背中合わせ0㎝、隣り合って10㎝
とあるカップルの休日の一コマ
距離感、というものは難しい。
人それぞれ居心地の良い距離というものは少なからずあって、それが自分のものと一致するということは多いわけではない。それでも人と付き合っていけるのは、互いに互いが過ごしやすい距離を考えて行動に移していけるからであろう。まあ合わないときはとことん合わないものだが。
泥沼状態に陥っている漫画を読み終えてそんなことを考える。考えてしまうほどには暇だ。
彼氏の家にいるというのに背中合わせでお互いに読書に勤しむ、というのはなかなか面白い光景なのかもしれない。別にこういう時間は嫌いじゃないけど、本がなくなったら暇になる。ぐいぐい彼の方へ体重をかける。
「暑い」
「そうだねー」
それだけ言って私が離れないと分かるとため息をつく。どうやら諦めて本へとまた視線を戻したみたいだ。課題図書を今週中に片付けないといけないと言っていたなと思いつつ、さらに背中にもたれかかる。
私は彼と触れ合うのが好きだ。落ち着くし安心する。居心地がいい。
反対に彼は普段からスキンシップをあまりするタイプではない。だから私が構って構ってとすると鬱陶しそうに見てきて頭を叩く。それでもこうやって許してくれるのだから、愛されているのだなと実感する。好きだなと再確認する。
でもせっかく2人そろって休みが合ったのだから外に出かけたいと思ってしまうのも本音で。窓からの暖かい日差しに目を細めながら、私はスマホを手に取り、近場でいいお店がないか探す。
彼の行きつけの本屋は行くとして、もう1つくらいどこかに行きたい。
そう思いながら画面を滑らせていた指が止まる。
「ねぇ、ユウ君。あそこのケーキ屋さんカップル割してるらしいよ」
ほら、と言ってスマホの画面を後ろにいる彼に見えるように向ける。
「ふーん……」
おや? 甘いもの好きなはずなのに微妙な反応。……うーん、思ったより課題が進んでないのかもしれない。
今日はもう大人しくしよう、そう出かけることを諦めた時、不意に背もたれがなくなって後ろに思いっきり倒れた。驚いて目をパチクリしていると、立ちあがって上着を羽織っているユウ君の姿が目に入った。
「ほら、行くんだろ?」
「うんっ!」
勢いよく起き上がり、先に玄関に向かった彼に続いて私もカバンを手に取り外へ出る。
駆け足で少し先で待っていた彼に追い付き、横に並ぶ。どちらともなく手を繋ぎ、ゆっくりと歩幅を合わせて歩き始める。
「帰りにいつもの本屋寄ろうね」
「そうだね」
そう言ってふわりと彼は笑う。
そんな普段無愛想な彼がたまに見せてくれる笑顔が好きで、つられて私も笑ってしまう。
「好きだなーって思って」
彼もそう思っていてくれたらいいなと思い、握った手にギュッと力をこめる。
「痛いんだけど」
「ユウ君も握ってくれてるくせに~」
私と変わらないくらい、寧ろそれ以上に手を握り返してくれている手の痛さと温かさが嬉しくて、さらに力をこめて手を握る。するとユウ君も握り返してきて、2人で競うように力をこめて握りあって、お互い笑いながらケーキ屋さんへ歩みを進めていく。
私はこの距離感が、とても居心地がいい。