百十五話 遠き日の思い出・六
「相っ変わらず、康太はモテモテだねぇ〜。」
それはいつも通りの学校の帰り道、少女はニヤニヤと笑みを浮かべながら隣を歩く少年に問いかける。
「⋯⋯茶化さないで下さい。こっちだって苦労してるんですから。」
少年は手に持った恋文を苦々しい表情で見つめながら深いため息をつく。
「体育祭、大活躍だったしね。特にリレーのアンカー。まさか四人まとめてぶち抜くとは⋯⋯。」
その時の情景を思い浮かべると、少女はその異常性に苦笑いを浮かべる。
「あれだってやらされただけですよ。ていうか同じクラスなんだから全部見てたでしょう?」
「見てたよ。頼み込まれて断り切れずに受けちゃう様子も。」
少年の問いかけに、少女はその顔に笑みを戻して悪戯っぽく答える。
「少しは止めてくれればいいのに⋯⋯。」
「私一人止めたって変わんないでしょ。キッパリ断らなかった康太が悪い。」
深いため息を吐く少年に対して指をビシッと突き付けて正論を叩きつけるとキッパリとそう断言する。
「それはそうなんですけど⋯⋯。」
「で、⋯⋯どうするの?それ。」
いまいち煮え切らない少年に対して、少女はその手に握られた手紙に視線を送りながら問いかける。
「お断りします。色恋沙汰には興味が無いので。」
即答でそう答えると、手紙を折り畳んで興味無さげに胸元のポケットにしまいこむ。
「勿体無いねぇ。その子、相当可愛い子だよ?」
「可愛かろうと美しかろうと関係ないです。」
「彼女ほしーいとか、思ったことないの?もう高校生なんだしさ。」
「⋯⋯ありませんよ。一度も。」
少女の問いかけに一瞬黙り込むと、視線を外して呟くように答える。
「⋯⋯⋯⋯そうなんだ。」
それを聞いて少女は視線を真下に移して、嬉しいような悲しいようなそんな曖昧な表情を浮かべる。
「そんなことより、どこか寄りませんか?少しお腹が空いてしまって⋯⋯。」
気まずい雰囲気を断ち切るように、少年は表情を切り替えて問いかける。
「お、いいね!じゃあいつもの所いこっ!」
「またあそこですか?いい加減飽きてきたんですけど。」
歩く速度を上げて前に出る少女に、少年はあからさまに嫌そうな顔で答える。
「いいじゃん。私はあそこが好きなの!ほら、行こう?」
橙色に輝く光を背に、少女はニッコリとはにかみながら問いかける。
「はぁ⋯⋯ちょっと待ってください。」
少年は穏やかな表情で小さくため息を吐くと、駆け足気味に愛しき人のその小さな背を追う。