十一話 初めてのレイド
翌日の朝、トトマ村にて——
心地良い風が草原を吹き抜け、少し肌寒い空気が運ばれてくる中、少年はカーテンの隙間から差し込む光に鬱陶しそうな声を上げて顔をしかめる。
「ん〜、眠い⋯⋯。」
そして直後に窓の冊子に止まる小鳥たちのさえずりによって意識を夢の世界から引き離される。
「あと五分だけ⋯⋯。」
お決まりの言葉を誰に言うわけでもなく小さくそう漏らし、再び布団に潜る。
「ダメだ。早く起きろ。」
が、その瞬間、誰もいるはずのないベッドサイドからハリのある高く凛々しい声が聞こえる。
「んぁ?」
声の方に目を向けると後ろにはバッチリ装備の整った赤髪の騎士の姿があった。
「うわぁぁぁぁぁ!?⋯⋯ぶへ!」
コウタは悲鳴にも似た叫び声を上げてベッドから滑り落ちる。
「まさかコウタさんが冒険者になっているとは!!驚きですよ〜!!あ、ご注文のサラダです。」
朝の食堂の喧騒のなかで宿屋の少女マリーは二人に食事を提供ながらそう話す。
「まだ一回しかクエスト受けてないんですけどね。お!いただきます。」
眠気から半目になっているコウタは、差し出された野菜のサラダを受け取り、マリーにそう返す。
なぜ二人が再びトトマの村に訪れていたのか、それを説明するのにそう難しい説明は必要無かった。
前日、ワイバーン討伐の依頼を受けた二人は、他の冒険者との集合場所を見て、その場所が少しばかり離れている事を確認すると、そこからより近いトトマの村で前日の夜を過ごそうという結論に至ったのだ。
平たく言えば朝に余裕を持たせる為に前日入りしたという事である。
「それにしても強引にパーティーを組まされ、その日のうちに街から連れ出され、しまいには部屋に押し入ってベッドの横でモーニングコールされるとは思いませんでしたよ。アデルさんアプローチが熱烈なんですね。」
そんな前日の様子を振り返ると、コウタは皮肉を込めて正面に座るアデルに冷たい視線を向ける。
「わぉ!」
その発言を真横で聞いていたマリーは、赤面しながら両手で口を抑える。
「もぐもぐ⋯⋯んぐっ、ごほごほっ、⋯⋯貴様っ!!誤解を招く言い方をするな!!」
いつもの固パンを頬張っていたアデルは、ゴホゴホと咳き込み、頬を少し赤らめながら訂正を求める。
「ごほん、強引にクエストを受けさせたのは謝る。だが仕方なかろう。集合場所は遠いし、集合時間も早い。なにより街からよりもこの村からの方が近いのだ。」
「ですから前日入りなんですね。」
咳払いをして必死に弁明するアデルに対して、マリー興味なさげにそう答える。
「そうゆうことだ。」
「冒険者も大変なんですね。」
胸を張って答えるアデルの横で、マリーが興味深そうに食い付きながら語る。
彼女なりに冒険者に対して憧れのようなものが存在するのだろうか、などと考えるが、コウタはそんな事を口にする事なく目の前のサラダを黙々と口に運んでいく。
「まあ、だいたいはそんなものだ。それよりコウタ。準備はできているか?」
「はい、これ食べたらいつでもいけますよ。」
口いっぱいに頬張っていたサラダを飲み下すと、コウタはニッコリと優しい笑みを返しながらそう答える。
「では、食事が済んだら出発するぞ。」
村から出て集合場所へと向かう為に草原の道をしばらく歩いていると、その道中でアデルがコウタにワイバーンの説明を始める。
「ワイバーンの攻撃手段は基本的に尻尾での打撃攻撃と鋭い牙や爪での攻撃、あとは火属性のブレスだな。」
「基本的に好戦的なモンスターだから飛びはするが逃げることはまずない。」
ワイバーンの弱点や行動パターンなどの詳細を説明するアデルにコウタが疑問を口にする。
「一つ疑問に思ったんですけど、そもそも何でそんな強い魔物がこんな所にいるんですか?確かここら辺で一番強いのは、グランドボアだったはずじゃないですか?」
ある程度黙って説明を聞いていたコウタは、彼女自身に先日言われた言葉を思い出して首を傾げる。
「ああ、その事なのだが、ワイバーンの住処は本来ここから北に行ったところにある山にあるはずなのだが、最近、平野部で頻繁に目撃されるようになってな、周辺の村に被害が及ぶ前に討伐しようという話になったらしい。」
「山から下りできた理由は?」
アデルの説明を聞くと、それによって新たに生まれた疑問を食い気味に投げかける。
「不明だ。餌となるモンスターの不足か、単に気まぐれか、よく分かっていないのが現実だ。」
アデルはお手上げだと言わんばかりにジェスチャーを取ると、やれやれと深いため息をつく。
「それとコウタ、今回のクエストだが討伐のため他の冒険者やギルドの者も沢山いる。だからオリジナルスキルは極力使うな。」
余計なイザコザを増やすまいというせめてもの気遣いから、アデルはコウタにそう忠告する。
「はい。そう言われると思って色々仕込んで来ました。」
そう答えるとコウタは腰元のバックから丈の長いマントと少し短めの剣を取り出し体に装着していく。
「新しい剣にマジックバックか?杖とかじゃなくていいのか?」
「はい、昨日のうちに揃えておきました。剣もコレだけでは不審がられると思うので。あと、付与術師のスキルの大半は魔力じゃなくて、スキルレベルに依存するらしいので、杖は基本要らないそうです。」
アデルが純粋な疑問を投げかけると、コウタは転職時に読んだ本から得た情報を基に、支給品の剣に目を向けてそう答える。
「そうか、まぁ最悪、私や周りのサポートに徹してくれればいいさ。なんせ貴様は付与術師なのだからな。」
「そうですね。そうさせてもらいます。」
アデルの言葉に同意すると、コウタは特に否定もせずに素直にそう言って頷く。
「お、話しているうちにもう着いたぞ。どうやら私たちが最後のようだ、行くぞ。」
そう言って前方に視線を向けると、そこには既に複数人の冒険者の影が見える。
「はい。」
アデルとコウタが集合場所に着くと、数人の冒険者達の集まりの中から、一人の真面目そうな女性が二人に向かって話しかけてくる。
「アデルさんにコウタさんですね?私、ギルド職員のロズリと申します。今回、戦闘の記録と討伐の補助のためギルドから派遣されました。よろしくお願いします。」
「これはこれはご丁寧に、こちらこそよろしくお願いします。」
ロズリと名乗る白い戦闘装束を纏った金髪ウェーブの女性にコウタが挨拶を返す。
「私たちが最後か、申し訳ない。待たせてしまったようだ。」
「いえ、まだ集合時間まではまだ十分ほどありましたので、遅れてはいませんよ。」
少しだけ申し訳なさそうに謝るアデルに対してロズリはニコリと笑ってそう答える。
「おい、ギルドのねーちゃん、全員揃ったなら始めないか?」
するとその奥から筋骨隆々の若い男性が声をかけながらこちらに歩み寄ってくる。
「はい。少し早いですが初めてしまいましょう。」
「お、あんたらが最後か、俺はジーク、戦士だ。じゃあ作戦立てるからこっちに来てくれ。」
ロズリが男の言葉に答えると、その男は少し遅れてコウタとアデルの二人に気が付き声を掛ける。
「ああ、今行く。」
ジークについて行くとそこにはすでに二十人以上の冒険者が集まっていた。
「とりあえず自己紹介をしようか。」
全員が集合したのを確認するとジークは自分から自己紹介をし始める。
それを皮切りにその場にいた全員が順番に自身の名前と職業、レベルを言って行く。
どうやらジークという男が一番レベルが高く、レベルが37、その次がアデルの36という感じでその他の平均は30前後といったところだった。
またクエストに参加しているメンバーも、全体的に若い印象があり、レベルで言えば十代のものも、年齢で言えばコウタと同じくらいの見た目の少女もいた。
「ロズリです。職業は僧侶です。レベルは34。回復専門で攻撃スキルはあまり得意ではありません。」
「アデルだ。職業は騎士、レベルは36だ。守備力には自信がある。」
「騎士だと?」
「⋯⋯初めて見た。」
「彼女がアデルか⋯⋯。」
ギルド職員のロズリに続いてアデルが自己紹介をすると周りからざわざわとそんな声が聞こえてきた。
「随分と有名なんですね?」
「まぁ、あの街で騎士は恐らく私一人だけだからな。それより貴様も早く自己紹介したらどうだ?」
「ああ!はい!コウタと申します。職業は付与術師でレベルは8です。よろしくお願いします。」
コウタはアデルに促されて慌てて立ち上がると、特に緊張した様子もなく自己紹介をする。
「レベル8だと?それにまだガキじゃないか。本当に戦えるのか?」
「バカ、知らないのか?あいつグランドボアを一人で倒したらしいぞ。」
「マジかよ!?付与術師がか!?フォレストボアじゃなくてか?」
「ああ、なんでも歴代の討伐サイズの記録を更新したらしいぞ。」
コウタが挨拶をするとさらに周りがざわつく。その中にはコウタすら知らない情報が入っていたりした。
「はいはい静かにしろ、全員終わったし、作戦会議するぞ。」
そんなざわめきをジークはパンパンと手を叩きながら諌めるとロズリから受け取った地図をその場に広げる。
「今俺たちのいる所はここ、そしてワイバーンが出現するポイントがここだ。」
ジークは地図を指差しながら説明を始める。
「ここから近いんですね。」
「ああ、ワイバーンが出現する時間はほとんどが大体午前十一時前後、あと大体一時間くらいだ。」
横槍を入れるようにコウタがそう問いかけると、ジークは時計を見て大体の時間を答える。
「んで作戦だが、まず初期配置はワイバーンを取り囲むように三ヶ所に分散する。戦闘が始まったら前衛は半分ずつ、つまり五人ずつに別れて交替で回復しつつブレスに警戒しながら戦う。後衛の魔法職は前衛の交替のタイミングで集中砲火、追撃されないようにフォローを入れてくれ。」
「回復職も前衛と同様に前衛の回復と後衛の回復の二つに別れて支援してくれ。あと、付与術師の坊主は状況を見て、付与で支援を入れてくれ。」
「了解です。」
コウタは敬礼のポーズをとって返事を返す。
「前衛の指揮は俺が、後衛の指揮はギルドのねーちゃんに頼んでいいか?」
「構いません。」
あまり感情を表に出さないクールな性格なのか、ロズリは抑揚の無い声で淡々とそう答える。
「そうか、頼むな。じゃあここまでで、なんか意見のある奴はいるか?」
その問いかけに、コウタ、アデルを含め、反論の意見は上がらなかった。
「じゃあいこうか⋯⋯。」
「作戦開始だっ!!!」
「「「「おおっ!!!!」」」」
ジークの掛け声に合わせて、その場にいた冒険者達は気合の入った掛け声を上げる。