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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百十六話 それでも君を


 二日後、コウタ達一行はロルフの屋敷の一室を借りて療養に努めていた。



「⋯⋯入りますよ。」



 コウタは慣れた様子で部屋のドアをノックすると確認を取るように部屋の中に声を投げかける。


「⋯⋯どうぞ。」


 中からはコウタの声に反応して柔らかい声で返事が返ってくる。



「失礼します⋯⋯と、治療中でしたか。」



 中に入ると、まず先にベッドの上で身体を起こしてこちらを向いているセリアと、その横で屋敷の使用人らしき女性に治療を受けているアデルが目に入る。


「もうすぐ終わりますから、大丈夫ですよ。」


 アデルの耳に向かって回復魔法を発動させている女性はコウタに気を使ってそう微笑みかける。


「治療どころかベッドまで借りてしまって、本当に色々とありがとうございます。」


 コウタはそれを見てさらに仰々しく頭を下げる。


「いいえ、アデル様方は街を救った恩人ですから。このくらいなんてことないですよ。」


「それで、調子はどうですか?」


 なんとなくくすぐったい気持ちになりながら、ベッドに座り込む二人の容体を訪ねる。



「私はもう殆ど大丈夫なんだがな。」



 すると、それまで黙って治療を受けていたアデルが口を開く。



「私はもう少しかかりそうですわ。」



 それに続くようにセリアは苦笑いでそう答える。


「まだフラフラします?」


 二日前の戦いで負ったセリアの傷は完全に塞がっていたが、彼女には別の問題があったのである。



「ええ、先の戦いで血を失い過ぎてしまいましたわ。肉が食べたいです。」



 若干青白い顔をしていながらも、元気そうにしているセリアを見て、コウタも内心ホッと胸をなで下ろす。





「——ならば丁度良かったです。お食事の時間ですよ。」


 するとその話を聞いていたのか、部屋の外からアリアが顔を覗かせる。



「お昼はお肉ですよ〜。」



 そしてその後ろからマリーが昼食と思われる品々の乗ったワゴンを押しながら現れる。


「マリーさん、どこ行ってたんですか?」


「ちょっとお手伝いしてました。」


 首を傾げるコウタにマリーはニッコリと笑ってそう答える。


「コウタ様も食べていかれますか?」


「いえ、僕達はさっき外で食べてきたので。」


「ではお飲み物でもいかがです?」


 アリアはまるでホテルの従業員のような態度でそう言うと両手にティーカップとポットを用意する。






 その後、コウタ達とアリアを含めた五人は部屋のテーブルの椅子に腰掛けると事件後初めての情報交換を始める。



「それで、あの後、どうなりましたの?」



 最初に口を開いたのはセリアであった。


 空腹からかセリアは問いかけと共に上品な手つきでステーキにナイフを入れていく。



「僕が相手をした男はセリアさんが相手をした女の方に強引に撤退させられた感じですね。」



 ミルクの多めに入った紅茶を啜りながらコウタは脱力した様子でそう答える。



「それで、すぐ私のところに来た訳か。」



 アデルはそう言って相槌を打った後、セリアと同じようにミディアムレアの肉を口へと運び込む。



「はい、そして丁度同じくらいの頃に門での戦いも終わっていた⋯⋯ですよね?」



「えっと、そうです。いきなり現れた私と同い年くらいの女の子が助けに入って、一撃で敵を全滅させちゃったんです。」



 コウタに話を振られたマリーは身振り手振りを加えながら興奮気味に答える。




「シリスさんでしょうか?」



「恐らく、と言うか十中八九そうでしょう。」


 セリアとコウタは視線を合わせて同時に確認作業をとる。



「セリアさんのことを教えてくれたのもその人ですし、そうだと思いますよ。」



 あまり興味が湧かないのか、マリーは話をしながら両手でティーカップを持ちふーふーと息を吹きかける。




「ですが、マリー様が行った直後に、我々を氷の魔法の中に閉じ込めて来たのですが、何か理由があったのでしょうか?」



 アリアの言葉通り、あの時のシリスの攻撃は冒険者を誰一人傷つけることなく氷の膜に閉じ込めていたのであった。


 まるで最初から閉じ込めることが目的であるように。


 アリアはその出来事を思い浮かべて不思議そうに問いかける。



「考えられるのは立場上仕方なく、とかじゃないですか?」



「一応中立派ですから、片方にだけ攻撃をすれば間違いなく今後の魔族側との関係は悪化するでしょうし。」


 シリスとの会話や彼女の立ち回りからコウタはなんとなくそんな予想を立ててみる。



「魔族側だけ全滅させて人間側は誰一人傷付いてないんじゃ意味があるのか怪しい所ではありますが。」



 セリアは苦笑いを浮かべてその言葉に疑問を呈する。



「その辺はどうにでもなるんじゃないですか?例えば、先に攻撃を仕掛けて来たのは魔族側だ、とか、人間側に強力な魔法使いがいて魔法を相殺されてしまった、とか。」



 シリスの性格的にその辺りはどうにでもこじつけそうであると、そこそこ辛辣な評価を下しながら納得する。



「それで?呪剣の方はどうなりましたの?」



「呪剣は⋯⋯後から来たリーダーと思われる男に奪われてしまいました。」


 唐突に投げかけられた質問に、答えずらそうにそう口を開く。



「⋯⋯呪剣使いは?」



 それを見て情けない、といった感情が湧き上がりながらもセリアは話を進めるために一旦それらの思考を切り離してそう問いかける。



「現在意識不明で別の部屋で寝ています。目が覚め次第裁判にかけるために別の街に護送するはずです。」



 コウタよりもレミラの経過をより知っているアリアが代わりにそう答える。



「⋯⋯⋯⋯結局勝ったのですか?」



「⋯⋯誰も死んでませんし、僕達的には勝利って事でいいんじゃないんですか?」



 コウタの言う通り、呪剣を奪われた事を除けば街を守るという当初の目的は達成されているため、勝利といっても差し障りはなかった。


 が、コウタ達にもう一つの条件を加えた彼女については話が違った。



「彼女達的にはどうなのでしょうかね。」



「さあ、そればっかりは直接聞いてみるしかないですね。」



 セリアの問いかけに、コウタはため息混じりにそう答える。



「と言っても何処にいるのかも分からないしな⋯⋯。」




「いや、そのことなんですけど——」




「——失礼します。」



 コウタが憂鬱そうに呟くアデルに対して口を開こうとすると、その言葉はドアの向こう側から聞こえる声に遮られる。



「はい、なんでしょう。」



「アリア様、例の彼女が目を覚ましました。」


 コウタが返事を返すと、ドアの向こうから男性がそう答える。



「⋯⋯⋯⋯っ!」



 それを聞いてアリアとアデルがその場から立ち上がる。



「二人は此処にいて下さい。」



 だが同時にコウタがアデルの肩に手を置き、その動きを制する。


「しかし⋯⋯。」


「分かりましたわ。」


 もしもの時に足を引っ張ってしまう自覚があるからか、納得いかなそうなアデルの言葉を遮って、セリアは素直にその言葉に応じる。



「マリーさん!」



「はい!」


 首を縦に振るとアリアの後を追うように二人は部屋を飛び出す。








「——ここです。」


 アリアに案内されてドアを開けると、部屋の奥にあるベッドの上で放心状態になっているレミラが視界に入る。



「レミラさん、こんにちは。気分はどうですか?」


「⋯⋯⋯⋯。」


 コウタが愛想よくそう問いかけるが、レミラはずっと上の空のまま一切の反応も示さない。


「⋯⋯⋯⋯。」


(⋯⋯まいったな⋯⋯⋯⋯。)


 光を失った目でなにも無い空間に視線を飛ばすレミラを見てガシガシと頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。



「——レミラッ!」



 すると、今度は部屋の外から慌てた様子でロルフが入ってくると、コウタ達を押しのけてすぐさまレミラの横で膝をつく。





「⋯⋯⋯⋯ロルフ、様?」



 初めて発せられたその声は、痛々しいほどに掠れており、目の前のロルフにのみギリギリ聞き取れるほど酷いものであった。



「ロルフ様!下がっ——」




「——待ってください。」



 アリアが引き離すために前に出ようとするが、すぐさまコウタがそれを引き止める。


「しかしっ⋯⋯!!」


「⋯⋯⋯⋯。」


 必死に訴えかけようとコウタの顔を見ると、その顔は至って真面目で、話しかけることすら憚ってしまうほどの雰囲気を醸し出していた。



「ロルフさま⋯⋯わ⋯⋯たし、は⋯⋯。」



「私は⋯⋯ああああぁぁぁぁ⋯⋯⋯⋯。」


 ザラザラの掠れた声で呻き声を上げると頭を抑え始める。



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい⋯⋯。」




「⋯⋯レミラ。」


 ぶつぶつと呪文を唱えるようにレミラが蹲っていると、ロルフはそれを包み込むように優しくその身体に手を回す。



「⋯⋯っ!」



 すでに自分には向けられるはずもないと思っていたその優しさに、思わず息を飲む。



「良かった。君が無事で⋯⋯。」



「私はっ⋯⋯取り返しのつかない事を⋯⋯。」


 言葉を詰まらせながら、レミラは必死で謝罪の言葉を探して言葉を吐き出す。



「知ってるよ。済まなかった、君に辛い思いをさせてしまって。」



 そんなレミラの全てを受け入れるように、ロルフはその小さな肩をさらに強く抱き締める。



「私が悪いんです⋯⋯。私があんな力に手を出したから⋯⋯。」



「あの剣の事は聞いている。悪いのは魔王軍だよ。君は利用されただけだ。」


 無理矢理引き離すレミラに対して、君は悪くない、とロルフははっきりとそう告げる。



「⋯⋯そんなの言い訳でしかありません。」



「それでも⋯⋯⋯⋯僕は、君が好きだからさ。」


 恥じらうこともせず、隠し立てることもせず、ただただ真っ直ぐにその瞳を見つめてニッコリと笑いかける。




「私はっ⋯⋯⋯⋯その言葉を受け取る資格はありません。」


 何かを言おうとした後、その言葉を飲み込んで顔を伏せながらそう答える。




「だったら、受け取るまで言い続けるよ。」




「そんなの⋯⋯勝手過ぎます。」



 ロルフは手を強く握りしめてそう宣言すると、レミラは視線を逸らしながら小さな声で責め立てる。



「それはお互い様だろ、昔からさ。」



「愛してるよレミラ。もう悲しませないから、不安になんてさせないから、もう一度やり直そう⋯⋯⋯⋯ゼロから、ね?」



 誰よりも優しい目で誰よりも愛しい人を見つめながら、世界で一番優しい笑みを彼女にのみ真っ直ぐに向けて愛の言葉を送る。



「ロルフさま⋯⋯ロルフさまぁ⋯⋯。」



 目から溢れ出す雫を両手で必死に拭いながら、レミラは愛する人の胸にその顔をそっと寄せる。




 そしてそこまでを見届けると、コウタ達は黙ってその部屋を後にする。





「⋯⋯めでたしめでたしで、良いんですかね?」



「さあ?⋯⋯それを決めるのは、本人たちでしょう。」


 顔を覗き込みながらそう問いかけるマリーに、コウタは優しく柔らかい笑みを浮かべながらそう答える。



「⋯⋯願わくばその幸せが永遠に続きますように。」



 目を合わせることなくガラにも無いことを言うコウタの表情は、マリーにはほんの少しだけ悲しそうに映っていた。

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