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剣戟の付与術師  作者: 八映たすく
第二章
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百ニ話 暗躍と密約と


数分前——



「——もう一つ言っておかなくちゃいけない事がある。」



 立ち去ろうとするコウタ達を引き止めて、シリスは真剣な表情でそう呟く。


「なんですか?」


「正直あなたたちにとってはこっちの方が大切かも。」


「早く言ってください。」


 言いずらそうに視線を落としながら放たれる回りくどい言い方に、コウタは急かすように問いかける。



「実はここ数週間、呪剣に対する魔王軍の監視が全くないの。」



「⋯⋯は?」


 予想外のその言葉を聞いてコウタの口から思わず気の抜けた返事が溢れる。



「理由は簡単。呪剣管理の代表である魔王軍幹部ルキが、戦闘で深手を負ってしまったから。三週間前のあなたとの戦闘でね。」



 コウタがその言葉を聞いて固まっていると、シリスはそんなコウタの目をまっすぐ見つめて言葉を続ける。



「じゃあ、今回は魔王軍からの邪魔は入らないってことですか?」



 呪剣と言えば、ナストでのルキとの戦闘を思い出すが、それが無いのであればかなり事を進めやすくなるのは目に見えて分かることだった。



「二日以内に解決できるならね。そうでないともっと面倒なことになる。」



「二日、ですか?」


 返ってくる言葉にコウタが首を傾げると、シリスは対象的に首を縦に振る。



「うん。実は昨日までこいつには隣の街に行ってもらってたの。で、その時にこいつが草原を馬で駆け抜ける魔王軍の軍勢を見つけたの。」



「群勢!?」



「うん。数は大体五十前後、幹部はいなかったけどそれに近い実力者が数名。明らかに監視で回してくる人数じゃない。」



 無機質な声ながらも、シリスのその表情は確かに真剣なものであった。



「つまり回収に来てるってことですか?」



「だと思う。それと回収段階に入ったってことは呪剣の方も〝解放〟もしくは〝共鳴〟の段階まで来てることになる。」



「呪剣のことで手一杯なのに、魔王軍まで来るんですか!?」



「⋯⋯うん。」


 叫ぶような問いかけに思わず目を逸らして言いづらそうに答える。



「なんでそんなになるまでっ⋯⋯!!そんなの、最初から詰んでるようなもんじゃないですか⋯⋯!」


 つまりシリスの要求はどこにいるかも分からない呪剣使いを捕らえ、なおかつそれ狙いでやってくる魔王軍を撃退しろというものであった。


 そんな無茶苦茶な要求を聞いて、コウタは険しい表情で責め立てるようにシリスの胸倉に摑みかかる。



「⋯⋯おい!」



「⋯⋯うん。でもねコウタ。」



 慌てて引き剥がそうと近づくレウスを片手で制するとシリスはコウタの手を強く握りしめる。



「私は誰も死んでほしくない。罪の無い人に傷ついてほしくないの。」



「一方的に頼み込んでる立場で、指を咥えて見てるだけの分際で言えたことでは無いけど⋯⋯⋯⋯お願い。」




「守ってあげて。」



 両手でコウタの手を包み込むと縋り付くような目でシリスは祈るように俯く。









 事の顛末を聞かされ、アデルは毎度のことながら頭を抱えて横を走る問題児を睨みつける。



「⋯⋯なぜ貴様は毎回毎回面倒ごとを運んでくるのだ。」



「今回に関しては仕方ないでしょう⋯⋯。」



 多少自覚があるのか、ニオンの街でミーアに言われた言葉を思い返すと、深いため息を吐いて苦笑いを浮かべる。



「でもなんで屋敷に行くんですか?会場の監視はどうするんです?」



 マリーは不安そうな態度で問いかける。



「不審者を捕まえるためにロルフさんにも協力してもらいます。会場はシリスさんに見張ってもらってます。」



「状況が変わったんです。仮に不審者が呪剣使いだった場合、魔王軍が来るまでになんとかしないと、最悪の事態になりかねませんわ。」



 コウタに続いてセリアはその説明に補足を付け加えながら説明を続ける。



「⋯⋯さっきから気になっていたのだが、本当に信用できるのか?そのシリスとやらは。」



 そこまで聞くとアデルは表情を崩さぬまま怪訝そうな声色で問いかける。



「⋯⋯分かりません。けど多分。嘘は言ってないと思うんです。」



「なぜ言い切れる。」



 曖昧な返事にさらに不満を募らせる。



「アデルさんに会って、いろんな人や敵と戦って、最近分かるようになってきたんです。」


「相手の考えてる事とか、どんな気持ちで目の前にいるのかとか、見下してるのか認めてるのか、好きなのか嫌いなのか。」


 それを察したコウタはこれまで戦ってきた敵の顔を思い浮かべながらそう答える。


 思い浮かべた相手は、コウタの事を様子見してくる者、見下している者、認めた上で足止めしようとする者、そして本気で殺しにくる者、など様々であった。


「その人はどうだったんですか?」



 それを聞いた上でマリーはコウタにそんな問いを投げかける。



「あの人の目は、ギルマスや領主様達によく似ていました。」



「その手から溢れるほどの、沢山のものを守ろうとする、強い目でした。」



 助けを求めてきた時のシリスの目は確かにそんな強さと優しさの混じったものであったとコウタは思い返す。


「⋯⋯⋯⋯。」


「その人が信じられないなら、僕を信じてください。責任は僕が取りますから。」


 コウタは顔を見ることなくそう呟くが、その声色から真剣な様子がアデルにも伝わる。


「はぁ⋯⋯そこまで言うなら信じるよ。」


 そこまで言われると仕方ない、とコウタの言葉を信用してアデルは深く肩を落とし納得する。



「ありがとうございます。」



「それで領主様の屋敷に行ってどうするんですか?」



「街の通行記録の名簿を借ります。今現在この街に滞在している全ての冒険者と行商人を調べて一人ずつ当たっていきます。」



 四人は街の中心にそびえる屋敷を目指して、中央通りを進んでいく。







 その頃、コウタ達の目的の屋敷では到着したばかりのハサイの街の令嬢と、屋敷の主人でるロルフがガラス張りのテーブルを挟んで向かい合っていた。



「此度の長旅、お疲れ様でした。」



「本当に疲れたわ。以前は貴方が来てくれたからいいけど。まさかこんな遠いところから来てるとは思っていなかった。」



 ロルフの労いの言葉にハサイの街の領主の娘、パトリシアは紅茶をすすりながら愚痴をこぼしてため息をつく。



「貴女に会うためならこの位の距離、なんでもありませんから。」



「あっそ⋯⋯⋯⋯それにしても護衛に兵を十も二十もつけるなんて、父の過保護ぶりにも呆れちゃうわよ。」



「愛されてる証拠ではありませんか。素直に受け取ったらどうです?」



 素っ気なく、そして興味も示さない冷めた様子のパトリシアにロルフは取り繕った笑みで問いかける。



「それは違うかな。あの男は私を道具としか見ていない。だから貴方と結婚する事になった。」



「貴方だって同じでしょう?」



 パトリシアは一度天井を仰いだ後、ロルフの顔を見て責め立てるような黒い笑みを浮かべる。



「⋯⋯っ!そんなことはっ⋯⋯!!」



「いいのよ別に、分かってるから。この街にとって私の街のブルーシルクは大層興味深いものですもんね。」



 否定しようとするロルフの言葉を断ち切ってパトリシアはさらに冷たい目で問いかける。



「⋯⋯⋯⋯。」



「あら、否定してくれないのね。」



「⋯⋯申し訳ありません。」



 黙り込むロルフにパトリシアは予想通りだという表現を見せながら、ほんの少しだけ残念そうな声で問いかける。


 直後にトントンと部屋のドアから三回ほど音がなる。


「⋯⋯ん?」



「——失礼します。」



「⋯⋯どうぞ。」



奥から聞こえて来る兵士の声に、ロルフではなくパトリシアの方が先に答える。



「先程冒険者の方が警備の方で相談があると⋯⋯。」



 兵士は中に入って来るなり、ロルフの横に近づき、その耳元で小声で報告を入れる。



(⋯⋯アデル様方か?)



「⋯⋯⋯⋯申し訳ないですが、後にして欲しいと——」


「——私は構いませんよ。行って来なさい。」


 追い払おうとするロルフにパトリシアは紅茶を口にしながらそう言う。


「しかし⋯⋯。」



「ついでに、その情け無い表情かめんを作り直して来なさい。さっきからずっと上の空よ?」



 躊躇うロルフに向かってパトリシアはその白く細い指で自らの頬をつついてそう答える。



「⋯⋯少しだけお時間頂きます。」



「⋯⋯ああ、それと。」



「⋯⋯⋯⋯?」


 背後から再び発せられる言葉にロルフは立ち止まって耳を傾ける。



「甘い言葉を吐くときは、相手の目は見ない方がいいわよ?本心なら別だけど。」



 ドアに手をかけるロルフに、パトリシアは背を向けたまま忠告をする。



「⋯⋯心得ておきます。」



 ロルフは呟くようにそう答えると、廊下で待つコウタ達の元へと向かう。









 廊下に出ると、コウタ達はすぐに口を開き始める。



「——それは本当ですか!?」



 コウタ達から状況を伝えられたロルフは慌てふためいた様子で声を張る。



「はい。知り合いの冒険者からの情報なので、間違ってる可能性は低いかと。」



「しかし、どうすれば⋯⋯。」



 ロルフは顎に手を当てて唸り声を上げる。



「とりあえず街にいる冒険者達に協力を仰ぎます。街に滞在中の冒険者のリストを貸して頂けませんか?」



「⋯⋯すぐに準備させます。」



 ロルフが視線を遠くに向けると、その先にいた使用人の女性が首を縦に振って廊下の奥へと消えていく。



「しかし、五十ですか⋯⋯。街の私兵を回しても退けるか⋯⋯。」



「冒険者の方が全員協力して下さるとも限りませんし、話によれば幹部クラスの敵も複数いるらしいですわ。」



(確かに⋯⋯幹部に近い実力者が数人いるって事は最悪そっちの対処だけで限界が来る。やっぱり⋯⋯。)



 現時点でどう考えてもコウタ以外に幹部に勝てる実力者は居ない。そして、その事実を全員が理解しているからこそ至る結論——



「「戦力が足りない⋯⋯。」」




「——なら、貸しましょうか?」



 言葉として漏れ出てしまうほどのそんな考えが、一人の女性の声に遮られる。



「へっ⋯⋯!?」



「パトリシア様⋯⋯。何故⋯⋯。」



 ピクリと肩を揺らして驚くコウタとマリーの横で、ロルフは頭を抱える。



「ごめんなさいね。随分と面白そうな話をしていたものですから、つい盗み聞きしてしまいましたわ。」



「⋯⋯どのくらいいますか?」



 状況が状況なだけに、なりふり構っていられるはずもなく、コウタはパトリシアにそう問いかける。



「数は三十弱、平均レベルは三十四、あくまで護衛で連れて来たわけだから、さほど強くは無いけど、魔族との戦闘経験がある者も数名いるわ。」




「どう?私も一枚噛ませて頂ける?」



 淡々と説明した後、ニッコリとはにかみながら首を傾げる。


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