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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百三話 調査


 翌日、コウタとアデルの二人は各々同じ紙を手にしながら街を歩いていた。



「かなり時間をロスしてしまったな⋯⋯。」



 申請を出した夜に届いた通行記録を、その日のうちにコウタが細かくピックアップし、作られたそのリストには五人の名前が書かれていた。



 ピックアップの条件は二つ。一つは不審者被害があった日より前からこの街に滞在していること。もう一つは黒髪の若い女性である事。



「ええ⋯⋯ですが、案外この人数ならなんとかなりそうですよ。」


 その条件の基に挙げられた五人の名前を見てコウタは安堵の表情を浮かべる。


「この中に呪剣使いが⋯⋯。」


 アデルはそう言うと、一層表情を引き締めて手に持った紙をクシャリと強く握りしめる。


「あくまで可能性ですけどね。」


「それでも警戒はしておくべきだろう。呪剣使いなんてのはどう動くかなど分からぬのだからな。」


「全員違う可能性もありますし、何より警戒しすぎても疲れちゃいますよ?」


 表情を引き締めるアデルと違ってコウタはいつもと変わらぬ調子でそう問いかける。


「ああ、そうだな。それと⋯⋯。」


「はい?」


「⋯⋯⋯⋯今更なのだが、会っただけで分かると思うか?」


 アデルは本当に今更なことを目をつぶって言いづらそうに問いかける。



「分かると思いますよ。呪剣の禍々しい力は一目見ればすぐ分かりますから。」



 それはシリスの言葉を信用した理由にも重なる。この世界での戦いや会話を通してコウタが身につけた力なのか、異世界の人間だから成せることなのかは本人にも分かっていないが、確かにそれはコウタの力の一部として備わっているものである。


 それは言うなれば第六感とでも言うべき力。


 いい相手ならばいい相手なりの、悪党ならば悪党なりの、呪剣使いならば呪剣使いなりの雰囲気や圧力を肌で感じ取る。


 理屈以上に身体に訴えかけるそのなにかは、コウタの行動原理にも深く根付いていた。



「それに、万が一隠せていたとしても、注意して見れば何か隠しているのは目を見れば分かりますし。」



「私はそういうの疎いから、その辺は頼むぞ。」



 アデルは妙に自信のあるコウタに苦笑いを浮かべてそう答える。


「ええ、あっちの二人も頑張っているでしょうし、早々に終わらせて手伝いに行きましょう。」


「そうだな。」


 そう言って二人は街の中を進んで行くのであった。









「魔王軍がですか!?」



 一方もう片方の班であるセリア、マリー組はリストからピックアップされなかった方、つまり呪剣使いである可能性がほとんどない冒険者達へ協力を仰いでいた。



「しぃー⋯⋯声が大きいっ⋯⋯!!」



「あっ、すんません。」



 数人目になるこの冒険者の男はマリーに怒られて慌てて口を塞ぐ。



「とにかく明日、魔王軍が来ます。敵の数は多くないのですが、あいにくこちらも戦力不足ですの。今日の六時に、広場に集まってください。」



 そんな冒険者に、セリアは真剣な表情で淡々とそう言うと、有無も言わさず同意を求める。



「あ、ああ、分かったよ。」



「よろしいです。ではまた後ほど。」



 作戦通り冒険者の男が首を縦に振ると、セリアはすぐさま次の冒険者を見つけるために歩き出す。



「みなさん結構素直に応じるんですね。」



 マリーも慌ててついていきながら、セリアのごり押し作戦に気づく様子もなく首を傾げて問いかける。



「状況が状況ですから。それにベリーの時よりも敵の数はずっと少ないですし。領主様の私兵団もいますから今回はいくらか勝算もありますからね。」



セリアは胸元からコウタ達が持っているものと同じような紙を取り出すと、赤いペンでその紙にチェックマークを付ける。



「⋯⋯なるほど。」



「分かったなら行きますわよ。まだ半分近くあるのですから。」



 チェックマークのついたリストを手にして、マリーにそう言うと歩くスピードを少しだけつりあげる。


「はい!」








 そして数時間後、調査を終えたコウタとアデルは、一度宿に戻りコウタの部屋で会議を開いていた。



「⋯⋯おかしい。」



 窓から差し込む橙色の光に目をすぼめながら、厳しい表情でコウタは頭を抱える。



「ああ、おかしい。」



「なんで全員ハズレなんですかね。」



 コウタは自分と同じような表情を浮かべてため息をつくアデルにそう問いかける。


「分からない。というか貴様ちゃんと見たのか?」


「見ましたよ。それで誰もそれっぽい人はいなかった。何か隠しているようにも見えなかったですし。」


 明らかに機嫌の悪い態度でアデルが問いただすと、コウタも少しだけ強い口調で答える。


「となると不審者はもういないのか?」


「⋯⋯もしくは⋯⋯⋯⋯。」



「——コウタさん。」



「だーれだ。」



 口を開くと、その言葉を遮るようにコウタの視界がブラックアウトし、背後からは元気な声でそんな問いかけが聞こえてくる。



「ああ、終わったんですねマリーさん。」



「はい。バッチリです。」



 両手で視界を塞ぐその細い手をどけると、コウタは背後にいるマリーに笑みを向ける。



「そちらはどうでした?」



「一応全員見てみたのだが、それっぽいものを持っているのも、嘘を付いていそうなのもいなかった。」



 無駄にいちゃつく低身長組のその横ではセリアの問いかけにアデルが答えていた。



「呪剣使いと不審者は別人なのでしょうか?」



「そのパターンも充分あり得るんですよね⋯⋯。」



 セリアか首をかしげると、コウタは椅子の背もたれに全体重をかけて大きく伸びをして答える。



「そもそも別人なのか、すでにこの街にはいないのか、もしくはそもそも冒険者ではないのか。」



 指折りで数えながらアデルは様々なパターンを想像してみる。



「その場合、どうやって持ち込んだのかのか⋯⋯。」



「冒険者ではない人間が街に武器を持ち込むのは特別な許可が要りますからね。」



「その辺の資料も借りたんですけど、特に不備や変な点は見つからなかったんですよねー。」



 コウタは街の通行記録の他に集めた様々な記録が書かれた紙の束を机の上から手に取るとペラペラとめくりながら目を通す。



「ならやはり貴様の知り合いのシリスとやらに聞くのはどうだ?」



「いや、多分これ以上は何も出ませんよ。」



「と、いいますと?」



 即答するコウタに食い付いたのはアデルではなくマリーであった。


「私達が昨日、会った時色々質問しておいたのですが、彼女自身が知っている事はあまりなくて⋯⋯。」



『私が知ってるのは呪剣使いがこの街にいる事だけ。そもそも私は監視担当じゃないから分からないの。——』



「——と、言っていたので聞き出せる情報はもうないと思いますよ。」


 全く似てない声真似をしながらコウタはシリスの発言を復唱する。



「なんというか、分からないことだらけですわね。」



「⋯⋯⋯⋯ううっ、なんかこんがらがってきた⋯⋯。」



「⋯⋯私もだ。一旦整理させてくれ。」



 マリーやアデルはともかく、セリアまでもが混乱している状況を見て、コウタは深くため息をつく。



「そうしましょうか。」






「⋯⋯まず、今僕達が解決すべき問題は三つ。」



 どこから用意したのかわからない巨大な紙を壁に貼り付けると、コウタはペンを持ってサラサラとその紙に文字を入れていく。



「一つ目は最近街に現れた不審者の問題。」



 まず最初に「不審者」と紙に書くと、そう言って丸で文字を囲む。


「聞いた話ですけど、被害は物や施設の破壊、屋敷の中を覗き込むなんていったイタズラ程度のものらしいですよ?」



「人間への直接的な被害が今のところ出ていない点から見るに、今すぐ何かあるとは考え辛いですわ。」



「情報も女性であることしか分からないから手のつけようがないな。」



 コウタは三人の意見を聞いて


・軽微なイタズラ


・重要度は低い?


・情報少ない


・目的不明


と、不審者の文字の下に追加で書き込んでいく。




「そして二つ目は呪剣使いの問題。」



 セリアの言葉に頷きながら今度はその隣に「呪剣」と書いてその文字を丸で囲む。



「これに関して言えば情報の出所からすでに怪しいしな。」



「仮に本当だとした場合、いつ暴れるか分からない危険な状態らしいですわ。」



「使い手の情報は黒髪の女性で歳は大体アデルさんからセリアさんくらいの年齢でしたよね?」



 コウタは再び三人の話を聞いて


・信用度は低い


・危険な状態


・黒髪の女性で二十歳前後?


と情報をピックアップしていく。



「はい。そして僕達は被害の時期や武器の持ち込み方法などから、一つ目と二つ目の問題の人物は同一人物で、かつ、女性冒険者であると考えて調査をしました。」



 コウタは「不審者」と「呪剣」の文字を矢印で繋ぐとその上に「同一人物?」と書き加える。



「呪剣を使っているような精神状態ならば、そういった不可解な行動の理由も説明がつきますから。」



「でも見つからなかったんですよね?街から離れちゃったんですかね?」




「可能性はありますけど、それは考えづらいです。三つ目の問題的に。」



 コウタは「呪剣」の文字の隣にある余った空白の欄に「魔王軍」と書き加えて丸で文字を囲む。



「魔王軍の襲撃、か⋯⋯。」



「はい、昨日言った通りシリスさんの話によると二日前の時点では魔王軍はこの街にまっすぐ向かって来ているんです。」



 コウタはそう言って返事をすると再び紙に文字を書き加える。



・五十人前後


・幹部クラスが複数人


・目的は呪剣



「つまり二日前の時点では魔王軍はこの街に呪剣使いがいることを確認しているのですわ。でなくては自信満々に攻めてくることはありませんし。」



 ある程度書き終えるとコウタはペンを置き、自らのベッドに座り込む。



「つまり呪剣がある限り魔王軍は進軍を止めませんし、進軍をやめない限りは、やはりこの街に呪剣があるはずなんです。」



「が、呪剣使いは見つからなかった。」



「はい⋯⋯。」



 アデルが横槍を入れると、コウタは考え込むようにして小さな声で答える。



「解決策も今のところ見つかっていないですわ。」



「そうなんですけど⋯⋯⋯⋯。」



(なんなんだろう?この違和感は⋯⋯。)



「⋯⋯⋯⋯うーん。」



 深く考えながらコウタはボフンと仰向けでベッドに倒れこむ。



「⋯⋯これ以上考えても仕方ないか。行くぞ、もうそろそろ集まり始めるはずだ。」



「「はい。」」



 その様子を見てアデルがため息混じりにそう言うと、マリーとセリアの二人はそう言って立ち上がる。



「⋯⋯⋯⋯。」



(同一人物?⋯⋯⋯⋯呪剣、⋯⋯通行記録のリスト⋯⋯冒険者じゃない?⋯⋯⋯⋯持ち込み方法⋯⋯⋯⋯変な点はなかった⋯⋯魔王軍の襲撃⋯⋯⋯⋯不審者被害⋯⋯⋯⋯被害の時期⋯⋯⋯⋯ロルフさん⋯⋯。)




「⋯⋯⋯⋯あ。」



 脳内で細かい情報まで拾い上げながら整理していると、コウタは一つの結論に至る。


 そして仰向けのまま気の抜けた声を上げる。



「⋯⋯?コウタ、どうした?」



「⋯⋯⋯⋯アデルさん。一つだけ提案、というか気になる事があるんですけど。」



 ガバリと起き上がると自信があるような無いような、そんな微妙な苦笑いを浮かべながら問いかける。



「「「⋯⋯⋯⋯?」」」









 その日の夜、景色が黒一色に染まった頃、街から数キロ離れた高い丘の上では街灯の光で煌々と光るその街を見下す魔族の集団が出来ていた。



「⋯⋯さてさて、見えてきたっスね。」



 裸足で半袖短パンの見るからに寒そうな格好をした魔族の少年が遙か遠くに見える街に視線を飛ばしながら軽い調子で周囲の魔族達にそう問いかける。



「あそこがターゲットのいる街なのな?」



 問いかけを受け流しながら、その後ろから同じようにゴーグルをかけた少女が更に奥にいる隻眼の男に問いかける。



「ええ、ターゲットの動きも大方予想通りです。まあ私は見えませんけどね。あなた方のように目が良いわけではありませんので。」



 他の二人と比べると少しだけ年の食ったその男は数枚の資料を手にゴーグルの女の問いに答える。



「なんだかんだ言って、ルキの野郎の報告は正確だったみたいっスね。」



 少年が街を覗き込むのを辞めてくるりと振り返ると、ここまで乗って来た馬車の馬の頭を少しだけ強く撫で回す。



「曲がりなりにも奴とて専門家だ。そうそう読み違えることはあるまいな。」



「奴とか野郎とかではなくちゃんとルキ様と呼ばなくては駄目ですよ?立場上は一応上司に当たるのですから。」



 諌めるように男は柔らかい物腰で問題児を注意する教師のような口調で二人に言い聞かせる。



「嫌っス。」



「私もなのな。」



 がその意見は即座に否定される。



「⋯⋯⋯⋯はぁ。」



 若者二人から帰ってきた返答に頭を悩ませながら深いため息をつく。



「そんなことより、いつ突入するんスか?さっさと終わらせて帰りたいんスけど。」



 そんな悩みなど知る由もなく少年は駄々をこねながらあくび混じりに問いかける。



「明日の昼頃ですかね。夜と違って人の通りも多いですからイロイロと楽しめると思いますよ?どうせなら派手な方が楽しいでしょう?」



 男はその様子を頭で思い浮かべると、狂気の笑みを浮かべる。



「相変わらず趣味が悪いな。」


「ドン引きっス。」



 二人はその様子を見て不快感を露わにして頬を引攣らせる。



「ああ、あともう一つ。」


「なんスか?」



「今回、この街に勇者候補君もいるかもしれないらしいですよ?」



「「⋯⋯!?」」



 それを聞いてそれまで気を抜いていた二人は大きく目を見開いてその表情が一気に真剣なものへと変わる。



「それは誠な?」



 少女は手に持った剣の柄を強く握りしめながら一層低い声で問いかける。



「ゼバル様からの情報ですから、そうそう間違いはないかと。」



「⋯⋯どっち(・・・)っスか?」



 少年も同様、臨戦態勢といっても過言ではないほどの圧力を放ちながら問いかける。



「件の付与術師の方です。」



「⋯⋯⋯⋯助かったな。」


 少年の問いへの答えを聞くと少女は握りしめていたその手をゆっくりと緩めて脱力し、近くにあった馬車に寄りかかる。



「ええ、もう片方の彼は流石に我々では手に余ります。情報が来た時点で帰還命令が出てもおかしくありませんから。」



 男も同じ意見なのか、少女のその言葉に同調するように言葉を続ける。



「じゃあ、そいつはオレが相手していいっスか?」



 再び力の抜ける二人と違って、少年は未だ集中を切らすことなく二人にそう問いかける。



「行けるのな?」



「はいっス!そいつの情報なら頭に入ってます!オレに負ける要素がねぇ!」



 短く単純なその問いかけに、今度は気合を入れるように拳を打ち合わせてそう答える。



「なら私は陽動だな。」



「お任せしますよ。私は回収に回りますから。」



「ああ、分かってるのな。」



 それを聞いて他二人は否定する事なく即座に作戦を組み立てていく。



「へへっ、覚悟しろ、勇者候補。オレがその伸び切った鼻っ柱叩き折ってやるっス。」



 そんな二人を尻目に、少年は頬を釣り上げ、歯を見せながら鋭い視線を再び街へと飛ばす。




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