百十三話 幸せクッション
「⋯⋯私が行く。」
真正面から襲い来るレミラに向かってまず先にアデルが前に出る。
「頼みます。」
「⋯⋯強化、付与」
コウタはそう言うと、自らとアデルに向かって強化された付与魔法、力、守、速の三つを発動し、その後ろから走り出す。
「⋯⋯カァ!!」
「ぐっ⋯⋯。」
荒れ狂うレミラの剣を同じように正面から受け止めると、ギリギリと押し込まれるその剣に目を向ける。
(まずは、剣とあの女を⋯⋯。)
「⋯⋯加速!!」
攻撃の勢いが完全に止まった瞬間、その後ろからコウタが飛び出す。
(⋯⋯引き剥がす!!)
「はぁ!!」
コウタはアデルの頭上を飛び越えると、両手で剣を持ち、隙だらけのレミラに向かって躊躇いなく蹴りを放つ。
「⋯⋯っ、硬っ⋯⋯!?」
が、その蹴りはレミラの剣から生成された蛇によって阻まれる。
「このっ⋯⋯。」
コウタの足が弾かれると、アデルは距離を取る為に慌ててレミラの身体を引き剥がす。
「がっ⋯⋯。」
レミラが呻き声を上げて引き下がると、二人は再び一塊になって会話を始める。
「あれが、言ってたやつですか?」
「ああ、壊せそうか?」
「難しいです。片腕はほとんど使い物にならないし、何よりパワーが足りない。」
アデルの問いに、コウタは包帯の巻かれた左腕を見つめて即答でそう返す。
「剣を受けるのは?」
「捌くのなら⋯⋯多分⋯⋯⋯⋯。」
リーズルとの戦いを思い出しながら視線を逸らして尻すぼみ気味に答える。
「なら交代だ。」
「⋯⋯了解。」
会話を終えると、再び二人は荒々しい息を立てるレミラに視線を向ける。
「シューシュー⋯⋯。」
(やることはさっきと同じ。けど⋯⋯。)
やることは同じでも相手が違えば対応は違う。何より呪剣使いが相手ならは勝手が違うのは当然であった。
「アアアァァァ!」
(⋯⋯受け、流⋯⋯っ!?)
レミラが先程と同じように真っ直ぐに飛び出してきた瞬間、コウタは腰を深く落として受け流す体制に入るが、やはり上手くはいかなかった。
「うおっ⋯⋯!?」
「動きが読めない⋯⋯。」
コウタは地面を割るように叩きつけられる斬撃を後ろに飛び退いて回避する。
「爆裂斬!」
その隣ではアデルが黒い蛇に斬撃を加えて破壊していく。
「ハァ⋯⋯!!」
レミラは弱気なコウタのことなど気にすることなくアデルに狙いを変えて剣を向ける。
「ちっ⋯⋯。」
「甘い!」
防御の構えを取るアデルとは別に、今度はコウタがレミラの剣を蹴り上げることでその攻撃を逸らす。
「斬空剣!」
間髪入れずにアデルが風の刃を放つと、直撃したレミラの身体は大きく後方に吹き飛ばされる。
「⋯⋯動きは読めないけど。」
(太刀筋は素直だ。)
「⋯⋯いける!」
コウタはある程度の対処法を脳内で処理し、シュミレーションを終え、確信を持って自らの右手を握りしめる。
「⋯⋯クシャアアアアァァァァ!!」
すると突然、レミラが叫び出すとレミラの剣から八匹の蛇が飛び出し、二人に向かって八つの火球を作り出す。
「⋯⋯これ、は?」
「火属性攻撃だ!!」
アデルはその火球を回避するため、慌ててコウタに飛びかかり覆いかぶさるようにその頭を抱きしめると、そのまま衝撃から逃げるように地面を転がる。
「ウムゥ⋯⋯!?」
そして、されるがままに受け入れるコウタの顔面が、鎧を着ている普段ならば当たるはずのない柔らかい何かに包み込まれる。
アデルはコウタの身体の上に馬乗りになって衝撃からコウタの身を守る。
「⋯⋯っ!!」
次の瞬間、二人の後方で真っ赤な光を放ちながら、巨大な爆発が轟く。
「⋯⋯危なかったな。」
「予想以上だ。どうやらアレの威力も上がっているようだ。⋯⋯ん?」
既に黒焦げになってしまった先程まで自分たちが立っていた場所を見て、冷や汗をかきながらそう呟く。
すると、自らの下敷きになったコウタが自らの身体の下でモゾモゾと暴れているのを感じる。
「⋯⋯⋯⋯ムー!?ムー!!」
「⋯⋯ああ、すまない。」
アデルは苦しそうな表情でパタパタと暴れるコウタを見て慌てて身体を起き上がらせる。
「⋯⋯窒息するかと思った⋯⋯⋯⋯。」
「⋯⋯⋯⋯すまん。」
アデルはゴホゴホと咳き込みながら呟くコウタに向かって顔を真っ赤にして再びそう言う。
「カァ⋯⋯⋯⋯!!」
そんな二人の微妙な空気などかき消すように八匹の蛇は再びその口を開くと、高威力の火球を作り出す。
「ちっ⋯⋯またか!?」
アデルは先程と同じようにコウタの身体を引き寄せてその火球を回避する。
「ムグッ!?」
そして例の如くコウタの顔面は再びアデルの幸せクッションに包み込まれる。
「⋯⋯っ!!」
「連発か⋯⋯益々厄介だな。⋯⋯あ。」
そして同じように地面を転がって回避するとアデルは再び自らの真下で暴れるコウタを見て気の抜けた声を上げる。
「ムー!!ムー!!⋯⋯⋯⋯ぷはぁ!!」
「はぁはぁはぁ⋯⋯⋯⋯。」
再びその凶器から解放されると、息をあららげながら身体を起き上がらせる。
「えっ、と⋯⋯。」
「殺す気ですか!?」
戸惑うアデルにコウタは思わずそう叫ぶ。
「⋯⋯⋯⋯すまん。」
アデルは恥ずかしさと申し訳なさで、顔を赤くすると、言い返すことなく素直に謝罪の言葉を述べる。
「ただでさえデカイもの持ってるんですから気を付けて下さ——いっ!?」
瞬間、コウタの頭に強烈な拳が突き刺さる。
「いったぁ〜⋯⋯。」
「言い方ぁ!!」
あまりにデリカシーの無い言い方にアデルは頬を染めたまま拳を握りしめてそう叫ぶ。
「⋯⋯⋯⋯っ!!」
「また来るぞ!!」
じゃれついているようにも見えるやり取りを終えると、三度レミラが炎の球を作り出し、こちらに向けてくる。
「⋯⋯流石に三回目は効かないですよ。」
コウタは周囲に大量の剣を敷き詰めるように召喚して炎の球の爆風を防ぐ。
「⋯⋯⋯⋯。」
剣を消すと、その奥に見えるレミラの姿は更に禍々しく魔物へと近づいてきていた。
「あの女、持つと思うか?」
黙ってレミラを睨みつけるコウタに、アデルはいっそう真剣な表情でそう問いかける。
「⋯⋯さあ、もう手遅れかもしれないですね。」
コウタは全身の肌が真っ白になり、既に完全に呪剣に取り込まれたレミラを見て、素直に思った通りにそう答える。
「⋯⋯助けたいな。」
「そうですね。⋯⋯じゃ、そろそろ終わらせましょう。」
その声を聞いて、心からそう思っているのだと感じると、コウタはバックの中から一本の瓶を取り出してアデルに投げ渡す。
「⋯⋯コレは、ポーションか?」
「最後の一本です⋯⋯それでもう一回使えるでしょう?トランス・バースト。」
「ここで倒しきれなかったら本当に足手纏いになるぞ?」
アデルは苦笑いを浮かべて自信なさげに小さな声でそう問いかける。
「大丈夫です、僕もほとんどMP残ってませんから。」
「背中は僕に預けて下さい。」
逆にコウタは自信に満ち溢れた表情と声色でニッコリと笑みを浮かべながら答える。
「⋯⋯言われなくとも、預けるさ。」
コウタの発言を聞いてアデルはそれまで抱えていたはずの迷いを捨て去り、ニヤリと笑って立ち上がる。
「カアァァァァ!!」
「来るぞ!」
「はい!」
その声を合図に、二人は真っ直ぐに走り出す。