百六話 獣の付与術師
その頃、空っぽになった街の路地裏では女性が一人ゆらゆらとおぼつかない足取りで歩いていた。
「⋯⋯ふふっ。今、殺しに行きますよ。」
虚ろに揺れるその目を見開いて女性は暗い路地裏から日が強く差し込む大通りへと抜ける。
「——ロルフ様。」
小さく呟くと太陽と街の門を背に、無音の街をふらりふらりと進んでいく。
セリアと二手に分かれたコウタは未だ街を走り抜ける魔族の少年を追っていた。
「ああっ、もう、うっぜぇな!!」
少年は一定の距離を置いて追ってくるコウタを見るとクルリと方向を変えて鉤爪のついた拳を突き出すと、コウタはそれを召喚した剣で受けきる。
「⋯⋯⋯⋯。」
その勢いでコウタの身体が数メートルほど飛ばされた後、二人は立ち止まり向かい合う。
「決めた、面倒だけどやっぱりアンタは殺していくっス。」
「⋯⋯演技が下手ですね。」
少年がコウタに拳を突き出してそう宣言すると、対するコウタは深くため息をついてそう答える。
「はぁ⋯⋯?」
「貴方の狙いは最初から僕でしょう?最初逃げたのだってサシでやりたかったから⋯⋯ですよね?大方、足止め要員って所ですか?」
首を傾げる少年に、コウタは煽るような態度で問いかける。
「おお、大正解っス!なんで分かったんスか?」
「視線と殺気があからさま過ぎます。目を見れば一目瞭然でしたよ。」
そしてその殺気は今現在もコウタの身体にひしひしと伝わってきていた。
「⋯⋯じゃあなんで、それが分かってたのについて来ちゃったんスか?」
少年はコウタに見破られた事で、隠す事をやめ一層低い声で問いかける。
「強い敵は全部僕が担当する事になってるので。」
「てことは、オレの強さはアンタのお眼鏡に叶ったってことでいいんスね?」
コウタからの返答を聞いて少年はその殺気とともに無邪気な笑みを浮かべる。
「少なくとも、僕が対峙しなくてはならない相手だとは認識しました。」
「充分っス!!」
態度を全く変えないコウタの返事を聞いて少年はニッコリと笑みを絶やさぬまま突撃する。
「⋯⋯⋯⋯召喚。」
再び剣で攻撃を受け止めると、その言葉と同時にコウタ達二人の真上に複数本の剣が現れ、高速で降り注ぐ。
「ちっ、早速っスか!!」
「⋯⋯召喚。」
バックステップで回避するとコウタは手元にもう一本の剣を召喚して一気距離を詰めてその剣を振るう。
「甘い!!」
が、その剣も即座に反応されコウタの腕ごと蹴り上げられる。
「なっ⋯⋯!?」
(だったら⋯⋯。)
「加速!」
コウタも同じように空中で身体を捻ると少年の顔面に向かって蹴りを放つ。
「それも、見えてるっス!」
「ちっ、加速!」
蹴りまでも受け止められ、コウタは慌てて〝加速〟のスキルを使って後ろへ退がる。
「距離を取るのはいいっスけど、誘いには乗らないっスよ!」
先程と同様に少年が地面を思い切り叩くとその勢いで周囲の地面がビキビキと音を立てて割れる。
「わっ、とと⋯⋯。」
地割れは数メートル離れたコウタの立つ場所にまで届き、二人の間の地面にコウタがあらかじめ用意しておいた移動阻害魔法の魔法陣も石畳と同様に砕かれる。
(見破られた?⋯⋯いや、これは。)
その様子を見てコウタは一つの予想を立てると今度はまた別の技を発動させる。
「なら、これならどうですか。」
展開されるのは合計八本からなる杖、名は〝降魔の杖〟。そして一瞬遅れて真っ白な刀身が特徴の一本の魔剣を召喚する。
「そいつはやばいっス、ね!!」
そう言うと少年はコウタではなく杖の方を狙って的確に攻撃を繰り出す。
攻撃を受けた杖は直後に跡形もなく霧散し、刀身が青く染まり始めていた剣も徐々に元のまっさらな白に戻っていく。
「くっ⋯⋯。」
(くそ⋯⋯全部折られた!!)
「⋯⋯なら!!」
コウタは背後にいる少年に向かって真っ白なままの刀身を振る。
「軽い!!」
耐久度の落ちた剣は相手に届く事なく、その鉤爪に阻まれ粉々に砕け散る。
「うっそだろ⋯⋯。」
「ほら、さっきのお返しっス。」
「ぐっ!?⋯⋯がっ。」
呆気にとられているとコウタの腹部に少年の蹴りが突き刺さる。
ノーバウンドで吹き飛ばされ壁にぶつかり地面に落ちるとゆっくり体勢を立て直す。
「はぁ⋯⋯はぁ。やっぱり⋯⋯。」
脇腹に走る激痛に耐え、右腕で抑えながら、コウタの予想は確信へと変わる。
「⋯⋯気付いたっスか?」
(⋯⋯⋯⋯やっぱり、そういうことか。)
「ええ、おかげさまで。」
飄々とした態度を見せる少年を見てコウタはじんわりと額から滲み出す汗を拭う事なく苦々しい笑みを浮かべる。
「僕の動きが完全に読まれてる。いや、読むというより、知っている動きだ。つまり⋯⋯。」
それはコウタがだけが得ることができていた一つのアドバンテージ。
つまりは情報量の差である。
「——つまり、オレはアンタの能力は全部知ってるってことっス。」
「当たり前っスよね?あんだけウチの上司達とガンガン戦ってりゃ当然こっちだって分析の一つや二つするっスよ。」
コウタ自身にも予感はあった。ルキとの戦闘で自らのスキルを見破られた事、ゼバルとの戦いで自らの手札が見切られた事。
「ザビロスとの戦いも、フルーレティとの戦いも、ルキとの戦いも、アンタの強さはそれで全部知ってるんスよ。」
この世界に来て、幾度となく繰り返してきた戦闘は少しずつコウタの持つそれの効力を弱めてきていたのである。
「あらゆる剣を使役するスキルを持ち、高いステータスと発想力の意外性を利用して、目隠しに移動阻害、だまし討ちや足技を多用して敵を翻弄する戦闘スタイル。」
「⋯⋯っスよね?」
そしてついに、ここに来てそのアドバンテージは消失したのであった。
「随分と熱心に調べてくれたんですね?街の奥まで来たのは霊槍封じかなんかですか?」
「そっス、あれだけはどうしても厄介だったんで。」
動揺を隠すように笑みを浮かべながら放つ問いかけに、少年は淡々と答えていく。
「結局、使う技が分かってりゃ、アンタ程度の冒険者なんて取るに足らないんスよ。」
そして現状、その言葉を裏付けるように、コウタの切れる手札が無くなりかけていたのであった。
「んじゃ改めて、魔王軍四天王直属部隊、通称魔王親衛隊所属、リーズルっス。」
「ここでアンタの首を取って、ルシウス様に捧げる、わっ!?」
少年が自己紹介をして、コウタに向かって拳を構えると、全てを言い終える前に顔面に向かって一本の剣が飛んでくる。
「⋯⋯⋯⋯貴方じゃ無理です。」
その剣が弾かれるのを見るとコウタはそれでもなお、ニヤリと笑ってみせる。
「会話の途中に不意打ちとは、随分余裕のない真似するんスね?」
「こっちは足止め役の三下とは違ってやることが山積みなんです。」
「さっさと倒して次に行かせてもらいます!!」
真っ直ぐに飛んでくる見下すような視線を正面から受け止めるとコウタは自らに〝付与魔法〟を発動させる。
「まぁ、アンタが切れる手札はもうそれしかないっスよね。⋯⋯でも、そんなこと言ってられんのは今のうちだけっスよ。」
「⋯⋯⋯⋯はぁ!!」
そう言うとリーズルの身体中から黄色い光が溢れて出してくる。
「⋯⋯っ!?」
「こ、れが⋯⋯オレの能力。」
リーズルはその光の影響で小刻みに震えながら無理矢理口を動かす。
「これは⋯⋯付与?」
「⋯⋯はぁ!!」
コウタがそう呟いた直後、リーズルが力強く叫ぶと、身体中から吹き出すように溢れていた光の流れはピタリと止まり身体に纏うように空間に留まる。
「⋯⋯ふぅ⋯⋯⋯⋯そっス。オレのオリジナルスキルは異能付与。ざっくり言えば付与術師の強化版って感じっス。」
先程の苦しそうな声から一転して、再び軽い調子で言葉を続ける。
「そんでこれが、獣化付与、性能はまぁ⋯⋯。」
そして手のひらを開いたり閉じたりした後、大きく手を開くと光は大きな爪のような形状に変化して留まる。
それを終えると再び視線をコウタに移し、ニヤリと大きく頬を歪ませた後、リーズルの身体は大きくブレてその影が消える。
「⋯⋯っ!?消え——」
「——見れば分かるっス!」
コウタが大きく目を見開くと一瞬遅れてリーズルの言葉の続きが背後から聞こえてくる。
「後ろ⋯⋯っ!!」
「遅えぇ!!」
コウタは慌てて剣を構えるがそれでもなおリーズルは大きく腕を振るう。
直後、土煙や衝撃波と共に街中に爆音が響き渡る。
その爆音は街の中心部、品評会の会場となるはずであった広場まで届いていた。
「⋯⋯こっちもここまでくれば大丈夫な。」
「⋯⋯何を?」
大きな音のなる方を向いてそう呟くと、セリアに追われていた少女は広場の中心にあるステージの前で立ち止まる。
「なんでもない、戦場はここにしようと思っただけなのな。」
「さて、私の相手は聖人様な。」
セリアの問いかけに淡々と答えていくと、少女は一度言葉を区切った後、腰にかかった刀に手をかけてそう呟く。
「ええ、よろしくお願いしますわ。」
「早急に終わらせてあちらの援軍に行きたいところだが⋯⋯。」
影を帯びた鋭い目つきで頭を下げるセリアに対して少女は興味なさげにそう続ける。
「それは無理ですわ。こちらが終わる前にあちらの戦いが終わりますから。」
その言葉にセリアは躊躇いもなく、強い口調で自信を持ってそう答える。
その言葉こそが、セリアの持つコウタへの実力に他ならなかった。
「そうか、なら援軍が来る前に終わらせたいな。」
「貴女がすぐに倒れて頂ければそれも可能ですわね。」
言葉を訂正する少女に対して、セリアはいつも通りの調子でそう言って笑いかける。
「それはない。勇者候補ならいざ知らず、たかだか聖人程度にやられるようでは親衛隊の名が廃るからな。」
少女は首を大きく横に振って無表情のまま呟くが、その言葉の端々からは自らのの実力への強い自信が感じられた。
「あら?まだそんなものが存在していたのですわね。旧魔王親衛隊。」
セリアは黒い笑みを浮かべて皮肉を込めて強くそう言い返す。
「先代の魔王様はいなくとも、その意思は受け継がれていくのな。だから我々は負けない。」
「時代錯誤も甚だしいですわ。その大口、頭の悪い語尾と共に矯正して差し上げましょう。」
そこまで言うとセリアは自らの杖を構えて、声を張り上げて臨戦体勢に入る。
「無理なのな。口調も思想も生まれついてのもの、曲げることなどとっくに不可能なのな。」
悟ったような口調でそう言うと少女も一層表情を険しくさせ同じように剣を抜き構える。
「⋯⋯魔王親衛隊副隊長補佐、キエラ、参るのな!!」