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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百五話 陽動


 それは通り過ぎた時の中の景色。いつか見た少年と少女の記憶。



『私、もうここには来ません。』



「⋯⋯っなんでですか!?」



 少女の言葉にロルフは興奮した様子で問い返す。



『最近、目の下の隈がひどくなっていますよ?顔色だってよくないし、声も元気がない。領主の仕事、大変なんでしょう?』



「それは⋯⋯。」


 目の下と頬をなぞるように触れるその細く白い指先を包み込むように受け止めると何か言う訳でもなく黙り込んで少しだけ強く握りしめる。



『その上貴重な休みまで私が潰してしまってはロルフ様休めないじゃないですか。』



『だから、もう来ません。』



 少女もその様子を見て儚げな笑みを浮かべると、同じようにその手を握り返す。



「僕が、君に会いたいと言ってもですか?」



『それで貴方が体調を崩すなら、私は会いたくない。』



 頬を紅潮させて絞り出されたその言葉を、淡々とした態度で返すと、少女は握っていた手を名残惜しそうにゆっくりと離す。



『それに私達もういい歳ですし、こんな子供のいたずらみたいなこと続けても仕方ないでしょう?』



「そんなことないです。」



 やけに悟ったような言い方で問いかけられるが、ロルフは首を大きく横に振って否定する。



『私は、貴方のお荷物にはなりたくないんです。』




『さようなら、ロルフ様。私は、貴方をお慕い申し上げます。』



 少女は頬を赤く染め、目尻に涙を溜めながらハッキリとした口調でそう言うといつもの窓から飛び降りて去っていく。








「——待って!!」



 ロルフがそう叫ぶと、目の前の光景は一瞬にして無機質な私室の光景に切り替わる。



「⋯⋯って夢か。」



 状況を把握すると深くため息をついて座っていた椅子の背もたれに体重を預ける。



「はぁ⋯⋯女々しいな。」



「——ロルフ様、そろそろお時間でございます。」


 頭を抑えて感傷に浸っていると、しばらくして透き通った女性の声がドアの向こうから響く。



(アリアか⋯⋯?)



「ああ、今行くよ⋯⋯って。」



 返事を返すと部屋のドアが開かれ、その向こうからは想像していたものとは別の人物が現れる。



(そういえば彼女も出ると言っていたな。)




 ロルフはそんなことを考えながらアリアの代わりと思われる目の前の赤髪のメイドを見つめる。




「⋯⋯ロルフ様?」



 いつもとは違う赤髪のメイドはロルフの様子を見て不思議そうに首を傾げる。



「なんでもない、すぐに行くよ。」


「⋯⋯⋯⋯。」


 返事を返すとメイドは黙って頭を下げて廊下の向こうへと消えていく。



「⋯⋯僕は、前に進むしかないんだ。」



 足音が遠くへと消えるのを確認すると、ロルフは一人覚悟を決めるようにそう呟く。








「——おやおや、随分と手厚い歓迎ですね。」



 魔族の男は開かれた門と待ち構える冒険者たちを見てニコニコと笑みを絶やすことなく余裕のある態度で問いかける。



「そちらこそ、人の領地を歩くにしては随分と数が多いようですが。どういったご用件で?」



 それに対して街の代表としてアリアが魔族の男に問いを返す。



「待ち構えているということは分かっているのでしょう?」



 返された質問に、皮肉にも似た問いかけを再び投げ返す。


「なら、貴方がたも分かっているでしょう?」



「ここは、通しませんよ。」



 アリアはそう言うと腰にかけられた剣を抜き、真っ直ぐに構える。



「問答は無用、邪魔をするなら力尽くで押し通るだけです!」



 それを見て想定通りといった表情を見せると男は頬を大きく吊り上げ、叫ぶようにそう言い放つ。



「こちらも相応の力で迎え撃つだけです!」



「⋯⋯やれ(・・)。」



「⋯⋯迎え撃て!!」


 対象的なまでの二つの指示が両陣営の軍勢を前へと推し進める。



「「「「おおおおぉぉぉぉ!!」」」」



「「「「おおおおぉぉぉぉ!!」」」」



 絶叫にも似た大きな声と同時に地響きのような激しい足音と甲高い剣戟の音がぶつかり合う。




「⋯⋯始まりましたね。」



「ええ、マリーさんも頑張っているみたいですわ。」



 しばらくしてコウタとセリアの二人が戦場を見渡せる位置に着くと、周囲を見渡し始める。



「ヒート・キャノン!!」



「ぐぁ⋯⋯!?」



 二人とは対象的にすでに戦闘を始めているマリーは唯一使える火属性魔法を用いて次々に敵を落としていた。



「ふぅ⋯⋯⋯⋯。」



「凄い、なんで命中精度。」



 疲労感を滲ませながらも、それでもなお撃ち漏らすことのない百発百中の命中率に、遠目から見ていたアリアが思わず感嘆の声を上げる。



(人の密度が高過ぎる。普通に狙うより遥かに疲れる。⋯⋯っでも!!)



「ここは私が守ります!」




「——いい心がけだが⋯⋯⋯⋯攻撃に集中し過ぎだな。敵の接近にも気付けぬとはまだまだ二流なのな。」



 マリーが気合を入れなおすように声を張り上げた直後、意識の外から女性の声が聞こえる。


 視線を移すと目の前にゴーグルをかけた少女がマリーに向かって剣を構えているのが見える。



「⋯⋯へっ!?」



「その首、貰うのな。」



 マリーは混乱しながらも距離を取ろうと後ろへ下がるが、ゴーグルの少女はそれよりも早く速度を上げて一気に距離を詰める。



「⋯⋯マリーさんっ!!」



「くっ⋯⋯⋯⋯。」


 少女はマリーに向かって剣を振り抜くが、マリーの首は真っ二つにはならず、少女は毅然とした態度で振り返る。




「⋯⋯⋯⋯防がれたか。さすがなのな、勇者。」



 少女は再び剣を構え直すと、剣を持ちながらマリーの横に立つ少年に問いかける。



「こ、コウタさん!?」



「⋯⋯そう名乗った覚えはありませんけど?」



 隣で驚くマリーを左手で下がらせると、少女同様淡々とした態度でコウタは問いかける。



「こっちが勝手に呼んでるだけなのな。」




「——動かないで下さい。」




 コウタの問いに答えると、直後に背後から女性の声でそんな言葉が飛んでくる。



「⋯⋯三対一か。」



 背後に視線を向けると、セリアが魔法を撃つ構えを取っていたのが見えた。



「ええ、貴女がこんな簡単な誘いに乗ってくれるほど頭が緩くて助かりましたわ。」



「別に、それでいい。私はこういう役回りだからな。」



 セリアの挑発に少女は深くため息をついた後、小さくそう呟く。



「何を⋯⋯?⋯⋯っ!?」



 その言葉に違和感を持ったセリアが問いかけようとした瞬間、セリアの視界の奥、コウタとマリーの背後に鉤爪をつけた魔族の少年が見える。



聖域サンクチュアリー!!」



 セリアは慌ててコウタ達二人に魔法の結界を展開する。


 直後、少年の手につけられた鉤爪がセリアの張った結界にガリガリと音を立ててぶつかり、やがてピタリと動きを止める。


「なっ⋯⋯!?」



「へっ⋯⋯?」


 一瞬遅れてコウタとマリーの二人が背後から迫っていたその少年の存在に気付く。



「ありゃ?ちょっとー、キエラさん!しっかり気を引いてくれないと困るっスよ!」



 少年は素っ頓狂な声を上げて一度二人から距離を取ると、気の抜けた雰囲気でもう一人の少女を責め立てる。



「済まぬな、こういったのは慣れてなくてな。」



「まぁ、いいっスけど!!」



 少女の謝罪の言葉を食い気味に断ち切るように少年は地面を思い切り叩きつける。


 すると叩きつけられた地面はその衝撃でボゴッ、と大きな音を立てて盛り上がる。



「うわっ⋯⋯!?」



 視界を覆うほどの土の壁にマリーが思わず声を上げると、少年はその横から建物の壁に飛び移り、そのまま壁伝いに走り抜けていく。



(逃げた⋯⋯?)



 視線を移すと同様に少女の方も街の中へと走り出しているのが見えた。



「ちっ、追います!」



「ええ!」


 すぐさまコウタが指示を出すと、セリアはすでに走り出しながら答える。



「わ、私も⋯⋯!!」



「マリーさんはここにいて下さい!」



 狼狽えながらも追いかけようとするマリーをコウタは強い口調で止める。


「⋯⋯⋯⋯っ!」



(そうだ、私の役目は⋯⋯。)



 その声にピクリと肩を震わせると、我に返って再び背後に広がる戦場に目を向ける。






 同じ頃、その背後ではコウタとセリアがそれとは別の強敵を追ってマリーから少しずつ離れていっていた。


「どちらを追いますか?」



「僕は男の方を追います。」



 セリアとコウタは目の前を走る二人に視線を固定して追いながら会話を交わす。



「では私は女の方を。」



「お願いします。⋯⋯それと一つ。」



「はい?」


 即座にお互いのやるべき事を把握すると、コウタはセリアに対してもう一つ言葉を紡ぐ。



「あの女の能力、音を操るものだと思います。」



「音ですか?」



 イマイチ理解できていないセリアは首を傾げながらコウタに問いかける。



「女の方の攻撃をガードした時、剣どうしがぶつかり合ったのに金属音がしなかったですよね?」



「たしかに⋯⋯。」



 それを聞いてセリアは先程の光景を思い返す。



「それに男の方の攻撃、あんなあからさまな接近にも気付けなかった。」



「自分だけではなく他人にも作用できるということですか?」



 セリアはコウタが整理した情報を聞いて一つの推論を立てる。



「分かりません。とにかく、いざという時は耳ではなく目で見て行動してみて下さい。」



「考えておきましょう。」



 セリアはコウタの話す曖昧な情報を頭の隅に入れ、思考を繰り返しながら返事を返す。



「では、また後で。」



「はい。」



 そう言って二人は突き当りの道を左右に分かれ、視界に捉えた自らの敵を追っていく。









「⋯⋯⋯⋯始まった。」


 その頃、中立派の人間であるシリスは一人別の場所でその戦場を眺めていた。



「コウタ⋯⋯⋯⋯。」



 シリスは無表情で戦場を眺め続けながら前日にコウタに言った言葉を思い返す。



(——守ってあげて。そして⋯⋯。)



「無茶もしないで⋯⋯⋯⋯なんて言ったら、わがまま過ぎるよね。」



 その続きを声に出すと、首を左右に振ってその言葉をかき消す。



「だからせめて、死なないでね。」



 心優しき小さな少女は、そんな言葉と共に祈りを捧げるように目を瞑る。


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