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act.1 始まりの朝

 4月始めの午後11時、名古屋市内のとある一軒家。俺こと大原拓真は2階にある自室のベッドに座ったまま眠れずにいた。


「明日から高校生……か」


 俺は手に持つパンフレットを眺めながら、これからの未来に思いを馳せる。

 私立大山高等学校。愛知県の山中にひっそりと建つ、大企業の大山財閥が運営している高校だ。何でも名古屋駅から直通の送迎ヘリが出ていたり、周りの環境とは裏腹に近未来的な設備の整った全寮制で、日本各地から一流企業の御曹司が集まるなど、大企業が運営しているだけあって一般常識を軽く飛び越えるようなことがいくつもこのパンフレットには書かれている。

 俺はそんな大山高校の【生活困窮者特別支援奨学制度】なるものに選ばれたらしい。両親は既に他界し、中学までの教育費も今は行方知れずとなった姉が必死に溜め込んだ貯金を崩し、妹の分までなんとか払っていた状況で、最早働くしか選択肢の無かった俺にはまさに渡りに船ってやつだった。

 しかし……だ。庶民、いや庶民以下の生活水準であるこの俺が果たしてうまくやっていけるのだろうか?

 こんな生活しているもんだから金持ちには普通の人よりも悪いイメージがこびりつく。金にがめつくて意地汚い、両手の指輪と金歯を光らせて一般の人間を見下して下卑た笑いを浮かべるくそったれな人間。……まぁ、そこまでステレオタイプな金持ちもなかなかいないとは思うが。とにかく金持ちはみんなどうしようもない人間なんだろう、そんな人間の息子や娘が集まる学校だ、貧乏人がいたとなりゃ同然笑い者にされるんだろうし、トラブルだって間違いなく起きる。

 それこそ妹のことをバカにされたら、泣いて謝っても殴るのを止めないだろう。

 

「入学前から前途多難だな……」


 大きなため息をついてもう寝ようとベッドに体を預けようとした時、コンコンと軽くドアが叩かれる。


「……おにいちゃん、まだ起きてる?」

「あぁ、起きてるよ」

「……入ってもいい?」

「いいよ。おいで、綾」


 とても可愛らしいピンク色のうさぎをかたどったパジャマを着た、その声の主は俺の妹である綾だった。俺より三つ年下で並みのグラビアアイドルよりスタイルが良い、いつも明るくちょっと甘えん坊な俺の自慢すべき最愛の妹。なのだがその表情は暗く、目の周りは先程まで泣いていたのか赤くなっていた。綾はおぼつかない足取りながら俺のベッドまで歩み寄り、俺のすぐ横に座り込む。


「いよいよ明日なんだね、おにいちゃん。しばらく会えないと思うと、胸が締め付けられるように苦しいよ……」

「俺だって綾と会えないのは寂しいさ。でも、ここに通えば今よりずっと楽になるし、三年後には綾もここに通えるんだ。いいかい? 綾も中学で新しい友達を見つけるんだ。そうすりゃ少しは寂しさも紛れるさ」

「お友達、かぁ……」


 不安がる綾の頭を優しく撫でてそっと抱き寄せる。綾は両腕でぎゅっと抱き返して胸元に顔を埋めてきた。だいぶ安心してきたかな?


「さて、と。もう遅いし、寝ようか」

「やだ。まだぎゅっとしてたいの」

「困ったな……。明日起きられなくなるんだけど……」

「じゃあ一緒に寝よ! ねぇ良いでしょ?」

「……しょうがないなぁ」


 俺は綾に抱きつかれながら、ベッドに体を預けて目を瞑る。基本的に寝るときは下着しか身に付けない俺は、パジャマ越しとは言え綾の柔らかな体の感触を意識せざるを得ない。だが、俺は兄貴だ。綾を守らなきゃいけないのに、綾に変な気を起こすわけには……!


「んん、おにいちゃあん」


 俺に抱きついて安心しきった綾はすぐに寝息を立てて天使のような寝顔を見せるが、その下、胸の辺りでは柔らかいモノが潰れて甘く凶悪な感触を植え付けてくる。更に綾はトドメと言わんばかりに頬や首筋に軽く唇を押し付けたり、吸い付いたりして思わず本能が理性を上回りそうになる。天国のようで地獄なこの状況、綾が寝返りを打って俺から離れた隙にトイレへ駆け込み自分を慰めた。

 昔はよく一緒に眠ったけど、胸が大きくなってきた1年前からは別々の部屋で眠るようにしている。そりゃ盛大に泣かれたけども、俺だって毎回こんな事したくないし。極力綾を意識しないようにはしたけど、あの柔らかい感覚を覚えてしまったら……! 俺は自己嫌悪に苛まれながらもリビングのソファに腰を下ろし、そのまま背もたれに体を預けて眠りについた。





「おはようございます、拓真さん。朝御飯できてますよー」


 聞き覚えのある少女の声で目が覚めて、ゆっくりと体を起こす。ソファで寝たからか身体が重たく感じる。


「ん、桜か。おはよう……。今日から高校だってのに朝飯作ってくれたのか……。いつも悪いな」

「いえいえ、これくらいは当然ですよ! 私達は家族同然なのですから!」


 そう言って自慢気にエプロンを揺らすのは、隣の家で暮らす幼馴染の坂田桜。そこそこ整った顔立ちにきれいな黒髪を短く整えた、一見すればどこにでもいそうな女子高生といったような外見だ。

 桜はエプロンを外してきれいに折り畳み洗濯物かごの一番上にそっと乗せると、俺の隣に腰かける。

 平均的よりやや控えめなプロポーションとはいえ、昨夜あんなことがあったから妙に意識してしまう。朝からこんな事じゃいけないと頭を横に激しく振って邪な思考を頭から懸命に追い出そうとする。


「顔、なんか赤いですよ? ソファで寝てたから風邪引いたんじゃないですか?」

「え、いやそんな、風邪なんて……」


 桜はそう言うと額を俺の額に当てて目をつむる。熱を計ろうとしてるのだろうか? 時々少し首をかしげたりして、不覚にも少しドキッとしてしまった。


「熱は無いみたいですが、うーん……。とりあえず消化に良いものを、お粥でも作りましょうか!」

「いや、いい! 俺は元気だから! むしろ有り余ってるくらいだから、そこまで気を使わなくて大丈夫だから!」


 俺は慌てて食事の並んだテーブルに座ってご飯をかきこむ。そりゃもう、とても慌ててたもんだから喉にご飯が詰まって咳き込んだ。桜が急いで水を持ってきて、それを一息で飲み干すと一息ついて笑って誤魔化す。そこに目覚めたばかりの綾が降りてきた。


「うぅ……ん。おはよ、桜さん。おにいちゃん」

「おはよう、綾」

「おはようございます、綾ちゃん」


 目を擦りながらまっすぐに俺の方へ歩いてくる綾。まぁ、普段は早く寝る綾があんな時間まで起きてたんだ。眠たいのも仕方ないか。


「むぅ……、おやすみー」


 そう言って抱き付いてくる綾。相当寝ぼけているようで、意味のないうわごとを繰り返す。


「綾、寝ぼけてないで顔を洗っておいで」

「うぅ、ん。はーい……」


 力ない返事の後、綾はよろよろとおぼつかない足取りで洗面所に足を運んだ。その事を確認すると、桜が作ってくれた料理に手を着ける。

 お味噌汁と焼き鯖、だし巻き玉子にほうれん草のおひたしと、両親が懐石料理店を営んでいるだけあって、桜の和食はどれをとっても一級品の出来で思わず笑みがこぼれる。


「桜、また腕を上げたんじゃないか? このだし巻き、絶妙な柔らかさだ。おひたしも良い味出てるじゃないか」

「えへへ、そう言ってくれると作った甲斐があります」

「うんうん、美味しいね!」


  いつの間にか綾が顔を洗って戻ってきたようだ。だし巻き玉子を頬張り、満面の笑みを浮かべる。俺はその笑顔に癒されながら桜が真心込めて作ってくれた料理を米粒一つ残すことなく平らげた。


「ごちそうさま、今日も美味しかったよ」

「えへへ、お粗末さまでした!」


 ふぅ、と一息ついて時計をみる。針は7時を指している。集合時間である八時半まではまだ時間はあるけど、早めの行動が大切だと姉からも言われていたし、そろそろ制服に着替えるか。

 俺は二階の自室に戻り、桜の両親に買って貰った真新しい制服に袖を通す。暗い赤色のブレザーに深緑のズボンと流石は金持ちの高校で、かなりオシャレな制服だ。……うん、やっぱり新しい制服を着ると自然と背筋が伸びるな。

 着替えた後、リビングに戻ると真っ先に綾が飛び付き、桜はにっこりと微笑んで「お似合いですよ」と声をかける。


「えへへ。カッコいいよ、おにいちゃん」


 そう言って綾は頬に軽く触れるようなキスをした。そんな綾がとても愛らしくて、思わずぎゅうっと抱き締めてしまう。桜がドン引きするのも構わず五分ほど抱き締めた。綾が苦しさに呻き声を上げたところでようやく我に帰り、ごめんよと気持ちを込めてお返しのキスを綾の唇に交わす。一度呼吸を整えて、今度は舌も絡めるほど熱いキスを……と思ったそのとき、桜が不意に後ろから抱きついてきた。頬を膨らませて見るからに不機嫌そうだった。


「もう! この兄妹は暇さえあれば周りも良く見ずいちゃいちゃちゅっちゅするんだから! たまには見せ付けられる私の複雑な心境も考えてくださいね!」


 桜は俺を綾から乱暴にひっぺがすと、玄関へ続く扉に押し込み、これまた乱暴に扉を閉める。……これ以上桜の機嫌を損ねるのはよろしくないな。仕方ない、靴を履いて玄関で待ってよう。

 しばらくすると二人とも玄関に出てきて桜がローファーを履き、綾が玄関に立つ俺たちにとびきりの笑顔を見せる。


「いってらっしゃい、おにいちゃん、桜さん。私はここで待ってるから、お休みになったら帰ってきてね」

「あぁ、約束するよ。じゃあ、行ってくる」

「いってきます、綾ちゃん」


 俺と桜は綾の頭を二人で撫でた後、玄関の扉を開けて外へと一歩足を踏み出す。これから想像もできないくらいの激動に満ちた高校生活が始まるんだ。

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