⋯!!」
四人が臨戦態勢に入ると、その魔物も再び突撃の態勢を取る。
「また来るぞ!!」
「——聖域」
ゴキブリ型の魔物は瞬時に張り巡らされた障壁に衝突し、その動きを止める。
「——付与」
衝突と共に、コウタは自らに付与魔法を発動させる。
「解きます。」
その言葉と同時に崩れていく障壁の後ろでコウタは強く地面を踏みしめる。
「⋯⋯加速!!」
「⋯⋯⋯⋯!!」
障壁が完全に消えた瞬間、コウタは召喚したままにしていた槍を手に持ち真っ直ぐにそれ突き出す。
「ぎぃ⋯⋯!?」
(硬っ⋯⋯た!?)
突き出された槍は魔物のその硬い甲皮によって阻まれてしまう。
「斬空剣!!」
「⋯⋯、⋯⋯!!」
間髪を入れずに放たれる風の刃を魔物は真っ黒な羽をはためかせて空中で回避する。
「んなっ!?避けられた!?」
「ひぃ⋯⋯!!気持ち悪い!!」
その姿を見てマリーは涙目になりながらさらに怖気立つ。
「めちゃくちゃ硬い上に、速い。」
(そしてそんなのが体当たりしてくれば当然⋯⋯。)
その破壊力は計り知れない。
「⋯⋯⋯⋯!!」
コウタの予想通り、真っ直ぐに向かってきた魔物の攻撃はコウタ達に回避されることで代わりにその先にある地面を打ち砕く。
「こうなりますよねー。」
宙に投げ出されながら、なんとも言えない表情で呟く。
「物理攻撃は効果が薄いし、遠距離攻撃は当たらないか⋯⋯なら。」
「アデルさん、セリアさん、飛び道具の準備を!!」
コウタは危なげなく着地をしながら今度は火力で押し切る為、二人に指示を出す。
「「⋯⋯っ!」」
コウタの声を聞くと二人は小さく頷いて武器を構える。
「マリーさんも魔法の準備。」
「は、はい!!」
コウタに促されてマリーもぎこちなく杖を構える。
「⋯⋯今!!」
「斬空剣!!」
「光芒の聖槍」
「ヒート・キャノン!!」
コウタの合図に合わせて、三人は光、炎、風の三色の攻撃を放つ。
「⋯⋯加速!!」
三人と同時に、コウタは先ほどの戦闘と同様に、やり投げのようにその槍を投げ飛ばす。
が、四方向から襲いくる攻撃をゴキブリ型の魔物は真上に飛び上がることで回避する。
「ちっ⋯⋯また避けられたか。」
アデルの風の刃によって足を一本失いながらも、魔物はピンピンした状態で態勢を立て直す。
「けどそこには⋯⋯。」
「一本、ありますよ。」
コウタの放った槍は、その軌道を上向きに曲げ、空中で着地の態勢を取っていた魔物に時間差で突き刺さる。
「⋯⋯⋯⋯〜〜!?」
魔物が槍に引きずられて背後の壁に激突すると、その衝撃で洞窟の壁は崩れ落ち魔物を押し潰すようになだれ込む。
「⋯⋯やれたか?」
「いえ、手応えが無かった。すぐ来ますよ。」
アデルの言葉に食い気味に反応すると魔物へと覆い被さっていたその瓦礫が少しずつ崩れ始める。
「ちっ、何かないのか!?」
「⋯⋯あの避け方、なんか変だった。避ける攻撃を選んだのか?」
コウタの目には、避ける瞬間、進んでアデルの方向へと逃げているように見えていた。
「⋯⋯てことは、弱点は魔法?いや、炎か?」
慌てるアデルを横目にコウタは頭を抱えてブツブツと呟きながら情報を整理する。
「アデルさん、セリアさん、もう一回お願いします!」
「しかし⋯⋯。」
たった今通用しなかったことを繰り返せという指示を聞いて二人は当然戸惑ってしまう。
「次は左右から、逃げ場なくお願いします。」
「——召喚。」
答えを聞くこともせず、両手に二本、真っ赤な剣を召喚する。
「それって⋯⋯。」
「名は火竜、有する能力は火属性攻撃です。」
何処かで聞いたことのあるような口上でそう答えるとコウタは腰を落として低く構え直す。
「マリーさんは二人とタイミングをずらして魔法を撃って下さい。」
「⋯⋯え?あ、はい。」
混乱からか、二人とは違ってマリーはその指示を素直に受け入れる。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「⋯⋯やはり出てきた!」
「アデルさん、セリアさん!今です!!」
瓦礫を押し退けて顔を出すゴキブリを見るとすぐさまコウタは指示を飛ばす。
「斬空剣!!」
「光芒の聖槍!!」
左右から飛んでくる風の刃と光の槍を、先程と同様、真上に飛び上がることで回避する。
「⋯⋯っ、またか!」
アデルは小さく歯噛みしながら飛び上がるゴキブリを見上げる。
「——マリーさん、今です!!」
「ヒート・キャノン!!」
合図と共にマリーは二人に若干遅れてその掌から巨大な火の玉を放つ。
が、当然魔物の方もそれをしっかりと見ており、再び羽をはためかせることで回避しようとする。
「加速!!」
打ち出された炎の玉と同時にコウタは魔物に向かって走り出すと、マリーの放った火の玉に自らの二本の剣を突き刺す。
「って、コウタ!?」
するとその炎は徐々にコウタの剣に吸い込まれるようにまとわりつき始める。
「いきます!合体技!!」
まるで闘牛のように二本の剣を真っ直ぐに構えると宙に留まるゴキブリに向かってその刃を向ける。
「——フラン・ホルン」
突き出された二本の炎の剣は、魔物の身体を真下から貫き程なくしてその身体を燃え上がらせる。
「⋯⋯〜〜!?⋯⋯!!」
魔物は不完全な体勢で地面に落ちると、バタバタと悶え苦しみながら燃え上がっていく。
「倒した⋯⋯か。」
完全に動かなくなった魔物を見て、アデルは大きく息を吐く。
「やっぱり、炎が苦手だったみたいですね。」
目を見開くマリーの横で、落ち着いた様子でコウタは分析する。
「運が良かったということか?」
「そうですね、マリーさんがいなかったらもう少し本気でやらなくちゃダメでしたからね。」
「あはは、お役に立てて良かったです。」
マリーはその言葉を聞いて何故かぎこちなく笑みを返す。
「⋯⋯さ、行きましょう。次は第二層です。」
その言葉を聞き流しつつ、そう言って表情を切り替えると、コウタ達は未知の敵が待ち受ける下層へと続く階段を降りていく。