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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百十九話 数珠繋ぎの迷宮


——コウタ達がブリカの街を出て一週間後。


 先の戦いで負った傷も長旅の合間に完全に回復しきったコウタ達だったが、密閉された馬車の中でやることもなくめっきり暇を持て余していたのであった。



「ふぁ⋯⋯はぁ、退屈ですね。」


 それと同時に、コウタ達の身体は怪我とは別の問題に悩まされていた。


「流石に一週間近く座りっぱなしは腰にきますわね。」


 深いあくびの後にため息をつくコウタに、セリアはトントンと腰を叩いてそう答える。



「腰というか、身体の節々が軋んでるような気がします。」


 コウタはその横で大きく伸びをしながらバキバキと全身の骨を鳴らす。



「「はぁ⋯⋯。」」



「はぁ〜⋯⋯。」



 馬車の中で二つのため息が重なる。が、約一名まったく感じの違うため息を吐く少女がいた。



「えへへ⋯⋯。」



 マリーは二人の視線を受けていることも気付かずただひたすら白い紙袋を見て恍惚とした笑みを浮かべているのであった。



「⋯⋯マリーさん、ずっとそれ見てますね。」


「え?⋯⋯あ、はい!」


 コウタに声を掛けられてようやく視線を集めていることに気付くと、マリーはその小さな体をピクリと震わせて反応する。



「何が入ってるんですか?」



「えっと⋯⋯ドレスです。」


 コウタが首を傾げて問いかけると、マリーは少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らしながらそう答える。



「⋯⋯ドレス!?」



「ほら、見ての通り。」


 コウタが強く食いつくと、マリーは得意げに青いドレスを紙袋から取り出して広げてみせる。



「⋯⋯っ!これって⋯⋯。」



 コウタはマリーが袋から取り出したドレスを見てコウタは強く反応する。


 何故ならコウタはそのドレスに見覚えがあったからである。



「はい、二人で買い物してた時に見たやつです。」



 深海のような青に品のある漆黒が組み合わされたそのドレスは、間違いなくブリカの街で見たもので間違いなかった。


「何故そんなものを?」


 そんな話など聞かされていないセリアは、首を傾げながらマリーに問いかける。



「街を出るときに⋯⋯。」



 えっと、と付け加えながら、マリーは小さくそう呟く。


「買ったんですか?」


「ち、違いますよ!?」


 甘やかそうとしていたコウタが言えた話ではないが、まさか本当に買うとは思っていなかったため、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。


「そうじゃなくて、結婚の話が無くなって使い道がないからって言ってくれたんです。」


 嬉々として語るマリーの話を半分ほど聞き流しながら、セリアはそのドレスを隅々まで見ていく。


「ミニスカートになっていますわ。」


「あ、本当だ。どちらかというとパーティードレスって感じですかね。」


 セリアがそれに気がつくと、コウタはショーウィンドウに飾られていた時のロングスカートだった方のドレスと比べてそう解釈する。


「出来るだけ着る機会を増やす為の工夫では?」


「はい、多分そうだと思います。」


 ウエディングドレスでは着るのは一回だけだが、パーティードレス仕様ならば本人次第ではあるが、複数回着ることが出来る。


 そんな店主の計らいにマリーは嬉しそうに頬を緩ませる。


「じゃあ、今度着て見せて下さいね。」



「えっ?あっ⋯⋯ま、また今度で⋯⋯⋯⋯。」


 コウタがニッコリと笑いながらそう言うと、マリーは何故か顔を赤くして目を逸らしながら小さく返事をする。



「——そういう話もいいが、そろそろ到着するぞ。」



 そうしていると、御者台の方からそれまで黙って話を聞いていたアデルが呆れたような口調で三人にそう言い放つ。


「「「はーい。」」」


 それを聞いて三人は同時に間延びした返事を返す。



「ちなみに、今横に見えてるのが今回の目的だ。」


 アデルは視線を前に向けながら、遠目に見える大きな岩のような影を指差す。


「おお、あれが⋯⋯。」



「あれが、数珠繋ぎの迷宮⋯⋯。」


 コウタの目にはそれが迷宮の入り口であるのははっきりと見えたが、中は暗くなっており、それ以外の情報はほとんど得られなかった。



「馬車を村に止めたら徒歩であそこまで向かう。どうする?一泊してから向かうか、それとも準備が出来次第すぐに向かうか?」


 空を見るとまだ明るく、村に荷物を置いて行ってもまだ余裕のある時間帯であった為、アデルは三人の意見を求めてそう尋ねる。


「すぐにしましょう。馬車に乗りっぱなしで身体も固まってますし、なによりこういうのは早い方がいい。」


鈍りきっていた身体を今すぐにでも動かしたいコウタは即答でそう返す。


「私もそちらの方が良いですわ。」



 セリアはトントンと肩を叩きながらそう続けてコウタの意見に同調する。







 村に到着すると、コウタ達は話し合って決めた通り、荷物と馬車を置いてすぐさまダンジョンへと向かって村を出る。


 柔らかい暖かさと共に斜めに照りつける茜色の光を浴びながらコウタ達は草原の道を進んでいく。


「ん、んん⋯⋯。」


 コウタは体いっぱいに光を浴びて大きく伸びをする。


「久々に外を歩きましたわね。」


「これからすぐ地下に潜るんですけどね。」

 戦場に向かっているとは思えないほどの二人の気の抜けように、マリーは苦笑いで横槍を入れる。


「⋯⋯⋯⋯。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 それまでリラックスした表情で歩いていた二人は、一転して黙り込む。


「⋯⋯やはり一日休みません?」


「今更過ぎます。」


 爽やかな笑みで問いかけるセリアに、コウタは深いため息をついてそう返す。


「はぁ⋯⋯憂鬱ですわ。」


「ほら、着いたぞ。」


 そんな憂鬱など気にする事もなく、アデルは三人を諌めるようにそう言うと、声に応じて他の三人も同様に表情を引き締める。



「⋯⋯やはり、雰囲気が違いますわね。」


「ああ、やばそうなのが沢山いる。」


「すっごく嫌な感じです。」


 女性陣三人は三者三様の反応を見せつつその暗い穴の底を覗き込む。


「⋯⋯⋯⋯行きましょう。」


 その中で唯一、コウタだけは笑みをこぼしてその中へと歩みを進める。






 中に入ると、薄暗い洞窟の奥から冷たい風が吹き付けてくるのを感じ取る。


 鼻腔をくすぐる湿っぽい匂いの中にほんの少しだけ混じっていた鉄の匂いでコウタはこの先に待ち構える敵の強さを想像する。


「⋯⋯やっぱり暗いですね。」


「まあ洞窟ですしね。」


 その恐ろしい雰囲気からビクビクと震えるマリーの横で、コウタは真剣な表情でそう答える。


「ちなみに中の構造とかは分かりますの?」


 ゴツゴツと整備されているとは言い難い岩肌に手をつきながらセリアはコウタの方を向いてそう尋ねる。


「はい、さっきの村で地図を貰ったので、むごっ⋯⋯。」


 返事をして地図を開いてそう答えると、両サイドからセリアとマリーの頭が頬に突き刺さる。


「どれどれ⋯⋯?」


「随分と細かい地図ですけど、なんか下に行くにつれて部屋が減ってません?」


 取り出した地図をなぞりながらセリアは不思議そうに首を傾げる。


「しょれはまだ調査が済んでないからだそうです⋯⋯と。」


 まじまじと地図を覗き込む二人を優しくどかすと頭を引っ込めて二人の後ろから再び地図を覗き込む。


「このダンジョンは第一層から第三層まであるらしく、下に行けば行くほど魔物も強くなるそうです。」


 と、同時に地図を見る限り、部屋自体の大きさも少しずつ大きくなっているように見えた。


「じゃあ、魔物が強過ぎて調査が出来ないって事ですか?」


「そういう事じゃないないか?」


「⋯⋯四層です。」


 アデルとマリーのその会話を断ち切るようにコウタはそう呟く。


「⋯⋯へ?」


「このダンジョンの最下層は第四層です。」


 首を傾げて問いかけるマリーの横で、コウタは真剣な表情でそう言いなおす。


「ですが⋯⋯。」


 地図には確かに三層までのフロアしか描かれていなかった。


「ここです。⋯⋯此処から更に下に行けるそうです。」


 その地図に描かれた第三層のフロアのある一点を指差すと、コウタは真剣な表情でそう答える。


「シリスさんはたどり着いたみたいですよ。最下層に。」


 それは去り際にシリスが教えてくれた情報であった。


 楽しんでいるようにも見える苦笑いを浮かべてコウタはセリアの顔を見つめ返す。


「⋯⋯ならば我々もそこに?」


「いえ、今回はやめておこうと思います。」


 コウタから飛び出した返答に、三人は一瞬、自分たちの耳を疑う。


 いつものコウタなら間違いなく挑戦したいと言うはずと勘ぐっていたのにもかかわらず、いざ出てきた言葉が予想以上に否定的であったため、三人とも上手く次の言葉を出せずにいた。


「シリスさんは前回、ここでレベル上げをした時、主に第二層で鍛えていたそうです。」


「そして最後の一日だけ第三層に挑み、偶然この入り口を見つけ、そして挑戦したらしいです。」


 沈黙を作る暇すら与えずにコウタは言葉を紡ぎ続ける。


「それで、結果は⋯⋯?」


 アデルは短くそう問いかける。


「結果だけ言えば、勝ちはしたらしいです。けどその一戦で力を使い果たし、そのせいで逃げる体力すら無くなってしまったらしいです。」


「その時はたまたまレウスさんが迎えに来ていたから助かったらしいですけどね。」


 つまりはシリスほどの実力を持ってしても四層目は運に身を任せざるを得なかったということだ。


「⋯⋯⋯⋯。」


 シリスの実力を目の前で見せつけられたマリーは一際その恐ろしさを思い知らされる。


「ならどうする?私達も同じように二層でレベルを上げるか?」


 それを知らないアデルは、淡々とした様子でコウタに問いかける。


「そこは様子を見て、ですかね。こっちは四人ですし、実際やってみて行けそうなら行く感じで。」


 最悪の場合霊槍を使うという手があるからか、コウタは若干の余裕を持ってそう答える。


「そうか、ならば行こう。」



「——おいおいなんだぁ?このガキどもはよ?」


 いざ迷宮の奥へと進もうと覚悟を決めたその瞬間、ふとその背後から野太い男の声が聞こえてくる。


「⋯⋯?」


 その品のない声に、セリアは思わず気の抜けた表情で首を傾げてしまう。



「おいおい坊ちゃん、ここはお前みたいなガキが来る場所じゃないぜ?」



 振り返るとそこには冒険者と思われる集団と、それとはまったく雰囲気が違うお城の兵士風の人間達の混成部隊と思われる人々が立っていた。



「貴方達は?」



「俺らは調査隊だ。リューキュウからの直々の依頼でここに来た。後ろにいるのは王国の兵士だ。」



 コウタが問いかけるとリーダー風の男が得意げに答える。



「調査?」


「リューキュウの国はこの迷宮の管理保全に乗り出したんだよ。その為の第一回調査隊が俺たちって事だ。」



 男がそう言って後ろを向くと、兵士達が無感情に首を縦に振る。



「分かったらとっとと帰って風呂でも入って寝てな。」



 男はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべて洞窟の奥へと消えていくと、後ろにいた冒険者達と、鎧を着た男達はそれについて行くように同じく洞窟の中へと進んでいく。



「⋯⋯なんだったんでしょうね?」



 普通なら不快な気分になるところだろうが、コウタ達は少し違った。


「さあな、それより早く行こう。」


 まったく興味のないもの。


「はーい。」


 言われてる事の意味が分かっていないもの。


「あちらに邪魔されないように気をつけましょう。」


 最初から見下しているもの。


 それぞれ様々な反応を見せながら一行は洞窟の奥へと向かっていく。







 その頃、洞窟の奥深くではその声を聞きつけた一人の少女がいた。


 明確な居場所で言えばコウタ達のいる入り口から二フロアほど離れたところ。


「あわわ⋯⋯ど、どうしよう。人がいっぱい来ちゃった⋯⋯。」


 少女は連続で聞こえてくる足音から逃げるように慌ててダンジョンの奥へと進んでいく。



「見つかったら、殺されちゃうよ⋯⋯。」



「誰か、助けてっ⋯⋯!!」


 フードを深く被り直して少女は涙目になりながら小さくそう呟く。



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