十二話 VSワイバーン
作戦会議を終え、全員が所定の位置につく。
コウタのところにはアデルを含めた前衛組が三名、魔法職と回復職が二名ずつとコウタの計八名がいた。
「確かワイバーンが地面に着地した瞬間に三方向から、魔法を打ち込んで、ジークさんの合図で前衛が突撃。でしたよね?」
「そうだ。最初に突撃するのは私とそこの男だ。」
コウタが改めて確認の為に尋ねると、アデルはマジックバックから盾を取り出し装着しながら答える。
「えっと⋯⋯セロリさんでしたっけ?」
「セシルだっ!!覚えろ!!」
コウタが問いかけると、セシルと名乗る男は任務中だからかあまり大きな声を上げずに訂正する。
「ああ、失礼。では僕は開始と同時にお二人に付与のスキルをかけますので、気にせず突っ込んで下さい。」
「そうか、頼むぞ。っくっくっくっ⋯⋯ああ、楽しみだぜ。この剣の切れ味を試すのが。⋯⋯はぁはぁ⋯⋯ああ⋯⋯これ高かったんだぜ?速く斬りてぇ⋯⋯。」
コウタの雑な指示を聞き流すと、セシルは短くそう返しながら持っている剣に頬を寄せて悦に浸る。
「気持ち悪いですね。」
「ああいうタイプには近づきたくないな。」
二人はターゲットのポイントに目を向けながら本人に聞こえないようにそんな言葉を吐き出す。
(観測!)
が、それはそれとして、コウタはセシルの持っていた剣が気になり一応、詳細を見てみることにした。
〝龍殺しの剣〟特殊な鉱石を用いた剣。高い耐久力を有する。ドラゴン族のモンスターに対し強力な力を発揮する。
(なんか、かっこいい!!)
思いのほか名前がかっこよかったせいか、コウタは目をキラキラさせて、その剣に熱い視線を送る。
「さ、触らせんぞぉ!!」
それに気付いたセシルはその剣を抱きしめるように抱えて抵抗の意を示す。
「ほらほら、あなたたち。そろそろ気を引き締めなさい?もう来てもおかしくない時間なんだから。」
そんな二人を諌めるように一人の後衛の女性が小さな声で言葉を発する。
「えっとあなたは⋯⋯?」
「ベルンよ。職業は魔道士、闇属性の攻撃魔法が得意よ。よろしくね。」
コウタは柔らかい笑みを浮かべる女性を見て落ち着いた大人の女性、といった印象を受ける。
「よろしくお願いします。」
「うふふ。カワイイわね。まさかこんな子がグランドボアを倒すなんてね。私、少しあなたに興味があるわぁ。」
愛想よく挨拶をするコウタに女性は妖しい笑みを浮かべ、ゆっくりとにじり寄りながらその頬に手を伸ばす。
「「「ゴクッ⋯⋯。」」」
その妖艶な表情にコウタではなく彼の周りの人間が緊張して生唾を飲む。
が、当のコウタは一切動揺することもなくその手を片手で制してニッコリと笑う。
「たいした事ありませんよ。それより⋯⋯来たっぽいですよ。」
笑みを崩さぬまま空中に目を向けてそう言うと女性の表情はすぐに仕事モードに切り替わる。
「来たぞ!全員構えろ。」
少し遅れて別の待機場所から聞こえて来たその言葉を聞き、その場にいた全員が臨戦態勢に入る。
「デケェ、あれがワイバーンか。」
紅の鱗を纏って巨大な翼を広げる龍を見て、セシルは苦笑いを浮かべながら小さくそう呟く。
ワイバーンと言われるそれは頭から尻尾にかけて約十メートルはある巨大なサイズであった。
「「「砲撃!!」」」
ワイバーンの足が地面に着くと三ヶ所から同時に魔法による砲撃の合図が出る。
「⋯⋯⋯⋯ッ!?」
「⋯⋯今です!」
飛び交う無数の魔法がワイバーンに直撃し、呻き声が上がると、それを見たコウタが声を張り上げる。
「突撃ぃぃぃ!!」
張り上げられたジークの声に反応してアデル、セシルを含めた前衛組が一気に前に出る。
「さて、いきますよ。新技!付与・守!!」
それを確認すると、コウタは前を走る二人に同時に付与魔法をかける。
「⋯⋯っ、二人同時か。」
コウタは新スキル、〝並列付与〟の効果によって一度で複数人にまとめて付与をすることができるようになっていた。
〝付与・守〟指定した仲間の物理耐性と魔法耐性を一定時間上昇させる。
〝並列付与〟付与の対象を増やす。レベルが1上がるごとに同時に付与できる対象が一人増える。
「くらえ!」
別の位置にいた、剣士の冒険者がいち早くワイバーンにたどり着き剣を振るうが、その攻撃は硬い鱗によって阻まれる。
「なっ⋯⋯!?」
攻撃が直撃したのにも関わらず、全くの無傷である事に驚くと、その冒険者は慌てて距離をとる。
「流石の守備力か⋯⋯おい!セシルとやら、貴様の剣なら貫けるか!?」
アデルはその光景を見て、咄嗟に隣を走るセシルに短くそう尋ねる。
「へっ、おうよ!!やってやらぁ!」
「そうか、なら攻撃は私が受けよう。」
「死ぬなよ!!」
そう言うとセシルは走るスピードを上げてアデルの前に出て一気にワイバーンとの距離を詰める。
「いくぜ!龍殺しの剣!おおぉぉぉ!」
「ガァァァァァアアアアァァァァ!!」
セシルが斬りかかる為に高く飛び上がると、ワイバーンもそれに反応して尻尾を振るう。
「シャット・アウト!!」
ワイバーンの攻撃がセシルの身体に直撃しかけたその瞬間、咄嗟にアデルが間に割り込む。
張り上げられた尻尾はセシルに当たる直前にアデルの盾に阻まれてその動きを止める。
「爆裂斬!!」
そして、それによって生まれた隙をついてセシルは無防備になったワイバーンの胴体に剣で斬りかかり、硬い鱗を貫いてその肉体に傷をつける。
〝シャット・アウト〟騎士の専用スキル。使用者の全ての耐久力を数秒間大幅に上昇させ、スピードを大幅に下げる。
〝爆裂斬〟ノーマルスキル。斬撃に爆発の威力を上乗せする。
「グギャァァォ!!」
「うおっと、あぶねぇ!」
驚いたワイバーンが噛みつくように反撃するが、二人は慌ててそれを回避する。
「傷が浅いな⋯⋯。」
「ああ、やっぱ硬え。」
ある程度余裕を持って距離を取る二人は、視線を動かす事なく冷静に敵の分析に入る。
「貴様の扱い方が悪いのではないか?」
悔しそうに歯噛みするセシルに対して、アデルはジットリとした視線を投げかける。
「そ、そんなことねーよ。⋯⋯多分⋯⋯。」
するとセシルが自信なさげに視線を外しながら、そんな言葉を返す。
「まぁいい、もう一度行くぞ。」
「ああ!!」
だがその後、しばらく戦闘を続けていたがワイバーンの鱗が硬すぎるせいでまともなダメージを与えることができなかった。
「——やはり硬い。」
「ああ、傷はつくけどダメージは大して入ってねぇな。」
「無理するな。交代だ。」
「了解!」
アデルもセシルも身体にダメージが蓄積してくる。それを見てジークが交代の指示を出す。それでも回復が追いつかず、前衛は五人にまで減る。
「付与!!」
そんな中、コウタは前衛組に何度目かの付与をかける。
「よし、いける!」
「まだまだぁ!」
付与魔法をかけられた冒険者は意気揚々とワイバーンに向かって走り出していく。
「ふぅ⋯⋯。」
コウタは駆け抜けていく冒険者達の背中を見ながら、小さくため息をついて肩を落とす。
「コウタ!無理をするな!少し休め!」
ジークがそう言うと、コウタは手のひらをジークに向けて静止させる。
「分かりました。では、やれることをやってみます。」
コウタは意味深な言葉を吐き出すと、小さく腰を落として。ワイバーンに向かって走り出す。
コウタは自らに付与魔法をかけながらワイバーンの周りをクルクルとまわり、マジックバックに手を突っ込む。手を出すとその手にはナイフが握られており、コウタはワイバーンに向かってそれを投げつける。
(投げナイフ!たしかにそれならオリジナルスキルをごまかせる。)
「グルァァァァ!!」
「チッ⋯⋯ならこれで!」
ワイバーンがコウタに迫ってくると今度は体を回転させマントを翻しマントの中で剣を作り直接投げ飛ばす。
「あの子、暗器も使えるのね!」
突然の攻撃にワイバーンは一瞬だけ怯んだ様子を見せると、その隙にコウタは距離を取る。
(なるほど、マントやマジックバックはスキルを隠すためのものか。だが⋯⋯。)
「コウタ!!やはりあまり効いていない!!無理をせず後衛で戦っていろ!」
怯みはするがやはり決定打にはならない事を確認すると、ジークは冷静に状況を判断してコウタに指示を出す。
「はい、そうします!」
(それに⋯⋯そろそろMPが切れる。)
MPの回復のためその場から少し下がり、膝をついて休憩していると、他の冒険者の治療を行なっていたロズリが声をかけてくる。
「どうしたのですか?」
「MPが切れそうなんです。」
治療の片手間でそう尋ねるロズリに対してコウタは少しだけ苦々しい笑顔でそう答える。
「ならばこれで⋯⋯。」
そう言ってロズリはコウタに向かって手のひらを向けると、ロズリの手のひらとコウタの体が輝き出し、MPがみるみる回復していく。
「⋯⋯これは?」
「〝マナリターン〟、私のMPを少しあなたにお渡ししました。」
「すいません、ありがとうございます。」
ロズリに礼を言いつつ、コウタが戦場に目を向けると、付与の効果で前衛組のステータスは上昇していたがそれでも決定的なダメージを与えられず少しずつ押され始めていた。
「ガァァァ!!」
一向に冒険者を狩り切れない事に痺れを切らしたのか、ワイバーンはそれまですることのなかった低空飛行で冒険者たちを襲う。
「うわぁ!」
広げられた翼に直撃した二人の冒険者が強烈な衝撃波と共に吹き飛ばされ傷を負う。
「チッ、交代だ!」
「ダメです!まだ回復しきっていない。」
ジークが交替の合図を出すと、他の冒険者の治療を行なっていたロズリが慌ててそう返す。
「クソッ、前衛もほとんどやられちまったのか。」
「っ!!ジークさん後ろ!!」
「なっ、しまっ⋯⋯。」
苛立ちと共に歯噛みするジークの隙をつくようにワイバーンは彼に向かって炎の塊を吐き出す。
「斬空剣!!」「ダークネス・レイ!」
が、炎の塊はアデルの放ったかまいたちのような斬撃とベルンの闇の閃光にぶつかり、軌道が逸れ、ジークに直撃することはなかった。
〝斬空剣〟ノーマルスキル。斬撃に風属性を纏わせ飛ばすスキル。
〝ダークネス・レイ〟魔道士専用スキル。闇属性の魔法攻撃。
軌道を外した炎は近くの木にぶつかり、あっとゆう間に焼き尽くす。
「すまねえ、二人とも!」
「気にするな、これ以上減られると、こっちの負担が増える。」
「気を付けなさい。こっちだって毎回フォロー入れられるわけじゃないわ。」
衝撃から守るように顔を覆いながらそう言うジークの言葉に、二人は淡々としながらも各々言葉を返す。
「ああ、分かってる。」
ジークは元気よく返事を返すが、それでも前衛の数は少しずつ減ってきているのも事実であった。
前衛の冒険者はすでにアデルとセシル、ジークしか残っていなかった。
(とは言っても、正直今のままでもいっぱいいっぱいだ。他の奴が例え回復しても、奴にダメージを与えられるのは今立ってる三人だけ、それに今の所決定的なダメージは一つも入っていない。)
そして同じ前衛であるアデルやセシルも、その事実に少しずつ焦りを感じ始める。
そしてそれは後衛も同様であり、焦りからか互いの行動は少しずつ空回っていき、連携がうまく取れなくなってくる。
「わ、わたし回復します!」
全体が浮き足立ち始めた頃、一人の幼い僧侶の少女が回復のために倒れている冒険者の元に向かう。
だがその行動は完全に裏目に出る。
「っ!?バカ!!前に出すぎだ!!」
「⋯⋯⋯⋯え?」
「グルァァァァ!!」
後衛から外れ、完全に浮いた駒となった少女に、ワイバーンが襲いかかる。