百四話 防衛戦
翌日の朝、作戦会議を終えたコウタ達冒険者とブリカ、ハサイの街の兵士達は街の門へと集まっていた。
「今回、街を守るために集まっていただきありがとうございます。」
そしてその場にいる全ての人間が見つめる先には、一際小柄な魔法職の少年、キドコウタが立っていた。
「特に冒険者の方々とハサイの街からいらした兵士の方々には本当に感謝してます。」
コウタはこれまで見てきたギルドマスター達を真似をするように、凛とした態度で周囲を見渡す。
「おう!どっちにしろあんたらが負けたら戦わざるを得ないからな。だったら最初からおもいっきり暴れてやらぁ!!」
「我々も同様です。それに、貴方がいれば負けることはそうそう無いでしょうし。」
コウタの言葉を聞いて冒険者達もハサイの街の兵士達もそれに応じるように頷く。
「はは、恐縮です。」
少し過剰にも思える評価に苦々しく笑みを返す。
が、それと同時に剣戟の付与術師という二つ名の広がりっぷりと、他の者達のオリジナルスキルへの多大な信頼を窺い知ることが出来た。
「街の門は一つ、街の周囲は分厚い壁で囲まれています。つまりここを守りきれれば僕たちの勝ちです。」
「ああ、冒険者の名にかけて、ここは絶対に通さねえ。」
気合の入った様子で冒険者の男はコウタの声に答える。
「⋯⋯さて、今回の敵は魔王軍です。敵の数は約五十、こちらは冒険者、ブリカ、ハサイの街の私兵団、総勢九十六名と数の上ではこちらの有利ですが、中には強力な敵が複数名いると思われます。気を引き締めて戦いましょう。」
「と、いってもそういった敵は基本的に私達がお相手しますので安心して下さいな。」
コウタの言葉の後ろからセリアがゆるい空気を出しながらニッコリと笑ってそう続ける。
「そういうことです。では皆さん、所定の位置について下さい。」
コウタはセリアのゆるい雰囲気に当てられて少しだけ柔らかい口調で問いかける。
「「「おう!!」」」
「「「はい!!」」」
育ちの違いからか、冒険者の集団と二つの街の兵士達の返事はかなり品の違いが出ていた。
「⋯⋯ふぅ、取り仕切る側ってのは想像以上に疲れますね。」
その場にいる全員が門に向かって歩き始めるとコウタは深くため息をついて愚痴をこぼす。
「その割には立派に出来てたじゃないですか。」
「かっこよかったですわよ?」
「茶化さないで下さい。全く⋯⋯。」
ニヤニヤと笑うマリーと見透かした笑みを浮かべるセリアを見てコウタは更にため息を重ねる。
「——コウタさん。」
そんなことを言って笑い合っていると、背後からコウタの名を呼ぶ声が聞こえる。
「⋯⋯はい、えっと、貴女は確かロルフ様のところにいた⋯⋯。」
振り向くと見覚えのありながら、微妙に思い出せない顔がニッコリとコウタに笑いかける。
「アリアです。普段はロルフ様の身辺のお世話をしております。」
鎧を纏った女性はそう言って挨拶をすると三人に向かって深く頭を下げる。
「屋敷で見た時には戦えるようには見えませんでしたから、気付きませんでしたわ。」
「ふふっ、よく言われます。けどこれでも元私兵団長ですから結構強いですよ?」
セリアにそう言われると、アリアはニッコリと笑ってウインクを飛ばす。
アリア メイド lv43
「強っ!?」
コウタはアリアのステータスを覗くと想像以上のレベルの高さに思わず声を上げる。
「女性にはあまり嬉しい言葉ではありませんわよ。それと、勝手にステータスを見るのもマナー違反です。デリカシーのなさは全く成長していませんわね?」
「あ、あはは⋯⋯すいません。」
まったく配慮に欠けるコウタのその様子を見てセリアはきつい視線をぶつける。
「構いませんよ。それに、前は剣士だったんですけど、転職したので今はもうノーマルスキルしか使えませんから言うほど強くもありませんしね。」
そんな二人を見て軽く吹き出すと、気恥ずかしそうにそう言って笑う。
「では何故メイドに?」
「三年ほど前に少し大きな怪我を負ってしまいまして、後遺症のせいで全力では戦えなくなってしまったんです。」
セリアの問いかけに答えると、アリアは微妙に動きが鈍く、小刻みに震える左手を二人に見せてみる。
「なるほど⋯⋯。」
「無茶はしないで下さいね?」
それを見てコウタはそれまで意識して緩くしていた雰囲気を変えて心配そうに問いかける。
「それはお互い様です。」
「⋯⋯それもそうですね。」
ニッコリと微笑み返してくるアリアを見てコウタも柔らかい笑みを浮かべる。
「特に貴方の場合は完全にブーメランですわよ?コウタさん。」
今までの出来事を思い浮かべながらコウタにジトリと重たい視線を向ける。
「あはは⋯⋯、そ、それよりお願いしていた件はうまくいきましたか?」
突然のセリアの言葉責めから逃げる為、はぐらかすような態度でコウタはアリアに向かって問いかける。
「ええ、言われた通り街の人間には避難令を出しました。今外には私達しかいませんよ。」
「ありがとうございます。」
「いいえ、それにしても⋯⋯随分と思い切った作戦ですね。まさか門を全開にして迎え撃つなんて。」
そう言うと、アリアは視界の奥にある全開に開かれた街の門を眺める。
「壁はあっても、乗り越えて来る可能性もありますからね。だったら最初から分かりやすい入り口を作った方が誘導しやすいですし、何より幹部クラスと戦うとなると、巻き込まずに戦える自信はありませんから。」
それはつまり、敵にとってはこの場所は強者を絞り込むためのフィルターであり、コウタにとっては誰にも邪魔されることなく戦いに集中するための手段であった。
「門を抜けてきた敵は我々が対処致しますから安心して下さい。」
「お任せします。では私はこれで。」
準備の時間が押しているのか、アリアは慌てた様子で頭を下げて門に向かって走っていく。
「はい。また後で。」
コウタも無理に止めることなく手を振ってその背中を送り出す。
「⋯⋯さて、こっちも準備しましょうか。」
「はいですわ。」
「⋯⋯じゃあ、私もいってきますね。」
アリアを見送った後、今まで口数が少なかったマリーがコウタの言葉に反応する。
「あ、マリーさん。」
「はい?わっ、と⋯⋯。これって、お守り?」
思い出したように発せられたコウタの声に引き止められ、何気なく振り返ると目の前に小さな袋が現れ、慌ててキャッチする。
「そのお守り、MPの回復速度が少しだけ速くなるんです。今回だけ貸してあげますよ。」
それはコウタがこの世界に来て初めて人から貰った贈り物であった。
「いいんですか?」
「なんだかんだ言っても、ここがこの街の生命線ですから、マリーさんにも頑張って貰わなくちゃいけませんからね。あ、でもそれ大切な物ですからなるべく壊さないで下さいね。」
コウタは穏やかな声でマリーに問いかけるように言い聞かせる。
「は、はい。」
「⋯⋯マリーさん、任せましたよ。」
自信なさげなマリーを気遣うようにコウタは激励するような強めの口調でそう言う。
「⋯⋯はい!」
マリーは力強く返事をすると、他の人間同様、全開に開かれた門に向かって走り去っていく。
「⋯⋯では私達も行きましょうか。」
そうしてコウタとセリアの二人だけになるとセリアも同様に所定の位置に着くようコウタに促す。
「⋯⋯セリアさん。」
「はい?」
「無理だと思ったら迷わず逃げて下さい。」
危険度故か、それともゼバルとの戦いでのトラウマ故か、それとも両方か、コウタは先程とは全く違う雰囲気で弱々しく呟く。
「⋯⋯⋯⋯ふふっ。」
その変わりようをみて、セリアは思わず吹き出す。
「ちょ、今は笑うところじゃないです!」
「⋯⋯ふふっ、申し訳ありません。」
先程まで軽口を叩き、マリーやアリアには強がってみせていた少年が、二人になった途端に弱気な態度で自分の身を案じる発言をしたことが、不覚にもセリアにはとても可愛らしく見えてしまった。
「そんなに心配なさらずとも大丈夫ですわ。私の役目は貴方が撃ち漏らした敵の相手ですから。」
「それは、そうなんですけど⋯⋯。」
それでもなお、不安そうな表情が消えないのをみてセリアは自分の無力さを自覚しながら、ゼバルの件で足を引っ張った事実を思い出して何も言えずにただただ困った表情を浮かべる。
「⋯⋯⋯⋯それなら、私にもお守りを貸して下さいな。」
しばらく考え込むと、セリアはハッと思いついたように提案する。
「えっと、あれは一つしかなくて⋯⋯。」
「ええ、ですからそれを貸して下さいな。」
セリアは困った様子のコウタを差し置いてコウタの腰にかかる剣を指差す。
「剣、ですか?いいですけど、邪魔になりません?」
コウタはそう言われて、腰にかかる安物の剣に視線を落とすと、その柄を強く握りしめる。
「ええ、それがいいですわ。」
戸惑うコウタとは対象的に、セリアはなんの迷いもなくそう答える。
「⋯⋯⋯⋯それじゃ、死なないでくださいね。」
しばらく考え込んだあとコウタは剣を取り外し、セリアに手渡す。
「お互いに。」
セリアがその言葉を返した直後、門の方に集まっていた冒険者達がざわざわと騒がしくなる。
「「⋯⋯!!」」
「どうやら、来たらしいですね。」
「⋯⋯ええ。」
二人は同時に武器を構えると門に向かって駆け出していく。